王都での情報収集
「貴族の責務か・・・・」
カン家の馬車に揺られながら、昨日のプラム・マックウィーンの言葉を反芻しながら、ヤーは過去の自分、幼いころ過ごしていたホン=フィンベルという家を思い出していた。偉らぶるわけでもなく、貴族の中では慎ましく生活をしていた方だったと記憶している。
ホン=フィンベル家に属していた小姓や雇っていた使用人との関係も良好だったし、ホン=フィンベル家が貴族の並びから除籍となった際も、彼らは引き続き支えてくれようとしてくれたのが何よりの証だろう。彼らが心から涙を流してくれていた姿は今も覚えている。そんな彼らに次の道を歩めるよう、新たな主や職などを手配できたことは本当に良かったと思っていた。
「私が思うに、ヤー君の主張は雇用主として当然の責任であり、善良な人たる当たり前の行為だと思うけど、それを高らかに言うあたり、貴族の感覚がいかにズレているかを実感するよ。」
貴族ではなくなり、路頭に迷う自分や家族より先に周りの使用人たちを助けた父や母を誇りに思っていた。他の貴族とは違う、貴族という立場から排斥されても、貴族としての矜持を持った二人だと感じていた。しかしそれはプラムの言う通り、貴族とか関係ない人として無責任な行動をとるかどうかの問題なのかもしれない。
「私が思う貴族の責務とは貧しい民を導くこと、これに尽きると思うよ。別に自分たちの身を削って施しを与えろという話ではないさ、そんなの一瞬だけ豊かさを与えるだけだからね。彼らの生活水準を上げることが重要なのさ。その為に敢えて優雅な生活を送る必要があるなら、そうすればいい。彼らから搾取せずに、彼らの仕事が増えて、彼らにお金が回るならね。静かに現状維持の生活をする事が良い貴族というわけではないと思う。」
プラムの言うことも理解できる。確かにホン=フィンベル家に仕えてくれていた昔からの者たちだけに手厚くして、新たな小姓や使用人の数を増やそうとはしなかった。それは先祖から受け継いだ土地を守ることに重きを置き、新規事業や開拓をせず成長をしなかったため、増やす余裕が無かった。
日々の営みで余裕がない。これは市民には許される言葉だが、貴族には許されない。
「貴族に生まれ、市民より豊かである以上、行動を示さねば、貴族たる資格はないよ。」
ヤーの心にプラムの言葉が突き刺さっていた。
「マックウィーン家の皆さんがいるから、あたしたちはこれだけ商売できているのよ。今までの考え方に囚われちゃいけないよ。生産性を上げなきゃね。」
恰幅の良い中年の女店主は店内に響くようなはきはきとした声で答えてくれた。
「当主のプラム様だけだよ~、こんな商売に支援してくださるのは。色々アイデアも出してくれて、そのおかげもあってお店も軌道になって、うちら一家が生活できているのさ。」
細身のおとこは商品の袋を馬車に詰めながら嬉々として答えていた。
「子供たちが伸び伸びと勉強できているのはプラム様のおかげです。ここにいる子たちが正しい知識を学び、生活する知恵を身に着け、自分の家に持ち帰れば、町全体の発展につながる。あの方の志があるからこそこの場所はあるのです。」
先ほどまで教鞭をふるっていた中年の教師は外に出ている生徒たちを微笑ましく見ながら、微笑ましく話してくれた。
一方で・・・・
「何のつもりかは知らんが、あの眼鏡には困っているんだよ。貴族の癖にいちいち口を挟んできて、庶民の商売に口を挟んでほしくないもんだ。あっ、いらっしゃい」
歴史のある建物の店先で恨み節を吐きつつ、常連客に笑顔で挨拶する店主はこっちを品定めするように見てきた。
「ああ。プラム様ね、たまったもんじゃないよ、こんだけ土地もあって、人もいるんだからさ、耕せるところで耕せばいいのさ。なのに王都でわざわざ。うちみたいな商売があるのはそのためなんだからさ、うちにいる子達が働けなくなっちまうよ、ったく」
肝っ玉の女将さんは働き手の子たちを載せた馬車にどこに行くよう指示しながら、お弁当を配ばり、こっちの反応をうかがっていた。
「子供たちに教育が必要という点においては、当教会も賛同しております。しかし信心深い教徒の考えをゆがませるのは許しがたいものがあります。」
