自称、できる女 1
今回は前祝が終わった後に優雅なティータイムを楽しもうとする王女・シャルロッテのお話しです。
彼女は嫌な記憶をすぐに忘れてしまうという、とても素晴らしい、作者的にはとても羨ましい性格をしています。
なので最も近くにいるソフィアは時々もやっとした気持ちになることがしばしばあるようです。
しかし彼女は懐の深い女性なので、大抵のことは許してしまいます。
過去に受けたストレスをいつまでも抱え込んでもどうしようもないと知っているからです。
そんなことに時間を割くぐらいなら、彼女は未来を楽しもうと考えています。
でも少しは反省して謝ってくれてもいいんじゃないかと思う節もあります。
でも王女様はすっぱり忘れているので問いただしても無意味です。なかなかに理不尽な王女様ですね。
以下、主観【シャルロッテ・ベルン】
ふかふかのベッドで目覚めることのなんと幸せなことだろう。
朝の日差しが爽やかな1日の訪れを予感させる。滑らかな肌触りのネグリジェは、レースとフリルをふんだんに使った贅沢な品。
清潔な白色はお姫様たる私にぴったりな印象ね。
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、どういうわけか二度寝をしたくなるのが人の性。寝る前に素敵な出来事があったとなれば、夢の中まで持ち込んでしまいたくなる。
今日の予定は特にないはず。だったら思う存分、惰眠を貪ってしまいましょう。
せめて10時くらいまで眠りましょう。布団の中はすっきりとして、寒すぎず暑苦しすぎず、ちょうど良い塩梅の暖かさに仕上がっているのだから、なおのこと楽しまなければ。
そして1日が終わりそうな予感。
「おはようございます、姫様。もう昼の10時ですよ。予定がないとはいえ、そろそろ起きてくださいね」
今日もばっちりと身なりを整えたソフィアが惰眠の邪魔をする。反抗すると叩き起こされる。
仕方ない。ぬくぬくのお布団から出て、わくわくの1日を始めるとしますか。
「もうそんな時間なの? あ、そうだわ。フラワーフェスティバルを楽しむための予定表を作っておかなくてはいけないのでした。必ずキッチンに顔を出すとエマと約束したのですから」
布団から飛び出して、パソコンに向かう私の手を掴んだソフィアは、私の体をクローゼットの前へ放り投げた。
「お酒の席とはいえ、その約束をしたのはジュリエットでしょう。であればジュリエットが出向かなければならないのでは?」
「うぅ…………そうだわ。一瞬だけジェイクに替え玉を頼みましょう。それなら問題なく解決できますね」
「問題を解決しようとして問題を増やしてますよ。残念ですが、もうそんなことはできません」
なぜか。疑問符が湧いて素っ頓狂な顔を向けると、衝撃のひと言が私を襲った。
今朝方、ヘラさんからお父様に電話があって、無断外出の件を問い合わされたそうな。
天地を割るほどの絶叫を放ち、私はベッドの上に倒れこんだ。
そうだそうだそうだった。昨夜マーリンさんが、私の素性を結構な人たちが見てしまって、ヘラさんがそのことについてお父様に注意しておくって言ってたんだったったったった。
当然と言えば当然の流れ。姫様たる私が分も弁えず、替え玉を立ててお忍び散歩をしてたのだから、怒られるのが自然な決着。
あぁ~嫌だぁ~。
怒られたくないなぁ~。
そういえば、お父様に怒られたことってあったっけ~?
