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第11話 広がる市

 最初の市から一ヶ月後、二度目の市の日が来た。


 圭太は夜明け前に目を覚ました。


 窓の外はまだ暗い。

 だが村の気配はもう動き始めていた。


 遠くで薪を割る音がする。

 羊の鳴き声。

 納屋の戸が開く音。


 人が早く起きる日は、理由がある。


 今日は市の日だった。



 圭太が広場に出ると、すでに何人かが動いていた。


 村長が木の台を並べている。

 若い男たちは袋を運んでいた。


 前回より準備が速い。


 それは当然だった。


 一度経験した作業は、人はすぐに覚える。


 特に、意味のある仕事ならなおさらだ。



 広場の端には、小麦の袋が並んでいた。


 だが前回と違う点が一つある。


 袋の横に、小さな木札が置かれている。


 圭太が作ったものだった。


 木札には簡単な印が刻まれている。


 「小麦」

 「羊毛」

 「干し肉」


 文字というほどのものではないが、

 何が置いてあるのか一目で分かる。


 リナが札を指さした。


 「これ便利」


 圭太は笑った。


 「迷わない」



 しばらくして、最初の客が来た。


 前回と同じ村の男だった。


 羊を一頭連れている。


 男は広場を見るなり言った。


 「今日は多いな」


 確かにそうだった。


 前回より袋の数が増えている。


 村人たちが、市を前提に準備をしているのだ。



 さらに人が来た。


 二人。

 三人。


 前回見た顔もあるし、初めて見る顔もある。


 広場の空気が少しずつ変わる。


 まだ静かだが、確実に人が増えている。



 圭太は広場の端でそれを見ていた。


 市場が成長する初期段階には、必ず同じ現象が起きる。


 参加者の増加。


 最初は疑いながら来る。

 二度目は試しに来る。

 三度目には準備して来る。


 そして四度目には、当たり前になる。



 今回、広場には新しいものがあった。


 卵。

 干した魚。

 粗い布。


 前回にはなかった品だ。


 つまり、供給が増えている。



 リナが小さく言った。


 「おじさん」


 「ん?」


 「人が多い」


 圭太は頷いた。


 「増えてる」


 リナは聞く。


 「なんで?」


 圭太は答えた。


 「便利だから」



 人が増える理由は単純だ。


 ここに来れば、取引ができる。


 それが分かれば、人は自然に集まる。


 市場は宣伝で作るものではない。


 利便性で作るものだ。



 昼近くになると、広場はかなり賑やかになっていた。


 羊の鳴き声。

 笑い声。

 交渉の声。


 村人たちは少しずつ慣れてきている。


 前回より、取引が速い。



 そのとき、見慣れない男が広場に入ってきた。


 背が高い。

 背中に大きな袋を背負っている。


 服は他の村人より少し良い。


 歩き方も違う。


 圭太はすぐに気づいた。


 商人だ。



 男は広場をゆっくり見回した。


 袋の数。

 人の数。

 品物。


 その目は明らかに、取引の場を測る目だった。


 男は言った。


 「ここが市か」


 村長が答える。


 「そうだ」



 男は袋を下ろした。


 中から出てきたのは塩だった。


 かなり多い。


 広場がざわめいた。


 塩は貴重だ。


 村では滅多に手に入らない。



 男は言った。


 「小麦を買う」


 村人たちは顔を見合わせた。


 買う。


 その言葉は、今までこの村であまり使われていなかった。


 これまでは交換だった。


 物と物。


 だがこの男は違う。



 男は小さな袋を取り出した。


 中には金属片が入っている。


 銅貨だった。


 広場が静まり返る。



 リナが小さく聞いた。


 「お金?」


 圭太は頷いた。


 「そう」



 商人は言った。


 「小麦一袋、銅貨三枚」


 村人たちは黙った。


 銅貨の価値が分からない。


 だが塩や鉄と交換できることは知っている。



 圭太は静かに見ていた。


 市場が次の段階に入った瞬間だった。


 貨幣の登場。



 村長が聞いた。


 「三枚か」


 商人は肩をすくめる。


 「町では二枚」


 そして言った。


 「運ぶ手間だ」



 圭太は心の中で少し笑った。


 この男は、かなり計算している。


 輸送コスト。

 利益。


 つまり本物の商人だ。



 村の男が言った。


 「四枚」


 商人は笑う。


 「強気だな」


 男は言う。


 「小麦は多い」


 商人は少し考えた。


 そして言った。


 「三枚半」



 取引が成立した。


 小麦一袋。


 銅貨三枚半。



 広場の空気がまた変わった。


 今度は、皆が銅貨を見ている。


 小さな金属片。


 だが価値を持つもの。



 リナが言った。


 「おじさん」


 「ん?」


 「すごいこと起きてる?」


 圭太は少し考えた。


 そして答えた。


 「うん」



 広場を見渡す。


 小さな村の空き地。


 だが今ここでは、


 生産があり、

 交換があり、

 価格があり、

 貨幣がある。



 圭太は静かに思った。


 この場所はもう、ただの村ではない。


 市場になった。



 夕方、商人は去っていった。


 背中の袋には小麦が詰まっている。


 代わりに、村には銅貨が残った。



 村長が言った。


 「……お前の言う通りだ」


 圭太は答える。


 「まだ始まりです」



 広場には、まだ人が残っていた。


 村人たちは銅貨を手に取り、光にかざしている。


 誰もまだ、この意味を完全には理解していない。


 だが圭太は知っていた。



 この村は今、


 経済の中に入った。


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