第8話 余るという問題
収穫が終わると、村は少し静かになった。
畑は刈り取られ、残ったのは短い茎と乾いた土だけだ。
羊はゆっくり草を食み、鶏はいつも通り地面をつついている。
だが、今年の秋はいつもと少し違った。
納屋の中に積まれた袋の数が、明らかに多かった。
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圭太は納屋の中に立っていた。
小麦の袋が並んでいる。
一袋、二袋、三袋。
去年の記録と比べる。
板に刻まれた数字。
圭太は指でなぞった。
去年 四十七袋
そして今年。
六十三袋
圭太は小さく息を吐いた。
増えている。
それは間違いない。
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村長が納屋に入ってきた。
袋を見渡す。
そして言った。
「……多いな」
圭太は頷いた。
「はい」
村長は袋を軽く蹴る。
「食えるか」
圭太は言った。
「全部は無理です」
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村人の一人が言った。
「腐るな」
別の男が言う。
「干すか」
村長は首を振る。
「干しても限界がある」
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圭太は黙っていた。
この状況は、どこか見覚えがあった。
会社でも同じことが起きる。
生産が増える。
だが売り先がない。
結果、在庫が積み上がる。
余剰。
経済の問題だった。
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村長が言った。
「去年までは、足りないか足りるかだった」
圭太は頷く。
「今年は余る」
村長は袋を見た。
「困るな」
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リナが入ってきた。
袋の山を見る。
「すごい」
圭太は言った。
「そうでもない」
リナは首を傾げる。
「多いのに?」
圭太は答える。
「多すぎる」
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リナは理解できない顔をした。
圭太は袋を指す。
「人が四十人」
「一年で食べる量は決まってる」
「それ以上は食べられない」
リナは言った。
「でも小麦は小麦」
圭太は笑った。
「そう」
そして言う。
「だから売る」
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村長が振り返った。
「売る?」
圭太は頷いた。
「はい」
村長は言った。
「町まで三日だ」
圭太は知っていた。
村人も何度か行ったことがある。
だが頻繁ではない。
遠いのだ。
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圭太は聞いた。
「この近くに村は?」
村長は答えた。
「いくつかある」
「だが小さい」
圭太は言う。
「小さくていい」
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村長は腕を組んだ。
圭太は言った。
「塩」
「鉄」
「布」
「酒」
そして続ける。
「小麦と交換」
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村長は黙った。
それは考えたことのない話ではない。
だが村の生活は、基本的に自給自足だった。
足りないものは年に一度、町へ行って買う。
それだけだ。
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圭太は納屋の外を見た。
秋の風が吹いている。
そして言った。
「余るというのは」
「悪いことじゃない」
村長は聞く。
「なぜだ」
圭太は答えた。
「初めて、選べるからです」
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リナが聞いた。
「何を?」
圭太は言う。
「どう使うか」
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村長は袋を見ていた。
そして静かに言った。
「……どうする」
圭太は答えた。
「人を呼びます」
村長が眉を動かす。
「誰を」
圭太は言った。
「商人」
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その言葉に、納屋の空気が少し変わった。
村人の一人が言う。
「来るか?」
圭太は答えた。
「来る」
そして言った。
「小麦があるなら」
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その夜。
圭太は家で板を見ていた。
村の人数。
畑。
羊。
小麦。
数字が並んでいる。
圭太はふと思った。
東京では、何百億の市場を分析していた。
だが今、目の前にあるのは
四十人の経済圏だ。
それでも構造は同じだった。
生産。
余剰。
交換。
それが経済だ。
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圭太は小さく笑った。
そして思う。
この村は、まだ気づいていない。
今年、初めて
経済が始まったということを。




