生い立ち
デリックのバックボーンです。
ある意味苦労人です。
一切の過去を切り捨てて新たな人生を歩みたかったのかもしれません。
パーティー結成当時、デリックはバランスが取れているパーティーメンバーを見て、これなら自分たちのクラウン立ち上げも夢じゃない。そう確信していた。ただ今は一人だ、その事実は過去を懐かしんでいたデリックの心に何とも言えない空虚となって、痛みを与えていた。
頭ではいろいろなことを考えていても、体はてきぱきと動いている。そして、デリックは洞窟手前の拠点で持ってきた材料の確認をし、いろいろ思考繰り広げていた。
「今日は乾燥したバイの実と豊富な枝に、太い丸太もある・・・よしホールドオーバーにするか」
今日の焚火の形式は決まった。ホールドオーバーは豪快に丸太を一本燃やす方法で、焼け崩れていく丸太を眺めていくのも楽しい。ただこの方法は形の良い、程よい大きさの丸太と適度に乾燥した環境が欠かせない要素だとデリックは思っていた。そしてついにデリックは、導き石から自覚し得た唯一の力「聖なる灯」を発動させる作業に取り掛かった、他人が見れば一言で片づけられてしまう行為「焚火」だ。
小さいころ焚火を作る時間が最もワクワクしていたデリックは今でもワクワクしながら行っている。たとえ周りからは「聖なる灯」という能力名から多くを期待され、実際ふたを開けてみれば、焚火を強化・便利にしただけのような力だったため馬鹿にされたとしてもだ。しかも魔法や精霊術のように火元も何もないところから火を発生させるわけではなく、自分で作成した愛用の火付け道具を利用し、火を起こすのだ。本当に変哲もない火起こしによって作られた焚火それが「聖なる灯」だった、それは余計に馬鹿にされる。
(ただ自作の火付け道具には愛着があり、それを馬鹿にされると少しムッとする。)
「聖なる灯」ってなに?デリックは最初の頃よく悩んでいた。パーティーメンバーもいろいろ考察してくれたが、今はどうでもよい。デリックはもう気にしていないのだ、何故なら自分がつくる焚火は本来なら数時間で消えてしまうはずなのに、ずっと永遠に燃え続けるのだ。たぶん・・・
はっきり言うと燃やし続けたことがない。次の日旅立つときにはしっかりと火の始末をするため実際はわからないが、それまでは火の勢いが止まることなく、煌々と燃え、焚火とは思えないほどしっかりと周りを照らせる、デリックはそんな自分の焚火が大好きだ。
デリックの焚火はほかの焚火とは全く違う明るさと恐ろしいほど長い延焼時間をもたらす、しかもなぜか煙の量も少なくなる。実際は方法や材料によって煙の量等は変えられるのだが、一般的な方法で別の人が行う焚火よりは確実に煙が少ない。
そしてデリックがある儀式(手順)を行うと、轟々と燃える焚火だったとしても一瞬にして消えるのである。これは本当に助かっている。焚火の処理は本当に気を遣うため、デリックがその手順を踏めば確実に残り火がなく消えるのはありがたい。デリックは以前に焚火の不始末で手痛い目にあっていたからだ。それも今になっては良い思い出・・・・では少しないか。かなり、強烈だった、だからこそデリックはこの力をありがたく思っているのだ。
大きい丸太に火が移り始めたのを見て、デリックは心が落ち着いてくるのを感じた。先ほど感じた寂しさも消えていた。10代から焚火を一人でしていたデリックは焚火の炎を眺めることが本当に癒しであった。
デリックはアイリオという産業都市の近くにあるリバアルという田舎で生まれ、両親は農業と取れた農作物をもとに加工品を製造し、販売していた。4人兄弟の末っ子ではあったが甘やかされて育てられたというわけではない。
実は先に生まれてきた長男が優秀すぎて学問においては村一番だった。非凡だと思っていた自分たちのところにとても優秀なことどもが生まれたことにとても喜んだ両親は、デリックが物心つく頃には長男第一主義的な姿勢を見せていた。
またデリックが学び舎に通う直前には、姉が類い稀なる味覚を持っていることがわかり、両親の加工品製造業に一役買っていた。実際姉が指示をし、作った製品が大きな町で人気となり「リバアルのソースシリーズ」といったブランドも出来上がっていった。
さらにデリックが学び舎に通いだすころには、成長たくましい次男は筋骨隆々の肉体をいかんなく農作業で発揮し、野性的な感を働かせ、新たな農法を成功させるなど村人を驚かせていた。
頭の良さを生かし商売を支える長男、新たな商品を開発することで製造業を支える長女が、恵まれた体躯を生かし農作業を支える次男、それぞれに自分の持っている力をいかんなく発揮し、家族を支えていた。また家族だけではなく、彼らの能力は村にも大きく貢献していた。
彼らの家族が豊かになってくるとより多くの人を雇用し、新標品が発表されると田舎の街でリバアルの名前が大小さまざまな都市にも広がり、商売が盛んになり、おいしい農作物は首都でも人気の商品となっていった。
だからこそ三男にも知らず知らずのうちに期待がかかっていた。どんな才能があるのだろうか。両親だけではない、村全体で期待していたのだ。しかしある程度成長したデリックにはパッとした取柄もなく、特に秀でているものはなかった。
両親が学び舎に通わせたのも長男と同じように秀才ではないかと思ってのことだった。姉の手伝いをさせたときももしかしたらと料理がとても上手になるのではないかと思った。次男と一緒に農作業をすれば、同じように筋骨隆々の良き働き手になるのではないかと。
