みな、夢のために 1
今回は毒物大好きケビン、ルージィ、ヴィルヘルミナの順番で語りが変わっていきます。
すみれに間違えて手渡した毒の入ったペットボトルのせいで謹慎処分になってしまったケビン。
そんな暇を持て余してしまった彼の元に友人のルージィが遊びに来てくれたというお話です。
わざわざ謹慎中の友達のところに遊びに来てくれるなんて素敵な友人関係ですね。
以下、主観【ケビン・リヒ】
俺は非常に困っていた。
いや本当にどうしよう。
自業自得なのだけれど。
勉強と、それから実家に仕送りをするために薬局でアルバイトをしている。
その過程で手に入れた薬剤や、つてで手に入れた薬草を調合して新種の毒物をこっそり開発した。
毎日が順風満帆。しかしひょんなことから、うっかり毒ペットボトルのことがバレてしまう。
それを知ったヘラさんは電光石火の勢いで我が家に殴り込み、精製機材の一切を没収していってしまった。
これでは毒の研究ができないではないか。
管理は完璧にこなし、外に漏れることがないように完全無欠の防殻を敷いていたのだが、それでも持ち込み禁止・製造禁止と言われて謹慎となってしまう。
外に出ることもできず、まさに缶詰状態が続いた。
昨日は特別に外出許可が出て、前祝に参加できて息抜きもつかの間、缶詰モードへ逆戻り。
これでは精神がやられてしまう。せめて図書館に行って毒図鑑を眺めていたい。
自由に外出ができるまであと2日。
待っているととても長いものだ。
なんとかして、合法的に毒の生成ができないものか。
風呂場に黒カビを生やそうと試してみたが、ご丁寧に銀イオンが噴霧されていて当分はできそうにない。
毒を持つ虫がベランダからやってこないかと待ち構えてみた。しかしなぜか、一向にいらっしゃる気配はない。目下、これが1日で唯一の息抜き方法。やはり暇だ。
3食すら強制購入させられた非常食。何も喜びが残されていない。
はぁ~……テトロドトキシンの雨でも降らないものか。
とりあえず、今日はベランダの隙間から蜂や毛虫が来るのを待つとするか。
「…………ケビン、お前、一体何をやってんだ?」
「ルージィじゃないか。どうしたんだい?」
彼は親友のルージィ・ダン・ダヴィリオ。
どうやら俺のことを心配して、昼食の差し入れをするためにわざわざ足を運んでくれたようだ。
なんていいやつなんだっ!
「超暇してるだろうから差し入れに来てやったんだよ。ヘラさんから聞いたぞ。謹慎が解けるまで非常食生活なんだって? 反省してるんだろうな」
「ありがとう! そして反省はしてるよ」
「なぜ目を逸らす?」
「君の真心がまぶしすぎるからさ!」
「…………こいつ。まぁいい。昼飯もまだだろう。作ってやるから待ってろ」
「それは嬉しいな。しかし見たところ、俺の好物が入っていないようだが」
「当たり前だろう。人間の食い物しか買ってきてないからな」
「………………………………………………………………チッ!」
「こいつッ!」
残念だ。とても残念だ。ガス抜きがてら毒を持ってきてくれたのかと期待したのに、上げて落とされた気分だよ。
ため息をついてがっくりと肩を落とす俺を見て、怒りと呆れの表情を向け、そのままキッチンに立つ彼は魚料理を作ってくれる。
彼の好きな料理は川魚料理。
淡泊な白身魚が好物。妹さんにもなんとか食べてもらおうと頑張ったが、彼女は魚全般に良いイメージを持ってないらしく、なかなか食べてくれないと頭を悩ませた。
おいしい料理だと知ってもらいたい。
知識を深めているうち、白身魚に関して料理スキルが上がってしまったそうな。
川か…………。ギギ、背びれのトゲに毒のある魚が食べたい。もちろんトゲの部分。
白身魚の王と言えばフグ。ベルンにフグ料理専門店ができたと聞いてわくわくしたのに、完全養殖でテトロドトキシンを内包したフグではないと聞いて真っ白に燃え尽きたものだ。
そういえば昨日、ハイジが海に行こうと提案していたなぁ。
海と言えば毒の宝庫。
