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自分の見つけ方

作者: よん
掲載日:2026/03/16






 誰にも言えない悩みを電話口に打ち明けられるアプリケーション「ドリーム」が近年流行っている。





 発端はこのアプリを開発した会社「ミラプラット」の社長が、堂々と打ち明けたキャッチコピー。



「本当に弱音を吐ける相手は、世界中の出会わずに終わる相手かもしれない。」



 興味を引き立てるその言葉に、アプリをダウンロードする人は徐々に増えていった。そのうち各メディアに取り上げられ、爆発的な人気に繋がっていった。

 その人気が色褪せずにいる理由の一つは、アプリの利用者からの口コミの良さからだった。

 利用者がリアルな感想をSNSに投稿する事で、多くの人の目にとまり続けている。もちろん、否定的な意見も散見された。しかし、相談者の情報が漏れたら、と言うマイナスな意見に対して、「ミラプラ」は、待っていましたと言わんばかりに、会社が独自に開発したと言うプライバシー保護システムを発表した。その結果、確固たる実績は順調に積まれ、若者から老人までが欠かせないツールとなってきている。



 サキもまた、その一人に、今、なろうとしていた。


「会員登録、って、結構色々聞かれるんだな。」


 サキは、どちらかと言うと、世間のことに疎く、「ドリーム」を知ったのも、つい最近だった。

 知ったきっかけは、都会のビルの大画面に映し出された例のキャッチコピーをたまたま目にしたことからだった。

 サキは、弱音を吐くのが苦手だった。愚痴を聞かされる側など、誰がなりたいものか。と、相手の感情に目がいってしまうのだ。だから、誰にも頼らない。そうやってここ数年過ごしていた。しかし、あのキャッチコピーが、頭から離れず、とうとう「ドリーム」をダウンロードしたのだった。


「好きな、色?登録に必要なの?」


 サキは首を傾げた。他にもそんな質問が続く。

 好きな食べ物。楽しかった場所。行ってみたい国。サキは、一つ一つの質問に思いを巡らせながら丁寧に回答した。聞かれなければ、当分思い出さなかった思い出が、次々に花開いていく。

注意事項も念入りに読んだ。 


「え、っと、次で最後か。」


 サキは、スマホで文字を打ち込んでいた手をピタリと止めた。


「文字化けしてる。」


 文章が書かれているのは分かるがまったく読み取れない。最後の質問はYESか NOで答えられるようになっているのはなんとなく分かるような感じだった。


「どうしようかな、この質問に答えないと会員登録できないし」


 数分悩んだ後、サキは意を決して、YESを押した。最後は決まって契約同意など、しておかないといけないことだったりする、と思ったのだ。それが読み違いでも、登録が完了すれば、後でいくらでも直せるはずだ。サキにはこう言った少し大雑把なところがあった。


「よし、これでいいはず」





(ようこそ、ドリームへ)


 サキがYESを押すと、すぐに画面全体が白くなり、真ん中に黒文字が浮かんできた。


(すぐにお電話可能です)


 文字が消えて、また浮かんでくる。


(深く考えず、自由に会話を楽しんでください)


(それでは、素敵なあなたへ)


(幸運あれ)


 文字が消え、白い画面だけになる。そこにゆっくりと「通話を始める」のボタンが現れた。


「すごい、もう電話、繋げようとしたら、つながっちゃうんだ」


 サキは、自分の部屋を見渡した。誰もいないとは分かっているけど、気持ちを整えるためにも、電話ができない状況はないか見渡した。


「電話、できない理由はなし、と」 

 目線をまた携帯の画面に戻す。

「通話を始める」の文字をじっくり見てから、えいっ、と人差し指で押した。

 その瞬間、ピアノの優しい音が鳴り響く。高いピアノの音がポロん、ポロんとメロディを奏でる。しばらく聞き入っていると、




「もしもし」


 いつの間にかピアノの音が鳴り止み、低音の響く男の声が聞こえた。

 サキの胸が高鳴る。ドキドキという鼓動が、胸に手をあてなくても分かる。生唾を飲み込む。


「…もしもし」


 サキは自分の声に集中して声を発した。


「あ、どうも。こんばんは」


「こんばんは」


「あの、電話が繋がる前、ピアノ音、聞こえてました?」


 サキは、先ほどまで聞き入っていた音を思い出す。


「はい。綺麗な高音の、」


「そう、それです。すごく好みの音楽だったので、つい、誰かに話したくなって、すみません突然」


「いえ、実は私もいい音だなと耳をすませていたんです」


「そうですか、それはよかった。あ、僕、思った事を脈略なくても言ってしまうたちで、鬱陶しかったら、教えてください。えっと、あなたも、思った事、そのまま伝えてくれれば、ありがたいです」


