Like a Soft Machine
注意.状態変化小説として書きましたが、例によって半分くらい過ぎないと変化描写に入りません。
ご了承願います。
なお、本作は『Pixiv』等と同時掲載予定です。
2023年4月19日
脱字を発見したので、そこだけ修正しています。
同時に段落分けを修正しました。
2023年3月28日20:24 思うところがあったので、主人公の苗字を変更しました。
そこ以外は手を付けていません。ご容赦いただければと思います。
序.
突然だが、皆さんは楽器の演奏を趣味にしたことがあるだろうか。
私、四条スミレはピアノやオルガンなどの鍵盤楽器を、その音を自分でも味わいながら演奏するのが大好きだ。
自分が好きな音楽を、自分で好きなだけ演奏しながら聴けるわけだから、当たり前かもしれないが。
もしそれを、自分以外の人間と共有できたとしたら、もっと最高だ。
こんなに気持ちいい娯楽が、この世に他にあるだろうか、そう思えるほどに。
そんなことを考えている私は今、なぜか、シンセサイザーとして、ライブのステージに立っている。
人間としてのシルエットはそのままに、胴体がモジュラーシンセとも呼ばれる機械へと変化していた。
私の胸から腹にかけて、その表面に楽器としてのパラメータノブやパッチケーブルを挿すための穴、端子類が沢山ついた、まるでサイボーグのような格好になって。
人間としての私は表に出さずマネキン人形のように、ステージの上で気をつけの姿勢を維持して突っ立っている。
これは、誰かに強制されたわけではなく、最終的にはあくまで自分の意思でこうしようと決めたことだった。
でも、なんで、こんなことになったんだろう?
ここに至るまでの経緯を、振り返ってみる。
1.
楽器を弾くようになった最初のきっかけは、物心がついた頃から長年続けていた、ピアノの習い事だった。
でもその時点では、あくまで親にやらされていた幾つかの習い事の一つという程度の感覚で、自分で積極的にピアノを弾きたい!と思ってやっていた感覚はあまりなかったと思う。
やっぱり練習がしんどいのと、友達ともっと遊びたいという理由もあって、中学校の途中くらいで習うのをやめてしまった。
とは言っても、ピアノそのものが元々嫌いだったり、嫌いになったりした訳ではなかった。
習い始めは、当たり前だけどまず指が思い通りに動かない、なぜこんな風に音が配置されているのかが分からない、楽譜通りに演奏できない、発表会に間に合わないかもしれない……、そういうフラストレーションが溜まることは勿論多々あった。
そして結局、その悩みが一度ピアノを辞めてしまうまで完全に解消されたことはなかった。
それでも、課題曲を初めて通しで演奏し切れた時のやった!という喜び、発表会で上手く演奏ができた後にお客さんから貰える拍手、その時の達成感、それらを味わうたびに「ピアノをやっていて良かった」と思うことが沢山あった。
推薦入試に合格し、周りよりも早めに大学受験を終えた私は、家に置いてあるアップライトピアノの前に座る時間が少しずつ増えていた。
うちの母親は、クラシックや民族音楽が大好きな人で、私にピアノを習わせることに決めたのもその母だった。
一方、父親もかなりの音楽マニアなのだが、母と好みが共通しているところもあるものの、その趣味嗜好の幅広さという点では母を上回っていた。
私が学校や習い事を終えて帰ると、家では父がコレクションしていた50〜60年代のジャズや古いロックのレコードが回っているような、そういう環境で暮らしていた。
父は自分で楽器を演奏することはなかったが、私が家でピアノを弾いていると、いつもそれを気持ちよさそうに聴いていた。
「セロニアス・モンクみたいに弾いてみてよ!」と時々リクエストを飛ばすこともあった。
私の耳にはあいにくモンクは難しすぎたけど、ビル・エヴァンスやブルーベックなんかは自分でも好きで、父のレコードを借りてよく聴いていて弾き真似をすることもあったので、それを父に聴かせて喜んでもらった思い出が何回もある。
高校生になった私の耳に、とても興味深く聞こえ出したのは、ロックミュージックだった。
きっかけは確か、父が流していたドアーズが耳に入ったことだと思う。
クラシック音楽とはまた違う、サイケデリックでブルースフィーリングを多分に含んだその音像を聞いて、「今胸の中を撫でていった、心を高揚させるようなこのザラっとした感触はなんだろう?」と思ったのだった。
それから、父のレコードコレクションの中でも60〜70年代のロックを好んで聴く事が増え、自然とピアノで真似して弾いてみて楽しんだ。
その時々で思い付きのブルーノート調のフレーズを擦りまくったり、わざとディスコードを混じえて弾いてラグタイム風にしてみたり。
楽しい!と私は感じていた。
習い事でやっていた時も、ピアノを弾くことは勿論楽しくはあった。
でもこんな風に、楽譜なんかほったらかしに、心赴くままに自由に楽器を弾き倒して遊ぶことが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
もしかしたら、今までで一番楽器を『能動的に』弾いてるかもしれない。
ふと後ろを振り返ると、いつもは家の中でも物静かで落ち着いた雰囲気を滅多に崩さない父が、グラスに注いだウイスキーを片手に「イェーイ!」と愉快そうに盛り上がっていた。
私、大学に入ったらバンドやってみたいかも!
そう思っていた。
2.
瀬尾モモカと出会ったのは、大学のサークル「ロック研究会」の新歓コンパに参加した時のことだった。
そのコンパ会場に行ってみると、その会に出席する一年生のうち女子は私とモモカだけだった。
入学したばかりなので、二人とも大学には顔見知りがほとんどいなかった。
そんな心細い状況だったので、初対面でも女の子二人でひとまず身を寄せ合って着座してみたのはごく自然なことだった。
モモカを見た時の第一印象は「ゆるふわな雰囲気の可愛らしい女の子」だった。
それは、今でも“基本的には”変わっていない。
淡いピンク色の花柄のワンピースをゆったりと着ていて、おそらく染めたばかりなのだろう栗色の髪をふんわりカールさせて、全体的に柔らかい印象を醸し出している。
背丈は私よりも5cmくらい低いだろうか。
上手く言えないが『女の子』って感じがして、とても可愛らしい子だなと思った。
「こんばんは初めまして!文学部一年生の瀬尾モモカと言いますっ!
キーボードを弾きたいと思ってます。
よろしくお願いしますっ!」
「こんばんは。経済学部一年、四条スミレです。
同じくキーボーディスト希望です。
よろしくね」
「えっ、あれ?
私と同じ新入生?」
「??
