表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/1085

妖精図鑑 2

 まずは研究の第一段階『葉っぱ・花びらの魔術回路の転写による共通性の確認』。

 葉脈や花びらに浮き上がる魔術回路の共通性の有無を見つけ出し、その効果を確認する作業。

 そう作業です。

 これはとにかく葉脈に魔力を流し、魔術回路を発現させ、転写していくという超地道な作業。

 研究において前準備というのは最も時間がかかり、そして最も大事な段階。だからここを端折ることはできない。

 なので、俺とエディネイは魔力を流して転写。受け取った葉っぱを鑑定。何の葉っぱなのか、大きさは、重さはどうか。アナスタシアとリリィに記録していってもらう。


 そんな姿を茫然と眺めて、つまらなさそうなことをしてるという顔のミーナさん。

 すぐに見飽きてそこら辺の葉っぱを拾い集め、没頭する俺たちの前に差し出した。

 何をするのだろうかと手を止めてみる。これから面白いことをすると言って自信満々な彼女は、数枚の葉っぱを両手の中に収めて、パンッと手を叩いた。

 するとどうだろう。葉っぱがお札に早変わり。扇状に広げ、したり顔で仰ぐ。


 お札団扇。お札で団扇を作っちゃったよこの人。というかそれってどうなん?

 実際に使う気はないのだろう――――けど、そういう悪用してしまえるような使い方はちょっと困る。

 誰も言葉にはしなかった。だけど、みな一様に『この人、バカだ』と思った。


 彼女曰く、これは倭国に出てくる有名なアニメのキャラクターから倣ったものだそう。

 狸と狐が人間を化かすというアレ。実際、倭国の古い文献には妖怪の類が存在し、狸や狐、猫などが人間を化かすという記述がある。

 その中には葉っぱを道具として用いるものもある。あのアニメもそれを踏襲した演出なのだろう。

 …………もしかして、もしかするとそれは、この花魔法と呼ばれる分野と同じものなのかもしれない。


 ウィズ・ララルット・ラルラと呼ばれる著者が書いた妖精図鑑。花や葉っぱを何かに変化させるという記述はなかった。

 否、ある。

 信じられないが、妖精が妖精を生み出すための媒体に使われると記述されている。

 だとすれば、花が生み出した自然体の魔力回路を通じて、術者はある程度、発現する魔法を選択できるのではないだろうか。

 バカと天才は紙一重と言われる所以を目の前にして衝撃が身を貫いた。

 まさかこれほどの新しい発見に出くわすとは想像しなかった。


 そして当の本人は我々の心情など知らず、得意な魔法を自慢する。


「ふっふっふっ。どうだ、このお金持ちになった気がする魔法。一発芸には最適だよ。でもこれってなぜだか葉っぱでしかできないんだよね。お花でやろうとしてもさ、お札になんないの。硬貨(コイン)になるかなーって思ったんだけどダメだった。でもまぁ、コインになったところで小銭持ちじゃウケないからまぁいいかなって。って、聞いてる?」


 花ではできない!?

