偶象崇拝
自転車でちょっと遠くのロヂャースまで行った際、2リットルペットのおーいお茶濃いめの箱売りが安かった。
「おお、一本・・・」
大体110円くらい?
「安!」
普通に買うと、多分150円から200円くらいするだろうよ。それがセールで、箱で、しかも、
『今まで誰にも言ってなかったんですけど、実は体脂肪を減少させる効果が期待できるんです』
的なことが書いてあった。おーいお茶濃いめの箱の盤面に。
「お正月、いや年末年始」
食っちゃ寝食っちゃ寝。ええじゃないかええじゃないか。食っちゃ寝食っちゃ寝。それはもう実家で食っちゃ寝してた私からしてみたらそれはもう。
「買い!」
買いであった。
買います!
それで少しでも、年末年始の罪、汚れが取れるなら。
「はっはっ」
2リットルペットボトルが6本入った箱を自転車のカゴに入れて家に帰る。カゴに2リットルが6本も入っているからだろうけども、重たい。前方が重たい。ブロッケンGみたい。
でも、気を付けて帰る。細心の注意を払って家まで自転車を漕ぐ。何かあったら大変だ。自転車のカゴに2リットルペットボトルを6本入れて走っているだけでも、それなりに奇妙だ。奇異な目で見られる。
「あの人、車で買いに行く用の買い物を自転車でしてるわ」
「ほんとだねえ。憐れだねえ」
現に、そういう目をしたアベックと何度もすれ違った。
しかし負けまいと、私には目標があるのだと。そう自分に言い聞かせた。これで脂肪を全部無くすんだと。ゼロにするんだと。
そういう事を糧に頑張った。夢があった。私は今夢に向かって走っているんだと。だから貴様らの冷ややかな目線など痛くもかゆくもないんだぜ。
「もう少し・・・」
そうやって家まであと少しという所まで至った。
後はこの住宅街の角を曲がって、そしたら家だ。もう家だ。夢だ。夢が叶う。その目前まで。
夢に向かって最後のカーブだ。最後の障害だ。
「パアォン!」
そうして曲がりしな、自転車の後輪がパンクした。
「うええ!」
みるとべっこりとへこんでいる。今まさにへこんでいく最中の後輪。パアォン!とはじけたのだ。そらそうだろうけど。
自転車は失速し、すぐに停まった。もはや自走もかなわないくらいべっこりとへこんだ後輪。
「・・・」
私は自転車から降りてそれをじっと眺めた。サイレントヒルのちょっとしたムービー位眺めた。
夢が。
目前まで迫っていた夢が。
潰えた。
そう感じた。
私よりも先に、相棒である自転車がつぶれた。
パンクの修理代はおーいお茶濃いめ6本分よりもはるかにかかる。出費がかさむ。いや、それよりも何よりも、
「嗚呼・・・」
ああ、私は夢をかなえるために、自分の夢をかなえるために、周りに無理を強いていたんだろうかなあ。
自分が痩せたいがために。脂肪を取りたいがために。脂肪をゼロにしたいがために。
文句も言わないで私のために走ってくれていた自転車を。
私はこの自転車の気持ちを無視してしまっていたのだろうかなあ。
「・・・」
そうして少しばかりの時間自己嫌悪に陥ってから、ふと我に返り周りを見ると、道の反対側にアベックがいた。
「・・・」
それを見た瞬間腹に冷たい汗が流れた。
「まさか聞かれたのか?」
パアォン!を。
他人にパアォンを聞かれた。どう思うだろう?簡単だ。
「デブなんだ」
「あの人の自重で、自転車がパンクしたんだ」
「自転車がパンクするほど」
「デブなんだ」
そう思うだろう。
死にたい。
楽になりたい。
もう生きていたくない。
そういう言葉達が自分の意志とは関係なく脳内に、電光掲示板の様に右から左に、左から右にと流れた。絶え間なく流れた。流れ続けた。
「死にたい」
シンプルにそう感じる。
今、死にたい。
もう、すぐに死にたい。
後ろから車が走ってくる音が聞こえた。これだ。今もう飛び込んでしまおう。
そうして飛び込もうと思った瞬間。
「パオーン!」
と聞こえた。
振り向くと住宅街の真ん中に象が。
象がいた。
生きた象がいた。ガチの。ガチの象。
象を見た瞬間、嗅覚が戻ってきた。臭!獣臭い!すると視界も広がっていき、聴覚も、
「すごーい象!」
「なんでこんなところに」
戻ってきた。反対車線にいたアベックの驚きの声が聞こえてきた。彼らは私ではなく、相棒に無理をしいてパンクさせた私ではなくその象を見ているのだった。
彼らは今スマホを出して、住宅街の真ん中にいる象を撮り始めている。
自転車のパアォンにも気が付いていないようだ。像の鳴き声だと思ったんだろうか。
その隙に、私は自転車を押して家に帰った。
そして家におーいお茶濃いめをドロップオフするとすぐに自転車を押して自転車屋さんに向かった。
「いやあー、道の段差にハマってパンクしちゃってさあ」
っていう顔をして。決して自重でパンクしたような顔はしないで。
「助かったかな・・・」
パンクですごいお金かかったのは痛かったが、でも、首の皮1枚つながったような。そんな気持ちだった。
それからは1週間に一回は必ず象のもとにキャベツを一玉もっていく事をルーティンとしている。
何でこんな住宅街の真ん中に象がいるのか?そんでそれに勝手に餌をあげてもいいものなのかどうかもわからないけど。でも、まあ、いいじゃないか。
そんなことどうだっていいじゃないか。
私は助けられた。
その象に救ってもらったのだ。
「パオーン」
だから、いつかこの象がインドとかの野良象の様に暴れてたくさんの人に危害をもたらしたとしても、私はいいと思う。別にいいと思う。私はこの象に殺されるんだったらいいと思う。
「今日はバナナも持ってきたよ」
踏みつぶされて目も当てられないような状態になったって、私のこの象への感謝は消えないだろう。消えてなるものか。消してなるものか。