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2、恋をして

 夢のような舞踏会から帰り、目覚めたら、なんだかやけに体の節々が痛い。

 よっぽどダンスで張り切ったのかしら、などと思っていたら、なんと夜には熱が出た。

 普通に風邪じゃない。寒かったものね。

 いや、納得してる場合ではない。クシャミ鼻水と戦っている間にお医者さまが呼ばれた。

 お医者さまは、ありがたーいお薬をたーっぷり置いていかれた。五日分。おかげで翌日も薬湯を渡された私は渋い顔をしてしまう。

 昨日も飲んだので味はわかっている。嫌だ。キャンディだ。キャンディを持て! さもないと舌にいつまでも残るのよ、あの苦み。

 などとメイド相手に我儘言っているところ、突然部屋に叔父様が慌ててやってきた。

「メアリーアン。お前、何かやったのか? 王宮から使いがきたぞ」

「えぇ!? 何も……」

 やってない、とは言い難い。

「……使いって何の」

 逆に聞くと、アンドリュー皇太子が寄越したらしく、淑女の方々にお困りごとはないかとのお伺いにきたとのことだった。

「いや、大したことはないのよ。ただちょっと、皇太子様とひょんなことからお話する機会を賜っただけよ」

 とりあえず叔父様には説明になっていない説明をしてみせた。叔父は納得していない顔。でしょうね。それはそう。

 丁重に対応に当たるつもりだったお母様は、ついいつものおしゃべりグセを発揮して、促されるまま普段の気苦労などをポンポンとお話していたらしい。相手なされた使いの方も、ご苦労様なことね。長いのに、お母様の話。

