妖精図鑑 1
今回はペーシェの弟のマルコが主観のストーリーです。
彼は実家を離れ、父親と同居しています。父親の影響で騎士団に入団予定のマルコは父親から女の子に好かれるための人心掌握術を徹底的に叩き込まれています。それも生活の中で教えているので自然と身に着けてしまっています。なので自然とモテ男になっていきました。
しかし離れて暮らす大好きな姉の笑顔を反復しているうちに、姉への想いが募りすぎてシスコンになってしまいます。反面、常識的な理性は持ち合わせているので、家族以外にシスコンを口外してはいません。
そうとは知らない取り巻きの女の子。作者的にはこういうキャラは嫌いです。創作物のキャラクターに怒りを覚えても仕方ないかもしれませんが、こういう鈍感キャラは見ていて不思議と怒りを覚えます。
なぜでしょうね?
主観、以下【マルコ・アダン】
大宴会の帰り道、休暇だけどせっかくグレンツェンに来たのだからと、授業で推し進めている研究課題をやろうと話しが持ち上がった。
内容は『植物を対象とした魔術回路の応用』。
植物の成長に際し、少なからず龍脈の影響を受ける植物は、その葉脈や花の指紋といったものを魔術回路として扱うことができる。
その存在については古くから認識されているものの、今ひとつ研究が進んでいない分野。
形が似ていても1つとして同じものがない草花は、使う人によっても発現する効果が違い、謎の多い分野として未知の部分を残していた。
発現する魔法に規則性が見つからないことに加え、国際魔術協会が好むような、攻撃的かつ実用的な効能が無いという理由で専門的な研究は行われていない。
この研究について、約100年以上前に記された文献があるにはあるが、中身はファンタジー小説に近く、とても実用的な参考文献ではなかった。
最近出版されたものが第二章として出回っていて、これはそこそこ理論的に描かれているものの、やはり創作物の域を出ないと、世間からの評価は低い。
さらに言えば、2冊の文献をまともに扱おうとしない理由は他にもある。
作者が同一人物であるということ。だとすれば、書き手は100歳をとうに超えるはず。世襲や弟子が書いたという推論もあるが、それなら自分の名前を出すなり、本の冒頭で注意書きがされるはず。
最も不思議なのが作者の所在が不明であること。どこから出版されたのか、誰がどこで筆を走らせているのかがわからない。
それでもこの本が愛される理由は、夢やロマンがあり、書き手の情熱を感じるからだ。
かくいう我々もその1人。メルヘンやファンタジーというものは見ていて楽しい。
もしもこれが現実なら、そう考えて夢想することは、人間に許された娯楽の1つに他ならない。
そういうわけで朝からお花屋さんに出向き、剪定した葉や花びらを譲ってもらったり、グレンツェンの巨大な公園を清掃する人に事情を説明して、落ち葉や花びらを分けてもらっているのです。
個人的には姉の家に突撃して2人っきりの時間を過ごしたい。
でもまぁ家族で過ごす時間は残されてるし、同胞のやる気を削ぐのも良くないとして精を出している。
それでも、もしかしたら一緒にいられるかもしれない。だからもしもよかったら、一緒に研究テーマを手伝ってもらえないかと誘ってみようと電話をするも着信拒否。
一般的なアパートのはずなのに、鍵は生体認証システム。必死に練習した鍵開けも不能。
窓もカーテンで閉め切られている。
以前に姉ちゃんの携帯に仕込んだGPS機能は働いていて、家の中にいることはわかってるのに、顔すら拝めないだなんてあんまりだ。
俺はこんなにも姉ちゃんのことを愛してるのにッ!