そうだ、一度もない。
ついに眉間にシワを寄せた父親の顔を見ることになるのか。
どんなことでも笑顔を絶やさないことで有名な男を、ついに娘が怒らせてしまうとは誰が思おう。
ただでさえ文武両道才色兼備。立てば芍薬、座れば牡丹、微笑む姿は薔薇の花。そんな私が父の逆鱗に触るだなんて未来を、誰も予想だにしなかったに違いない。
さて、どうやってごまかそうか。
せめて怒りのボルテージを下げる努力をしておかなければ。
幸いなことに父は、最近問題視されている魔獣の出現率低下に関する龍脈の調査結果を受けに緊急会議に出席していて、その足で現地に赴いて自分の目で見てくるらしい。
なので帰りは夕方過ぎ。晩御飯までには戻ってくる。顔を合わせるとしたらその時か。
こうなれば、めいいっぱいの愛娘オーラと、彼が喜ぶ提案を届けて、『もぅしょうがない子だなぁ』と言わせてみせよう。
なんか急に目が覚めてきた。こうなれば全身全霊を賭して命乞いをしようではないか。
しかしまずは腹ごしらえ。夜遅くまで飲んで食べていたとはいえ、腹の虫は栄養を欲した。
ホットミルクとサンドイッチを並べていざ、ぱっくん。
グレンツェンのホームページに掲載されている2日目のイベント一覧と、出店されているお店の地図をインプット。
通年を通して必ず訪れるポイントをマッピングして導線を決めましょう。
お昼ご飯はもちろんキッチン・グレンツェッタ。ここは開店直後の11時を狙い、空いている時間帯に飛び込もう。
朝から昼前にかけてはアクティビティ系やお土産屋さんに人の目がいきやすい。
1秒も無駄にできない我々の訪問のために、一般人の行動と違うタイムスケジュールを組む必要があるのです。
一応、来賓扱いになるから予約席ということで場所と時間は確保できるけど、そのために世界中から訪れる多くの訪問客に迷惑はかけられない。
父が常々気にかけていることの1つだ。
お昼を済ませて庭園を散歩。その足で図書館裏の演習場で予定されている空中散歩に行って、電車に乗ってチャレンジャーズ・ベイに――――――――。
ふぅ~。さて、予定表のプロトタイプを警護責任者のシェリーさんのメールボックスに投げ込んで、おやつの時間にいたしましょう。
今日のスイーツはベルガモット・フレイのオレンジシュークリーム。糖度の高いオレンジ果汁とおいしい苦みのグレープフルーツを使っていて、甘酸っぱくも後味すっきりで食べやすいのが特徴。
1日限定100個ということもあり、混乱を避けるために購入は1人5個までに制限されているうえ、購入する権利はくじ引きで当たった人のみという険しい道のり。
だけど私には秘策があるの。執事のジェイクと彼の魔法で作る変わり身で2人分の抽選が受けられる。これで確率は2倍。倍率は1.8倍程度だから2人とも購入する権利を獲得できる可能性もある。
くわえて、生まれついての私の幸運をもってすれば、3時のおやつで涙を流すことなどあるはずがない。
まさに隙なし。完璧だわ!
「思うのですけれど、詐欺では?」
冷静な判断力を持ち合わせるソフィアはさすが私専属のメイドといった姿。
でもね、今は水を差さないで。
「大丈夫。ジェイクのフェイスレスドールは自分で考えて行動できるんだから、問題ないわ。それにおいそれと私がお店に行くわけにはいかないでしょう。だからジェイクに行ってもらっているのですよ? 本当なら自分の目で見て、できればそのまま青空の下、ベルン公園でおやつタイムを満喫したいところなのに」
「…………週に一度はご自分で買いに出ていらっしゃるではありませんか」
「それはそれ。これはこれ」
「本当に、もぅ……」
ソフィアはいったい何にため息をついているのでしょうか。
わたくしには全く一切全然検討がつきません。
さて、お茶会は気心の知れた人と共に。と思ったら、いつの間にかセバスがいない。
「そういえばセバスはどこに行ったのかしら。一緒にお茶をしようと思っていたのに」
「セバスさんは急用ができたとかで、2時間ほど前に出ていかれましたよ。気づいていらっしゃらなかったのですか?」
「全然気づきませんでした。まるで東洋のニンジャかシャドーデーモンのようね」
単にプラン作りに熱中していて気付かなかっただけだけど。
まぁそれはいいわ。残念だけど、今日は3人でスイーツを囲むとしましょう。ジェイクにお土産話しをいっぱい聞かせてあげなくちゃ。
できれば彼とも一緒に外に出て遊びに行きたい。だけど、誰かが影武者をしなくてはならないのだから仕方がない。
私の替え玉を完璧にこなせるのはジェイクしかいないのだから。
そういえば、変身すると彼は私になるわけで、そうなると体の変化とかってどうなるのかしら。スリーサイズも真似られるのだろうか。
ううぅむぅ……まぁいいか。ソフィアみたいなわがままボディとまではいかないにしても、見られて恥ずかしいスタイルではないし。
さてさてパシリが帰ってくるのを見計らって、テーブルメイキングをしておこうかしら。といっても手を動かすのはソフィアだけどね。
テーブルクロスをかけて取り皿が並べられる。紅茶のポットにお湯が注がれ、温度の変化で浮き上がる花柄の模様が顔を見せた。
3人分の椅子を引き、待っている間までテレビでも見て待ちましょう。
画面をつけるなり見覚えのある顔が飛び込んだ。
特徴のない顔が特徴の青年。整えられた髪型と優しそうな目元。しっかりとアイロンがけされたワイシャツとスラックスは、まるでこれからデートにでも行くのかというような気合いの入りよう。
反面、急に着込んだような上着は、一般人の中に溶け込もうとしているような雑な努力が見受けられた。
青年は街頭インタビューに応じて嬉しそうにカメラの前に向き合っている。
なんでも、ベルガモット・フレイの名物シュークリームの100万個目を買った客として祭り上げられていた。
『おめでとうございます。貴方が記念すべき100万個目のシュークリームを買った人ということですが、今のお気持ちはいかがですか?』
『いやぁ~、ここにはよくお使いで来させていただいていまして、まさかこんな日が来るとは思ってもみませんでした。本当に感謝しかありません』
『そうですかぁ~。記念品としてベルガモット・フレイから特製バースデーケーキを作ってもらえるそうですよ。よかったですね!』
わぁ~いっ!
