結構です 3
朝起きて、ベッドの中に心地よい違和感を感じる。
そうだ。キキちゃんと一緒に寝たんだ。
なんと愛らしい寝顔だろうか。
抱きしめたい。
抱きしめちゃえ。
ふひゃあ~、妹万歳っ!
寝ぼけ眼で目をこすり、あくびをしながら朝のおはようを放つ姿もかわいらしい。
服を着替えさせて髪を梳いて、朝食を食べにキッチンへむかう。
おててを繋いで一緒に歩くのが今日だけだなんてもったいないな。そうだ、今度はすみれさんやハティさんも呼んでお泊り会を開催しよう。そうしよう!
目覚めは好調。未来は希望に溢れています。
るんるん気分でリビングに出ると、快晴の朝だと言うのにウォルフさんは神妙な表情でキッチンを覗いていた。
闊達な性格の彼女にしては珍しく悩みごとだろうか。
もしや恋の悩み!?
恋の悩みですか!?
ウォルフさんは笑顔が素敵で情に厚い。時々見せる乙女な姿も殿方のハートを撃ち抜くこと間違いなし。スタイルも抜群。お耳ももふもふしていてとっても素敵。
どどどどうしましょう。
もしも恋だとして、お相手は誰でしょう。
知的で危険なケビンさん?
ガチムチおバカなダーインさん?
義腕がカッコいいアーディさん?
わぁ~誰でしょう誰でしょう。気になる気になる!
「どうしたのですかウォルフさん。何か悩みごとですか?」
そわそわ。
「あ……あぁ、今日の朝ごはんなんだけど……」
そわそわ。
ウォルフさんの視線の先にはエマさんがいる。
「おはようございます、ガレット様。キキちゃん。今日の朝ごはんはホットドッグですよ。いつもはトーストやサンドイッチですが、たまにはこういうのも良いかと思いまして。いつ買ったかは覚えてないのですが、冷凍庫にソーセージがありましたから、コレを挟みましょう」
エマさんの手元にパウチに入ったソーセージ。
「わぁーい、ホットドッグホットドッグ♪」
キキちゃんが一気に覚醒。やったやったと飛び跳ねる。
「わぁ、ホットドッグだなんていつぶりで、しょ、うぅ…………ッ!?」
ぞわ……ぞわぞわ…………。
冷凍庫にあったソーセージ?
それってもしかして。
それはまさかもしかして!?
ウォルフさんの顔が曇っていると思ったらこれが原因か。
どうしよう。このままではアレを食べる羽目になってしまう。
そうとは知らずに楽しそうに料理をするエマさんに真実を告げるのも気が引ける。
だけど言わないとアレを食べさせられることになる。
どうしよう。どうすれば回避できるのか。
ウォルフさんとこそこそ相談するも、結論が出ないままお姉様も起きてきた。
何気に料理をしたがるお姉様はエマさんの隣で、おいしそうな匂いがすると言って楽しみにし始めてしまった。
じゅうじゅうと音を立てて焼かれる●●のジューシーソーセージ。
ハーブと胡椒と、それからお肉のおいしそうな香りがする。
これだけなら素敵な朝の始まりを感じるのに、ヤヤちゃんのアレを聞いてしまったが故に、冷や汗がにじみ出て仕方がない。
いくらおいしそうに加工されているとはいえ、中身がアレなのはマジ卍。
キキちゃんはこの家にアレのソーセージが冷凍庫に入っているとは想像もしてない。目をキラキラと輝かせてぴょんぴょんと飛び跳ねるではないか。
アレが嫌で飛び出してきた彼女の前で真実をひけらかすだなんてとてもできない。
となればもう、覚悟してアレを食べるしかないのか。覚悟しなければならないのか。
うぅ、お腹が痛くなってきた。
我々の心情など知らぬエマさんは、鼻歌混じりで料理を続ける。
「マスタードとケチャップ、葉野菜を敷き詰めて~♪ 残りのソーセージは明日の朝ごはんにとっておきましょう」
イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!