うん、そうだよ」
「なんだぁ。
すっごい大人っぽくて落ち着いた人だから、先輩かと思っちゃったよぉ」
「うふふ……。
びっくりさせちゃったね」
その可愛らしさに、内心ではやや緊張気味だった私の顔も思わずほころぶ。
ちなみにその時の私の格好はと言うと、上はきちんとアイロンがかかった白ブラウスの上に紺色のジャケットを羽織り、下にはくるぶしが見える程度の丈の細身の黒いスラックスパンツを合わせていた。
日々頑張って手入れを続けている長い黒髪を、その日はヘアゴムで綺麗にまとめて後ろに下げていた。
最初のご挨拶だし、フォーマルな感じを出していった方がいいのかなと考えてその組み合わせにしたのだが、現地で瀬尾さんのその柔らかな雰囲気を目にして、「ちょっとカッチリしすぎたかな」と思っている部分も少しあった。
会が始まり、参加者それぞれの簡単な自己紹介と希望する担当楽器発表の後、お待ちかねの歓談タイムに入る。
なんと言ってもロック研究会の新歓なので、どのテーブルでも話題の中心は「どんなジャンルが好き?」とか「一番好きなミュージシャン・アルバムは何?」という音楽の話だった。
私と瀬尾さんの周りの座席でも、新一年生や先輩たちがそれぞれ自分の音楽の嗜好を開示し合っている。
結構、今どきの邦ロックが好きな人の割合が多いのかな、と私はその会話内容を聞きながら思う。
私も邦ロックは好きでしばしば聴くし、高校の頃は友達とあのバンドすごく良いよね、みたいな話をよくしていた。
その輪が広がることも勿論楽しみの一つではあるのだが、できればそれだけではなく、実家で聴いていたような古いロックの話ができる友達も新しく欲しいな、と私は思っていた。
でも、やっぱり最近は、そういう人は少ないのかな?と思っていると、「四条さんはどういうのが好きなの?」とお鉢が回ってきた。
さて、どう答えようかな、と一瞬考える。
どうも、この場でそういう海外の古い音楽の名前を挙げても、あんまり芳しい反応が貰えないような気がしてきた。
無難に、同年代に幅広く知られている邦ロックのアーティスト名を出した方が、確実にこの会話の雰囲気に乗っていけるのは明らかだった。
でも。
せっかくの節目なんだから。
色んな人達と交流できる良い機会なんだから。
大学という新しい環境にあてられて、若干浮かれている部分もあった私は、ちょっと冒険してみることにした。
「私は、60〜70年代のロックを色々聴き漁るのが好きです。
ビバップとか、古いジャズもよく聴きます。
最近、ソフト・マシーンのアルバムをリピート再生するのがマイブームです」
自分の中で最近機運が高まっているバンドの名前を例として挙げてみる。
さも一般的なことを言っているような、わざとそういうクールな表情を保ちながら。
一瞬だけ、テーブルに沈黙が落ちた。
うーん、やっぱり飛ばしすぎたか?と思っていると、隣のモモカが沈黙を破り声を上げた。
「えっ?!
スミレちゃんもカンタベリー系好きなの!?
私もそういうプログレ的なの好きでよく聴くんだ!」
最も意外な人物から反応が来た。
まさかカンタベリー・ロックの話が通じるとは!
それが嬉しくて、瀬尾さんに現在進行形で掘り下げているその年代周辺のミュージシャンの名前をいくつか挙げてみる。
「CANは知ってる?」
「あぁ〜、ジャーマンプログレのでしょ?
あのミニマルなビートずっと流してると、なんかリラックスできるんだよね〜」
クラウトロックも分かるのか!
そのまま瀬尾さんの好きな音楽についてもっと詳しく聞き出してみた。
彼女のカバーしている範囲は、どうやら私以上に広そうだ。
私の好みとも共通している部分は多いが、それだけではなく80年代にかけて隆盛したニューウェーブというジャンルや、90年代後半から勃興したシカゴ音響派も好きだそうで、私はこれらのジャンルについては殆ど知識がないので、新鮮な驚きを持ってその話に聞き入っていた。
「スミレちゃんはトータスとか気に入るんじゃないかな!
ソフト・マシーンに似た雰囲気の曲とかもあるから」
瀬尾さんは熱っぽく、私にオススメのバンドを教えてくれる。
最初はおとなしそうな雰囲気だったけど、自分が好きなことになるとこんなふうにお熱になる子らしい。
そのギャップが、すごく可愛いらしいなと、率直に思った。
「トータスね。ソフト・マシーンに似てるのなら、私なんかは絶対気に入りそう」
「あと他にもアレとかコレとか……」
本当に、私が知らないバンドやミュージシャンも沢山知っている。
しかも、瀬尾さんのその熱っぽい説明を聞いていると、どれも曲を実際に聞いてみたくなるような話振りだから、気づけば私は瀬尾さんと一対一で話し込む態勢に入っていた。
まさか、こんな楽しい会話ができる友達と早速出会えるなんて!
同じテーブルの他の新入生たちは、なかなかそのマニアックな話題には付いていけずにいたが、瀬尾さんのその熱の篭ったプレゼンでだんだん興味が湧いてきたのか、「俺たちもそのバンド、聞いてみようぜ!」とスマホで動画アプリを立ち上げて再生し始めていた。
「えっ、これすごいかっこいいな」
「あー、俺も好きなやつだわ」
雰囲気が活気付いてきた。
「お、何?なかなか趣味が良いの聞いてるね?
そいつは、オジサンにとっては見逃せないところだぜ?」
と、話題を聞きつけた他テーブルの先輩たちも、このテーブルに興味を示してくる。
会全体が、徐々に大きく盛り上がってきたのが分かった。
他のテーブルでも、「ぶっちゃけ、どの時期のビートルズが好き?」だとか「高校の頃、ツェッペリンのライブ盤聴いて衝撃受けてさぁ」だとか、だんだんとそういった年代の話題も出てくるようになったのが聞こえてくる。
どうやら、冒険は成功だったらしい。
嬉しい気持ちがじわりと湧いてくる。
瀬尾さんは次から次へと、私も知らないような音楽ジャンルやバンドのことを、身を乗り出して早口で語り続けている。
「それでね!
びっくりするほどマッケンタイアが……」
「あ、そうだ。
ちょっと、ちょっと待って!」
話を静止させられた瀬尾さんは、乗り出していた身を一旦自分の席に引いて、キョトンと首を傾げていた。
「せっかくだから、忘れないうちに連絡先交換しようよ。
それでこれからもさ、音楽の話たくさんしよう。
L◯NEのアカウント持ってる?」
「あっ、ごめんごめん気づかなかった!
私って好きなこと話し出すとそれに夢中になっちゃうから……」
瀬尾さんは急激に赤く染まった自分の顔を、手でパタパタと扇いで冷やしている。
そしてすぐさまスマホを取り出す。
「私のIDはこれね。
あと、同学年だし名前呼びで良いよ!
モモカって呼んで!」
スマホを手に、瀬尾さんが再度こちらにグイッと体を寄せてくる。
シャボンのような良い匂いがする。
思わず、ドキッとした。
さっきまでこんな感じの距離感で、音楽の話に二人で熱中していたらしい。
気がつかなかった。
瀬尾さんの長いまつ毛と、きめ細やかな肌がよく見える。それくらい私たちは密になっていたようだ。
初対面同士の人間が、音楽という共通項たった一つで、こんな親近感を一瞬で持ち合える仲になれるとは。
その驚きで動きが止まった私の顔を、瀬尾さんが改めて覗き込んでくる。
「どうしたの?
コード読み込まないと友達登録できないよ?」
瀬尾さんの整った顔が、私のすぐ面前にある。
パチクリと瞬きしている。
その可愛らしい顔を見て私は、ちょっと魔が差した。
色々な嬉しさで、いつもよりテンションが上がっていたのかもしれない。
少し瀬尾さんをくすぐってみたいという欲が湧いてきて、なるべくクールな外面を維持しながら、少し腰を落としたような声音で、こう言ってみた。
「あぁゴメンゴメン。
瀬尾さんが可愛くて、その姿に見惚れてしまっていたよ」
「…………!!?」
瀬尾さんは何を言われたのか一瞬理解が追いつかないようだったが、間も無く顔を赤くして、またしてもその体を引っ込める。
「か、可愛いだなんて……!?
