とある休日
春が深まり、窓の外には淡い緑が溢れる季節になった。
休日の朝、マユがカーテンを開けると、柔らかな光と共に鳥のさえずりが届く。
その日も、マユはダグと一緒に朝食の準備をしていた。
「今日は、昨日仕込んでおいたスープにしよう?」
そうマユが微笑めば、ダグはわずかな笑みを浮かべて頷いた。
「では……俺は、サラダを作ろう」
手際よく野菜を洗い、包丁を握る姿は何とも頼もしく見ているだけで心が和む。
だが、肝心の調味料が見当たらなかった。
「……あれっ、お塩がない」
「それなら、近くの店まで買ってくる」
眉を下げるマユを目にして、ダグは手早くコートを羽織る。
「いいよ、私が行くよ」
「いや、君は料理を仕上げておいてくれ。……戻ったら、一緒に食べよう」
ダグはそう言って、外へと出てしまう。
しばらくして、戻ってきたダグの手には小さな袋があった。
中には塩だけでなく、以前マユが好きだと言っていたベーカリーのパンがいくつか入っていたのだ。
「ありがとう。私、このパン大好きなの!」
マユは微笑みながら、それを受け取った。
「それはよかった。いい匂いがしたものだから……」
ダグは低く、微笑んだ。
その笑みに、マユはますますダグに対しての愛おしさを募らせていくのであった。
朝食を済ませた後は、二人は身支度を整え、静かに手を繋いで外へと繰り出す。
ショーウインドウに映るその姿は、紛れもなく仲睦まじい夫婦そのものであり思わずマユは笑みを深めた。
ダグもまた、マユの小さな手を握りしめながらも春の温かな陽気に目を細めていた。
二人は同じ歩調で歩みを進めながら、時折立ち止まっては華やかな雑貨や芽吹いたばかりの花を眺めては互いに微笑みを交わしていた。
ダグはふと、ある一つの髪飾りに手を伸ばし、そっとマユの髪にあててみせる。
「マユに、よく似合う」
「……本当?」
「ああ、柔らかい雰囲気が合うな……。買おう」
「えっ、いいよ!ダグ、そんな……」
「マユはいつも、遠慮をしてばかりじゃないか。今日くらいは、恰好つけさせてくれ」
そのようにダグの瞳に見つめられて、マユはただ頷くことしかできずにいた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
マユは照れたような笑みを浮かべながら、髪飾りを受け取った。
ダグの視線はひどく優しく、どこか誇らしげであるかのように見えていた。
何か感謝の気持ちを返すことはできないかと、マユが辺りを見渡せば大きな書店が目に入る。
「あ……。ダグ、あそこに寄ってみてもいい?」
「ああ、行ってみよう」
本屋に立ち寄ると、マユはすかさずとある本を手にしていた。
ダグは高く積まれた本を静かに手に取り、あまり表情を変えずに眺めていた。
しかし時折、マユに話しかけるその言葉や視線にふとした温かさが滲んでいく。
「何か、見つかったか?」
「うん。買ってきたよ……」
そしてマユは、ダグの目の前に一冊の本を差し出した。
「これ……、さっきのお礼。ダグが読んでた本の、続きが出てたから……」
その言葉に、ダグは目を見張る。
確かにそれは、近頃読み進めていた本の最新巻でもあったのだ。
「ありがとう。マユ……!」
ダグは感極まったように、本を力強く抱きしめた。
「よかった」
マユもまた、笑みを浮かべて喜んでいた。
その後も二人は、街を歩いては互いに笑みを交わしていた。
いつしか陽は傾き、小さな広場に辿り着くと、二人はベンチに腰を下ろした。
柔らかな夕陽が二人の頬を同じ色に染め、その影を長く伸ばしていく。
「今日は、楽しかったね」
「ああ……。マユと一緒なら、どこへ行っても楽しいものだな」
二人は静かに、手を繋ぐ。
マユが強く握り返せば、ダグはふと笑って言った。
「幸せだ……」
その囁きは、風に乗って消えていく。
しかしマユの耳には、確かに届いていたのだ。
「私も。……ダグ、たくさんの幸せをありがとう」
そう静かに、キスをした。
遠くで響く街のざわめきが、二人だけの世界を優しく包む。
「マユに出会えて、よかった」
そうダグも、お返しにとでも言うようにマユの頬へ唇を寄せていた。
その夜、マユとダグはリビングのソファに並んで座っていた。
窓の外には満天の星が輝き、静かな夜の風がカーテンをそっと揺らす。
街歩きから戻った二人は、温かい紅茶を手に取り、ゆったりと流れる時間を楽しんでいた。
「ねえ、ダグ……」
マユは少し、躊躇いながら口を開く。
「将来のことについて……、少し、考えてみない?」
ダグは静かに頷き、マユの肩を抱き寄せた。
「もちろんだ。俺はこの先も、マユと一緒に笑い合っていたい」
マユは深く呼吸をしてから、素直に胸の内を伝えていた。
「私は……ね、子供がほしいの。ダグとなら、きっと幸せに育てられると思う。もちろん、恵まれなくてもそれで幸せだけど……」
ダグは一瞬考え込むように静まり返ってしまうものの、やがて柔らかな笑みを浮かべてこう言った。
「……俺も、同じ気持ちだ。マユとなら、どんな未来も受け入れられる。もし恵まれるようなことがあれば、一緒に育てていこう」
マユは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
言葉以上に、ダグの誠実さと優しさが、静かに心へと染み渡る。
二人は触れるだけの口づけを交わし、静かに互いの身を抱きしめ合う。
「でも、もし……。過去のことを思い出して辛くなったりしたら、ちゃんと私に話してね?」
「もちろんだ。……君がいてくれるから、俺は強くなれる。どんなことも、一緒に乗り越えたい」
二人の言葉は、互いの心を確かめ合うように静かに交わされていく。
小さな夜の灯りの中、未来への希望が少しずつ形を帯びていくようでもあったのだ。