 それで何もなく帰ったと思ったら、翌日になって皇太子様ご本人が、今度は私を見舞いに来たって言うじゃないの。

 叔父様が、私以上に青い顔で部屋に飛び込んでくる。

「メアリーアン!!」

 いや、私だってビックリしたわよ。また会えるとは思わなかったし、そんなに気にかけて貰えるなんても思っていなかった。

 やっぱり何かしたんじゃないのかと気をもむ叔父をなだめ、まずはアンドリュー様にお部屋に入っていただいた。お待ちかねだと言うんですもの。

「お加減はいかがですか、レディ」

 ああ、そのままでどうぞ、とアンドリュー様は私をベッドに置いたままにした。

「これはこれは殿下……一体どうしてこんなところまで」

「まあ、そう改まらないでほしいな。関わり合いになったんだし、風邪をひいたと聞いたら、心配になるものだろう?」

 それから私の顔を覗き込んで、小首を傾げた。

「顔色は良さそうだ」

「お医者様にお薬を出してもらったので」

「そうか。お見舞いはいらなかったかな?」

 おおっと。

「あ……お医者様は安静にしておくようにと……」

 コホン、コホン、と咳をしてみせると、アンドリュー様は微笑みを見せてくれた。

「奥方から色々と聞きましたよ。随分、苦労をしてらっしゃるとか」

 言いながら、手ずから近くの椅子を引き、私の隣に座る。気さくな方ね、本当。

「お気の毒なことだ」

「ええ、まあ……父が亡くなったのは突然のことでしたので、その時は本当に……でも、ありがたいことに周りに助けられて、母も随分と元気になりました」

 アンドリュー様は目を細め、「なんて健気な」と呟いた。

「困ったことがあったらいつでも言ってきてください。力になりますよ」

「あの、それは……その。恐れ多くて……」

「そんな。弱った人を助けるのは当然だ。今日もそのために来たのですから」

「わざわざ、そんな……殿下」

 レディ、とアンドリュー様は人差し指を立てて見せる。

「改まらないで。お願いだから。半ばプライベートで来ているんだ」

 もう、もうね、この風邪一番の高熱出したと思うわ。風邪菌は関係なく。

 だって。プライベートでいらっしゃったのよ。プライベートで。どういうことなの、私にプライベートで会いに来るって。皇太子様が。そう言ってる。幻聴じゃないわよねこれ。

「……では、……アンドリュー様……」

 アンドリュー様は嬉しそうにニッコリと笑った。

「……嬉しい。お優しいのですね。まさに今、弱った私の心を支えていただきました」

「それは良かった」

 でも、やっぱりどうしても気になることはある。

「アンドリュー様のようなお優しい方をお連れ合いになされて、婚約者の方も嬉しいでしょうね」

 探りを入れて、そっと上目にアンドリュー様の顔を伺うと、アンニュイな表情で前髪を掻きあげているのが見えた。

「彼女は親から娶された相手なので……どうでしょうね」

 どこか思いつめた声。何も見ていないような視線を落として独り言のように。

「彼女は気が強く、とてもしっかりした女性だ。私の手など借りる人ではないし……ただの飾りですよ、私なんか」

 ここでアンドリュー様がこちらを見て、もの言いたげな目が合った。

 その瞬間、私は言外に訴える言葉を察知できた。それは私が欲しかった言葉。もしか、そんな甘いことをおっしゃっていただけたらと夢見ていた事柄。

 いいのかしら。乗っちゃうわよ、そんなことしたら。

 いつのまにか盗み見じゃなくなってたことを誤魔化すように、私は急いで答えを投げた。

「私だったら、きっと頼りにいたしますのに」

 彼はやったりとした笑顔を見せた。正解を告げるような、満点の顔だった。彼は囁いた。

「貴女だったら、全力で守りますよ」

 わーぉ。

 どうやら本当に口説かれている。私は甘えるように鼻を鳴らしてみせた。

「そうだったら良かったわ」

 もう一押し、あとちょっと。

 確証が欲しいわ。今度はそちらから踏み出す一歩が。

 そうしたら、なんと、彼は椅子から立ち上がり、私の額にキスを押し付けてきた。

 目をまん丸にする私を見下ろして軽やかに笑う。

「風邪が治ったら、唇も潤っていることでしょうね」

「……そうですね……今は……また……熱が……上がってきたみたいですので……」

 喋りも人形みたいになるってものよ、カタカタよ。本当に一歩前に出るとは思わなかったわ。

 アンドリュー様は改めてニッコリして「お大事に」と言い残し、去っていった。

 ゼンマイの切れた人形の私はパタリとベッドに倒れる。胸が破裂しそうだった。

 私たちは、お互いを求めあった。求めあってしまった。

 もう隠せない。分かっている、共犯だわ、ここまでくれば。


 年明け、アンドリュー様とエルシー・マディアーナ嬢が婚約を解消されるという噂が、確定事項としてニュースになった。大っぴらにではないがヒソヒソと囁かれるそのニュースは、私が既に知っている情報だ。

 だって文通中のアンドリュー様から聞いていたから。

『彼女とは別れた。メアリーアン、私と付き合ってください。近く、正式に使いを出す。あなたを城に迎えたい。私の婚約者として』

 手紙を胸に抱き、私は深く息をついた。もう、嬉しさではちきれそうだったのよ。


 ……チョロかったわね、私。



「まあ、まあ、人生って何があるかわからないわねぇ本当」

 メイドたちが忙しそうに私たちの荷物を運ぶ。

 その様子を見ながら、母は落ち着かなさそうに手にしたハンカチを揉んでいた。

 登城し、整えられた部屋に通された私たちは今日からここの住人だ。

「まあ、まあぁ~……うちの娘が王妃になるなんてねぇー……」

「まだだけどね。あまりお上りさんじみたこと言わないでお母様、シャキッとして。笑われるわよ」

 そっちだって王妃の母になるんですからね。

 母は思い出したようにこちらを見た。

「そうよ、シャキッとしなきゃメアリーアン。あなた勉強しなさいよ、王妃となると大変なんですからね。ダンスや読み書きや……そうだわ、もっと言葉遣いを気にして」

「わかった、わかったからお母様!」

 お願いだから黙ってて。私の心配などどこ吹く風ね。

 シャキッとの意味が違うの。メイドにそんなこと聞かれたくないの。私はここで未来の王妃として受け入れてもらわないとならないのよ、あらあそこのお嬢さんたら、ただの慣れない小娘じゃないって城の人に思われたくないの。勉強は後でどうとでもなるわよ。ともかく見栄張らせてよ。


