第7話 収穫
夏は、あっという間に過ぎた。
圭太にとっては、ほとんど記憶がないほど忙しかった。
朝はまだ涼しい時間に畑へ出る。
雑草を抜き、土をほぐし、水路の詰まりを直す。
昼は短く休み、また夕方まで作業を続ける。
日が落ちるころには、腕が上がらなくなる。
それでも村人たちは、同じように働いていた。
彼らにとっては、これが普通の一年なのだ。
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圭太の畑は、村の畑とは少し違う形をしていた。
畝の間隔は広い。
畑の端には細い水路が走っている。
そして一部には豆が植えられていた。
それを見た村人は最初、首を傾げた。
「小麦の畑なのに豆?」
圭太は答えた。
「土を休ませる」
男は笑った。
「土は寝ない」
圭太も笑った。
「でも疲れる」
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夏の間、圭太は畑と同じくらい、記録を続けていた。
板に刻む。
畑の広さ。
家族の人数。
羊の数。
収穫量。
村人たちは最初、あまり興味を持たなかった。
だが少しずつ、圭太の家に板が増えていくのを見て、何人かが聞きに来るようになった。
「うちの畑、どれくらいだ?」
「羊は何頭だった?」
圭太は板を見て答える。
「去年は四袋」
「羊は三頭」
男は言う。
「覚えてるな」
圭太は首を振る。
「覚えてない」
そして板を指す。
「ここにある」
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リナは、ほとんど毎日圭太の家に来ていた。
最初は畑を見に来るだけだった。
だがいつの間にか、板の数字を見るようになっていた。
「おじさん」
「ん?」
「この畑、去年より多い」
圭太は笑った。
「よく気づいた」
リナは胸を張る。
「分かる」
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秋が近づくと、小麦の色が変わり始めた。
緑だった畑が、ゆっくりと黄金色になる。
風が吹くと、穂が波のように揺れる。
村の男たちは、それを見ると少しだけ口数が増える。
収穫が近いからだ。
この時期の空気は特別だった。
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収穫の日は、村中が畑に出た。
鎌で穂を刈り、束ね、畑の端に積む。
子どもも手伝う。
リナもいた。
圭太の隣で、ぎこちなく鎌を使っている。
「危ない」
圭太が言う。
「指切る」
リナは言った。
「大丈夫」
そして少しして、やはり指を切りかけた。
圭太は苦笑した。
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昼過ぎには、圭太の畑の収穫が終わった。
束は畑の端に積まれている。
村長が来た。
「数えるか」
圭太は頷いた。
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村人たちも集まった。
束を袋に入れていく。
一袋。
二袋。
三袋。
男が言う。
「去年は四袋だった」
圭太は何も言わない。
数える。
五袋。
六袋。
沈黙が広がる。
七袋。
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男が言った。
「……多いな」
圭太は小さく息を吐いた。
予想より少し多い。
村長は袋を見ていた。
そして言った。
「他の畑は?」
別の男が答える。
「五袋」
村長は圭太の畑を見る。
七袋。
少しだけ、空気が変わった。
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リナが言った。
「おじさん勝った」
圭太は笑った。
「勝負じゃない」
リナは言う。
「でも勝った」
圭太は首を振った。
「ただの実験」
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その夜、村は少しだけ騒がしかった。
収穫のあとだからだ。
酒が出て、パンが焼かれる。
男たちは畑の話をする。
「畝の間隔」
「水路」
「豆」
誰も魔法とは言わない。
ただ、やり方の話をしている。
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村長が圭太の隣に座った。
しばらく黙って酒を飲む。
そして言った。
「お前のやり方は効いた」
圭太は言った。
「一枚だけです」
村長は首を振る。
「違う」
そして言う。
「来年は全部だ」
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圭太は少し驚いた。
村長は続ける。
「畑だけじゃない」
「お前の板も」
圭太は聞く。
「記録ですか」
村長は頷いた。
「村の仕事になる」
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外では風が吹いていた。
黄金色だった畑は、もう刈り取られている。
圭太は酒を一口飲んだ。
そして静かに思う。
東京では、仕事の成果はスライドの中にあった。
ここでは違う。
袋に入った小麦が、目の前にある。
圭太は小さく息を吐いた。
これは、本物の仕事だ。




