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処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが  作者: ぽんぽこライフ


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魔力脈と鉱脈——地下に眠る二つの秘密

「ここなら聞かれません」


 エミルが温室の扉を閉めた。硝子越しに午後の日差しが降り注ぎ、薬草の緑が鮮やかに光っている。聖光草の苗床は温室の奥まった場所に置かれており、淡い燐光を放っていた。ここ数日で成長が早まっている。葉の縁が微かに白く光るようになった。


 間者クルトの目が届かない場所。それが温室を選んだ理由だった。クルトには「ヘルムガルドの在庫が積み上がり、資金繰りが厳しい」という偽情報を流し始めている。彼が見張っているのは執務室と帳簿室だ。温室までは手が回っていない。


「まず前提を整理させてください」


 エミルが床に膝をつき、指で地面に図を描き始めた。学者が講義をする時の癖だ。


「この辺境の地下に、南北に走る魔力脈があります。地表から約三百メートルの深さ。これは到着した翌日に感知しました」


「ええ、以前おっしゃっていましたわね」


「その魔力脈の走行を二週間かけて精密に測定しました。結果——」


 指が線を描いた。南北に伸びる太い線。その線が途中で分岐し、一方は北東へ向かっている。


「魔力脈は鍛冶場の地下を通り、薬草園の下を抜け、そして——」


 指が止まった。


「廃坑の封鎖された区画と一致します。正確には、十五年前に人為的に塞がれた坑道の奥が、魔力脈と鉱脈が交差する地点です」


 息を呑んだ。


「交差する地点に——何があるのですか」


「魔鉱石です」


 その名前を聞いた瞬間、ゲームの設定資料が脳裏に蘇った。『魔鉱石——古代文明が魔術具の核として使用した希少鉱物。現在は聖光教会と宮廷魔術師ギルドが共同で管理し、一般流通は禁止されている』。ゲームでは武器の強化素材として登場した程度だったが、この世界では政治と信仰に直結する品だ。


 エミルが温室の棚から、小さな布包みを取り出した。開くと、親指ほどの暗い紫色の石が現れた。内部に微かな光が脈動している。生きているかのように。


「これは封鎖壁の手前、坑道の壁面から採取したものです。封鎖壁の向こうにはさらに大量にあると推測できます」


 石を手に取った。予想外に温かい。人肌よりもほんの少し高い温度。掌の中で、かすかな振動を感じた。心臓の鼓動のように、規則的な波がある。


 不思議な感覚だった。前世では石に生命を感じたことなど一度もなかった。しかしこの世界では魔力が実在する。エミルが感知し、聖光草が吸収し、リリアーヌが共鳴する力。その源がこの石の中に脈打っている。


「魔鉱石は魔術具の核として使われる素材です。通常は王都の北方山脈で少量が産出され、宮廷魔術師ギルドが独占的に管理しています。市場に出回ることはほぼありません」


「……どのくらいの価値があるのですか」


「この一粒で金貨百枚。仮に坑道の奥に鉱脈があるなら——」


 エミルが言葉を切った。金額を言うまでもない。ヘルムガルドの年間収入の何十倍にもなる可能性がある。


「しかしセラフィーナ様。これは両刃の剣です」


 エミルの表情が真剣になった。穏やかな仮面は完全に外れている。


「魔鉱石の流通は宮廷魔術師ギルドが独占しています。つまり教会とギルドの利権に触れる。発見が公になれば、ノーヴァル商会どころではない相手を敵に回すことになります」


「聖光教会、ですか」


 その名を口にした瞬間、胸の奥が冷たくなった。聖光教会。ゲームにおいて、セラフィーナの処刑を司る機関。「異端審問」の名の下にヒロインの敵を裁く——その教会が、この辺境の地下に眠る宝に興味を持てば。


「加えてもう一つ」


 エミルが聖光草の苗床を指差した。


「聖光草の異常な成長速度。これは地下の魔力脈から漏れ出す魔力が、表層の土壌に浸透しているからです。聖光草は魔力に対して極めて敏感な植物で——魔力を吸収して成長を加速させる性質がある」


「だからオルガさんの薬草園で、この草だけ異常に育っていた」


「ええ。そして——」


 エミルの声がさらに低くなった。


「リリアーヌ嬢が聖光草に触れると、光が強くなる現象。あれは聖光草の魔力共鳴ではなく、リリアーヌ嬢自身が魔力脈と共鳴しているのです。聖光草はその触媒に過ぎない」


 血の気が引いた。リリアーヌの聖女覚醒。ゲームでは、聖光教会がリリアーヌを「聖女」として認定するイベントがある。そのイベントが発動すれば——教会がこの辺境に介入する正当な理由が生まれる。


「つまり、この辺境には教会が目をつける理由が二つあると」


「魔鉱石とリリアーヌ嬢。どちらか一つだけでも厄介ですが、二つ重なれば——」


「最悪の事態です」


 ゲームの終盤で、聖光教会はセラフィーナを「王国の秩序を乱す者」として異端審問にかける。その判決が「処刑」だった。教会がこの辺境に来る口実が増えれば増えるほど、処刑エンドのフラグが立つ。