悔し涙を振り切って、待ち合わせ場所の公園へ到着。
なんでも、最近ここには突如現れた『妖精のベンチ』なるものがあるらしい。木苺やブルーベリー、真っ赤に熟れたストロベリーの苗でできた丸机とCの字状の椅子。
登場当初は沢山の実をつけていて、写真映えするスポットとして話題になった。
今は子供たちに食べつくされて丸裸になって味気ない。それでも、来年になればきっとまた実をつけることだろう。
写真で見た姿はありそうでない、まさに妖精が踊り、果実を摘み取っておしゃべりを楽しみながらお茶会をする様相が目に浮かぶような、自然の美しさを感じさせるものだった。
「妖精のベンチ、実物はどんなものなのでしょう♪」
リリィの足取りがとても軽い。
「見た目はすげー綺麗だったけど、それよりちゃんと座れるのかどうか怖いな。おしりをつけたら壊れたりしないだろうか、ってさ」
エディネイに不安はあれども、わくわくが勝って頬が緩んでる。
「結構頑丈にできているらしい。子供が飛び跳ねても壊れないだとか」
アナスタシアの表情が柔らかい。いつもは氷のように緊張してるのに。
「そんなに強いのか。だったら俺が座っても大丈夫そうだな。おや、先客がいるみたいだ。あれは……」
バスケットの中身をカラフルな色で埋め尽くし、素敵な非日常を胸に抱いてわくわくするリリィ。それはもう楽しそうに言葉を弾ませ、今にもスキップを踏みそうだ。
エディネイとアナスタシアもまんざらではない様子。
男っ気がありながらも乙女なエディネイ。
いつもクールで冷静なアナスタシア。
3人とも楽しそうでなによりです。
目的地に誰かいる。子供が多く遊びにくるのだから先客がいるかもしれないとは予想していた。
残念だけど実験は他でするしかないか。幸い、平日の昼前ということもあって人は少ない。木陰の下にベンチもある。仕方ないと思った矢先、目に飛び込んできたのは見知った顔。
丸眼鏡に大きな黒い三つ編み姿の少女。頭の上にペットであろう鷹を乗せて机の上につっぷしてる。
何をしてるのだろう。あの体制で休憩をしてるのだろうか。逆に苦しそうなんだけど。
彼女は昨夜、一緒に宴会を楽しんだ間柄。そうでなくても、ベルンの英雄の娘さんということもあってみんな知ってる。
だから声をかければテーブルを使わせてくれるかもしれない。それに彼女自身、やはり賢者と英雄の子ということもあって魔法の才能は極めて高いという。
宮廷魔導士入りも期待されたが、彼女の母親の意向で数年はグレンツェンで学ばせたいと、親元を離れて生活してるのだ。
「こんにちは、ミーナさん。今日はここで何をされてるのですか?」
「ぬぬっ! お前はたしかペーシェの弟のまる……まるちゃん」
「マルコです。って、あれ、その本は」
かたわらに見知った本。何度も読み返されたのか、本は少しすりきれて、だけど大切に扱われてるのがよくわかる。
妖精図鑑。背表紙にグレンツェン所蔵のラベルが貼ってない。ということは私物?
個人で所有してる人は初めて見た。
ミーナさんは妖精図鑑を掲げて自慢げに語る。
「あぁこれか。これはミーナの大好きな本だ。普通の本は読んだらすぐに飽きちゃうんだけど、これだけは何度読んでも飽きないな。最高に楽しいやつだ。ここで何をしてるかだったな。それは勿論、妖精さんが現れるのを待ってるのだ。ちゃんとランチも持ってきてる。妖精さんの好物という苺もブルーベリーもたくさんあるぞ。クッキーもお茶も完備した。ふふんっ!」
ふーんっと鼻息を鳴らして見せてくれたバスケットの中には、色とりどりの果物がところ狭しと詰め込まれていた。
自分用とも思われるサンドイッチや唐揚げ、手羽先なんかも……この弁当箱、野菜が全然入ってない。バランス悪っ!
この人、しゃべらなければ深窓の令嬢のオーラしかない。だけど、口を開いた途端、バカが露呈するんだよな。ベルンでは結構有名な話し。
それにしても、妖精が現れるのを待ってるか。大好きな本に感化される気持ちはわかる。しかし、さすがにここまでいくと凄いな。
彼女が持ってる本は、我々が唯一の手本とする参考書と同じもの。この中には妖精とか巨人とか、果てはエルフやら神様とか言った言葉が添えられてる。
妖精は花を媒体にして仲間を増やす。
この世には天を支える巨人がいて、選ばれた者がその任務に週替わりで就く。
花魔法において、エルフと神様では同じ花を使った時でも顕れる効果が違う。
などなど、とても信じられないような内容の目白押し。
ある程度の比喩表現としても、選ぶ言葉が常軌を逸してる。
だからこそ、小説として支持されるという側面もあるのだが。
「もしやお前らも小妖精を探してるのか?」
バスケットいっぱいに詰め込まれた花びらを指さして、自分が思ってることは人も思ってる理論が飛んできた。
「いえ、今日は植物を使った花魔法の実験をしに来たんです。私たちが進めている研究テーマなんです」
リリィの言葉にミーナさんの声が大きくなる。
「花魔法! ミーナの一番好きなやつだ。だったら一緒にやろう。楽しくやってたら妖精さんも誘われて現れるかもしれん」
それはないと思うのだが。まぁとにかく仲間が増えるということは良いことだ。人が増えればそれだけ我々とは違った発見があるかもしれない。
なにより、綺麗な女性とともに語らうことができるのは、人生において最上の喜びである。