 つまりそれは、花と葉っぱでは明らかな差異が認められるということ。

 花でしかできない魔法。

 葉っぱでしかできない魔法が存在するということだ。


 妖怪に関する倭国の文献はなんとなく開いただけで全文を読んでない。狸や狐の妖怪が使う妖術の媒体の殆どは葉っぱだった。花を使ったという記述は見たことがない。

 体質か種族によるものなのかわからない。術者が任意に発動させる魔法は、花か葉で違ってくるという事実は確定のようだ。

 これは他の魔法でも言えることだから当然と言えば当然ではある。が、俺の目からはウロコが落ちてならない。溢れすぎて思考が停止して目の前が真っ暗になる思いだ。

 が、まずは転写。決めたことはきっちりやりきる。急な方向転換は迷子の元。


 しばらく作業が続き。しびれを切らしたアナスタシアが休憩の提案を申し出た。


「とりあえずひと段落つけないか? さすがに少し疲れてきた」


 エディネイがスマホの時計を見る。時計の針は11時を示していた。


「そうだな……って、もうお昼か。フィアナとニャニャはベルンに資料を取りに行ってるけど、帰ってくるのが遅いな。もう少し待つか」

「2人はむこうでお昼を済ませてから来るって。シェリーさんとマルタさんに会って、シェリーさんが召喚獣を呼び出す手伝いをしてるって」

「マジか! シェリーさんの召喚獣。やっぱりベルンの守護神だから、巨神とか出てくるのかな。ドラゴンとか!」


 召喚術は魔法適正の高さや魔力の質以上に、魂の性質が重要だという。

 シェリーさんほどの人格者なら、さぞ素晴らしい出会いに恵まれるだろう。

 めちゃくちゃ気になる。


「騎士団長ならきっととんでもない召喚獣さんを呼び出しますよ。見てみたいですね、召喚獣さん」


 リリィは召喚獣に興味津々。


「そうだね。それじゃあ俺たちもお昼にしようか。ミーナさんも一緒にどうですか?」

「あぁもちろんだ。よかったらコレを食べてくれ。妖精さんの分も作ってきたんだが、お昼を過ぎてしまっては彼女たちも要らないだろう。一応、好物の果物は最後にしてくれ」


 これ、量が多いと思ったら妖精さん用の昼ご飯だったんだ。それにしては肉料理が多くないだろうか。

 妖精はベジタリアンな印象がある。そもそもこの固定観念が間違いなのか。

 妖精が肉料理にかぶりつく姿――――いや想像するのはやめておこう。メルヘンとファンタジーが音を立てて崩れてしまう。

 男の子とはいえ、俺だってかつてファンタジーに夢見た1人。こういうのは大事にしておきたいものなのです。


 バスケットの中の野性的なメルヘンを覗き込み、感謝と賛美の言葉を贈ると、ミーナさんは満面の笑みを返してくれた。やっぱり女の子の笑顔っていうのはいいもんだ。心が洗われるような心地になる。

 リリィたちとは学校の授業を通して知り合った。彼女たちと付き合おうと考えたのは、彼女たちの笑顔を見たからだ。

 みんなは本当にいい笑顔をする。知り合い始めた頃はかなり険しい顔をしていた彼女たちだったけど、今じゃすっかり憑き物もとれて、晴れやかな顔になったもんだ。


 ご相伴に預かりまして、リリィが人懐っこい笑顔でミーナさんの手料理を褒める。


「う~ん♪ どれもおいしいですね。ご自分でお料理をされるのですか?」

「そうだよ。いい花嫁になるにはまず料理からって、おかんが教えてくれたんだ」


 母親の珍しい呼び名を聞いて、エディネイが叫ぶ。


「おかん!? そ、そうなのか。噂通りいい女性なんだな」

「うん! おかんはミーナの誇りだからな!」


 母親は自分の誇り。

 エディネイにとっては複雑な思いになる言葉だ。変異種(ドラゴノイド)として生まれてしまった彼女は両親から距離を置かれ、手をとり合っていても心が寄り添われることはなかった。

 それがどれだけ彼女を孤独にしただろうか。どれだけの絶望だっただろうか。

 エディネイは過去の自分を思い出して、乾いた笑顔でミーナさんの言葉を肯定した。

 どこか不思議な違和感を感じとった彼女も、これは深く詮索するものではないと悟り、ひとつうなずくだけにとどまる。


 フィアナとニャニャが帰ってくるまでの間、ミーナさんを交えた5人は花魔法を使って遊んだり、妖精に思いを馳せたりと童心に戻った。

 花火のように火花を散らせてパラパラと崩れていく花びら。

 虫に食われた葉っぱは、その記憶を思い出して芋虫のようにひょこひょこと歩き始める。

 春風を包んだ蕾は、隠した燐光を輝かせて元気いっぱいに咲き誇った。


 人間のようにひとつとして同じものはない。それが花魔法の面白さ。唯一性と輝きに魅せられれば、子供は夢中になる。大人はこんな気持ちをもって次に繋げようとする。

 そうして俺たちのような探究者も現れた。

 ウィズ・ララルット・ラルラ。

 できることなら妖精図鑑の著者に会ってみたい。きっと素敵な人物なのだろう。名前から察するに女性。どんな人なんだろうか。

 老齢でありながら子供のような笑顔をする人なのかも。ぜひに会ってみたい。会って話しがしてみたい。


 ひとしきり遊びきったところでフィアナたちから連絡が入った。なんでも、ベルンからグレンツェンに向かう道中は事故車両の検分やらなにやらで交通規制が入っていて、グレンツェンに帰ってくるのは夜になってしまうという。