じょ、冗談やめてよぉ〜、スミレちゃんみたいな美人さんにそんなこと言われたら、勘違いしちゃうじゃん……」
瀬尾さんは、再び自分の顔を手で扇ぎ出す。
美人、だって?
やれやれ、お世辞が得意な子のようだ。
そう思いつつも、私も自分がだんだんと調子に乗ってきたのが分かる。
すぐ近くで、他のテーブルからやって来た先輩たちが色めき立っている。
「きましたぜ〜」
「おっと?今年の一年生は、色んな意味で期待できそうだねぇ?
オジサンはその間に挟まらないように、遠くから壁になって見守っとくぜぇ?」
ありがたい物を見たとばかりに、お手々の皺と皺を合わせて南無南無している。
「ていうか、名前呼びで良いんだってば。
モモカ、で良いから!」
「分かった分かった。
よろしくね、モモカ」
「……」
「なんで自分から言ってきたことなのに照れてるの?」
照れてないって!と、モモカは反論してくる。
それから毎日のように、私達は通話アプリで連絡を取り合うようになり、好きな音楽の話を沢山するようになった。
これが、私とモモカの出会いだった。
3.
ロック研究会は四半期に一回ほどのペースで学内で無料ライブを行なっている。
それに加えて、10月頃に催される大学祭の時には、教室を何部屋かまとめて貸し切ってお手製のライブハウスを設営し、そこでも2日間かけてライブを行う。
これらのライブこそが、このサークルの主要なる活動内容だ。
基本的には、次のライブに向かって「◯◯のコピーバンドがやりたい」「××というコンセプトで曲を合わせたい」という理由で即席バンドを組んで練習し、そのライブが終わったらまた違うバンドを組んで練習して……、といったサイクルで活動している会員が多い。
私とモモカも、その例に漏れない。
バンドサークルでは往々にしてキーボーディストの人数が少なく引く手数多になりがちで、それはこのサークルも同様のこと、私とモモカは有難いことに一年目から早くも色々なバンドで演奏する機会に恵まれていた。
しかし、その中でも私とモモカ、それぞれの持ち味がサークル内で周知されていき、このバンドをするならこっちに頼みたいという棲み分けが徐々に定着していく。
私はモモカと比べるとピアノを習っていた期間が長かったこともあり、指がよく回り、テクニカルなプレーを要求されるバンドに向いているようだった。
使用機材としては、近年学生キーボーディストの間で主流となっている、多音色かつ軽くて持ち運びが容易なデジタルシンセサイザー一台で全曲を賄うことがほとんどだった。
力のない女性でもフィジカル的に負担が少なく、また最近のデジタル機器は本物のアナログ楽器に負けず劣らず音質も良くなっている。
一方モモカは、テクニック面は私ほどではないものの、それ以上に鍵盤楽器の音作りのセンスが抜群に良い。
バンドサウンドにおいて音作りが占める重要度の割合は大きく、特にキーボードは使用する音色が非常に多種多様なこともあり、それ一つでバンド全体の雰囲気が決まってしまうことすらある。
モモカは私が使っているのと同じようなデジタルシンセともう一台、なんと本物のアナログシンセサイザーを所有し、併用していた。
基本的には、エレピやオルガンなど多彩な音色が必要な場面では前者のデジタルシンセを。存在感のある太い音が欲しい場面や、より細かく音を作りたい時など、ここぞという時にアナログシンセを。と言った形で使い分けていた。
モモカの使っているアナログシンセは、所謂モジュラーシンセと呼ばれるものに分類される。
その外観としては鍵盤が並ぶ横方向だけでなく縦方向にも面が大きくせり出して幅が取られており、そこには音色を作るためのつまみ類とパッチケーブルを挿すための穴がずらりと並んでいる。
つまみを任意の方向に回せばその分音色を操作できるし、またケーブルでそれぞれの穴を繋いでモジュール同士を繋げればそれでさらにまた音色を変えられる、と言った仕組みになっている。
見る人によっては、鍵盤の上側にコードがごちゃごちゃと絡まり合った時限爆弾が乗っかっているように感じるかもしれない。
いつだったか、街の楽器店へ他の会員の買い物について行った時に、偶々そのアナログシンセの同等品が陳列されていたので値札を見てみると、とても学生の身分では手が伸びづらい、なかなか立派な数字が並んでいた。
モモカは実家住みなので、一人暮らしをしている他の学生と比べると経済的に余裕はまだあるのかもしれないが、それにしてもこれを外にも持ち出していくというのは結構チャレンジングだな……と思えるような品物だった。
私は現物を実際に見たことはないが、他にもいくつか機材を所有しているらしい、という噂も聞いたことがある。
その音作りへのこだわり、その本気度が垣間見えたようだった。
学内ライブに加えて、会員の中でもより活動的な人達だと、学外の外ハコにも固定のバンドを組んで繰り出す猛者もいる。
ちなみにモモカも、高校時代の人脈経由で時々誘われて、外ハコのライブに参加することがあるようだ。
それを何回か見に行ったことがあるが、その時のバンドは60〜70年代アメリカ西海岸の薫りも感じさせる、インプロヴィゼーションの要素も多く含んだ俗に言うジャム・バンドだった。
社会人も含むバンドメンバーの中でもモモカは埋もれず、自身の持ち込み機材である愛用のシンセサイザー二台を段組みにし、弾き倒していた。
その姿は、いつものゆるふわな雰囲気とも異なり、すごくカッコ良かった。
私は学校の授業がどれくらい忙しくなるか、まだ見通しが立ってなかったので、外バンに参加するかどうかはまだ様子を見ていた所だったが、モモカのその姿を見ていると「自分もいつかは必ず」という機運が自分の中で高まっていくのを感じた。
私とモモカ、それぞれのペースで充実したサークル活動を送っているうちに、気づけば10月、最初の大学祭ライブの時期がやってきた。
4.
大学祭は、キャンパス内で二日間に渡って開催される。
この大学に通う生徒も勿論のこと、他の大学の学生や近隣住民の方々、既に大学を卒業したOBOGの先輩方など、大勢の人達がこの大学祭を訪れる。
ロック研究会は学内の他のバンドサークルと比べると、ややマニアックなコンセプトのバンドが多く出演するという傾向が強い。
その認識は、この地域の学生音楽を好む層の間でも浸透しているようで、コンセプトの立て方と情報の拡散方法によってはかなり熱心な聞き手がライブを見に来てくれるようだった。
この二日間の教室ライブのタイムスケジュールは、各バンドの機材の入れ替え、所謂“転換”がスムーズに行えるように考慮した形で組まれる。
転換に費やされる時間を節約すればするほど、多くのバンドが出演できるからだ。
その上で、それぞれの会員の負担が大きくなりすぎないように調整が行われる。
スケジュールの決定稿によれば、私の参加する2バンドはどちらも一日目出番、モモカの参加する2バンドはどちらも二日目出番、というプログラムになっていた。
これならば、学内に持ち込んだ自分の機材を二日間ずっと気にかけておかないといけない、というような負担に悩まされずに済む。
自分の出番がある日だけ、自宅から機材を持って来れば良いからだ。
大学祭一日目、私はスティーリー・ダンのコピーを演奏する『スティーリー・級』というバンドと、先輩に頼まれて参加したメロディック・スピード・メタルのバンドでキーボードを演奏した。
前者については、まさに自分の好みのド真ん中を突いてくる音楽性で、そのジャズの要素も含む複雑な和音構成やタイトなグルーヴ感など、コピーする上で苦労した部分も多々あったが、練習の時点でも演奏するのが非常に楽しいバンドだった。
一方後者については、自分はメタルを殆ど聴いたことがなく、それこそ自分が周囲から期待されるような高速でテクニカルなフレーズを多く含む題材で、上手く乗り切れるだろうかというプレッシャーが正直あったが、練習時間が確保できていたおかげで本番はノーミスで弾き切ることができた。
実際にステージに立ってみると、メタルというジャンルが持つ一種の様式美のような、その“粋”のあるロマンチシズムを奏者側から俯瞰することもでき、メタラーの人達があんなに熱く、この音楽にのめり込むその熱狂の源泉に触れることができた気がした。
確かにこれは癖になるかも。そう思った。
自分の出番を終えて楽屋側から教室の外に出ると、男性二人組に話しかけられた。
ロック研のOBの方々で、先程のライブも見てくれていたようだった。
「さっきの、めちゃくちゃ良かったよ!
