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第4話 冬の仕事

 圭太が村に来てから三日ほど経ったころ、最初の雪が降った。


 畑はもう静かだった。


 小麦の収穫は終わり、土は固く閉じている。

 春までは、ほとんど何もできない。


 村の仕事は冬になると性質が変わる。


 薪を割る。

 道具を直す。

 家畜の世話をする。

 食料を保存する。


 そして何より、考える時間が増える。


 圭太は村の外れの空き家を借りることになった。


 昔、羊飼いの老人が住んでいた家らしい。

 屋根は古いが、暖炉は使える。


 最初の数日は、それだけで精一杯だった。


 薪を割るだけで腕が痛い。

 水を運ぶだけで息が上がる。


 四十歳の身体で、急に農村生活に入れば当然だった。


 圭太は、自分がいかに身体を使わない生活をしていたかを初めて理解した。


 それでも冬の村には、やることがある。


 圭太は納屋に顔を出すようになった。


 そこでは男たちが道具を直し、女たちが干し肉やチーズを作っている。


 圭太は最初、黙って見ていた。


 仕事の癖だった。


 まず観察する。


 畑の作業ではない。

 生活の流れを見る。


 どこで時間がかかっているのか。

 どこで人が重なっているのか。

 どこで無駄が出ているのか。


 ある日、圭太は気づいた。


 干し肉を作る作業が、妙に時間がかかっている。


 村の女たちが、猪肉を細く切り、塩を振り、紐で吊るしていく。


 作業自体は手慣れている。

 だが、途中で何度も人が立ち止まる。


 塩を取りに行く。

 紐を探す。

 ナイフを借りる。


 それぞれ小さな動きだが、全体で見るとかなり時間を使っている。


 圭太は少し考えた。


 そして納屋の棚を指した。


 「これ、まとめませんか」


 女の一人が振り返る。


 「何を?」


 圭太は言った。


 「塩と紐とナイフ」


 そして棚の上に三つの箱を置いた。


 「ここを干し肉用の道具置き場にする」


 女たちは顔を見合わせた。


 圭太は続ける。


 「肉を切る人」


 「塩を振る人」


 「吊るす人」


 「作業を分ける」


 沈黙。


 しばらくして一人が言った。


 「……やってみる?」


 結果はすぐに出た。


 作業時間がほぼ半分になった。


 誰も急いでいない。

 ただ、動きが整理されただけだ。


 リナが言った。


 「おじさん、魔法?」


 圭太は笑った。


 「違う」


 そして答える。


 「順番」


 別の日、圭太は羊小屋で立ち止まった。


 羊の餌やりは一日二回。

 だが干し草を運ぶ距離が長い。


 圭太は聞いた。


 「干し草、どこで切るんですか」


 羊飼いの男が答える。


 「村の外れ」


 圭太は頷いた。


 そして言った。


 「半分をここに移しませんか」


 男が首を傾げる。


 圭太は説明した。


 「羊の近くに置く」


 「運ぶ距離を半分にする」


 男は少し考えた。


 そして言った。


 「……それでいいのか」


 圭太は笑った。


 「それだけです」


 その日、干し草の山は小屋の裏に移された。


 結果、餌やりの時間が短くなった。


 誰も損をしていない。

 ただ、動線が変わっただけだ。


 リナが聞いた。


 「おじさんの仕事って何?」


 圭太は少し考えた。


 そして答えた。


 「仕事を楽にする仕事」


 リナは言った。


 「変な仕事」


 圭太は苦笑した。


 確かにそうだ。


 冬の間に、圭太はそういう小さな改善をいくつもした。


 薪置き場の整理。

 道具の共有棚。

 干し肉の作業分担。

 羊小屋の餌置き場。


 どれも些細なことだ。


 だが村人たちは気づき始めていた。


 仕事が少しずつ楽になっている。


 ある夜、村長が言った。


 「お前のやっていることは、畑より効いているかもしれん」


 圭太は笑った。


 「畑は春からです」


 村長は頷いた。


 「だが冬の間に、お前は信頼を得た」


 その夜。


 圭太は暖炉の前に座っていた。


 薪が静かに燃える。


 窓の外は雪だった。


 東京の夜とはまるで違う。


 彼はふと思う。


 東京では、自分は何をしていたのだろう。


 巨大な企業の戦略。

 何百億の事業。

 市場分析。


 それらは確かに重要だった。


 だが今、ここでやっていることはもっと単純だ。


 干し肉の作業。

 薪の置き場。

 羊の餌。


 それでも、人の生活は確実に良くなっている。


 圭太は小さく息を吐いた。


 そして思う。


 仕事というのは、本当はこういうものなのかもしれない。


 春になれば畑が始まる。


 圭太は窓の外の雪を見ながら思った。


 自分がここで何をできるのか。


 それはまだ分からない。


 だが少なくとも――


 冬の間に、

 この村の人間として扱われるところまでは来た。

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