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第5話 春の畑

 雪が消えると、村は急に忙しくなった。


 地面の色が変わる。

 風の匂いが変わる。

 羊の鳴き声もどこか落ち着きがなくなる。


 春だった。


 村の男たちは朝早くから畑に出る。


 固くなった土を鍬で起こし、冬の間に積もった枯れ草を取り除く。

 畑の準備は、村で一年のうち最も重要な仕事だった。


 圭太もその中にいた。


 鍬の扱いはまだぎこちない。


 手のひらはひび割れ、肩は重い。

 それでも、村人たちはもう彼をよそ者としては見ていなかった。


 仕事をする男として扱っている。


 それだけで十分だった。


 畑の端には、村長が約束した区画があった。


 村の畑の中でも少し小さな区画だ。

 他の畑から少し離れている。


 村長が言った。


 「ここだ」


 圭太は頷いた。


 「ありがとうございます」


 村長は腕を組む。


 「約束は覚えている」


 圭太は言う。


 「春の畑、ですね」


 村長は短く答えた。


 「好きにやれ」


 ただし、と続ける。


 「収穫は比べる」


 圭太は笑った。


 「当然です」


 圭太は畑の土を触った。


 湿り気。

 粒の大きさ。

 固さ。


 東京では触れたことのない情報だった。


 だが観察するという意味では同じだ。


 企業の数字を見るのと、畑を見るのは意外と似ている。


 状態を見る。


 それがすべてだった。


 圭太は縄を取り出した。


 村人が不思議そうに見る。


 「何してる」


 圭太は言った。


 「距離を測る」


 男が笑う。


 「畑で測るやつは初めて見た」


 圭太は笑い返した。


 「自分でもそう思います」


 畝を作り始める。


 ただし、村の畑とは少し違う形だった。


 畝の間隔を広げる。


 村の畝より、拳一つ分広い。


 男が言った。


 「狭い方が多く植えられる」


 圭太は頷いた。


 「そう思いますよね」


 そして言った。


 「でも根が広がる場所が必要です」


 さらに圭太は浅い溝を掘った。


 畑の端から端まで、細い水路を作る。


 男が言う。


 「水路?」


 圭太は答えた。


 「雨水を流す」


 男は首を傾げる。


 「今でも流れる」


 圭太は言う。


 「流れるけど、遅い」


 村人たちは黙って見ていた。


 反対はしない。


 だが、信じてもいない。


 それでいい。


 圭太は思った。


 信頼は、説明ではなく結果でしか作れない。


 それは東京でも同じだった。


 作業が終わった頃、リナが来た。


 「変な畑」


 圭太は笑った。


 「そうだね」


 リナは聞いた。


 「成功する?」


 圭太は少し考えた。


 そして答える。


 「分からない」


 リナは笑う。


 「正直」


 圭太も笑った。


 「でも確率は高いと思う」


 リナは首を傾げる。


 「確率?」


 圭太は畑を指した。


 「うまくいく可能性」


 リナは少し考えた。


 そして言った。


 「おじさんの仕事って」


 圭太は聞く。


 「何?」


 リナは答えた。


 「可能性を増やす仕事?」


 圭太は少し驚いた。


 そして静かに言った。


 「……多分そう」


 その夜。


 圭太は暖炉の前に座っていた。


 外はまだ冷える。


 だが畑はもう春の準備をしている。


 東京では、仕事の成果は数字でしか見えなかった。


 だがここでは違う。


 畑が残る。

 水路が残る。

 種は芽を出す。


 圭太は小さく息を吐いた。


 そして思う。


 ここでは、仕事の結果が土の上に残る。


 それは、悪くなかった。

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