 商業戦争は前世の知識で戦える。政治戦も、帳簿と論理で対抗できる。しかし教会という組織は——この世界の信仰と権威を司る存在だ。帳簿では太刀打ちできない。


 温室の中が静かだった。聖光草の燐光が、二人の顔を白く照らしている。窓の外では風が木々を揺らし、鍛冶場の槌音が遠くから聞こえてくる。日常の音。しかしその日常の足元に、爆薬が埋まっている。


「エミル殿。この情報は、当面は秘密にしましょう」


「賢明です。レオンハルト殿下には?」


 考えた。レオンハルトは転生の秘密を知っている。しかし魔鉱石の情報を渡せば、王太子として行動せざるを得なくなる。宮廷魔術師ギルドへの報告義務がある。今はまだ——時期尚早だ。


「殿下には、もう少し調査が進んでからお伝えします。封鎖壁の向こうの状況がわからない段階で、政治的判断を迫るわけにはいきませんわ」


 エミルが頷いた。


「もう一つだけ。北方警備費の使途不明金についてですが——」


「何かわかったのですか」


「確証はありません。しかし仮説として——十五年前に坑道を封鎖した人物は、魔鉱石の存在を知っていた可能性があります。封鎖の費用と、発見を隠すための工作費。それが北方警備費として計上されていたとすれば、使途不明金の額と時期が合致します」


 十五年前。前の代官の時代だ。あの代官は横領で解任されたが、横領だけが罪ではなかったのかもしれない。もっと大きな秘密を隠すために、金を動かしていた。


「ヘルガなら何か知っているかもしれませんわ。彼女は先代の時代からこの館にいます」


「ヘルガ殿は全てを見てきた人ですからね。ただ——聞き方には注意が必要です。あの方は、聞かれたことに正直に答えますが、聞かれないことは言いません」


 エミルの観察眼は正確だった。ヘルガは受動的な情報源だ。こちらから適切な問いを投げなければ、答えは返ってこない。


「誰の指示で坑道を封鎖したのか——それがわかれば、この辺境の本当の姿が見えてきます」


 帳簿の数字が頭の中で回り始めた。北方警備費、年間三百ギルダー。十五年分で四千五百ギルダー。封鎖工事費と口止め料。そして代官の「横領」として処理された額の不自然な少なさ。誰かがもっと上の段階で糸を引いていた可能性がある。


「父の関与は——ありえますか」


 声に出してから、自分の問いに驚いた。宰相アルベルト・ヴァルトシュタイン。ヘルムガルド領の名目上の領主は公爵家だ。代官を任命していたのも公爵家。十五年前の封鎖命令が公爵家から出ていたとしたら——。


「可能性はあります。しかし憶測で動くのは危険です」


 エミルが静かに釘を刺した。その通りだ。証拠なき告発は、逆にこちらの信用を損なう。


 エミルの目が温室の外を見た。北の空。今日は晴れているが、あの夜に見た魔獣の燐光は、まだ記憶に新しい。魔獣が北方に集まる理由も、もしかしたら魔力脈と関係があるのかもしれない。


「セラフィーナ様」


「はい」


「あなたの知っている『物語』の中に、魔鉱石は登場しましたか」


 考えた。ゲームの設定にはあったが、メインストーリーには深く絡まなかった。辺境の鉱山イベントは確かあったが、マイナーなサブクエストで——結末を覚えていない。


「……設定として存在はしていました。しかし詳しいことは覚えていません」


「なるほど。つまりこれは——『物語の外側』の出来事かもしれない」


 エミルが微笑んだ。しかしその笑みには、不安と期待が入り混じっていた。物語の外側。書かれていない展開。私たちは今、ゲームの脚本にない道を歩いている。それは自由であると同時に、道標がないということでもある。


「怖いですか」


 エミルが静かに聞いた。


「……少し」


 正直に答えた。知っている物語なら、対策が立てられた。知らない展開は、前世の知識が役に立たない。しかし——。


「でも、知っている物語の結末は処刑でしたから。知らない道の方が、まだ希望がありますわ」


 エミルが小さく笑った。初めて見る、心からの笑みだった。


 温室の扉の外で、リリアーヌの声が聞こえた。オルガと一緒に薬草の世話をしているらしい。明るい笑い声。その声の主が、自分の体に宿り始めた力の意味をまだ知らない。


 私は知っている。ゲームのリリアーヌは聖女として教会に召し上げられ、処刑の場で「神の裁き」を下す役割を担う。その運命を変えるには——彼女が教会に利用される前に、真実を伝えなければならない。


 しかし今はまだ、早い。先物取引を成功させ、ノーヴァルの攻勢を凌ぎ、足場を固めてから。一つずつ。焦れば崩れる。


 聖光草が、一際強く光った。まるで、地下深くの魔力脈が応えるように。

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