カフェ
三題噺もどき―よんひゃくななじゅう。
ゆったりとした音楽が流れている。
曲名は分からないが、それなりに有名なクラシックだろう。聞いたことはあるもの。
それを、テンポを落とし、柔らかな音調にアレンジしたもの。
こういう曲は普段聞くことはないが、たまに聞くと耳障りがとてもいい上に、印象に残りやすくて……そりゃ有名になるわけだ、なんて思ってしまう。
「……」
外は薄曇り。
ここ最近は、こんな天気が続いている。
これなら雨が降った方がまだ気分が晴れそうだなんて思ってしまう。
晴れると言うか、吹っ切れる。
何もかも中途半端な感じだと、もやもやとするだけに終わってしまう。
「……」
そのせいで……はないけれど。
数日前から、何とも言えない中途半端な気分に襲われているから。
少し気分転換をしようと、小さなカフェに来ていた。
「……」
普段はあまり、一人でカフェなんて行かない。
なんとなく、イメージが先行してしまって、気がひける。
こう……若い女性が多くて、写真を撮ったりしていて、ひそひそと会話をしていて、時折ささやかな笑い声が聞こえてきて。ざわざわとしていて、最近流行りの音楽が流れている。
「……」
ここは、そこまでうるさくもないし、おしゃれではあるけど……なんというか、落ち着く。
ので、ちょっとした気分転換だったり、ご褒美をかねて1人で来たりする。
まぁ、平日というのもあるんだろうけど。
そこまで人も多くないし、それぞれが一定の距離をもって座っている。
各々が、食事を楽しんだり、パソコンを開いたり。
「……」
テーブルに置かれていた、タッチパネルを操作し、メニューに眼を通す。
いつも注文するものは決まってはいるのだが、期間限定ものがあったりとするから。
見るだけは見る。……今日はいつものでいいかな。
「……」
注文確定のボタンを押し、タッチパネルを所定の位置に戻す。
ん、ズレた。……よし。
こいうタッチパネル式の店はそれなりに増えたが、充電器にセットするの地味に難しかったりするよな。なんか、うまくはまらないことがある。
「……」
さて。
膝の上に置いていた鞄の中を探る。
ここに来る時は、いつも一冊本を持ってくる。
だからいつもよりは大き目の鞄とは言え、大したサイズじゃない。
持ってくるのは文庫本サイズに限定しているから。
大判の本を一度持ってきたことがあったが、アレはどうにももって歩いてここまで来るには、重いのでやめた。
「……」
今日は、家にあったものではなくて、ここまでの道中にある書店で適当に手に取ったものだ。
指先に触れた文庫本を引っ張り出し、パラパラとめくる。
なんとなく、表紙にひかれて買ったものだが、知らない作者のものだった。
あらすじも軽く読んだが、なんとなく面白そうではあった。
「……」
けど。
よく考えたら、今のタイミングで読むものではなかったかもしれない。
ここ数日のもやもやの正体が何なのか、自分でも分かっていないわけでもない癖に。
どうして、今のタイミングで。
それに気づき、ひしひしと迫りくる黒い何かに、忘れようとしたアレを起こされそうになる。
諦めきれずとも、期待はしないようにしていたはずなのに、期待をしてしまった数日前のあの出来事を。
「……」
とは言えどうしたものかと、一人逡巡していると。
店員の小さな声がかけられた。
「……ぁ、ありがとうございます」
置かれたのは、1つの皿と、一杯のカフェオレ。
ふわりと香るコーヒーの湯気が、鼻腔をくすぐる。
ごゆっくりどうぞ、と言い残して、店員は下がっていく。
「……」
本を一度閉じ、カフェオレを口に含む。
喉を通る、暖かな液体は、食堂をそのままとおり、ジワリと胃に広がる。
ほうと、息をつく。
やはりここのはおいしい。
「……」
皿に置かれているのは、マドレーヌだ。
シンプルなものだが、甘すぎず、舌触りも心地いい。
食べやすくて、これだけテイクアウトとかできないかなと思うこともある。
「……」
はぁ。
今日はゆっくり食べてから、帰るとしよう。
この本は、そのうちだな。
お題:マドレーヌ・ひしひし・文庫本