なんで私が喜んでるかですって?
インタビューに応えている彼こそ我らが同胞、ジェイク・ドゥーチェ。そしてお使いに行かせたのは私。私の幸運あってこそ。なればバースデーケーキは私のもの。
ベルガモット・フレイ特製のバースデーケーキかぁ。どんなんだろうなぁ。オレンジ色のケーキかなぁ。とってもおしゃれだなぁ。楽しみだなぁ。
『えぇ、僕を育ててくれた母にプレゼントしたいと思います』
『なんて親孝行な息子さんでしょう!』
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
なんでそうなる。いやそうなるのもわかるけどッ!
そこは親愛なる姫様に贈るところなんじゃないの?
返して。私の期待と喜びを返してッ!
私の意に反して、ソフィアが悲しい現実を突きつける。
「公共の電波でそんなことを言ったら大問題になるじゃないですか。当然の発言ですよ?」
「そうだけど…………そうだけどぉ~ッ!」
テレビにがっついて涙がポロリ。
自分勝手なことを言ってるのは承知してる。私だってそこまでバカじゃない。
彼が家族想いで、兄弟や母親のことを心の底から愛してるということも知っている。だから当然の真心だ。
彼はいつだって親孝行なのだ。
本当にいいやつです。
えぇ、いいやつですとも。
でもだって、特製バースデーケーキだなんて聞いたら胸がわくわくしちゃうじゃん。
心がふわふわ~ってなってドキドキしちゃうじゃん。
だってだって、女の子なんだもん。
私の心を察してか、テレビのニュースが切り替わる。
がっくりと項垂れた頭を持ち上げて、幸せが訪れるのを待つことにした。
これは私のラッキーじゃない。ジェイクが生まれもった方のラッキー。だからケーキは私のものではない。私のものではない。
無茶苦茶な根拠で自分を納得させて天を仰ぐ。涙がこぼれないように。
無想の中に心を置くと、またも液晶の中に見覚えのある人が現れた。
マルタ・ガレインだ。彼女は先日、ベルンからグレンツェンへの道中を渡る手助けをしてくれた。
どういうわけかその間の記憶は曖昧だけれど、とってもスリリングな体験だったような気がする。
そういえばお礼って言ったっけ。覚えてない。今度会った時に改めてお礼を言っておかなくては。
それにしても、どうしてソフィアはこんなにも青ざめた顔をしているのでしょう。
ニュースキャスターの話しでは、マルタさんが巷で話題に上がっていたモンスターカーハンターをやっつけたということで表彰されるとのこと。
いつやっつけたのか。昨日かな?
宮廷魔導士見習いの中でも群を抜いて優秀。魔法の相性もあり、第二騎士団長とも一緒に仕事をする仲であるという。
さらに悪者をやっつけてしまうだなんて、なんてスーパーウーマンか。カッコいい女性の典型例じゃないか。素敵っ!
