ダンジョンに入る前に~決着
ドゴッ!!
そこら辺に転がっている石よりも固い外皮を持つ岩男のこぶしが空振りに終わり、地面にめり込む、一発でも入ればパラファルガはぺっちゃんこになってしまうだろうが、素早さに長けているため、なかなか当たらない。
よく観察すると地面を思いっきり殴りつけた岩男のこぶしの外皮と思われる鉱物にひびが入ってきている。どうやら神経はないようで痛みは感じてなさそうだが、耐久値がありそうだ。実際岩男の一人のこぶしは外皮が砕け、生身のこぶしとなり、パラファルガの麻痺爪で引っかかれ、しびれたところを仕留められている。これでこちらは岩男が5体と俺たちだけだ。
そうなるとチームプレーで追い込んで1体1体倒していくことが戦法として良いのだが、岩男たちには共闘という概念が無いらしく、特に1体の岩男がやられたことで、頭に血が上り、より孤軍奮闘バラバラに戦っている。
「ぐっぞ~~、ダンズのがたき!!」
へぇ~、仲間意識が強いんだな。
それでも何とか相手の数を徐々に減らしてはいた。岩男が地面を殴って飛び散った破片が運よく、パラファルガたちに当たって、怯んだ相手を捕まえ、たたき潰したり、やわらかい部位にかみつこうとしたパラファルガにうまくカウンターが入ったりとラッキーに助けられている。
それでも残りは20匹ぐらい。さらにはひときわ大きいパラファルガがいる。しかし奴はこちらに攻め込んでは来れない。なぜなら同じように岩男の中でひときわ大きいガンズが1対1でタイマンをしており、両者一歩も引かない様子だ。
リーダー格と思われるパラファルガは俊敏に動き、ガンズをかく乱すると隙を見て柔らかい部分に正面から飛びつくのだが、その瞬間、体の最も固い背中で受け止め、ガンズは捕まえようとする。すかさずリーダーパラファルガは一瞬で遠のき、また隙をつこうと様子を見る。ガンズはガードを固め、捕まえる又は一撃を与えようとじりじりと距離を詰める。しかし相手はうまく再度ステップで逃げるが、そこに飛びつこうとガンズが動くがうまくいかない。
大きな怪物たちの戦いは見世物小屋で人気が出るだろうな。そんな不謹慎な感想を抱いてしまうほどすさまじい攻防であった。
それにしても、岩男たちに比べて、パラファルガはかなり統率が取れている。当初は岩男の外皮を削ろうと一撃離脱を繰り返していたが、岩男が地面等を殴りこぶしを痛めつけたほうが得策ととらえ、下手に攻撃はせず、岩男1体に対して3~4匹でよけることに専念している。
もう一体の岩男のこぶしがそろそろ限界の様子で、今すぐにでも助けに行きたいが、そうさせまいと残りのパラファルガが俺とナルジャを取り囲んでいる。くそっ、状況判断がはやい。
俺とナルジャに対しては岩男のような防御力はないため、好戦的にとびかかって攻めてくる。地肌に少しでも爪や牙で引っ掛けられたら、こちらが麻痺すると思っているのだろう。一撃必殺を狙ってこないで、相手を休ませることなく、連続で飛びついてくる。いやになるほど連携がうまい。
しかし、バフ効果がついている俺ならある程度動きはついて行ける。今度は俊敏性がつくバフを見つけたいなと感じながらも、しびれを切らして、噛みつこうととびかかってくるパラファルガの口に手甲を突っ込み、動きを止める。
「うおぅぉら!!」
そこにピッケルの一撃を加えた。やはりバフで筋力が上がっているから、かなりの一撃が入る。それにしても俊敏性は上がってはいないのによく対応できているな。それに戦いの最中でも冷静さを保てているし、何となくだがいつもより相手の動きが良く見えている。そのおかげで反応速度も上がっている。
「もしかしたら、追加の効果か?」
そんなことを頭で考察するような余裕をぶっこいていたら、ナルジャと格闘していた4匹のうち2匹がこちらにとびかかってきた。
「やばっ、くっそ」
1体を手甲ではじき落とし、もう一体をピッケルで引っ掛け、そのまま投げ飛ばした。それがうまくピンチを迎えていた岩男の周りにいる1体にぶつかった。
うん、筋力アップしているから結構遠くまで投げ飛ばせたな。2体がぶつかって止まった瞬間に岩男が両腕を太鼓に打ち込むがごとく、振り下ろし、2体を一瞬でぺちゃんこにした。うわ~、あれ、やば。でも、ピンチだった岩男に張り付いていたのが1体だけとなった、もう大丈夫だろう。
「人間!ありがとう」
へぇ~、お礼を言えるんだ。
岩男に感謝されるとは。片手で返答しつつ、目の前の1体に集中する。先ほどの戦闘で奇襲が失敗したため、俺の周りをゆっくりとあるきつつ隙を狙っている。しかし時間をかけるべきではなかった。
