ヘヴンリーブルー
私は待っていた。
あの人が帰ってくるのを。
どうしても必要な事だと言うから、女性騎士が同道するのも仕方がないと諦めた。
ご病気のお姫様、こんな田舎の薬師に頼らないといけない程に王都の医者は無能なのか。
二人で暮らすこの森の中の狭い山小屋にいきなり大人数で押しかけて彼を攫って行っちゃった。
私には何も無い、彼しかいらないからここで待つ。
其れにしてもいつ返してくれるのだろう。
私は待つ、この何も無い山小屋で。
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「姫様がご病気?そんな話聞かないなぁ。なぁお前、聞いたことあるか?」
「いや初耳だ」
親切なこの国の門番が教えてくれる。
「田舎から出て来た許嫁なんですが、こちらのお城に招かれてから帰ってこないんです」
「そりゃ困った事だな、でもここじゃないと思うぜ」
「何故ですか?」
「姫様は至ってお元気で今度結婚なさる、公爵家令息に降嫁されるんだよ」
「名前はトムと言います、知りませんか?」
「トムねぇ、よくある名前さね」
「じゃあ、王宮のお医者様の所に居ませんか?」
「俺たちそんなに詳しく知らないんだよ。困ったな」
「そうですか、ご迷惑お掛けして……」
「早く帰ってくると良いな」
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると城を振り返りながら宿へと戻った。
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私は城下を探し回った。
医療に関係する所は特に小さな薬局まで回った。
恋人は薬師をしている事、半年前から行方不明になった事。
皆んな同情はしてくれたが姫様が御病気だった事は無いとの事で、どこか他のお国と聞き間違ったのだろうと言われる有様。
有り金の続く限り探したが彼は見つからなかった。
都に出てきて2ヶ月が経とうとしていた。
もう帰りの馬車代しか残っていない。
諦めて一旦帰ろうとした。
明日この国の姫様の結婚式があるそうだ。
降嫁のパレードがあるそうで、大層人気のある美しい姫様らしい。
皆んなパレードを楽しみにしていて華やかな随分贅沢な催しなのだそう。
折角だから見物して帰ったらと宿の女将に言われて明日パレードの後に帰る事にする。
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其れは大変な人出だった。
人気の美しい末姫様の輿入れとあって白馬が先導し花びらが雨のように撒かれる。
人々の祝福の歓声が上がる。
中央には花で飾られた乗り物にその二人の姿があった。
白いベールにキラキラとした冠を被り金髪の美しい姫様とそのお隣に、お隣に?
「トム、何でそんな所に」
あれは公爵令息では無い。
私の幼馴染で許嫁、居なくなったトムだった。
人の波を掻き分けて私は叫んだ。
「トム、トム!何で何で。トムー!」
私の声は歓声にかき消される。
「トムー!」
すると新郎が少しだけキョロキョロした。
「トムー!」
彼を乗せた馬車は、あっと言う間に道の先に進んでいく。
人が多くて先に進めない、でもあれは絶対トムだ。
この私が間違う筈は無い。
急いで追い掛ける、すると脇腹に熱い物がドンと当たる。
「退いて」
そう言って人を掻き分け数歩歩くとお腹が変だ。
手を当てると温かいものがヌルリとする。
血だ、刺された?そう思ったが急激な眩暈、体が前に膝からゆっくりと崩れ落ちた。
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二人が住んだ森の先に小高い丘がある。
そこからは森が見渡せて木々の途切れたあたり、あそこが二人の愛の家だった。
その丘に一つの墓が作られた。
森も青い空も見渡せる、かつてよく遊んだ場所、思い出の場所。
胸一杯に深呼吸する。
しかし其処には誰も眠って居ない。
その人物は花を手向けると思い残す事なく、小高い丘を後にした。
「気が済みましたか?」
「えぇ。思い出と沢山話が出来ました」
「これで良いのですか?」
「あの日、私達は終わりました。この墓は気持ちの墓標です」
私はその人と森を後にした。
あの日から私は生死を彷徨った。
運のいい事に目の前の民家に運ばれ手当を受けて何とか生き残った。
一時はショックで話も出来なかったが長いリハビリを経てようやく回復した。
そして私はある事実を知る。
この国の美しい末姫様。
公爵令息と婚約していたが彼は馬の落馬で突然亡くなった。
彼の居ないこの世を理解できない姫様を宥める為にそっくりの人物が探された。
姫に甘い国王夫妻主導で秘密裏に。
そしてトムが選ばれた。
トムは公爵家の養子となり名前も変えられた。
今は別人として姫様と暮らしている。
私はこの事実を新聞記者から聞かされた、トムの協力者。
でも私が生きていると分かればまた狙われる。
偽の棺が用意されこちらに埋葬された。
これも私を守る為、トムが密かに手配してくれた。
この世では暫しのお別れ。
私は青い空を見上げる。
そして私達に尽力してくれた新聞記者の彼に言う。
「私達にはもう関わらない方がいいでしょう、これでお別れです」
「これでいいのですか?」
「関係のない方々まで巻き込んで戦う気はありません、彼らは私を監視していた。その事実が全てです」
「悔しくはないのですか?」
「心までは手に入りません、虚しい器。その一言です」
「……」
そして私はその森を旅立った。
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