君、まだ一年生なんだって?
それであそこまで弾けるなんて、期待の新人すぎる……」
「スティーリー・ダンの鍵盤の子、演奏がすげぇジャジーでグルーヴィで良かったなぁ……って思ってたら、今度はメタルバンドで出てきて高速パッセージを弾きこなすモンだから、たまげたよね。
やっぱり、クラシックピアノやってた人?」
「ありがとうございます。
十年くらい、習い事でやってました」
「なるほどねぇ。
少し聞いただけでも、ちゃんと訓練した人なんだなって分かるもん。
一つ一つの音が正確だし」
「でもクラシック一本の人だと、スティーリー・ダンの時の、あのグルーヴ感出すの難しくない?
それに和音も分数コードとか、ジャズの理論が結構入ってるだろうし」
「確かに、あれのコピーは結構大変でした。
小さい頃から親が家でジャズのレコードをよく流していたので……、ふとその時聞いていた感じを思い出して弾くようにしてみたら、そこからはスッと自分の中に飲み込めるようになった、気がします」
「はぁ〜、そういうことか……。
それは俺にとっても勉強になったかも」
「いやそれもう、ガチでこれ系のエリートじゃん!
話聞いててワクワクするもん」
「いえいえ、そう言われると、大変恐縮というか、すごく光栄です……」
私は口では謙遜しつつも、内心では鼻高々だった。
頑張って練習したり工夫したりした甲斐があった。充実感に満たされていた。
しかしここまで来ると、さらに欲も出てくる。
今回は、種類の異なる高度な技巧が要求される二つのバンドで、それぞれのコンセプトにピッタリはまった演奏を完遂できた。
次は、それらにプラスして自分の個性を出していければ……。
今日はこれから別の用事があるというOBのお二人を見送ると、背後から聞き慣れた声が。
「お疲れ〜スミレちゃん、二バンドともめっちゃ良かったよ〜。
……ていうか今、大人の男の人達からベタ褒めされてたね〜?」
モモカはわざとらしくムスッとした顔を作っている。
「妬いちゃうかも?
スミレちゃんは私のものなのに〜」
「こらこら、私はモモカの持ってる機材とかじゃあるまいに。
適当な冗談はよしなさい。
それに、さっきの人達はこのサークルのOBだから」
そう突っ込むと、モモカは「へへへ」と素の照れ笑いを浮かべた後、また芝居がかった感じに戻り、オヨヨヨと嘆く表情を作って見せる。
「スミレちゃんは美人さんだし、スタイルも良いし、性格もカラッとしてるし、……お胸も大きいし。
やっぱり、男の人は、スミレちゃんみたいな女の子が気になるんだろうな〜?
きっと、“いつか王子様が”現れて、私のスミレちゃんを連れ去ってしまうんだ〜」
「いやいやいや、私のイメージだと、男の人に一番モテるのは、モモカみたいな女の子だと思ってるんだけど」
「……私みたいな子は、一週二週回って、敬遠されるんだよ」
一転、凍えるような低い声音で、モモカは私に囁く。
え、急になんだろう?こわ……。
そういうものなの?
個人的に、モモカみたいな子が一番「女の子感」があってモテそうだと思ってるのは本当なんだけどな……。
実際、普段一緒に文系キャンパスを歩いていても、モモカに話しかけてくる男子は何人も見かけたから、それで「敬遠される」とか言われてもイマイチ腑に落ちない。
それに……、
「もし自分が男に生まれてたら、普通にモモカのこと好きになってそう、と思えるくらいには可愛いと思うけどな」
「……もう!そういうとこだぞ!」
「???」
モモカがポカポカと私の肩をはたいてくる。
励まそうと思って口に出してみたんだけどな……。
この話の落とし所が分からなくなってきたので、話をなあなあにするべく、若干バッド入り気味のモモカを背後から抱え込むような姿勢で頭を撫でてやって沈静化を図る。
「おーよしよし。
大丈夫、大丈夫だよー。
モモカが一番可愛いんだからねー」
「ぐすんぐすん」
モモカはあからさまな嘘泣きをしているが、私に撫でられて傾きかけていた気分は持ち直したようだった。
「ま〜たいつものが始まったぞ」
「野郎ども急げ!早く壁になるんだ!」
他の会員も私たちを茶化すように、ワチャワチャとふざけている。
こんな感じで周囲にネタにされる程度には、私たちのじゃれ合いはサークルの会合におけるお約束になっていた。
こんな調子で、いつも通りほんわかした雰囲気で過ごしているうちに、大学祭一日目は無事に終了した。
私は、一日目の打ち上げ会場に向かう前に、一度自宅に戻り、自分が今日使用したデジタルシンセを置いて行った。
ありがとう、お疲れ様。
5.
