婚約破棄された田舎貴族の令嬢、追放を言い渡されて選んだ相手は――
「エリー・ユール。キミとの婚約を破棄する」
王侯貴族が集まる社交パーティーでその少女、エリーは婚約相手のベリル王子にそう言われた。
ベリル王子のかたわらには妖艶な雰囲気の少女がいて、エリーをあざ笑っている。
王子はつい先ほど、この妖艶な少女と婚約すると公表したのだ。
エリーはわけがわからずあ然としていたが、すぐに我に返って困惑混じりにベリル王子に問いただしたのだ。
婚約者は私ではありませんか、と。
その答えが先ほどの冷たい言葉だった。
「ど、どうして急に……」
「『預言』でそう告げられたのだ」
預言。
その言葉を聞いてエリーは目を見開く。
この国では預言がすべてを決める。
名前、住む場所、学校、職業、そして育ての親さえも。
預言はこの国に根付いた絶対的なものなのである。
預言に従ってきたおかげでこの国は繁栄してきたのだ。
弱小領主の娘でしかないエリーが王族と婚約できたのも預言によるもの。
そこには恋愛感情はおろか、両家の思惑すらなかった。
ただただ預言があるだけだった。
「前々からおかしいと思っていたのだ。王子たるこの俺が田舎貴族のお前と結婚の約束をしなくてはならないなんて」
エリーとベリル王子の関係は、預言で婚約を決められたときから最悪だった。
王子は身分不相応のエリーをあからさまに嫌っていた。
エリーもそんな王子に恋愛感情を抱けるはずなかったが、王族の縁者になれてよろこぶ両親のためにこれまで我慢してきたのだ。
「預言によると、お前はこの国に不幸をもたらす存在らしい。よって、お前をこの国から追放する」
エリーは納得がいかなかった。
つらい思いをがまんしてきた挙句が追放だなんて。
「俺は彼女、リリスと真の愛をはぐくむ」
「そういうことだから、あきらめてちょうだいね、田舎娘さん」
妖艶な少女リリスがにやりと笑った。
社交パーティーから追い出されて城の外に出ると、そこには一人の少女がエリーを待っていた。
「アネモネ!」
エリーの幼馴染のアネモネだった。
「アネモネ! どうしてあんな預言をしたの!?」
エリーは涙目でアネモネに詰め寄る。
アネモネは苦笑しながら肩をすくめている。
「どうしてって、私はあくまで預言者。神の言葉を代弁したまでよ」
「でも……」
彼女を責めるのは間違っているとわかっていながらも、そうせずにはいられなかった。
神に選ばれし預言者。
王族の次に権力を持った者でありながらも、結局のところ神の言葉を伝えているだけにすぎない。
アネモネが苦笑して言う。
「案外、いいきっかけだったのかもしれないわよ。嫌なヤツと別れられて。それともエリーは玉の輿を本気で狙っていたの?」
「……あんなやつと結婚なんてしたくなかったわ」
「でしょ」
アネモネの言うとおり、結果としてこれでよかったと思いはじめた。
王族の縁者になるためとはいえ、嫌いな相手と結婚するのは一生の重荷を背負うことになるのだから。
「でも、神さまもひどいよ。私が不吉な存在だなんて」
「ごめんごめん」
「アネモネは謝らなくてもいいのよ。自分は神さまの代弁者に過ぎないって自分で言ったばかりじゃない」
「ま、まあ、そうなんだけどね……」
困ったようすでアネモネは視線を逸らした。
城の前に馬車が停まる。
エリーの迎えがきたのだ。
「エリー。預言によると、国を出ていくときに連れていける従者は一人だけよ。あなたにとって本当に大事な人を選ぶことね」
「わかったわ。さよならアネモネ。もう会えないかもね……」
「エリー。あなたの新たな旅路が幸福に満ちていることを願ってるわ」
アネモネの強い抱擁。
エリーは彼女を強く抱きしめた。
親友と別れを交わしてからエリーは馬車の御者の隣に座った。
御者の青年がびっくりする。
「お、お嬢さま! ここではなく中にお入りください……」
「いいじゃない、セシル。子供のころ、こうしたことあったじゃない」
「あのあと、お父上にこっぴどく怒られたではありませんか」
「とにかく、私はここに座る」
「はあ、わかりました。振り落とされないでくださいね」
「うん」
そうしてエリーは御者の青年、セシルの腰に手をまわした。
再び彼がぎょっとする。
「お、お嬢さま!? 年頃の女性がみだりに異性に触れないでください!」
「振り落とされないようにこうしてるの」
「な、なら仕方ありませんね……」
馬車は夜道を走る。
道すがら、エリーは自分が婚約を解消されたことや国から追放されたことをセシルに話した。
彼は憤慨していた。
「お嬢さまが不幸をもたらすだなんてありえません。預言が間違っているのでは」
「この国で預言を疑ったら死刑なの知らないの?」
「そ、そうでした」
「私、別にいいの。あの性格の悪い王子から離れられてせいせいしてるから。やっぱり結婚には愛がなくちゃね」
「ですが、いくらなんでも追放はひどすぎます。よその国で暮らすことになるなんて……」
エリーは少し考えてからこう尋ねた。
「心配?」
「もちろんです。お嬢さまが遠くに行ってしまうなんて……」
「さみしい?」
「さみしいに決まっているじゃないですか」
エリーは再び考える。
それからこう言った。
「ふーん、なら、セシルにしよっと」
「へ?」
「一人だけ連れていける従者、セシルにするわ」
「ぼ、僕ですかっ!?」
たづなを取る手を誤って馬車が左右に揺れる。
エリーはセシルの胴体にがっしりとしがみつく。
「もー、なにしてるのよ……」
「す、すみません……。動揺してしまいました……。しかし、どうして僕なんですか」
「セシルとは子供のころからの友達だし。気心が知れてるからね。セシルが嫌ならあきらめるけど」
セシルは頭がもげるくらい首を横に振る。
「ぜひお供させてください」
「よかったっ。それともう一つお願いがあるんだけど」
「なんでもお申し付けください」
恭しく答えるセシルを指さすエリー。
「その口調、やめて。昔みたいに普通に話してよ」
「で、ですが……」
「これからずっといっしょに暮らすんだから」
しばらく悩んでいたが、ついにあきらめたのか「やれやれ」と頭をかいてからセシルは言った。
「ったく、あいかわらずだな、エリーは」
そうしてエリーとセシルは国を出て二人で暮らしていくことになった。
二人の暮らしは裕福とは言い難かったが、決して不幸でもなかった。
むしろ幸福と言っていいくらいだった。
ささやかなしあわせな日々を二人は送る。
エリーとセシルが結ばれたのは、預言なんて必要のない必然だった。
一方、ベリル王子はというと。
「そういうわけなのでベリル王子。あなたがた王族には冬が来る前に城から退去していただきます」
ベリル王子は歯を食いしばりながら玉座の前にひれ伏している。
玉座に座しているのはアネモネ。
かたわらには妖艶な少女リリスもいる。
「王子。あなたは失脚しましたのよ。やりましたわね、アネモネさま」
「リリス……。はじめからこのために俺に近づいてきたのか」
「そういうことだから、あきらめてくださいね、王子。ふふふっ」
アネモネは預言者という立場を、リリスは王子の婚約者という立場を利用して国での発言力を強め、王族に気づかれないように少しずつ根回しして諸侯を味方につけていった。
そして、ついに現王家を失脚させたのだ。
「私の親友をつらい目にあわせた罰、受けてもらいますわ」