聖ギーア教に次ぐ、信者数を誇る聖十字回教の神父は迷える子羊たちを憐れむように空を見つめていた。
一つの側では「プラム様」を救世主のように称賛し、彼の功績がいかに自分たちの生活を支えてくれているか言いつつ、俺たちがプラム様を仇名する存在なのか吟味しているような印象を受けた。
もう一方は「プラム様」を厄介者と卑下し、彼の存在がいかに自分たちに迷惑かを話しつつ、自分たちと同じ立場であるなら一緒に肩を組もうとしているかのようだった。
「プラムさんという貴族さん、賛否両論です。」
「既存の商いを営む者にしてみれば、新しい商売が生まれるってことは自分たちの損失に繋がる可能性もあるからな。仕方ないだろうな。」
ボッサムを出発する前にさかのぼる。自給自足をモットーに掲げた俺たちのクラウンでは、自分たちで食料を生産しようと考えていた。導き石があるボッサムでは農作物は難しいが、俺たちの小街区は導き石がある場所からは遠いため、もしかしたら農作物が育つかもしれない。もしダメなら、離れた場所に農場を作ろうとも考え、小街区建設のプラン申請の際にも記載しておいた。
ダメ元とはいえ、何を栽培するかを仲間みんなでわくわく談笑していたレベルだったそうだが、キブリーはクラウンを立ち上げるために事前に情報収集をしていて、本気で何を育てて行こうか思案していた。
ある日、キブリーは血相を変えて俺たちの元にかけてきた。ボッサムと交流を持っている産業都市から来る商人や農作物を持ってきた産業都市の農家から、面白い情報を耳にしたと。
「城塞都市で農作物を生産しているらしい。」
最初は何かの冗談だとメンバー全員が思っていた。なぜ王都を敢えて城塞都市と呼ぶか。それは城塞しかないから。導き石がある都市では農作物が育たないため、その年では自給自足ができない。その為、「城塞」や「聖域」とした役割の呼び名になっており、各都市はいくつかの生産拠点である産業都市を作り、そこを守っているというのが一般常識にあったからだ。しかし調べるうちにキブリーたちの元には似たような噂が次々と届いた。
・徐々に拡張した区域に農業ができる場所が発見された。
・不毛な土地でも育つ食べ物が開発された。
・元々の土地を改善できる何かが発明された。
もしその噂が本当ならクラウンにとって重大な問題である食料が大きく解消される。俺が再度仲間に入った時には王都の買い出しで一番の目的はその真相を探り、クラウンで生産できる農作物を持ち帰ることにあった。
実際旅の最中にすれ違った商人たちや各デスカンソのお店でも城塞都市の農業に関する情報を入手できたが、街のどこに不毛な土地でも育つ植物の種を売る種屋や土地の環境を改善する肥料屋があるかまでは教えてもらえなかった。が、ある店主が置いていた「最新の王都地図」というマップを指さして、今は「城塞」と言った呼び名ではなく、「王都」正式に呼ぶのが主流だよと言いつつ、地図上にしるしをつけてくれた。有難くその地図を頂こうと手を伸ばすと、地図の代わりに手のひらを差し出されてしまった。
場所の把握は俺たちの滞在スケジュールに大きく影響を与える。簡易な地図としては少し高めな代金を払ったが、王都に着く前に最新の地図を手に入れ、目的のブツが仕入れる場所を確認したことで大いに期待が膨らんでいた。実際王都について、オーベルジュという農作物を生産しながら宿を営んでいる穴兎亭を訪れ、クラリスたちからも種屋や肥料屋の話を聞けたことでクラウンとして自給自足ができるようになる確信につながった。
さらに穴兎亭で作っている野菜の種類を料理のお皿で知った俺たちは、何でも育てることができると期待し、どんな野菜の種があるのか、どんな方法で育てられるのか早く知りたくなっていた。なので、昨晩のキブリーからの依頼を後回しに、俺とリゼッタは最初に種屋に朝一番に向かうことにした。そこで思いもしなかったものが大きく掲げられていた。
「あの、、、この幌馬車にそろばんって、店主さんのおうちのですか?凄い立派です。」
「あははは、違うわよ、これはマックウィーン家っていう立派な貴族様のよ!」