翌日、大学祭二日目。
この日のプログラムには、モモカが参加する、J-POPを演奏するバンドとカンタベリー系の曲をやるプログレバンドの二つが含まれている。
その一つ目のJ-POPバンドを、私も客席から観覧していた。
モモカのステージではすっかりお馴染みとなった、機動性に優れたデジタルシンセと、見た目も出音も存在感のあるアナログシンセとの二台体制だ。
さて、J-POPの曲をコピーするのは、結構難しい。
洋楽と比べると、コード進行も編曲も凝った物が多いし、鍵盤楽器や管楽器やストリングスが当然のように多重録音されていたりするので、原曲の音源の中でどの音を優先して抜き出してバンド編成用に再編曲するか、センスも問われる。
しかしさすがは、音作りに定評のあるモモカだった。
デジタルシンセの音色の幅広さを最大限に活かし、曲ごとにズバリこれと言えるような装飾を施すことに成功していた。
ただ一箇所だけ、聴いていてやや違和感を覚えた箇所があった。
最後の曲の、大サビ前の間奏部分。
そこのリードフレーズは、普段のモモカならアナログシンセの太い音で存在感を与えていたと思うのだが、今日はデジタルシンセのオルガン音色で弾いていた。
しかしそこ以外の箇所は特に違和感もなかったので、まあJ-POPの伴奏はボーカルを如何に引き立てるかが重要だから、そういう引き算の意図だったのかなと考えながら、演奏を終えたバンドに拍手を送った。
「うわぁ〜、マジか〜」
一バンド目の出番を終えたモモカを労いに楽屋を訪れると、悲痛な声を上げながら天を仰いでいた。
お約束の嘘泣きとは違い、本気で困っているのが分かった。
何があったのだろうと思い様子を伺ってみる。
なんと、モモカのアナログシンセは、先程のバンドの演奏中に壊れてしまっていたらしい。
あの間奏でデジタルシンセを使っていたのはそういうことだったのか。
曲の途中で異変に気づき、その場でデジタルシンセのプリセット音色でカバーしたというわけだ。
「うえ〜、新しい機種でもないから、そのうち壊れることもあるのかなとは思ってたけど、よりによってこんな時に……」
年季の入った電子楽器の機構が、ある日急に壊れてしまうという話はよく聞く。
が、私は大学でバンドを始めるまではこうした電子楽器には馴染みがなかったので、こういう場面に出くわしたのは今日が初めてだ。
おそらく、モモカとしては二つ目のバンドでこのアナログシンセをバリバリ使うつもりだったのだろう、かなり参ってしまっているようだった。
私も、モモカがそのバンドにかなり気合を入れて取り組んでいることはよく知っていた。
だから、何か力になれれば良いのだが……。
モモカの次の出番まであまり時間もないので、なんとか気持ちを立ち直らせて、大学祭ライブの責任者である実行委員の先輩にも相談しつつ、状況を整理する。
まず、モモカが次のバンドで演奏する上では、物理的な理由でどうしてももう一台、シンセサイザーもしくは鍵盤楽器が必要とのこと。
私のシンセを貸せれば良かったのだが、私は昨日の出番が終わった後に、自分の機材を自宅に引き上げてしまっている。
サークル内の他のキーボーディストから借りるという手もあるにはあるが……。
この大学祭のスケジュールでは、鍵盤楽器を使うバンドを意図的に連続して配置したプログラムになっている。
これは、鍵盤楽器奏者が共通して使用するアンプやスタンドなどの機材入替え時間を省略するために取られた措置だ。
しかしそうなると、他のキーボーディストから借りようとすることイコール、出番が隣接するバンドのメンバーから借りるということになり、転換中その楽器をステージ上で入れ替えなしで置きっぱなしにすることを意味する。
それはちょっと、各人の負担的にオススメできないかな、と実行委員の先輩は言う。
私も同意見だった。
モモカは何種類も音色を使い分けたいだろうから、一台のシンセの中で複数人が扱う音色データが混ざってしまう怖さもあるし、どちらかが出番の時にはその間もう片方はその機材に触れることができない。
そこにもし、他にもトラブルが重なったら、今度こそリカバリー不能な事態に陥るかもしれない。
では、出番を繰り下げてもらうのはどうか。
それが一番無難な気がする。
ただ、タイムスケジュールはより多くのバンドが出演できるように緻密に組まれているから、予定が狂えば確実にどれかのバンドには影響が出る。
モモカのバンドの時間が丸ごと削れる、という可能性もゼロではない。
なのでできれば、その手を選ぶのは最後に回したい。
しかしそれでは、他にどんな策があるのだろう?
私はモモカがそのバンドのためにすごく頑張ってたのを知っていたから、できれば存在感のある音を出せるアナログシンセを、使わせてあげたかったなぁと本当は思っている。
でもまずは、ちゃんとステージに立てるようにしてあげなくちゃならない。
他のバンドサークルを当たってみれば、使っていないキーボードが余ってたりしないだろうか……。
確保できる保証はないが……。
私が解決策を考えていると、モモカが何かを思いついたような、しかしそれを言葉にしづらそうな、そんな表情で私を見ている。
「どうしたの、何か思いついた?
遠慮せずに言ってごらん?」
それを聞いてモモカは、意を決したように私にこう言った。
「……お願い、スミレちゃん!
私のシンセサイザーになってくれない?」
6.
モモカが、部室から走って戻ってきた。
「あった!やっぱり部室にあったよ!
例のアタッチメント!」
それはちょうど私が、モモカから貸し出された、ノースリーブの黒いカットソーに、太腿が半分ぐらい覗くような短い丈の黒いフレアスカートに着替え終わった時だった。
「人間シンセ化アタッチメント?」
モモカが口にした奇妙な名前に首を捻るが、程なくそれが何なのかを思い出した。
聞いたことがある。
それは確か、ひと昔前に使われていた、人間を楽器として使用するための機構のことだ。
人体の神経には絶え間なく電気信号が流れている。
それを活用して、人間の体内で電子楽器のそれと同じような電気信号を生成し、人間の身体そのものを擬似的なアナログシンセにしてしまおう、というのがその製品の趣旨だった。
それを、モモカは部室で見かけたことがあると言う。
ロック研の部室には、OBOGの先輩方が後輩たちへのお下がりの意味も込めて残していった多くの機材がある。
その中に、そのアタッチメントが含まれていると言うのだ。
以前は、本物のアナログシンセを買うだけの余裕がないバンドマンが時々使用していたそうだが、私自身はその実例を聞いたことも見たこともない。
「お願い、スミレちゃんはお胸が大きいから身体も体積が十分あると思うし、楽器を使う側の知識もちゃんとあるから、頼めるとしたらスミレちゃんしかいないの!
本当この通り、お願い!」
人体を物理的に楽器とする以上、必要な機能を揃えたシンセサイザーになれる人間は条件が限られるらしい。
私は少し考えた。
奏者ではなく楽器としてステージに立った経験は今までないから、緊張したり恥ずかしかったりという気持ちは、正直あると思う。
でも、私が今承諾してしまえば、モモカは予定通りステージに立つことができるし、出番までにはまだ少し時間があるから演奏のために必要な打ち合わせをしておくこともできる。
そして何より、疑似的なものではあるが、モモカにアナログシンセを使わせられる。
決断に時間は要らなかった。
「分かった。
私が一肌脱ごう」
「!!
ありがとう、スミレちゃん!」
全身で感謝を表すように、モモカが抱きついてくる。
やれやれ、こんなに喜んでくれるのなら、どのみち断る選択肢もなかったかもしれない。
人間シンセ化アタッチメントは、人体のある箇所に挿すと、その挿した箇所を一ブロック丸ごとシンセサイザーにする効果を持つ。
具体的には、身体の内側からシンセサイザーの機構が、文字通り“生えてくる”らしい。
その変化には着ている服も巻き込まれる。
そのため、コントロール部を覆い隠す遮蔽物はなるべく少ない方が良く、軽装であることが望ましい。
私は上下長袖のゆったり目の服を着ていたので、モモカが持ってきていた服に着替えることにする。
「出先で急に泊まらないといけなくなった時のために、簡単な着替えをいつも持ち歩くようにしてるの」と言いながら、バッグからノースリーブの黒いカットソーと短い黒のフレアスカートを取り出してきた。
えっ、出先で急に泊まらないといけなくなった時?
何それ、どういうこと?
モモカは実家住みだから、そんな機会はまずないのでは?