 おそらく朝のニュースで見た、モンスターカーハンター絡みのものであろう。


 誰が倒したのかは報道されてなかった。フロントガラスまで丸焼きにされたうえ、天板の上にクソがまき散らされていたらしい。

 意趣返しに置き土産をしたのか、ただただ我慢ならなかったのかはわからない。しかし、異常な事態であると、慎重に調査を進めている。

 まったくくだらないことをするヤツがいるもんだ。いくらモンスターカーハンターが厄介者だからって、そこまですることはないだろうよ。


 ここで待っていても仕方なしとため息をついて、今日のところはお開きとしましょう。

 一応予定していたことはできたし、思わぬ収穫もあった。上々と言ったところかな。


「もう日も沈み始めました。今日は晩御飯のお買い物をして帰りましょう。今晩は私とニャニャさんでおいしいロールキャベツを作りますよ♪」


 リリィは最近になって料理を覚えたらしい。自慢したくてしょうがない様子。


「うん、それはとっても楽しみだ。ミーナさん、さよならの前におひとつ聞いてもいいですか?」

「ぬ、ミーナのロールキャベツは食べさせないぞッ!」

「……え、なんのことでしょう?」

「ミーナの家族のことだ。この()の名前はロールキャベツというのだ」


 紛らわしいわッ!

 なんで鷹にそんなおいしそうな名前をつけたの!?

 幼い頃、傷ついた鷹を拾って家で世話をしていると、懐いて森へ帰らなくなったから飼うことにした。

 名前が必要だと気付いて、突如脳裏に浮かんだのがロールキャベツだったそう。

 だからってそのネーミングセンスは無いわー……。


 まぁよそ様の事情は隅に置いて本題に入ろう。彼女が宝物と言ってみせてくれた『妖精図鑑』をどこで手に入れたのかを聞いてみた。

 なにせこの本、出版社が分からない故に発注ができない。なのに世界中、どこの図書館にも置いてあるという謎の代物。

 購入履歴を遡って出どころを掴めないかと電話をかけまくったけど、どこの図書館も口を揃え、いつどこでどのように取り寄せたのか記録がないというのだ。

 考えられる可能性としては、書き手がその場に行ってこっそり本棚に収めるとか、そんなサイレントにクレイジーなやり方。

 秘密図書委員みたいなのがいて、こっそり置いていくとか、そんな風にして収められたとしか思えない。


 という理由があって、個人でこの図鑑を所有する人は極めて稀。図書館が潰れた際に一部が売却されて人の手に渡ったという事例もあるにはある。

 彼女はどのように手に入れたのだろう。もしも手に入れられるルートがあるのだとしたら教えて欲しい。

 なんせ彼女の母親は魔王軍を退けた勇者パーティーの1人。そして父親はその勇者そのもの。特別なパイプを持っていたとしても不思議ではない。


「この本をどこで手に入れたか? 小さい頃にサンタさんにお願いしたらくれたんだ。ミーナの宝物だ♪」


 うわぁ~~ッ!

 出ました世界七不思議の1つ。サンタクロース!

 ちなみに七不思議の中には、彼女の宝物の図鑑も加えられている。


 毎年12月24日の夜になるとどういうわけか、世界中の子供たちの枕元にプレゼントを置いていくという謎の存在・サンタクロース。

 誰もその存在を認知することは叶わず、この日になるとみんなその存在を明らかにしようと躍起になるも全て空振り。

 複数の資産家が国家予算をはるかに超える設備で正体を暴こうと挑むも、悉く失敗に終わっていた。それもこの20年ずっと完敗続き。

 彼らは本気なのだが、テレビはバラエティーとして毎年お茶の間の関心と期待と、それから爆笑を提供してくれる。


 そんな謎の存在からの贈り物とは恐れ入った。

 もしかしてサンタさんが世界中の図書館に妖精図鑑を置いて回ってるのではないか。

 だとしたら超スクープなんですけど。

 誰にも気づかれずという点にも合点がいく。サンタさんならありえそうだ。というかこういった超人を前提にすると、なんでもできてしまいそうだから笑い話しにしかならないか。


 彼女は嘘を言う人ではない。これがサンタさんからのプレゼントなのだとしたら希望はある。

 今年のお願いは妖精図鑑にしよう。できれば初版と最新版の2つとも欲しい。

 いやそれは強欲か。ならばみんなでお願いすることにしよう。6人もいればワンセットは手に入るだろう。


 青写真を思い浮かべながら、地平線に沈む茜色の空に溶けたミーナさんを見送る。

 資料も専門的な研究者も少ない花魔法の資料は謎の図鑑だけだと思ったが、ミーナさんのおかげで別角度からの切り口が見つかった。

 普段は気にしてないレベルで見落としているものもあるかもしれない。

 ということは、まだまだヒントは無数に隠されているということだ。


 教員からは、『良い研究課題だが、かなり難しいものになる』と言われて覚悟していた。

 だから他の班の進捗に比べて出遅れた。今日の素晴らしい出会いのおかげで一歩も二歩も前進だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