「わかりました。でも、素直に言葉にできるの、私は純粋にいいなと思いますよ」


 サキは、低い声に身構えていたが、聞こえてくる声色が優しく、いつのまにか相手を自然と褒めていた。


「そうですか、あなたのような人も貴重ですよ」


「そんなこと、初めて言われましたよ」


「嘘でしょ、」


「嘘じゃないです」


「嘘がつけそうにない人も、珍しいですよ」


「はは」


 サキは、思わず、笑みが溢れてハッとした。自分の上がった口角を手で触って確かめる。

 この人は、素直になっていい人で、頼ってもいい人だと安心している自分がいるのだ。驚いた。これがクチコミで言われている「人間とは思えないほど、心を軽くしてくれる」と言うテクニックなのだろう。


「私、一方的に話すの、苦手で、良ければ、お互いに言いたい事を言い合うのはどうですか?」


「いいですね。そうしましょう」


「えっと、」

 このアプリにはルールがあり、その一つに、互いの名前は伝えない事があった。


「呼び方、好きな食べ物にしませんか」


 先ほど答えた質問を思い出して、サキはそのように男に提案した。


「面白いですね。では、僕のことは、オムライスと呼んでください」


「わかりました。私のことは、焼き魚と」


「焼き魚さん、すごくイメージ通りです」


「それは、褒めてますか?」


「はい。相手に対して誠実な感じがぴったりだなと、」


「そうですか。オムライスさんもピッタリな気がしてきました」


「それはどう言う?」


「真っ直ぐで、黄色い感じなところ?」


「はは。なるほど。では、僕たちにぴったりな名前でお話ししましょうか」


「はい」


 それから、サキたちは色んな話をした。顔も知らない誰かだからか、それとも、相手が、話を聞く、とアプリ内で承諾している相手だからか、サキは意外にも自分の悩んでいる事をすんなり話していた。


「最近、仕事で思い悩んでいて、」


「はい」


「私、いつも相手の気持ちを深く考えてしまって、言いたいことが言えなかったりするんです」


「はい」


「この前、私のミスでないものを、押し付けられて、何も言い返せなくて」


「はい」


「落ち込んでいたその夜に、飼っていた猫が死んでしまって」


「はい」


「そしたら、全部虚しくなって、はっきり言えない自分がすごく、嫌になって、そんな自分に飼われていたみーちゃんだって、きっと私のせいで不幸になったんだとか。もう、消えてしまいたい、とか思ったり。」


「はい」


「…私の話、聞いていて、どう思ってますか。愚痴聞き慣れてるとは思うんですが、私、相手の気持ち勝手に想像しちゃうので、率直な気持ちを教えてもらえた方が、ありがたいです。私は、誰かに聞いてもらえただけで、少し、すっきりしたので」




 沈黙が訪れる。

 すると、電話口から息を吸い込む音がした。



「今日の夜の月は、朧月だそうですよ!」


 サキは思わず、目を見開いた。

 突然の言葉に目がチカチカする。


「ぼんやり見える月が、いつもなんだかもどかしくて、気になるんです」


「はぁ」


「それを、今まで、焼き魚さんにも感じていました」


「え?」


「焼き魚さんの話を聞いて、気づいたことがあるんです。僕、今霧が晴れたみたいに、すっきりしているんですよ」


「それは、どう言うことですか?」


「いつも人を思い遣っている焼き魚さんの話を聞けるのって、レアというか、聞いていてすっきりしたんです。焼き魚さんの話はよく見える月のようでした」


 サキは、その話を聞いて、しばらく呆気にとらわれたが、思わず、クスッと笑った。なんで笑うんですか?と電話口から聞こえるが、笑うのを止められない。今の心地よい気持ちをもっと感じていたいと思った。


「僕、言いたいことを言っちゃって、人間関係うまくいかないんです。悩みなんですよ。もしかして、焼き魚さんも傷ついたとか?」


 サキがいつまでも返事をしないので、電話口から独り言のようにぶつぶつと男の声が聞こえた。


「いいえ、嬉しかったんです。そんなふうに言ってもらって。オムライスさんのその表裏ない感じ、素敵ですよ。」


「あ、よかったです。」


「はは」


 聞いてもらえた時間も、言ってもらった言葉も、長くない。しかし、それでもサキの心は、電話を繋げる前とは比べるまでもなく変わっていた。明るい方に。


「そう言えば、さっき、愚痴を聞き慣れていると思うけど、と焼き魚さんはおっしゃいましたが、僕、このアプリ使うの今回が初めてです」


「え?そうなんですか?てっきりお話し上手なので、すごい聞き手なのだとばかり」


「え?それはこっちのセリフですよ。安心感のあるベテランの方かと思いました。僕が話しやすいように、自分の悩みまで話してくれて」


「え?」


「え?」


「それは、つまり、オムライスさんは、」


「焼き魚さんは」


「「相談を聞いてくれる人じゃないんですか?!」」

 




 その後、相談したい同士のミスマッチは、「ドリーム」が始まって初めての異例なシステムエラーとして、多くのニュースや新聞で、取り上げられることとなった。

「ミラプラット」の社長は、こう語っている。


「みなさん、日常生活では、自分の殻に閉じこもっているだけで、少し前に出て行動すれば、案外、気持ちを言葉にするのなんて平気だったりするんですよ。出会いは必然なんです。決して無駄なものはない。怖がらず、ぜひこれからも「ドリーム」を愛用していただければと思います」

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