結構です 4
キキちゃんがあれほどまでに嫌がって、大好きなお姉さんを拒んだ理由がわかり、喉のつかえがとれた気分だ。
通りのよくなった食道に、これを流し込めるかどうかはさておき…………。
「しかしこれをどうするよ。キキちゃんの手前、食べないわけにはいかんだろ」
ウォルフさんは大好きなはずのホットドッグを目の前にして、しかし手が動かない。
「意を決して食べるしか…………でも中身がアレだなんてとても。というか、ウォルフとガレット様はご存じだったのですか?」
作ってしまったものは仕方ない。だけどエマさんも心が前に向かない。
ウォルフさんはキキちゃんに聞こえないように、エマさんの耳元でこそこそしゃべる。
「いや実は、お詫びにってヤヤちゃんが持ってきたソレをとりあえず冷凍庫に押し込んだんだけど、まさかエマがさっそく調理するとは思わなくて」
エマさんはウォルフさんに、知ってたなら教えてほしかったと思い、喉を塞ぐように硬直する。
誰を責めるような事件ではない。それを理解してるから、彼女は沈黙ののち、素直な感想を述べるにとどめた。
「どうりで見覚えのないものがあると思った」
「見覚えのないものをよく食べる気になったな」
ウォルフさんの余計なつっこみに、さすがのエマさんも怒り心頭。
「だって仕方ないでしょ。まさかそんな食材で作られたお肉が我が家の冷凍庫に存在するだなんて誰が思うの!?」
「す、すまん……」
ウォルフさんは耳をしょんぼりさせた。
お姉様はホットドッグを見て、物事をプラスに捉えようと努める。
「ハティさんがダイナグラフでデザートとおっしゃって食べていらした芋虫を思い出してしまいましたわ。ともすれば、これも意外にいけるのでは? キキちゃんもおいしいって言って食べていますし」
「うぅ~~……死なばもろともですっ (涙)」
心ヲ無ニシテ、イザ参ル。×4
ぱっくんもぐもぐ。
うぅむ、普通にソーセージ。胡椒とハーブが効いていてパンチがあるも、牛や豚と違って後味がさっぱりしてる?
マスタードもケチャップも少なすぎず多すぎず、バンズと野菜のバランスもさすがのひと言。
おいしい。
おいしいけど、こんなおそるおそる食べる朝食はちょっと、いやかなり嫌。
やっぱり噂通りヤヤちゃんの料理、と言っても今回はリンという人の手作りになるが。
見た目がアレだけど中身は絶品。もうこんなものを食べたら大概のものは食べられそうな気がする。
と言うと、ヤヤちゃんが目を輝かせて、もっとハードルの高いものを持ってきそうだから、そうはならない言葉を準備しておきましょう。
おいしいゲテモノを食して、心がもやもやする気持ちになるだなんて想像だにしなかった。
なんていうか、見た目に反しておいしいと、それまで悶々としていた自分が恥ずかしいというか情けないというか、なんだか負けたような気がしてならない。
はぁ~……。
ま、気を取り直して1日を始めましょう。
今日は休息がてら、ウォルフさんとオーロラ・ストリートにお買い物です。
扉を開いて踏み出すと、呼び鈴を押そうと構えているヤヤちゃんに出くわした。
キキちゃんを迎えに来た彼女は、丁寧にお辞儀をひとつ放って満面の笑みで挨拶を繰り出すのだ。
「おはようございます。昨日は無理なお願いを聞いていただいてありがとうございました。キキを引き取りに来たのですが、起きてるでしょうか?」
「はい、起きてますよ。朝食もこちらで食べていただきました。そのぉ、昨日いただいたソーセージを使ったホットイノ…………ホットドッグで」
危ない。口が滑るところだった。
「そうなのですか。ありがとうございます。朝食はホットドッグにされたのですね。ちょっぴりイメージが変わりました」
「あぁ~……うん、まぁその、たまにはこういうのもいいかもと、エマさんが。とってもおいしかったですぅ~」
おいしかったけど、金輪際勘弁してちょうだい。
本音とは裏腹に、つい癖でお世辞を言ってしまった。ヤヤちゃんは喜んでもらえたと思って、大量のアレをおすそわけだなんだと言って持ち込んだりしないだろうか。
私もお姉様も、ウォルフさんにエマさんも人の厚意を無碍に断れない性格。手渡されてしまうと受け取ってしまうのです。
なのでヤヤちゃんがアレを持ってきたら、またきっと受け取ってしまう。受け取りたくないけど。
セールスの手紙も見たら読んでしまうから、タイトルだけを覗いてすぐに捨てるように努力してる。
善意の気持ちは嬉しい。けれど、嫌悪の感情が表れて悟られまいと彼女の目を直視できないでいた。ぐるんぐるんと目が回って酔ってしまいそう。
泥酔する私に彼女は、頭がさっぱりする言葉を投げてきた。それは曇天の空が引き裂かれて巨大な天の階が降りてくるような衝撃です。
「そうですか、朝食はホットドッグですか。申し訳ございません。昨日お渡ししたのはソーセージ屋さんで手作りさせてもらった普通のソーセージなんです。久しぶりの蛆虫ソーセージだったので、迷ったのですが、余った普通の物を渡したんです。期待させてしまってすみません」
期待させたってなんのこと?