クラゲにイソギンチャク。オニオコゼ。ウニ。極めつけはなんといってもアカエイ。刺されれば数秒で即死するという最強クラスの毒。
嗚呼、どれほど刺激的なのだろうか。海、楽しみだ。
「ほら出来たぞ。食器は勝手に借りたからな。…………お前、ろくなことを考えてないだろ」
「いやぁ、海、楽しみだと思ってね。できれば家族とも行きたいところだが、なにぶん人数が多いし難しそうだと思って。お土産でも買って帰ろうかと思っていたんだ」
「実家の家族は元気でやってるのか。大家族の長男は大変だな。だからこそしっかりしてほしいところなんだが。しかし海か。近くまで行ったことはあるが、泳いだことはないな。気になる女子でもいるのか」
「いやそうではないが」
「毒か」
「………………この白身魚、おいしいね♪」
「人の趣味にとやかく言うつもりはないが、お前のは特殊すぎるからマジで気をつけろよ」
本当にもう、心配性なんだから。
だけどそれだけ心配して、友達のところまできてくれる人がいるっていうのは幸せなことだ。
彼と知り合ったのは実家近くにあるベルン国際空港のボランティア活動でのことだった。
敷地内のごみ掃除と募金活動をして、年も近いし連絡先を交換してから時々遊ぶことになる。性格は全然違うが、どういうわけか息が合って今日まで親友というわけさ。
俺は数年前から仕送りと、勉学のためにグレンツェンに来てからは会うことはなかった。
だけど、彼が家督を継ぐ前に世俗を勉強するため、グレンツェンにやってきて再会した時は嬉しかったね。
まるで故郷に帰ってきたような、そんな気分だった。
なのに嬉しい報せと悲しい報せの2つを打ち明けないといけないのは心苦しい。
嬉しい報せは、俺の体質を利用してコーラルグリーン国の血清研究所で働かないかと誘われたこと。
これはヘラさんの口利きで話しが持ち込まれた。体質と趣味を世間のために役立てるなら、ここが一番と勧めてくれたのだ。
それはもう天にも昇る気持ちになって勢いで二つ返事を返しました。世界中の毒を食べ放題だなんて夢のようだ。
まさに天国。
理想郷。
ヘラさんが女神に見えた。
悲しい報せは、再会した友人と早くも別れなければならないということ。
さらにキッチンで知り合った楽しい友人たちともお別れになる。家族とも年に数回しか顔合わせをしなくなるともあって、少し心細い気持ちもあった。
今生の別れではないにしろ、海を越えて空の向こうに離れるというのは勇気がいるというか、なかなかどうして決意がいる。
ともあれ自分の好きなことができるし、国家公務員になるから給料がよく、仕送りの量が増える。なにより家族に背中を押されたとあれば行くしかあるまい。
なので謹慎中は語学の勉強か毒虫おいでませをしている。毒物を放出する細菌も可。
「――――なるほど。それは良かったじゃないか。今じゃSNSもあるし、空港から実家が近いから、むしろグレンツェンより近いんじゃないか?」
意外にも淡泊な反応。
白身魚好きだけに。
「うぅむ、確かにそうかもしれない。しかし君はいいのかい。せっかく再会できたっていうのに」
「親友だと思ってはいるが、そこまでお前に茹で上げてはねぇよ」
「そんな……そんな言い方ないじゃないか!」
フォークを握りしめた左手が机を叩く。
熱を帯びた怒声を前に、彼はひどく冷静だった。
「お前がそういう風にオーバーリアクションをするから、巷で俺たちはBLのネタにされてんだぞ。自覚しろ」
どこまでも冷静で、まるで氷のような冷たい視線を送る彼の目の奥に何か燃える炎を感じる。
彼はいつだってそうだ。冷たい言葉をかけながらも、その真心は暖かな炎をまとっている。
だからこそ誰もが彼を尊敬のまなざしで見るのだろう。きっと俺もそんな彼に、憧れのようなものを感じているのかもしれない。
だからどんな酷いことを言われても許してしまう。
彼の優しさに気づいて感動で涙がこぼれるのだ。
「――――すまない。ずっと籠りっきりになっているし、十分な毒をとっていないからか感情的になってしまった。どうか許しておくれ」
「うるせぇよ」