魂の叫びが2人の間で共鳴する。
明日も食べるの!?
もういっそ今日で終わらせてっ!
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
「ガレットお嬢様。ここはあたしに任せて下さいっ! 中身がアレでもおいしければ食べられるはずです。それに全部ミンチになって原型が無いわけですから、意識しなければ大丈夫です!」
「ウォルフさん……っ!」
元気づけてくれるのは嬉しい。半泣きの彼女の勇気が眩しい。
でも意識しないっていうのはハードルが高いかも。
いいえ、彼女が勇気を出して先鋒を行ってくれるのだから、続かなければ彼女の心意気を無駄にしてしまうことになる。
フライパンの上で踊るソーセージ。鼻をくすぐるスパイシーな香りのなんとジューシーなことか。
お姉様も鼻歌を歌ってとても楽しそう。お屋敷にいたころも素敵だった。グレンツェンに来てからは特に良い笑顔で笑うようになった。
ひと区画を通り過ぎるだけで新しい発見がある。昨日見た景色なのに、今日と比べていっそう輝いて見えることさえある。
新しい、発見…………っ!
ダメよガレット。意識してはダメ。
無理やり脳内お花畑ボルテージを上げてみても、何かの拍子にアレの具材が脳内で暴れ出した。
頭をぶんぶん振ってみてもまとわりついてくる。あぁ~誰かなんとかして!
そうこうしているうちにおいしそう (失笑)な朝ごはんが届けられる。
いつもは一番年下の私から。今朝はキキちゃんがいるから彼女から配られた。
ソレが嫌でプチ家出をしてきたのに、ここにきて食べさせられるなんて、なんと情け容赦のない世の中だろう。
そうとは知らないキキちゃん。よだれを垂らしながら手を合わせてかぶりつこうとした。
瞬間。ウォルフさんが待ったをかける。
「キキちゃん……申し訳ないんだけど、先に食べさせてもらっていいだろうか。あたし、お腹空いてしょうがないんだ……」
「えぇっ…… (くぎゅ~)う~ん…… (ぐるぐるぅ)うん、いいよ! (ごろごろごろ)」
「ほんと……ごめんな……」
ひと言喋るごとにお腹が鳴るキキちゃんには申し訳ないことをしてると思っても、誰かのために大義を成そうとするウォルフさんの姿は素敵です。
手渡されたそれはまさにホットドッグ。もといホットインセクト。
嗚呼、中身を暴露できればどれだけ楽なことか。
食事を拒否できればどれだけ楽なことか。
しかしそれができれば人生はどれだけ楽なことか。
目に涙を浮かべて、いざ毒味。
ガチーンッ!
それは歯と歯がカチ合った音。
ホットインセクトの先っちょを口の中に入れ、噛み千切ろうとした瞬間、理性が腕を押しのけた。
もう一度挑戦するも寸前のところで腕が、心が拒否をする。何度試してもダメだ。
左手で右腕を支えて決心するも、やはり心までは制せない。
事情を知らない人から見れば、一体何をやってるんだろうと疑問符が浮かぶに違いない。
現にお姉様もエマさんも、キキちゃんも不思議なものを見る目でウォルフさんを見つめた。
食べようとしているのになぜ食べないのか。朝食を食べようとしているだけなのに、どうして目に涙を浮かべて苦しそうにするのか。
だけど私は知っている。彼女が私たちのために犠牲になろうとしていることを私は知っている。
だからもう見てられなくて、私はウォルフさんに泣きついた。
それはプロレスでいうところのタオルを投げるやつ。戦えるとリングに立つ本人の意思に反して外野が匙を投じる。高潔たる魂を汚す、非道の行いに等しい。
だとしても、もう見てられないの!