もしかして、私たちが●●ソーセージを受け取ったことを喜んでたとでも思ってるのだろうか。
彼女からしたらそれはご馳走で、世の中の人の羨望を集めるものだと確信しているらしい。
そんなわけないじゃんッ!
びっくりです。
その感性にびっくりですっ!
思考停止する私のことなどおかまいなしに、己の好みは世の好みと言わんばかりの顔をしている無垢で無邪気なヤヤちゃんがいる。
この子、ナチュラル怖いよ。
大人びた子供だと思ってた。その裏にちゃんと子供っぽい志向が隠れてただなんて末恐ろしい。これからは要警戒で臨むが吉。
「では、今度手に入った時は必ずお渡ししますね。ホットドッグもいいですが、個人的にはシンプルにバーベキュー形式が
「いえ、結構です」
「…………えっ」
「結構です♪」
虚空の時間が流れる。面食らったヤヤちゃんは、現れたキキちゃんを連れて死んだ魚の目をして立ち去っていった。
彼女たちが部屋に入り玄関の扉が閉まるまで、見送った私はまさにガーゴイルのよう。
見送るとは名ばかり。その本質は威圧。
全力の拒否。
あぁ、まさか自分の中にこんな姿があっただなんて知らなかった。
満面の笑みを向けたまま、相手の厚意を拒否できる術を見出すとは、私って天才かも?
おかげでこれからは嫌なことは嫌だとはっきり言えそう。
ありがとう、ヤヤちゃん。貴女のおかげで私は成長できたようです。
〜〜〜おまけ小話『手作りソーセージ』〜〜〜
ウォルフ「手作りって、ソーセージ屋さんでオリジナルソーセージ作り体験ができるっていうやつ?」
ヤヤ「ですです。キキと一緒に行ってきました。お肉とハーブを混ぜ混ぜして、自分の好きなテイスト、好きな大きさ、好きな形のソーセージが作れるんです。とっても楽しかったですっ!」
キキ「キキはぐるぐるソーセージ作った。思ったよりすんごいボリュームで食べきれなかった」
ティレット「ヴルストシュネッケですね。とても素敵な体験ができたようでよかったです♪」
エマ「ソーセージのお尻のところをハート型に結んだのは?」
ヤヤ「リンさんをリスペクトしました。かわいいですよね」
ガレット「とってもかわいいと思います。私もソーセージ作りを体験してみたい。今度一緒に行きませんか?」
ヤヤ「もちろんです! でもひとつ残念なことが」
ウォルフ「昆虫食がないってこと?」
ヤヤ「どうして分かったんですか!?」
ウォルフ「あぁ、うん、なんか知ってたよ」
全力で好きなものに突っ走る人は見ていて応援したくなりますね。
全力で突っ走られて巻き添えを食らうのは絶対に勘弁なので、物語の主人公たちは本当に苦労人だと思います。そのうえ、絶妙にモテないとかってなったらいよいよ可哀そうです。
キキはヤヤの作る虫料理が嫌いなだけで、虫料理自体が嫌いなわけではありません。
何を言われるかより、誰に言われるか。みたいな次元のお話しです。
同じ言葉を使われても、言われる人によって受け取り方が変わるみたいなやつです。
ヤヤの虫料理は嫌だけど、リンやエマが作ったものは食べられます。人間ってのはそんなもんです。




