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人事を尽くすと必ず天命を授けてくださる過保護な守護神様とのお話

作者: oats

「マリータ、僕の愛し子。君は、人事を尽くして天命を待つという言葉を聞いたことがあるかい?」


アフェット様が慈悲深い微笑みで尋ねました。

(人事を尽くす?人事って何かしら。)

聞き覚えのない言葉に、思わず首を傾げます。


「人事を尽くすというのは、人にできる限りの努力をすることだ。つまり、人事を尽くして天命を待つというのは、自分にできるかぎりの努力をしたならば、後は運命にゆだねなさい、という意味になる。」


分かったかなというように片方の眉をあげてわたくしを見やります。

(美しいお顔は左右非対称になっても美しいのだわ。)

アフェット様の壮麗さに見とれながらも、話の内容を理解していることが伝わるようアメジスト色の瞳を見つめ返しました。

アフェット様は笑みを深くし、話の続きを始めます。


「君の運命というものは、僕の加護の影響を受けている。君が人事を尽くしたとき、僕は70%の確率で君の望みを叶えることになっている。反対に君が人事を尽くすことができなかった場合でも、僕は30%の確率で君に救いを与えることになっている。君の運命はそういう仕組みなんだ。」


(努力が不十分なときでも、これまでアフェット様が救いを与えてくださっていたのだわ。)

感謝の気持ちを込めて守護神様の話に頷きます。


「ところで君に提案があるんだ。マリータ、僕の愛し子よ。」


「ご提案とは何でしょう。アフェット様、わたくしの守護神様。」


わたくしの質問に守護神様はこう続けました。


「君が人事を尽くした場合、僕は君の願いを100%叶えよう。反対に、君が人事を尽くせなかった場合、君の願いは万が一にも叶わない。君の運命の比率を変えるんだ。どうだい、マリータ、僕の愛し子。」



***



王太子であるリュミエール殿下が成人されるまであと1年。

ペコラ侯爵家の一人娘であるわたくしは、家柄や年齢、跡取りの兄がいること、国内の派閥、その他様々な要素が考慮された結果、殿下の婚約者候補の一人となることが決定しました。

婚約者候補には他にも2名のご令嬢が選定されていると伝え聞いています。


王太子の婚約者を決める際には、未来の王太子妃にふさわしい者を選定するための期間が1年設けられます。この1年は、候補者全員が王太子妃教育に準じる教育を受けることになるため、とても多忙な日々となります。また、常に他の婚約者候補と比較されることになるため、心落ち着かない日々になることは間違いなく、わたくしはほんの少し憂鬱な気持ちになっていました。

王族に嫁ぐことは名誉なことであり、その名誉を得ることが侯爵家の娘であるわたくしに求められていること。そのことは十分理解しているものの、自分の力だけではどうにもできない、選ばれる側に1年間立ち続けるということに窮屈さを感じていました。


きっとアフェット様は、そんな状況を不憫に思ったのでしょう。

だからこそ、婚約者候補に選ばれたことを報告したときに、運命の比率を変えるという提案をわたくしにしてくださったのです。


アフェット様のご加護により、できるかぎりの努力をしたならば、わたくしは確実にリュミエール殿下の婚約者になることができます。不安定で窮屈な立場が、アフェット様のご加護により、努力次第で結果を得ることのできる状況に変化しました。


守護神様はわたくしにとても甘いのです。

努力をしたならば、必ず天命を授けてくださるとおっしゃるのですから。


「アフェット様、わたくしの守護神様。とても素敵なご提案ですわ。ぜひ、お力をお貸しください。わたくしは、自分の未来を自分で選び取るために人事を尽くしますわ!」


その返事を聞くと、アフェット様は笑みを深くするのでした。


(やるべきことは決まったわ!)


それからわたくしは王太子妃教育に熱心に取り組みました。


王太子妃教育は想像以上に厳しく、予習や復習に追われ睡眠不足の日々が続きました。疲労が溜まっていき、心や体が少しずつ疲弊していくように感じます。

(王国史は本当に複雑で参ってしまうわ。通説がいくつもあるというのは自由が多いということなのでしょうけど。)

(今週末はリュミエール殿下とのお茶会ね。殿下のお好みのお茶を準備するよう指示を出すのは明日するとして、今回のお茶菓子はどうしようかしら。)

(明日のマナーのテストには、王妃様もいらっしゃるご予定なのだから気を引き締めなくては。ほんの少し貴族のマナーとは違う部分があって緊張してしまうわ。)

アフェット様とお話しているときですら、王太子妃教育のことが頭を占めています。


「マリータ、僕の愛し子。君は本当によく頑張っているね。」


守護神様は心配そうな様子でわたくしを見守ってくれました。

(アフェット様にご心配をおかけしないように、もっともっと頑張らなくては!)