かなり気になる事を聞いてしまったが、必要な準備はまだまだ山積しているので、疑問はとりあえず喉奥に留めておく。
私はモモカより背が高いので着られるかどうか不安だったが、そこまで余裕のあるサイズではないものの問題なく着ることができた。
モモカが部室で見つけてきたアタッチメント、それは一辺5cmほどの大きさの集積回路、所謂ICチップの側面から細い針のような見た目の6本の脚が生えているという、一見無骨な見た目をしている。
これを人体に挿すのか……とつい躊躇してしまうが、モモカのためと思って覚悟を決める。
「じゃあ、今から、背中に挿すからね」
よしこい、と私は待ち構える。
これを今から私の首の付け根の少し下、背骨上に挿すことで、私の胴体を丸ごとシンセサイザー化するのだ。
「んっ……」
ツン、と自分の背中にアタッチメントの脚が突き立てられているのが分かる。
とは言え、見た目の印象に反して痛さはほとんど感じない。
感覚的には、鍼灸治療で使われる、あの非常に細い鍼を刺される感覚に近いかもしれない。
「…………んっ!」
その脚の先端から、自分の中に何か粒子状のものが侵入してきたのが分かる。
痛みはないが、身体の中の血管か何かをくすぐられているように感じる。
間もなく、私の身体に変化が起こる。
まず、楽器としての筐体を形作るためだろう、上下の黒い服が工業製品に使われる樹脂材のような硬度とツルツルとした質感、表面に光沢を持った材質に変化し始めた。
肩や背中から人間らしい身体の丸みが失われ、代わりに角ばった形状が定着した。
胸の膨らみの部分には、後の工程でそこにコントロール部を生やすためだろう、そのバストの外型はそのままにだんだんと表面がツルツルとした三角形の山の形に盛り上がり均されていき、最終的に角々とした樹脂製のプロテクターで胸を覆ったようなデザインに落ち着いた。
スカートも、プラスチックで直線的に成形されたそれのように、四角錐から切り出したような角張った形状になった。
それと同時に、楽器の内装にしばしば用いられる導電塗料でわずかにコーティングされたかのように、私の全身の素肌にツヤが現れてきた。
こうして、私の身体は容姿と骨格はほぼそのままに、近未来感のある黒いプロテクターとスカートを着せられたマネキン人形のような見た目となった。
考えようによっては、なんというか、ボ◯テージ的な衣装に見えなくもないのだが、そう考え出すと恥ずかしくてたまらなくなるのでもうそこからは目を背けるようにする。
変化が終わってみると、自分が衣服を身につけているような感覚がなくなっているのに気づく。
まるで、カットソーとスカートが変質の過程で、私自身の素肌の延長線上のものになったかのようだ。
続いて、私の体内でシンセサイザーとしての基盤が形成され始めた。
間もなく、私の胴体の前面、胸から腹にかけて筐体の材が開き、パラメータノブやケーブルを挿す穴、端子などが生えてきた。
「ぬっ……、んっ……、くすぐったい」
「スミレちゃん、痛くない?大丈夫?」
「痛くはない、大丈夫」
すぐ横でモモカが心配そうに見つめているので、私は漏れる声を必死に抑える。
やがて変化が終わり、私の胴体は完全にアナログシンセサイザーと化した。
マネキンみたく肌が艶めき、角張った形の黒いフレアスカートを履いて、胴体を丸ごと機械に置き換えたような、喩えるならまるでロボットに改造された人間、それが今の私の姿だった。
現実のこととは思えないような現象だが、不思議と気分は落ち着いている。
まるで、自分が初めから『楽器として製造されて、この世に生まれてきたような』、そういう錯覚すら覚えるくらいには。
私は変わり果てた自分の身体を眺めながら、ふと、モモカと初めて出会った日にソフト・マシーンの話をしたことを思い出していた。
『ソフト・マシーン』のバンド名の由来は、アメリカのある有名作家の小説のタイトルから付けられたと言われる。
私もその作家の著作を図書館の本棚で見かけたことがあり、少し読んだことがあるのだが、意味を追おうとすればするほど頭が痛くなるようなヘンテコな文章が延々続くような小説だったので、数ページ目を通しただけで読み切るのを断念してしまった。
で、その著者の元ネタの作品において、『ソフト・マシーン』とは女性型アンドロイドのことを指している、と言われているのだった。
今の私も、まるで女性の形をしたロボットのような姿形になっており、まるでその『ソフト・マシーン』になったようだな、と頭のどこかで思っているのだった。
あの作家の小説も相当おかしな内容だったが、今の自分の姿も、それに負けず劣らずヘンテコなことになってるじゃないか、と苦笑せざるを得ない。
さて、楽器になるための変化は完了したが、さらにここから本番のための準備段階に入る。
まず、部室からアタッチメントと一緒に持ってきた、音源が入っていないコントローラ専用の共用機材鍵盤を私のモジュールに接続するためのプラグ、そして私からアンプに音を出力するためのシールドケーブル、それぞれ一本ずつ私に接続しなければならない。
そうしないと、楽器として音が出せない。
「ごめん、ちょっとあっち向いてて……」
私はそれらを接続するべく、二本のケーブルの先端をスカートの中に差し入れる。
「んんっ」
よし、ちゃんと抜けないように挿せたようだ。
今日は時間が惜しいのでもう深くは考えないようにするが、こんな所に接続端子が出現するのは、どう考えてもおかしくないか?
ケーブルを引きずってしまわないように、なるべく下向きに挿させようという意図なのかもしれないが……。
この製品が廃れてしまった理由の一つが分かった気がする。
絶対、後でメーカーにクレーム入れてやる……。
続いて、実際にモニタースピーカーで音を出力しながら、愛機の出音をなるだけ再現するべく、モモカは私の胸についたノブのパラメータをひたすら微調整する。
モモカの指先が、私の身体に生えた突起に、繰り返し小さく触れていく。
一つ一つのノブにも私の神経が通っているみたいで、モモカに断続的に刺激を与えられるうち、私はだんだん変な気分になってしまいそうになる。
「んっ、ん、ちょっ……。
これ、くっ、くすぐったすぎる……」
「まだだよ。まだかかりそうだから、我慢して」
モモカは音作りに集中していて、いつもよりなんだか表情が冷たく見える。
その顔がさらに、私の中の何かを撫でつける。
「んーダメだ、モジュールの繋ぎ方変えてみよう。
パッチケーブル挿れるよ」
「えっ?!
待ってまってまって!!
これ以上は多分無理!!」
私は慌ててモモカを静止する。
言わずもがな、ケーブル挿入口にも私の神経は通っていた。
多分、今その穴に何か挿されると、変な声が出てしまう……。
涙目でそう訴えるが、すっかり集中モードに入ってしまったモモカは焦れったそうな目でこっちを見ている。
そんな冷たい目で見つめないで……。
「うーんしょうがないなぁ。
本当は気が進まないんだけど、作業が終わるまで人格出力スイッチをオフにしとくね」
「え、そんなものがあるの?!」
倫理的に大丈夫なのそれ!?と私が言い終える前に、モモカは私の首の後ろにいつの間にか出現していたスイッチをさっさと押してしまい、私の外界への発信は途切れてしまった。
どうやら私の身体は意識と切り離され、五感は通常通り感じ取れるのだが、身体を動かしたり声を発したりできないようシャットアウトされてしまったらしい。
しかし、モモカがパッチケーブルを何度も抜き挿ししたり、ノブをいじったりする感覚自体はそのまま私の意識に届けられ、その結果私は、モモカの音作りが完了するまで精神世界の中で悶絶し続ける羽目になったのだった。
「ふぅ……。
やーっと納得できる音が作れたよぉ。
お疲れさまー」
「ハァ……ハァ……。
それは……、ンハァ……、良かったね……」
スッキリした表情のモモカに対して、久方ぶりに外界に顔を出した私の神経は本番を前に、既に疲労困ばいを極めていた。
数えきれないほどの試行錯誤の末、私の胸には何本ものパッチケーブルが挿され、それこそ時限爆弾のような見た目になっていた。
繰り返しの刺激のせいで今もむず痒いままの胸を手でさすりたくなるが、もしそれでセッティングが動いてしまったら、またさっきの悶絶地獄に逆戻りなので、無意識に触ってしまわないよう必死に耐えていた。
さらに言うと、集中のあまりボルテージが上がってしまったのか、モモカは音作りの過程で私の出力ゲインをどんどん持ち上げていった。
で、どうやらそのゲインボリュームは私の感覚神経とも連動しているらしく、人格出力スイッチがオフだったから良かったものの、私は自分の意識下でとても他人様にはお聞かせできないような嬌声を上げたくなるほどの痺れに、ただただ耐えるよりほかなかった。
あのク◯メーカーめ……、この私にとんでもない恥をかかせやがって……。
さっさと潰れてしまえ……。
7.