「キッシャ~~~」
俺に集中しすぎていたため、ナルジャのことを忘れていたようだ。不意を突かれたパラファルガはナルジャのとびかかりに対応しきれず、押し倒され、抑えつけられるとのど元を一気に噛み千切られ絶命した。
「残りは!!」
周りの様子を確認しようと顔を上げた時だった。俺たちとナルジャを取り巻いていた仲間が瞬時にやられたため、劣勢となると考えたのか、相手も一体に集中することを選択した。1体に1匹ずつ付き、残りはすでにこぶしの外皮が削れている岩男に。
いきなり9対1になったため、不用意にこぶしを振り回した岩男はパラファルガにかみつかれ、動きが止まってしまった。その一瞬を見逃さず残りの8体が一斉に岩男にとびかかった。確かに岩男の外皮は固い、しかし表側の体はやわらかい。そこに飛びつかれたら、、、
「ふざっけんな!」「キャッシャ~!!!」
ナルジャが岩男に覆いかぶさっている狼どもへ跳躍をし、着地する寸前で体を横回転させ、その頑丈な尻尾で狼どもを薙ぎ払った。吹っ飛ばされたが、よろよろと立ち上がってくるパラファルガから岩男を守ろうとナルジャが威圧する。
その隙に岩男に近づくと麻痺解毒薬を飲ませようと試みるが、一気に麻痺毒を注入されたため、ショック状態のようになり、痙攣して、薬を飲めるような状態ではなかった。
「おい、しっかりしろ!!薬を飲むんだ、わかるか!!」
岩男の目は瞳孔が開いており、全身が痙攣している。口から薬を飲み込ませようとしても、のどの筋肉が痙攣して、飲み込めないで、口をふさいでしまいそうだった。何とか体に取り込んでくれれば、何とかなるのだが。
「くそっ、どうすれば、良いんだ。」
ガンズを助けたときから、彼らが人間味のある岩男たちであることはわかっていた。さっき助けたときにお礼を言ってくるあたり、彼が良識ある岩男であることは間違いなかった。だから助けたかった。一瞬でも仲間意識が芽生えたのだ、助けたい。しかし目の前の岩男の目は完全に開かれ、痙攣も激しくなった。
申し訳ない、俺には救うことができない。俺は悲しそうな表情を浮かべていたのだろうか。痙攣して苦しいはずなのに痙攣している岩男がぎこちなく、やさしく俺の手に手を重ねた。死を受け入れたのだろうか、岩男の表情は穏やかな印象を受ける。ニカッと笑ったように見えた瞬間、頭を横にだらっと垂らした。
「「「ヅンヅ!!!!」」」
残りの岩男たちが対峙していた1匹を何とか片付け、駆け寄ってきた。まだ残りは9匹いるが、そんなことお構いなく、いま死んだ仲間に駆け寄ってきた。彼らは仲間意識が強いのだろう、その巨体が小さく感じるくらいしょぼんとしている。どうやらヅンヅと呼ばれた岩男は良い岩男だったのだろう。
「ヅンヅ、、ダンズもやられた。」
「ふざけるな」
「犬っころ、ユルサナイ!!」
怒りに満ちた残りの岩男たちは9匹の復讐の対象者をにらみつけた。その瞬間、リーダーであろうパラファルガは耳がキーンとするぐらいのけたたましい遠吠えをすると、一斉に後ろ向き、撤退を始めた。数を半分以下に減らしたパラファルガたちはすでに潮時と考え敗走を選択したようだ。
そこにはしんがりといった概念はない。そもそも足の速さは段違いのため、追いつけるはずもなく、しんがりなど必要ない。絶対に逃げられるはずだった。
ビュン
ビュン、ビュンビュン
復讐心に燃える岩男たちが敵を逃がさないと、地面に転がっている自分たちが砕いた岩をパラファルガたちに向け、投げつけている。彼らの剛腕から放たれる投擲はまるで攻城兵器よりも恐ろしい。
ビィユーン
バリスタよりも鋭い一撃がリーダーのパラファルガの後ろ脚を貫いた。岩男たちは複数の岩を握っていたようで、散弾の用に散らばっていたが、ガンズは適度な大きさの岩をよく狙って放ったようだ。
後ろ足から前足まで岩が貫いたようで、リーダー格はうまく走れずその場で倒れこんだ。すぐさま残りの9匹が周りを取り囲む。一瞬でかなり離れられたが、岩男たちと一緒に敗走狼たちに近づく、彼らはリーダー格を守るように陣形を取った。もしかしたら親なのかもしれない。
しかしリーダーのパラファルガは再度遠吠えをし、俺たちを威嚇すると、残りの9匹は躊躇することなく逃走しようとした。リーダーが自らを切り捨てる判断を下したのだろう。しかし、狼たちは一回戻ってきて、リーダーを守るためまとまっていたのが過ちだった。そこはすでに岩男たちの投擲の範囲内であり、彼らは岩を握りしめたまま、近づいていた。