でも結果はどれも普通かそこそこ上手にこなす程度でしかなかった。その結果、陰口や態度といったあからさまではないにしろ、両親はデリックに対して興味関心が薄れ、他の住人からは残念がられた。兄弟からは自分たちの弟だから、何かしら才能があるだろうに何もないとはといった憐みの目で見られているようにデリックは感じた。
デリックの周囲の人々は「そんなの被害者妄想だ」というかもしれないが、視線を向けられている本人がそう感じていたし、村の事情やデリックの家族を知らない第3者がその状況を見ていたら、デリックに対する視線に違和感を覚えていただろう。
デリックにしてみれば勝手に期待して、勝手に評価を落とすなと言いたかった。だれかれ構わず怒りをぶつけたかった、しかしそれができなかった、何故なら彼らは表面的には決して蔑んでいるわけではなく、気持ちの悪いくらいやさしく、親切であったのだ。それが余計につらかった。
周りが悪いわけではない、自分が期待に応えることができなかった。そのためデリックは自分のことを「出涸らし」と感じるようになり、どんどん暗く、卑屈になっていきそうだった。そのころから自然と人との接触を避け、近くの安全な森で過ごすことが好んでいった。そうすることで自分の気持ちを落ち着かせていったのだ。
デリックは秀才ではないが、勉強は好きだし、自身は学び舎に通うのは嫌いではなかった。新たな知識を得ることをむしろ好んでいた、特にサバイバルに関する知識に興味関心を持ち、本で情報を得て、キャンプの仕方を覚え、足りない知識を実践から吸収し、森の中を熟知していった。
当初2~3時間過ごす程度だった森に、より長く滞在する機会が増え、森に探索に行く際は必ず自分でお弁当などを作り、持参していった。実はお弁当を初めて持って行った時に、森の動物が近づいてきて、盗み食いをしたのだ。最初はムカッとしたものの、おいしそうにむさぼる姿を見て、彼らの分の食べ物を用意するようになっていた。幸いなことに食料は家にたくさんあった。餌付けは良くないかもしれないが、デリックは動物たちがデリックに対しておいしいものを森に持ってきてくれる期待に応えられる喜びがたまらなかった。姉のような天才的な料理センスはないが、どんどん料理をすることが好きになっていった。
動物たちと意思疎通ができるわけではないが、動物たちとの交流が増え、彼らと遊ぶようになるともっと森に滞在する時間が増えていった。次男ほどの体格はないにしろ、彼らと戯れることで、力の強い動物たちと力比べをしたり、俊敏性の高い動物たちと森を駆け回ったりすることができるようになっていた。
家族はそんなデリックを理解し、自由に、好きなようにさせてあげていた。10代のデリックが森で一人過ごすことを放置していた、言い方を変えれば見守ることを放棄していたのに近かった。ただ家族の側に立つわけではないが放棄していたのにも理由はあった。
13歳になる直前に家族の許可を得て、一人で近くの森で焚火をし、一晩過ごすことがあった。それからというもの家には帰らず、頻繁に森で生活するようになっていった。本来なら心配するところだが、デリックの焚火に吸い寄せられるように数少ない友人や村人が訪れ、デリックと過ごし、その時の話を家族に話していた。そう自分たちが見ていなくとも、デリックの森の生活の様子を聞いていたからだ。
最初は興味本位に訪れた彼らがなぜデリックの焚火に頻繁に寄るのか、それは森にあるデリックの住処となった場所は村と森の資源を採取する箇所のちょうど中間地点にあり、休憩地としても便利だったからだ。 またそれ以外に、村⇔デリックの焚火⇔森の作業場の間にはなぜか危険な動物たちが現れなかったことも大きな理由だった。ほかにもよくわからないがデリックの焚火に当たっていると、心が安らぎ、力がみなぎってくるといった感覚を覚えるようで、村人たちは足繁くデリックの住処に訪れていた。いつの間にかデリックは森の中でキャンプ地を築き上げていた。
訪問者はデリックとの交流を通じ、デリックがやさしく、気さくな性格であり、村の人たちが自然と取った態度を許していることを知った。彼らはデリックに対してあまりにも失礼な態度をとっていたことを恥じた。実際謝罪した村人もいたが、当のデリックはそんな村人たちに「気にしてないよ」と言葉をかけ、彼らの気持ちを軽くしてあげた。
そうやって過ごした数か月で、デリックは自分について分かったことがあった。デリックが人や動物といった何かしらと接することが好きだということ。周りからの視線が痛いと感じ、苦しんでいる中で人を嫌いになってはいた。しかし自分の焚火へ訪問した村人たちを拒絶すると思いきや、焚火を訪れた人との交流を楽しんだ。
また人以外の森住む動物たちとも焚火を囲って戯れていた。デリックは自分自身の本質として、何かにやさしくしていたい性分だと理解した。そしてなんて嫌な性格だろうと思いながら、その発見に納得もしていた。
今まで避けていた人たちとの会話がとても心地よく、彼らが滞在しているときはいろいろな話をした。特に村にいる唯一心を開いていた親友とは「冒険者」の話で盛り上がり、寝る前には村の学び舎から借りてきた冒険者に関する本を森の住処で読み漁っていた。デリックは次第に「冒険者」に対する憧れを強くしていった。そんな彼の様子を見ていた親友は少し彼のことを心配していた。
このまま何事もなく月日が流れて、平穏な生活を送るかのように思った。ただそれもデリックが16歳になるまでの話だった。16歳になったその晩、森のデリックの住処は何者かに襲われたかのように荒らされ、彼の姿は忽然と消えていたのだ。
生まれた村の近くの森で最後にやった焚火もホールドオーバーだった。デリックは今でもあの時の行動に自分でも驚き、大胆なことをしたなと思っている。