ともあれ、本番の時刻までに準備は整えることができた。
前のバンドの演奏が終わり、モモカのバンドの設営時間となる。
私は、身体に繋がったケーブルを自分の手で持ち、ステージに上がる。
そして、会場の様子を窺う。
PA係と機材係の会員達は、当該バンドの使用機材変更の報告を受け、いつもより慌ただしそうに動いている。
客席を見ると、このサークル内のライブとしてはなかなか上々の客入りだった。
ステージに上がる前は、変な目で見られないだろうかと心配していたが、実際は「そういうコンセプトのバンドなんだろう」と思われているのか、奇異な視線を向けられることはなかった。
一体どういうバンドだと思われてるんだろう……。
今更だけど、うちに来るお客さん、皆訓練されすぎではなかろうか?
さて、モモカも自分が使う機材を全てステージに上げ終わり、機材同士を接続する作業に入る。
ここからはアンプとPAシステムに音を流すためにゲインを上げなければならないので、人格出力スイッチをオフにする手筈になっていた。
「どうかよろしくね、スミレちゃん」
「健闘を祈るよ、モモカ」
そう言葉を交わし、互いの拳を突き合わせると、モモカは私の人格出力スイッチをオフにした。
スイッチがオフになり、ステージ上で気を付けの姿勢で直立不動になってからも、引き続き外界の様子は感じ取れた。
むしろ、楽器として身体が調律されている故か、聴力に関しては普段の何倍も研ぎ澄まされている感覚がある。
観客一人一人の会話すら、正確に聞き取れるほどに。
ん?あれは……。
上手側、やや後ろの方の席に、ハイブロウ風な雰囲気を漂わせている、スーツ姿の男が二人座っていた。
あれは、昨日私に話しかけてくれたOBの方達だ。
ありがたいことに、今日も見にきてくれたようだ。
「あれっ?
ステージ見てみろよ。
昨日の子が、また出てるぞ。
今日は人間シンセとして出るみたいだね」
「ほぉ〜、昨日は演奏者として、今日は楽器として出演するのか。
本当大したもんだね。まだ新人なのに、大車輪の活躍だ!」
褒められてるように聞こえるが、果たしてこれは素直に喜ぶべきなんだろうか……。
それにしてもあの人たち、昨日話してみた感じだと、演奏の出音とかには相当こだわりがありそうな気配がある。
こちらは突貫工事のぶっつけ本番、果たして、あのお客さん達を満足させられるような音を私は出力できるのだろうか……。
だんだん不安が募ってきた。
OB二人は私を見て、自分達が現役だった時の様子を思い出しながら話をしている。
「人間シンセって、俺たちぐらいの代だとライブハウスでちょくちょく見かけたなぁ。
女の子のは、俺今日初めて見るけど。
それに比べると、最近全然見なくなったよな。
やっぱり時代遅れなんかね?」
「時代遅れと言うか……、大体デジタルシンセで事足りるようになったんよ。
最近特に楽器用DSPが高性能かつ軽量化されて、アナログ楽器のエミュレート技術も上がってるから、人間シンセに『アナログ特有の風味』を求めて使っていた層が丸ごとデジタルシンセに移行していったんじゃないか、って俺は見とるよ」
その言葉は、私とモモカが使っているデジタルシンセのことを指していた。
確かに、その意見には頷けるかもしれない。でも……。
「んー?
じゃあ人間シンセは、デジタルシンセ現行品の下位互換って結論に落ち着いたってことか?」
私が気になったのもそこだった。
まあどうせ私が人間シンセになるのも恐らく今日が最初で最後だろうとは思うものの、今から大事な本番だというのに、それ以前から既に自分が下位互換品の烙印を押されていると思ってしまっては、あまり穏やかな気分ではいられない。
自分自身のことを言われてるわけでもないのに、なんだか胸が痛くなる。
しかし、その疑問に対するアンサーはこうだった。
「中にはそう言う人もいるかもしれんけど、ピンとこないというか、少なくとも俺は下位互換とは全然思わんね。
そもそも、人間シンセはどこまで行っても人間シンセでしかないんよ。
アナログシンセの代替品として使っていた人が多かったが故に誤解されがちだけどね。
デジタルシンセが、アナログシンセと全く同じ音を出せないように。
アナログシンセが、デジタルシンセと同等のユーティリティと安定性を持ち得ないように。
デジタルともアナログシンセともまた違う、人間シンセだけの世界観があるんよね。
正直、最近見かけなくなってるの、俺は惜しいと思っとるよ。
個人的な好みとして、俺は人間シンセのあの不器用な、まさしく人間味のある暖かい出音が、今まで色んな楽器の音を聞いてきた中でもトップクラスに好きやね。
だから今日、あの子がどんな『声』を俺たちに聴かせてくれるのか、楽しみにしとるよ」
それを聞いて私は、なんだかまるで自分自身が褒められてるように感じられて、すごく嬉しかった。
人格出力スイッチがオフじゃなかったら、涙すら流してしまってたかもしれない。
もしかしたら、アタッチメントそのもののデータを私の中に取り込んだことで、新たに「人間シンセ」としての気持ちが、私の中に芽生えつつあるのかもしれなかった。
人間シンセは、その素体となった人間一人一人に応じて出音が全く違うのだと、そんな話をどこかで聞いた気がする。
まさに、人間という生き物と同じじゃないか。
私は、ただ必死に、自分の『声』を出し切ることに全力を尽くそう。
おかげでそう思えた。
8.