ニュースの最後の補足的に、ウェルダンされた犯人の車体の上にクソが巻き散らかされていて、なにかの事件をにおわせるようなことを言っていた。なんの事件に発展するのかは知らない。
とにかく、3時のおやつを始めようっていう時に余計なことを聞いてしまった。
…………忘れましょう。素敵なティータイムにお下品な単語は似合わない。
そうやって私は自分の都合の悪いことを忘れていくスキルを発動した。
そう、だからその巻き散らかされた何かがどこから世に生まれ落ちたかだなんて、とっくに記憶から消えている。
ベルン発グレンツェン行き地獄のモンスターカーの出来事も綺麗さっぱり忘れていた。
しかし真面目なソフィアは全部を覚えてる。
重力に圧されて背もたれに磔になったこと。
前門の宮廷魔導士見習いと、後門の茶色い悪魔のこと。
中指を無理やり折られたこと。
新品のエンジンがモンスターカーハンターをウェルダンにしたこと。
スーパースピンで死にそうになったこと。
全部全部覚えてる。
忘れればいいのに。
私はしっかり忘れている。なので、なんでソフィアが顔を真っ青にして、軽蔑するような目で私のことを睨んでいるのかはあずかり知らぬというものです。
だから私はこう聞いた。
「もしかして、ソフィアもベルガモット・フレイの特製バースデーケーキが食べたかったんでしょ!?」
言うとそっぽを向いて否定された。
なんで彼女が不機嫌にしてるのかわからない。首をかしげて思い出を掘り起こしてみても思い出せない。
思い当たる節があるとすれば、前に一緒に遊んだボードゲームで彼女がボロボロに負けたということくらいか。
でもあれは運の要素の強いゲームな気がしたし、負けたってそんなに気にすることでもないと思うけどなぁ。
まぁでもそうであるなら、次はわざと負けてよいしょしてあげるのも悪くないわね。
できる女っていうのは、こういうところにも気を配れるんだから♪
~~~♪~~~数分後~~~♪~~~
…………結局、ぼろ負けさせてしまった。
おかしいな。こんなはずでは。でも思ってたより憂鬱になってなかった。
もしかしてテンションが下がってた理由って、ゲームで負けたことじゃない?
だとしたら何だというのだ。わからない。わからないから今は考えないでおこう。幸いなことに、スイーツを摂取して機嫌が直ったようだ。よしとしましょう。
今はそれより、お祭りの企画書をお父様に見せて褒めてもらうことが優先なのです。
ディナーの後のデザートタイムで気分がよくなったところでさらによいしょ。
うん、完璧ねっ!
「――――というわけで、今年のフラワーフェスティバルの企画書を作ってみたのです。いかがでしょう?」
「とても素敵な案だね。さっそく警護担当の騎士団長に相談してみよう」
「そう思ってシェリー様には相談済みです。お父様さえよければ、現地調査とフェスティバル担当者とすり合わせて、できるだけこの案に寄せていただけるそうです」
「さすがシャルロッテ。行動が早いね。感心だ」
「そうでしょうそうでしょう。年に一度のお祭りなので、存分に楽しみましょう♪」
ふふふっ。
甘えんぼ大作戦は大成功。
こうなってしまえば、お忍び散歩をしてたことなんて気にするはずがな
「ああそうだ。楽しむで思い出したのだが、これからは無断外出はしないでおくれよ。ヘラ市長に怒られちゃった。あっはっは」
ぐはぁあッ!?
ここから愛娘オーラからの泣き落としを予定してたのに、先手を打たれた。
思考が停止して硬直する私に微笑む父。ため息をついてやれやれと肩を落とす母。
うわぁどうしよう。ここからどうやって懐柔しよう。
このままいくと、もう二度とお忍び散歩ができなくなってしまう。
それは嫌だ。
絶対嫌だ。
まだまだ遊びに行きたい場所だってある。
食べたいものだってある。
やり残したことがいっぱいあるのに!
「それはそうとシャルロッテ。外の世界は楽しかったかい? 良かったら聞かせておくれ」
「ほへ…………それはもう、楽しいことでいっぱいでしたっ!」
父の笑顔にほだされるがままに、私は今まで経験してきた思い出話しを余すことなく話した。
街娘に変装してベルン中の路地を歩き回ったこと。
おいしいものを好きなだけ自由に食べ歩いたこと。
その毎日が新しい発見と驚きに満ちていたこと。
そしてみんなみんな、お父様とお母様のことが大好きだってこと。
心に刻んだキラキラを伝えると、父も自分のことのように胸躍らせて、それはよかったねと頭をなでてくれた。
最後に1つ、『本当に残念だけど、これからは必ず事前に相談しておくれ。君が選んでそうしたわけではないけれど、シャルロッテは王族でお姫様なんだ。何かあったらみんなが心配してしまう。だからどうかお願いするよ』と言って頭を下げられてしまった。
心の底では、嫌だと言い放ちたい。しかし、こうまでされては我慢するしかない。
誰しも生まれは選べない。
貧しい家庭に生まれれば、裕福な生まれになる人間もいる。
わがままだってわかってる。わかっているから、私は我慢しなければいけない。
今まで散々わがままを通してきたのだ。ここが潮時だ。これからだってお外に出歩けないわけではない。
言い聞かせて首を縦に振り下ろす。
振り下ろして上げた顔は半泣きで眉間にシワを寄せ、頬をぷっくりと膨らませています。
はい、納得したくありませんっ!