王太子妃教育の中でも、経済学や経営学に関しては他の分野以上に熱心に取り組みました。自国の農作物や伝統工芸品の諸外国での流通量を5年以内に15%上昇させるという政策を推し進めるため、王太子妃教育でもこれらの分野については手厚くサポートされていました。

(農作物の流通量を増やすために出荷の時期をずらす栽培方法でも、15%の上昇は難しいわ。農作物を加工品にして年間を通しての流通量を確保する方法を検討すべきね。)

(多くの伝統工芸品は、後継者問題と原材料不足に困っているのね。その打開策は、……。)




努力のかいあって1年後。


わたくしはどの婚約者候補よりも優秀な成績を残すことができました。

候補者の中でより良い成績を残した者が婚約者として選定されることが慣例です。

(慣例はそう簡単には変わらないわ。)

成績を逐一知らされている両親や兄からも労いの言葉を受けました。

(王太子妃教育に全力を尽くしたと自分自身でも思うもの。アフェット様のご加護はどのように作用するのかしら。)



***



「マリータ、僕の愛し子よ。君はこの1年間本当によく頑張っていた。」


「ありがとうございます。アフェット様、わたくしの守護神様。今日からゆっくり睡眠時間も取れますわ。」


そう言って笑いかけても、アメジスト色の瞳の中の陰りは消えません。


「寝る間も惜しんで努力していた君の願いを僕は叶えることができなかった。君の願いを叶えるための提案だったはずなのに、結果として君の努力を無駄にしてしまった。」


リュミエール殿下の婚約者に選ばれたのは、ガラッシア公爵家のヴィーガ様でした。


「いいえ、これはひとえにわたくしの努力が至らなかったせいなのです。アフェット様、わたくしの守護神様。わたくしは、どの分野の努力が不十分だったのでしょう。」


そう聞くと、アフェット様は本当に痛ましい表情をされるので、わたくしもつられるように眉尻を下げてしまいました。


「マリータ、僕の愛し子。君は本当によく頑張っていた。王太子妃教育に関して君に不足している部分はない。だが君は、……リュミエールへのアプローチが足りなかったのだ。」


アフェット様はわたくしの頬にかかった髪を、左耳にそっとかけ手を離します。


紫水晶の瞳がわたくしを見つめています。


「そうなのですね、アフェット様、わたくしの守護神様。人の心に働きかけるのは難しいことですわね。」


わたくしは、そう言って微笑みました。


アフェット様は、わたくしの努力が確実に実るよう運命というものの比率を変えてくださいました。

人事を尽くせば、リュミエール殿下の婚約者に確実に選ばれるようにというご配慮なのです。


その配慮に、わたくしは憤りを感じました。


愛し子と呼ぶ慈愛に満ちた声。

わたくしを見守り慈しむアメジストの瞳。

惜しみなく愛を与えてくれる相手を好きにならない人はいるのでしょうか。

わたくしがお慕いしているのはアフェット様です。


(慕っている相手から、他の人と歩む人生の後押しをされることがこんなに腹立たしいとは。脈がないとはまさにこんな状況ね。王太子妃となることがわたくしの幸せだと思ってらっしゃることもまた腹立たしいわ。)


わたくしはアフェット様に腹を立てていました。

それでもなお、アフェット様を慕う気持ちは変わりません。


(やるべきことは決まったわ!)

わたくしは愛しいアフェット様の提案を利用することにしました。


人事を尽くせばリュミエール殿下の婚約者になれる。

それは、少しでも手を抜けばリュミエール殿下の婚約者にはなれないということです。


わたくしには侯爵家の娘として果たすべき責務があります。殿下以外の相手を想っていたとしても、貴族としての責務を投げ出すわけにはいきません。

そのため、王太子妃教育には誰よりも熱心に取り組みました。

けれど、わたくしはリュミエール殿下と心を通わせるという分野に関して、人事を尽くしはしなかったのです。それは貴族の責務ではありません。わたくしたちの世界には、恋心によって結婚を決められる自由はないのですから。


運命の比率が以前のままであったら、わたくしはリュミエール殿下の婚約者になっていたでしょう。

(良い成績を残した者が婚約者になるという慣例だもの。慣例はそう簡単には変わらないわ。)