 そんな私の小さなプライドは早速、粉々に打ち砕かれることとなる。

 皇太子殿下の婚約者として、城に上がったご挨拶をしに皇后陛下にお目通り叶った時にだ。

「私は認めてはおりませんよ」

 椅子からも立ち上がらず、デレシア皇后陛下は部屋を訪れた私に向かってそう言った。勿論、ニコリともしなかった。

「この度のことはアンドリューが自分本位に話を進めたこと。私に黙ってこの事態を引き起こしたのです……全く。本当に身勝手な」

 後半は独り言に近い愚痴。相当に腹を立てた様子だ。

 いうて、アナタの息子でしょー? 責任とんなさいよー。

 この時はそう思っていた。受け入れてくれない姑(予定の女性)というものに不安、そして不満たらたらだった。

 舅予定の方……国王陛下は実は、数年前から臥せっている。もう長くないとの噂で、今この国は実質、デレシア様が回している。そんな人からの反対表明だ。気も滅入るってもんじゃない。

「これまで私は何も知らされておりませんでしたよ。それを急に、好きな人が出来たからと無責任な事を言って呼び寄せたもの。そんなこと、婚約者エルシー・マディアーナ嬢に言い訳も立ちません」

 白いドレスに、白い顔。冷たい印象。強張ったような表情に強い拒絶を感じる。薄い頬に濃い影が縦腺をひいて。

「貴女も何と言ってそそのかされたのか知りませんが、国のこと、あの子のことを想うのなら自ら身を引きなさい」

「……私はアンドリュー皇太子殿下に愛されております」

 これを言ってのけた私は強かった。この時、二人の愛のパワーは永遠を捕まえられると信じていた。

「永遠の愛を誓ってくれました。私は出ていきません。私は乞われたのですから。アンドリュー様のお傍におります」

 デレシア様は疲れたように目を瞑り、こめかみを揉みながら言った。

「……私の目が黒いうちは許しませんよ」

 溜息のような声だった。


 中央宮の廊下に差し掛かった時、私は向こうからやってくる女性に気が付いてドキリとした。いや、気が付くの遅かったわ。会いたくない人だったから。

 エルシー・マディアーナ嬢。

 そう彼女よ、婚約者の……そして私はあることに気が付いて、二度目のドキリに落ち着かなくなった。彼女は身支度を整えていた。

 王宮を出ていくところなのかもしれない。私と入れ替わりに。

 思い切り怯んでしまったが、怯む理由はないと思い直し……というか、自分に言い聞かせ……堂々と胸を張って歩き続けた。

 あちらも、私に気が付いた。フッと笑みさえ浮かべて、堂々と歩いてくる。余裕じゃん。なんなのさ。私は精一杯なんですけど。

 目があっていたもので、逸らせなくなった。真っ直ぐ見つめ合っていた私たちは、真正面に向き合った。

 何を見ているんだろう。彼女は私の強張りそうな顔に、何を感じているんだろう。黙ったままいつまでも見つめ合っているのもヘンだな、と、やっと気が付いた私はフイと顔を背け、横をすり抜けようとした。

「彼、あなたを愛しているわけじゃないと思うわよ」

 あんまりな言葉が耳にかかり、私はキッと彼女を振り返った。

「おあいにくさま。ちゃんと気持ちは通っています」

「そう?」

 どこまでも余裕ぶった、腹の立つ笑顔。

「ご忠告と思ったけれど、必要なかったようね? なら、がんばってちょうだい」

 エルシー嬢は去っていった。私はその後ろ姿をしばらく眺めていたが、思い切り前に向き直り、ズンズンと歩き出した。

 城に残る勝者として。アンドリュー様の、未来の奥方として。

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