異世界旅行2-6 木枯らし吹けば、焚火が燃ゆる 51
お酌をするためにはコップの中身を空けておく必要がある。だけど、なしくずしに乾杯をしたとはいえルクスさんの手元にコップはない。コップを持ってくるって言ったのを聞き間違えたかな?
ルクスさんの準備が整うのを待っていると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。彼女が右手に取り出したのは一升瓶。大吟醸の一升瓶。それをなんとラッパ飲み。豪快に一気飲みのラッパ飲みである。呆然とする私の目の前で、ルクスさんは喉を鳴らしての一気飲み。
飲み干し、全てを胃袋に入れたと同時に幸せな溜息をつく。
「ぷっはあー♪ やっぱりメリアローザの大吟醸はおいしいよねーっ! ワインとは違うのよ、ワインとは! よし、瓶が空いたからこれにお酌してちょーだいな♪」
「――――えっと、瓶にお酌するんですか?」
「そうだよー。あ、このままじゃ注ぎ辛いよね。それ」
それ、と言ってライブラから取り出したそれは漏斗。口の細い入れ物に液体を注ぎやすくするための道具。それをまさか、お酌するために使うとは想像の外である。しかも一升瓶から一升瓶へお酌するという狂気の沙汰。狂気の沙汰ほど面白いと言う。これは面白くないと思うんだけど……。
念のために聞きたいことを聞いておこう。
「あの、一升瓶でお酒を一気飲みなんかして大丈夫ですか?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ♪ 私、お酒で泥酔したことなんてないんだから。体だって丈夫なのよ。お医者さんが不思議に思うくらい♪」
「お、おぉう……それならいいんですが…………」
でも注ぐのはちょびっとだけにしておこう。だいたいこのくらいがコップ一杯分くらいかな。
「はい、おまたせいたしました」
「もっと豪快に! ぜーんぶ注いじゃって♪」
「え、あ、はい」
言われるままに全部注いだ。
ルクスさんはまたも一気飲みして飲み干した。
呆然とする私の前で、ルクスさんは気持ちのいい笑顔をして叫ぶ。
「もう一升!」
「もう一升ッ!?」
「すみれを困らせないの!」
「あいたっ!」
困り果てる私のことを案じたソフィアさんがルクスさんの頭をぽむんとはたく。
ソフィアさんはルクスさんから一升瓶を取り上げて節操のない妹を怒った。
「失恋したからって自暴自棄にならないで。ごめんね、すみれ。あんまり酷いようなら手刀で気絶させて。この子、どれだけ飲んでも酔い潰れないから」
「いや、あの、楽しく飲んで食べていただければそれでいいので」
なぜ酔い潰すことが前提なのだろう。
ともあれ、ルクスさんは失恋してしまった。私にできる限りのことで慰めてあげたい。
「ルクスさん、失恋は辛いと思いますが気を取り直してください。きっと今にいい人が見つかりますよ」
「うえええん! すみれちゃん、ありがとう!」
泣いて抱きつかれて身を捻らせてしまう。お酒を二升も飲んだから超酒くさい。人類はここまで酒くさくなることができるのか。
彼女に失礼のないように引き離したい。