虚を突くようなタイミングではなく、声を発することが分かっていれば、そこまで驚くことはない、4体の岩男は大きな手に握りしめた岩を思いっきり投げていた。逃げるため一瞬振り返った9匹の狼たちの頭上に岩の雨が襲った。
彼らは一回ナルジャのしっぽでひっぱたかれてもいたので若干動きが鈍っていたのだろう。よけられるはずだった岩の散弾に直撃し、9匹とも瀕死の状態となった。リーダーのパラファルガも覚悟を決めたのか、何とか立ち上がろうとしている。
「仲間、失った、決着、付けよう」
ガンズが前に出た。他の岩男たちはボスに反論するつもりはないらしい。パラファルガも近づいてくる。左側の両足はもう使える状態ではなく、残っている右側でふらつきながら、途中に倒れている同胞たちには視線を向けず、獲物であるガンズのみとらえている。
静寂の中、先に動いたのはパラファルガだった。もうすでに俊敏性は失われているが、飛びつくことはできる。ガンズの首求め掛け顎を開いた。
「一撃で、終わる」
相手の狙いは一発逆転の個所となる場所に攻撃してくることは明らかだった。ガンズは動きが遅いとはいえ、迎撃するべき場所さえ分かれば捕獲することなど他愛もない。ガンズはパラファルガの首を捕まえるとそのまま地面に押し付け、反対の空いたこぶしを握り締め、一直線に振り下ろした。
ベチャ
パラファルガリーダーの顔が地面にめり込み、つぶれた音がした。最後のリーダーの勇志を見届けて、最後の聞き終えたと同時に残りの9匹も力尽きていった。
「終わったな。」
ガンズと残りの岩男たちに声をかける。
「デリック、ありがとう、お前いなければみんなやられていたか」
「わからないな。だが、窮地には立たされていただろう。相性が悪かった、パラファルガの爪にある微量の麻痺毒にもやられてしまうほど、麻痺が苦手なんだな。」
そう、パラファルガの唾液には強い麻痺毒があるが、爪にも微量の麻痺成分がある。しかし人にとっては少し違和感を覚えるくらいで、蓄積しない限り動けなくなるようなことはないはず。それだけ岩男の麻痺耐性のなさがあだとなった。
「ダンズとヅンヅだっけ、仲間を失うのはつらいな。」
昔はモンスターに同情をするようなことはなかった。しかしナルジャを育て、テイマーになり始めてから、モンスターにも愛着を持ち始めていた。モンスターだから、殺したってかまわない。そう考える冒険者も少なくないが、俺は聖なる灯で極力戦闘を回避できて、襲ってこないモンスターを敢えて倒そうとは思わない。
その考え方のおかげで岩男たちとの会話をしてみようとも思ったくらいだ。実際女性のテイマーで岩男を引き連れている者がいると聞いてもいたので、ある程度話が通じるという確証もあった。たった1時間前にあったが共闘して心を通わせた、2体の岩男がなくなったことがつらいし、残された者たちの悲しそうにしている姿を見るといたたまれなくなった。
「これからどうするんだ。」
「村に戻る。ダンズとヅンヅを連れて。他の獲物も全部持っていく。」
「それが良い。俺はガンズたちの村に行くのはまた今度にするよ。さっき、ヅンヅを助けようとして麻痺抗体薬も使ってしまったし、また今度大量に作って、ガンズの村に届けに行くさ。」
「ありがとう。デリックは良いやつ。ヂンズ、バンズ、ビンズ!仕留めた獲物を全部持て。俺はダンズとヅンヅを担いでいく」
さすがにガンズでも岩男2体を担いで山道を登るのは大変なのだろうが、ボスの意地か。指示を受けた3体の岩男はてきぱきと仕留めた獲物をまとめている。
「デリックはどうする?」
「俺はダンジョンに少し潜ってから、自分の街に帰るよ。目的の鉱石を手に入れないと。」
「それなら村に来るか?」
「いや、今回はやめておくよ。仲間内で弔う方が先だろ。さっきも言ったけど、残りの薬はテブルとかに使ってしまえば、すっからかんだからな。また薬を作り次第お前を訪ねるよ。」
「わかった。俺たちの村この山を越えて、峠を越えた場所にある。見張りにはお前の姿いう。いつでも尋ねに来い。」
「ああ、ありがとう。そしたら俺は行くよ。」
「ありがとう、デリック、新たな友よ」
「ガンズ、気をつけてな。それとこれほんとに最後の麻痺抗体薬な。これをテブルの傷口に塗れば、多分麻痺はしないはずだ。ヂンズ!バンズ!ビンズ!また今度な!!」
「デリック、ヅンヅを助けようとしてくれて、ありがとう!」
「人間、お前はなかなか強い。お前の相棒もな」
「人間、また会おう!」
俺は岩男たちに別れを告げ、いよいよ当初の目的だったダンジョンに足を踏み入れるのだった。