種屋の女店主は自身の過去の経緯から現在に至るまでの自分たちとマックウィーン家のストーリーを語り始め、壮大な話になりそうだったため、話を切り上げようと肥料屋のおやじさんの場所に行く話をしたら、話途中で早く向かうように伝えてきた。どうやら肥料屋は早めに店じまいすることが多いらしい。
「ボッサムでこれらの作物を育てようと思うんだが、どういった肥料を使えばいいですか?」
「おお、導き石がある都市で新たに農業を!!いいね、良いね、何でも教えてあげるよ」
種屋で購入した種類を見せながら、どうやって作物を育てたほうが良いかなど、意見交換を交わしていたが、なんというか、熱の入りようが、すごい。研究気質のある人が自分の専門分野について話すときはちょっと、というか若干、うん、引くな。リゼッタも俺が焚火について語るときは同様だと指摘していたが、本当だろうか。
案の定、そこにもマックウィーン家の家紋があり、マックウィーン家が新しい肥料の開発に対して博打に近い投資をしてくれた経緯について語ってくれた。また肥料の開発について不敵な笑みで説明してくれつつ、時間があればマックウィーン家が投資した、学校を訪れることを勧めてきた。そこには開発したメンバーの一人が教師長をしているらしく、助言やうまくすれば教本的なものももらえるかもしれない。どうやら貧しい子たちが通う学校のようで、マックウィーン家についても聞けば良く知ることができるよといわれ、最後に向かうことにして、また家紋があると思われる別の場所へ先に向かった。が、、、
「ここにはマックウィーンさんの家紋はないです。」
「はっ、なんであの貴族の家紋なんぞ置く必要があるんだ」
学校に行く前に自分たちが農地を開拓する前や生産量が足りなかった場合を想定し、ボッサムの市場での買い付けや産業都市からの輸入等を許可もらえないか既存の農業ギルドに相談しに寄る予定を立てていた。マックウィーン家の業績はさぞ農業ギルドに貢献しているんだと思いこみ、立派な建物に幌馬車にそろばんの家紋があるとばかり思っていたが、リゼッタがぽろっとマックウィーン家の話をだしたところ、対応してくれた人はしかめっ面になってしまった。
話を聞くと王都で生産された農産物はどうやら農業ギルドを通っていないようで、いかにそれが市場価格を壊しているか迷惑しているとイライラ話し始めた。同じようにマックウィーン家の被害を被っている人に話を聞いてみろと農業ギルドの部長に案内されたのが、労働者不足に悩んでいる各産業都市に労働力を派遣している労働組合の女将さんのところに向かってみることにした。
「ちょっとまっててね、最後の便の送りだしがもうすぐで終わるから」
「はい、お待ちしております。」
女将さんは馬車に乗り込んだ年配の男に指示を出し、すべての人たちを見送り終えた後に礼拝のため聖十字回教の教会に行く道中なら話ができるよと答えてくれた。女将さんの身支度を待って、俺たちの馬車に乗せて、マックウィーン家の話の前に、女将さんのしごとについて聞いてみた。彼女は王都でうまく仕事に就けない大人や生活が厳しい家庭の子供を住み込みで雇い入れ、依頼のあった産業都市に働かしに行かせる仲介業を行っているらしい。
彼女の仕事があるおかげで産業都市も生産力を維持できるし、王都に住む貧しい人たちも生活ができているという話で、実際その通りなんだと思う。ただ、最近は労働派遣に登録している人が少しずつ減り、産業都市に送り出せる人材がいないで、仕事がうまく回らず、派遣を調整するのも一苦労のようすだった。
それもこれもマックウィーン家が王都で農業を始めたため、そちらに労働力を持っていかれたり、自ら新規土地開拓をして、派遣契約をやめたりする人が増えてしまったようだ。今は王都拡大のための外壁工事が終わり、これ以上王都の広さが変わらないが、また拡大をした際はまた人材の確保が難しくなると悩みの種が尽きないようだ。
「彼女は足が悪いから、馬車に乗せていただけて助かりました。」
「いいえ、こちらこそいろいろ女将さんからいろいろお話を聞けて良かったです。」
馬車の中での悩みの続きを話しながら女将さんは教会に入っていき、その彼女を招き入れた聖十字回教の神父は俺たちに、ここまで彼女を送ってくれたお礼にと良ければ礼拝に参加しないか勧めてきたが、学校に行く予定があるため断った。