アフェット様のおかげで、わたくしは責務を果たしつつ自分の未来を選択することができたのです。


「アフェット様、わたくしの守護神様。悲しいお顔をされていますわ。婚約者に選ばれなかったとしても、この1年数多くのことを学ばせていただいたのですもの。その知識や技術を今後のわたくしの糧にしていくつもりなのですから、お気になさらないでください。」


それでもアフェット様の表情は晴れません。


「両親や兄も今回の件に関してわたくしに不足する部分はなかったと認めてくださっていますし。貴族の務めとして、王太子妃教育に人事を尽くすことができただけで十分なことですわ。」


アフェット様は少し考えるように首を傾げました。

銀色の御髪がサラリと揺れて光を反射します。


「マリータ、僕の愛し子。君の同意があれば、加護をもとの割合に戻すことも可能だよ。君はどうしたい?」


真摯な瞳がわたくしを見つめています。


「いいえ。わたくし自分の努力次第で未来を切り開ける今の状況を気に入っておりますの。ぜひ、このままわたくしを見守っていてくださいまし。」


過保護な守護神様の心配を吹き飛ばすため、今日一番の笑顔を浮かべました。



***



「異世界」という世界について、


アフェット様はティータイムの話題として、異世界の話をすることを好んでいました。


わたくしの住む世界とは違う社会の在り方はまるで夢物語のようでした。


性別に関係なく能力を発揮できる環境があること。

家に縛られることなく各自が自立していくこと。

自由恋愛が広く一般的になっていること。


運命の比率が変わったその日、アフェット様はおっしゃいました。

努力をしたならば、必ず天命を授けてくださると。

それならば、夢物語だと諦めてしまっていた未来も努力次第で手に入れられるのではないか。


王太子妃ではなくとも国の政策に貢献できる人材になり、

侯爵家の娘としてではなく自立した一個人として、

わたくし自身が慕っている相手に思いを伝えること。


そんな未来を手に入れられるかもしれない。

未来を切り開き、夢物語を自叙伝に変えていきたい。


(やるべきことは決まったわ!)



***



「もう一度言ってくれないかい?マリータ、僕の愛し子よ。」


アフェット様は困ったように眉尻を下げて言います。


「アフェット様、わたくしの守護神様。どのようなタイプの女性がお好みなのか聞かせてくださいと申し上げました。この質問はこれで三度目ですわ。」


「……急にどうしてそんなことが聞きたくなったかを聞いてもいいかい?」


「あら、それはもちろん人事を尽くすためですわ。」


わたくしは自分が一番美しく見えるであろう角度でアフェット様に微笑みかけます。

今年めでたく王太子妃となったヴィーガ様からご助言いただいた意中の方へのアプローチの方法を実践しているのです。

(アプローチするためには、まず相手の好きなタイプを調べること。自分磨きをすること。環境を整えること。……。)

(すべきことはまだまだ山積みだわ。)


農作物や伝統工芸品の諸外国での流通量を5年で15%上昇させるという政策の期限ももう来年に差し迫っています。

リュミエール殿下とヴィーガ様の相談役としてのわたくしの立ち位置もこの3年で盤石なものになっていますが、まだあと1年は気が抜けません。ペコラ侯爵家の娘としてではなく、わたくし自身の能力を評価してくださるお二人には感謝が尽きません。

農作物の加工品の製作について、現在は侯爵家を継いだ兄が取り仕切っており、わたくしは個人で伝統工芸品である染物の原材料となる染料の代替品の開発に取り組んでいる段階です。後継者問題については、国の支援の下奨学金制度を作り、血縁関係に縛られない技術の継承が進められています。


人事を尽くせば天命が授けられる。

100%結果が付いてくることが分かれば誰もが努力を怠らないのでしょうか。


わたくしの運命の比率が変わった日から4年が経過しました。

この4年でわたくしが学んだことは、

常に人事を尽くすのは簡単ではないということでした。


運命の比率を変えた日、

アフェット様が授けてくれたのは、なんでも望み通りになる未来ではありませんでした。

守護神様は、何にでも挑戦する勇気をわたくしに与えてくださったのです。


それだけではありません。

加護の比率を0か100かという極端な数字にすることで、人事を尽くせなかったときの言い訳にすらアフェット様はなろうとしてくれていました。


守護神様は本当に過保護なのです。

美しい銀色の御髪に光が差し、キラキラと輝いています。


「アフェット様、わたくしの守護神様。あなたの心をつかむためにわたくしは人事を尽くすつもりなのですわ。」


決意を込めた眼差しで宣言します。

守護神様はアメジスト色の瞳を瞬かせた後、慈悲深い微笑みで言いました。


「マリータ、僕の愛し子よ。君が人事を尽くした場合、僕は君の願いを100%叶えよう。」





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