「もうやめてっ! 本当のことを話しましょう。これ以上ウォルフさんが無理をする必要なんてないんですっ!」
私史上、人生で一番大きな声が出た。
「それは一体どういうことでしょうか……?」
「何か変なものでも入っていましたか?」
ティレットお姉様も、エマさんも怪訝な表情を浮かべる。
真実を語ろうにも、2人の悲しむ顔を見たくなくて口ごもってしまった。
すると、キキちゃんがあっけらかんと事実を話す。
「それってもしかして、リンさんが作ってヤヤが持ってきた蛆虫ソーセージのことですか?」
ええええええええええええええッ!?
知ってたの!?
なんで、どうして、いつから!?
なんでも、エマさんが調理したソーセージの端っこがハートの形に閉じられていたことから、これはリンさんがよく使う手法で、癖のような印。
おそらくお詫びにと、ヤヤが持ってきたのだろうと確信してたらしい。
それをエマさんが特に何も気にせずに調理していたので、みんなも当然のように食べるものだと勘違いしたみたい。
一方的に迷惑をかけておきながら、食べ物の好き嫌いを言うのは失礼だと思って黙っていたという。なんてできた子だろうか。
でもそれはもっと早く言って欲しかった。
なんていうか、遠慮して黙っておくことで礼を尽くしたものだと思ったら、当人たちにとってあまりよくない状況に追い込んでた的なやつ。
公言しておいてくれれば、私たちがこんなに苦しむことはなかったのに。
というのは私たちの一人相撲だったので言わないでおく。
当然、真実を知ってしまったお姉様とエマさんは、作ってしまった朝食を見下ろして眉一つ動かせない。
まさか自分たちがそんなものを扱っていただなんて知りもしない。むしろ知りたくなかったと肩を落とした。
自然な形で口に運べていればと、ウォルフさんは頭を垂れるも、私は貴女は悪くないと抱きしめる。
そう、これは誰も悪くないのだ。
ヤヤちゃんは少し、我々とは違う趣向を持っていて、それが私たちの知る文化とは違うだけ。持ってきたお詫びの品も善意のもの。恨むだなんて筋違い。
知らずに調理した2人も、悟られまいと懸命に隠匿したウォルフさんも、呼び水になったキキちゃんも誰も悪くない。
なのでただ、ただただこれをどう処理しようかという問題だけに意識を向けよう。
「いっただっきまぁ~っす。う~ん、おいふぃ~♪」
食ったーーーーーーッ!?
え、キキちゃん、えっ?
嫌いなんじゃないの昆虫食。だからヤヤちゃんの元を飛び出してきたんじゃないの?
どういうこと?
これはどういうことなの?
「え、っと、キキちゃん。昆虫食が嫌いなんじゃ」
ウォルフさんが恐る恐るキキちゃんに忍びよる。
我々の心の内とは正反対に、キキちゃんの心は快晴の空。
「キキはねー、おいしいものならなんでも好きだよー。でもヤヤが作る虫料理は嫌っ! キキはね、虫さんが大好きなの。なんかこうカッコいいよね。でね、前にバッタさんを見つけて、2人で一緒にぴょんぴょん跳んで遊んでたんだけど、ヤヤったら酷いの。一緒に遊んでるバッタさんを捕まえて、そのまま油で揚げて食べちゃった。せっかく友達になったのに食べちゃったんだよ、あんまりだよ。怒ったらね、ヤヤは『昆虫は全部、ご飯のおかずかおやつ』だなんて言うの。食べるならキキの見てないところでやって欲しいものですッ!」
ぷりぷり怒りながらもぐもぐと朝食を咀嚼する姿は何か、発言と相反する気がして不思議でならない。
とにもかくにも、キキちゃんとしては虫を食べものとしか認識していないヤヤちゃんが作る昆虫食が嫌いなだけで、昆虫食そのものが嫌いなわけではないらしい。
これは料理人の姿勢が気に食わない的なやつです。キッチンでハティさんが見せた『食べ物に対する礼』が欠けてるのが許せないということだろうか。
そう聞くも、よくわからないという返答。きっと感覚的にわかってはいるけど、頭ではわかってないのだろう。