「学校」という言葉に神父はどこの学校か聞かれ、マックウィーン家の援助のある学校と述べた際に、やさしい顔が曇り、困ったような表情で苦言を呈していた。協会が両手を上げて喜べない学校とはどんなものか。神父はボソッと、「彼らの教育指針を・・・・改善を促せないものか・・・」ぼやきつつ教会内の中に消えていった。
「彼らに必要なのは神にすがることではなく、紙に知識を書き、貯えることで、知恵とすることだと思いませんか。神は彼らに何の生活の糧も与えてくれません」
「はっきりと言う先生です。」
ざっくばらんに話す教師長はこの学校では子供たちに両親が不得手な文字の読み書きから一般的な医療知識、生活の小技までといった幅広い知識を習得させようとしていた。当初は親の反発を受け子供たちが学校に通えないことや、通えたとしても子供が学校で習ったことを家で実践すると親をバカにしていると怒られたりしていたようだ。一つの家が子供の得た知恵で生活が豊かになっていくと今の生活から脱出したい家族が後に続いて行ったと昔を懐かしむように語った。
訪れた校舎はいたって普通で、下校している子供たちは貧しい服装ながらも利発そうな印象だった。一見すれば良い印象を受ける学校も、教師長の無神論が神父として難色を示す要因だったと思われる。親に知恵を与える子供というのは聖十字回教が望む家族像ではないところも気に食わないのだろうな。でもそのおかげで貧困から抜け出せた家族が多いという点は教会としては否定できないため、板挟みのような感じかな。
「う~ん、色々な人の話を聞いてみましたけど、なかなか一概に良いとも悪いとも言えないです。」
「そうだな、知った事実をみんなにそのまま伝えよう。」
今日話した彼らとの会話で色々なことが分かってきた。
ボッサムにいたとき、王都での農産物に関しては眉唾物の議論をしていた。その際ヤーも王都は城塞都市だから農作物については否定的な意見を言っていた。王都で貴族をしていたヤーが知らないレベルの話だったから最近の話かと思っていたが、情報を集めていくうちにどうもかなり以前から開拓や開発を進めていたらしかったが、それを主動していたのがマックウィーン家だとは思わなかった。
他の名だたる貴族たちは既存の生活習慣を維持し、周辺の産業都市の生産者を守り、王都に運ばれてくる品を護送していた中、王都でも食料を生産するよう進めていたマックウィーン家はほかの貴族たちやその貴族たちの擁護を受けている者たちからは毛嫌いされている。
しかし王都で輸送コストや人件費もかからず生産された農作物は安価で王都に住んでいた貧困層の食生活を大きく変えたようだった。流通したての頃は品質もひどかったようで、あきれられていたみたいだったが最近は質も向上し、葉物の野菜など鮮度が重要な野菜は王都で生産したほうが良いものもあるくらいとの話だった。
しかし王都で生産した新鮮な野菜を貴族やこれまでの産業形態を維持している人たちが買うわけがなかった。その為生産した野菜は下々の生活を潤すだけでとどまっていた。しかし王都産の野菜がおいしいとうわさが徐々に広がり、貧困層の店から低級、中級、上級社会の食卓へと王都産の野菜は広まっていた。その手助けをしたのもマックウィーン家である。
ただ未だに名家の貴族や一部の固定概念を持った人たちは王都生産の野菜を買わないらしく、しなびた葉物野菜や加工品を食べているらしいが、今は腐りづらい長持ちする野菜は周辺の産業都市が、鮮度が求められる野菜が王都の農業エリアが担っているのが一般的なようだ
そういった背景の中、穴兎亭のようにオーベルジュを営めるぐらいの環境に王都は変わってきたというわけだ。安定生産までの道のりは険しかったろうが王都の貧困問題を救った功績を讃えてマックウィーン家は貴族としての身分は下の方であるらしいが、王の信頼が厚く、優遇を受けている。
ここまで手に入れた情報で十分だろう、必要な農業手引書や肥料、種も手に入れたので、一旦穴兎亭に戻ると、そこには門の前でキブリーとアッザとヤーの三人が待ち構えていた。




