異世界旅行2-5 旬には少し早すぎて、だから今から待ち遠しくて 65
大量のボラを持って帰ると、厨房に入る前にさっそく暁さんに事情を聞かれた。
原則として、エルドラドからメリアローザに物資を移動させることを禁止してるからだ。
「その大量のボラはどうしたんだ? エルドラドから持ってきたのか?」
「これにはやんごとなき理由があるのです。獣人さんたちは鼻がよく利くのですが、嗅覚が強すぎてボラの臭い匂いが嫌いになってしまいました。おいしく料理してあげて、おいしいと喜んでもらえたのですが、それでもボラの匂いがダメなので持って行ってくれと頼まれてしまったんです」
「そうだったのか。肥溜めとかは気にならないって言ってたから大抵のものは大丈夫だと思ってたんだけど、ボラがダメとは意外だったな」
「でもでも、冬に沖を回遊するボラは臭みがほとんどないので、それは食べるって言ってくれました。今回は時期が悪かっただけなんです!」
「あはは。そうか、それは少し残念だったな。でもありがとう。エルドラドのみんなにおいしい情報を教えてくれて。さ、せっかくの寒ボラだ。おいしく食べてあげよう」
「はいっ!」
暁さんの納得がいただけたところで、活〆したボラをまな板へ乗せる。と、ここでアイシャさんから当然の疑問が飛び出した。
「すんすん。たしかにボラの匂いですね。でも時期が少し早いと思うのですが、これは寒ボラなんですか?」
「味は間違いなく寒ボラだよ。環境が違うから、メリアローザとは季節と旬がズレるのかも。なんにしても、刺身にしても蒸し焼きにしたらおいしかった。さっそく、お刺身好きな暁さんにつまんでいただきましょう」
「ですねっ! こんなにたくさんあるんです。今日はボラ祭りです!」
「ボラ祭り。なんて素敵な響きなんでしょう!」
さっそくお刺身をすらり仕上げて暁さんの前へ。
美しく輝く白い身は羽衣のよう。暁さんと、今日いっぱい頑張ってくれたらしいハティさんとクロさんにも食べてもらいたい。
あれ?
ハティさんはどこへ?
暁さんに聞くと、衝撃的な答えが帰ってきた。
「ハティならシャングリラに帰ったよ」
「どうして!? 私の料理が嫌になったんですか!?」
「安心してくれ。絶対にそれはない。ただまぁ、ハティにはハティの家族があるから。今日は我慢してくれ。代わりと言ってはなんだが、クロにすみれの料理をふるまってやってくれ。あいつはハティに負けてふてくされてるんだ」
「ふてくされてるんじゃねえッ! 悔しいだけだッ!」
「よくこの距離から聞こえたな。と、まぁそういうわけで、慰めてやってくれ」
「お任せくださいっ! ところで、あとひとつ聞いてもいいですか?」
「ん、アルマのことか?」
そう、アルマちゃんのことなのです。
さっきから鬼の形相で生き生きと羊皮紙に魔法陣を転写してらっしゃる。あれはいったい?
「新しい魔法を作ってるんですか? それにしてはずいぶんと、いつも以上に生き生きしてるみたいですが」
「アルマはハティの魔法を見てからずっとあんな調子だ。ハティが発動した魔法陣の構成を忘れる前に全部転写して記録するんだって」
「さすがアルマちゃん。努力家です!」
「そう言ってもらえると助かるよ。それと、旨い刺身をありがとう。本当に脂が乗ってて旨いな。旬の寒ボラは鯛より旨いというが、想像以上だ。いつかエルドラドのみんなにも食ってもらいたい」
「冬になったら漁に出る回数が減るでしょうが、ぜひとも寒ボラのおいしさを堪能してもらいたいです。それでは、クロさんのためにガレットを焼いてきますっ!」
敬礼して踵を返す。厨房には華恋さんがいた。ついに彼女も料理に目覚めたのか!




