表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おにぎり

作者: 大森ギンガ

死のうと思って、おにぎりを握った。

死ぬ前に食べておきたいもの、などという話はいかにも自殺の為のマニュアル本に書いてありそうな事なのだが、しかし実際問題として、死ぬには体力が要る。案外と。


コンビニのおにぎりではいけなかった。

手で握ったものを食べたかった。熱々の米粒が指先にまとわりつくあの感触、それだけがなんというか、まだ「人間」の証しのように思えたのだ。

滑稽だろうか。いや笑ってくれて構わない。これは滑稽なことだ。


おにぎりは三角に握れなかった。丸くなった。

形の悪い人間が、形の悪いものを作ったまでだ。僕はひどく安心した。ああ、最後まで自分は自分でしかないのだと絶望的に。


昼過ぎには死ぬ予定だった。

でも洗濯機を回してしまって、干すまでは死ねないと思った。生きているあいだは人に迷惑はかけたくない。死んだあとにもかけたくない。そういうところだけ、きちんとしている。


そのくせ、どうしようもなくダメだ。

かつての彼女は言った。「あなたの部屋の天井はとても寂しい」

詩的な表現だと思って聞き返したら、照明のカバーが落ちかけているのを指していた。僕は、実際もはっきりしない宙ぶらりな人間なのだ。


そのくせ、そういうエピソードを今思い出しながら笑ってしまう自分もいる。死ぬ前に笑うなどおこがましいにもほどがあると思うのだけれど。


死にたいのではなく死んでいたい。

死にたいというのは能動形で、死んでいたいというのは受動形だ。僕にできるのはせいぜい後者。そういう人間だ。


おにぎりは、結局食べずじまいだった。

腐る前に冷蔵庫に入れた。それが昨日。

今日も、死ねていない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