本番の演奏は順調に進んでいた。
ぶっつけ本番の割には、特にトラブルも起きていない。
鍵盤奏者としての自身の経験が、楽器としての役割の遂行にも活かされているのかもしれない。
本番の音量は当然大きく、最初は私も身体を流れていく強い刺激にひたすら耐えながら、自分の音を必死に外へアウトプットすることに努めていた。
特に、この自分の身体が作り出す音のその『音圧』。
アナログシンセはデジタルシンセに比べると非常に太い、音圧のある音を出すことが特色とされるが、私が変化した人間シンセも、それに劣らない音圧を出すことができる構造らしい。
コントロール鍵盤からの指示をもとに自分の中で作り出された強力な電気信号が、私の下腹部……そこに収められた内臓器官を一度ぐるりと循環することで十二分に増幅、すなわち”アンプリファイ”され、シールドケーブルへ出力されていくのが感じ取れた。
身体の芯を、心地よい振動が巡っていく……。
シンセサイザーとしての本能的欲求、”発振“の蟻地獄の中に完全に意識を沈めてしまいたくなる甘い誘惑にかられるが、なんとか踏みとどまって、出音の整合性を次へ次へと、スリリングに繋げていく。
だんだんと、安定した発音の仕方、そして楽器としての喜びが何か、分かってきた気がする。
観客は、バンドの熱を帯びた演奏に湧いている。
あの二人のOBも大きく拍手を送ってくれている。
あっという間に最後の曲に辿り着いていた。
もう終わってしまうのが惜しいとすら思えた。
バンドリーダーを担うギタリストが、最後のMCをしていた。
「次で、最後の曲となってしまいました。
みんなで一緒に歌ってお別れとしましょう」
いや、あんたら全曲インストゥルメンタルやないかい……とツッコむのももはや野暮な話で、それがこのバンド一流のユーモアであることを、観客は皆この魔法の30分間で理解できていた。
最後の曲、それは偶然にも私とモモカ、二人が友達になるきっかけとなったソフト・マシーンの曲だった。
私は自分の役割を果たしながらも、横から聞こえてくるモモカの演奏に内心驚いていた。
まるで、私に近づいてきてるじゃないか。
至近距離で感じ取っているから、それがよく分かる。
今まで見られていた打鍵やタイム感における甘い部分が克服されている。
熱の入ったバンドの演奏とバッチリ噛み合い、この空間を支配している。
沢山練習したに違いない。
そんなモモカを、ここに連れて来れてよかった。
そう思えた。
この曲も終盤に差し掛かろうとしていた。
しかし、私はまたしても異変を感じ取っていた。
モモカのコントロール鍵盤からの信号が、途絶えた?
「!?」
モモカも動揺しているようだった。
私自身とその出音には異常は見られない。
おそらく、“コントロール鍵盤かそこから私の身体に伸びるプラグケーブルか、そのどちらかが故障した”。
こんな時に……。
もう間もなく、キーボードパートのリードフレーズの番が回ってくる。
曲進行の都合上、モモカはデジタルシンセの音色をピアノから変えられない。
……モモカのために、私がもう一肌脱ごう!
この曲は私もよく聞いていたから覚えてる。
自分の内部、精神世界にて、基盤操作権をマニュアルモードへと強奪し、自ら演奏の電気信号を作り出し、アウトプットする!
自分で作り出した音を、自分の内側で循環させる、そのときめきに身を委ねてしまう。
切なくすら感じる。
増幅された私の『声』がアンプから発射される。
私が得意としている、機動性に優れた音の矢。
私の内部、電子回路の環状線、そして下腹部の内臓には、まるで走馬灯のようにぐるぐると、今までの私の『人間』が駆け巡っていた。
レッスンの時には厳しく、それ以外の時には優しくしてくれた母の顔。
いつも穏やかで、でも時々陽気な表情を見せてくれた父の顔。
どうしても上手くピアノが弾けなくて、その悔しさで涙に暮れた夕方のこと。
レコードに、好きな音楽に囲まれて、くつろいで過ごした実家の風景。
高校の友達と好きなバンドについて語り合った思い出。
もう一度、自分が楽しむためにピアノを弾いてみようと思ったあの日のこと。
そして、モモカと出会った日のこと。
音楽の話題を投げ交わした、沢山のトーク履歴。
それらの記憶全てが、私のパルスの螺旋、その波を形作っている。
そこに、モモカが作り上げた獰猛な音像が立体性を持たせ、この部屋中を刺し貫く。
それはこの場にいる全ての人に夢を見させていた。
幻惑的なコード進行の海、調性も希薄な宇宙空間、何が正しくて何が間違っているのかも判別が難しい混沌、その中に。
溢れ出す倍音と揺らぎが、音像の壁が、黒鍵と白鍵の間、その半音の向こう側、ブルーノート・スケールの真意、人類原始の記憶すら思い出させようとするような。
どうしようもなく感情が揺さぶられてしまうような、そんな夢。
気づけばそれに合わせて、モモカもユニゾンして追いかけてくる。
いいよ、追いついてきなよ。
二人の追いかけっこは、このまま永遠に続いていくようにも思えたが。
こうして二人一緒に、辿り着いた────コーダ。
観客から万雷の拍手が送られる。
あの二人のOBからも。
「な?良いだろ?」
「うむ、これは、良いな……」
PA卓付近にスタッフとして構えるサークルの先輩たちも、自分達の役割を果たしつつも今のライブにざわついていた。
「これ、だいぶええもん見れたんちゃう?
俺今、鳥肌こんなんなってるんやけど」
「なぁなぁ撮影係さんや、今の演奏、円盤一枚オジサンに焼いといてくれんかいな?」
演奏を終えて、モモカが私のスイッチをオンに戻す。
「スミレちゃん、お疲れ様ー……」
多幸感と充実感、どうしようもないときめきとで胸が満たされていた私は、身体が動き出してすぐさま、モモカにぎゅっと抱きついた。
「ふぇっ!?
スミレちゃん?!
ちょっと、胸のプラグが食い込んできて痛いよぉ」
「ごめんごめん。
どうしてもモモカを労いたい気持ちが止められなかったよ」
私は、なんだか過去最高レベルにテンションが上がっていて、不意にモモカをからかってみたくなった。
そして私の身体を、シンセサイザーとしての筐体を、剥き出しの自分自身をムギュッとモモカの体に押し付けたくなった。
「そういえばさっき着替えを取り出す時に言ってた、急に出先で泊まらないといけない時ってどんな時なの?
ずっと気になってしょうがなかったんだけど?」
「なんで急に今それ聞くの?!
もう、本当そういうとこだぞ!!」
不意打ちにモモカは顔をぷくぅと膨らませている。
私はいつも通りに、モモカの頭を撫でてやる。
「む〜ん……。
まぁ、でも、今は私も、どうしてもスミレちゃんに感謝を伝えたい、って気持ちは同じかも……」
モモカは私に向き直る。
「本当に今日は、ありがとうね、スミレちゃん」
「それはこちらこそだよ。
ありがとう、モモカ。
すごく良い経験ができたよ」
互いに気持ちが止められなくなって、私たちはまたギュッと抱きしめ合った。
プラグケーブルが食い込もうが、もうお構いなしだった。
そして、私たちは外ハコに出るためのバンドを、一緒に組むことを決めたのだった。
モモカはキーボード担当、
私はキーボード兼“人間シンセサイザー”担当として。
そのことはまだ、私達二人以外は誰も知らない。
了
なんか巷でバンドものが流行ってるっぽいので、便乗しようと思って書きました。すみません、嘘です。
単なる私の趣味です。
◯参考書籍
ドン・ブライトハウプト(2012)『スティーリー・ダン Aja作曲術と作詞法』(奥田祐士訳)DU BOOKS
◯参考Webサイト
東北工業大学「リレーエッセイ つなぐ─教員から教員へ─『モジュラーシンセの魅力』」(2023年3月26日17時17分閲覧)
( h ttps://www.tohtech.ac.jp/topics/essay/13918.html )
この他、必要に応じてWikipediaの各記事などを、適宜参考にさせていただきました。
なお、私はシンセサイザーについてはズブの素人なので、内容に誤りが含まれている可能性があります。
その場合は申し訳ありません。