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 ぷっくり膨れた頬をつんつんぷにっ。

 ぷふぅーっと押し潰れて空気が抜ける。すると次の風船が膨れ上がる。

 つんつんぷにっ。

 ぷふぅーっ。

 つんつんぷにっ。

 ぷふぅーっ。

 つんつんぷにっ♪

 ぷふぅーっ♪

 うふふっ♪


 これはアレだ。怒りを忘れて面白いことを見つけちゃったから、楽しくなっちゃってるやつだ。

 ボディータッチで遊んでいると、空気の抜ける音と一緒にお腹の虫の音が聞こえてくる。

 そうだ、キキちゃんは晩御飯を食べる前に飛び出して来たんだった。

 ちょうど私たちもご飯を食べるところだからと手を引いて、椅子に座っていただきます。

 今日の晩御飯はエマさんの手料理。鯨肉の角切りベーコンと小エビのピラフ。オニオンスープにフレッシュサラダ。

 フォークとスプーンは昨日いただいた鯨の骨の工芸品。


 料理の出来栄えもさることながら、思い入れのある食器が並ぶと、普段と違って食卓がキラキラしてるように見える。

 きっとそれは私たちの心の中で、過去に出会った素晴らしい経験を愛おしく思ってるからに違いない。

 祈りを済ませてご飯を口に運ぶ。さっそくお姉様がエマさんの料理を褒めちぎり、続いてウォルフさん、私の順番で言葉が連なる。さらに今日はゲストのキキちゃんの言葉が木霊した。

 元気な声で『うまいっ』とひと言。ひと口食べるごとにおいしいと叫んでしまう。


「そんなに気に入ってくださったのですか? ありがとうございます。おかわりもあります。遠慮なく言って下さいね」


 おいしいと言ってもらえたエマさんは嬉しくて満面の笑顔。


「それにしても本当に上手になったよな。前からおいしかったけど、グレンツェンに来てから各段に腕が上がってる」

「すみれさんやシルヴァさん、それにマーリンさんにも料理を教えてもらったの。腕が上がってるって言ってくれて嬉しいわ」


 ウォルフさんも絶賛。


「えぇ本当においしいわ。今度は私にも教えてくれるかしら?」

「私も、私にも教えて下さいっ!」


 お姉様が料理を覚えるなら、私も覚えたい。少しでもみんなに恩返しができるなら、努力を惜しむつもりはない。

 頼りにされるのが嬉しくて、エマさんは頬を紅潮させた。


「勿論です! そういえば、キキちゃん。なにやら嫌いな食べ物を無理やり食べさせられそうになって逃げだしてきたということですが、嫌いな食べ物とは何でしょうか。あ、もしもこの中にそれがあったら残して下さって構いませんからね」


 エマさんは話しの引き出しをそっと開けようとする。

 それは開けるともぞもぞとしたものが湧いて大変になる引き出しです!


「その話しは今はやめたほうが……」


 小さな声でウォルフさんが呟く。嬉しい時にぴこぴこ動くウォルフさんの耳もしょんぼりしてた。

 キキちゃんの反応やいかに。


「う~ん、と。はい、あとでお話しします」


 よかったー。空気が読める子でよかったー。

 ご飯時に昆虫食(そんな話し)をされたら食欲が失せてしまう。

 慣れてる人とかならともかく、少なくとも私たちにそういう文化はない。肉と野菜、時々川魚と言った食生活が基本の我々には刺激が強すぎるのです。

 今思い出しても信じられない。それこそピラフに入った小エビがうじ…………いや、やめておきましょう。

 考えてはダメよガレット。

 ヤヤちゃんの言葉を思い出してはダメ!


 と、考え始めると余計に意識してしまい、結局この日の小エビをウォルフさんに食べてもらってしまいました。

 残したエマさんからは何が悪かったのかと本気で心配されてしまう始末。

 違うんです。

 エマさんは何も悪くないんですっ!


 ご飯も食べ終わって小休憩にトランプをしていると、寝間着を持ってきたヤヤちゃんが呼び鈴を鳴らし、ウォルフさんが応えて外に出た。

 寝間着をソファーの上に置き、なぜかもう一度玄関に戻ってキッチンへ入る。

 冷凍庫の扉を開けて素早く閉めた。奇妙な行動をしているなぁと疑問に思うも、特に気にしなかった私は、お風呂上りになんの気なしにウォルフさんの行動を追うことにしてみる。


 もしかしたらヤヤちゃんから何か差し入れがあったのかもしれない。だとすれば、ウォルフさんの性格からすれば隠しておくようなことはしないはず。

 個人的な要件だったのかな。そう思うと開けないでおいたほうがよいだろうか。

 もしやチョコレートのスイーツか。それなら独り占めしようと画策してる可能性はある。


 しかしこういう、『開けないでおいたほうがよいだろうか』と考える時点で、心は行動を起こす準備をしているものです。なのでやっぱり開けてしまいました。

 そこには真空パックに入った10本のソーセージ。

 銘柄とかは入ってない。無地のパウチであることから察するに自家製だろう。


 不意に記憶がフラッシュバックした。

 ヤヤちゃんの言葉。

 キキちゃんの絶叫。

 ウォルフさんの不審な挙動。

 冷蔵庫に隠された自家製のソーセージ。


 いやまさかそんなまさかいや…………ありうる。

 懇切丁寧で大人の礼儀を忘れないヤヤちゃんならありうるッ!

 …………これは見なかったことにしておこう。


「ガレットお嬢様。見てしまわれたのですね」


 まさかの使用人口調。絶望を目の当たりにしたが如きウォルフさんの据わった眼。

 これはパンドラの箱をやってしまったやつ。


「ウォルフさん……ッ! これは、その……つい気になってしまって」


 沈黙の時間が流れ、お互いがどうしてよいかわからず無言の応酬が始まる。

 悪いことをしてるわけでもないのに。いや、彼女の親切を無碍にしてしまったという点に関しては、罪悪感を感じないでもないけれど。

 それにしてもこれをどうするべきなのだろうか。

 食べたくはない。

 しかしヤヤちゃんの厚意をゴミ箱に捨てるわけにもいかない。


「お嬢様。これは、これは私がなんとかします。なのでお嬢様は、見なかったことにしてください」

「だ、だけど……●●虫を使ったソーセージなんて食べたらお腹壊しちゃうよ!?」

「大丈夫です。あたしはこう見えても、ずっと頑丈にできてるのでっ!」


 あぁ、なんて輝かしい笑顔なのだろう。

 これが死地に出向き、二度と帰ってこられないことを分かっていても、信じてくれる人に向ける勇気ある姿なのだろうか。

 それ以上、私はもう何も言葉を発することはできなかった。

 ただ目に涙を浮かべて、ひとつ首を縦に振ることしかできない私を、どうか許して下さい。


 その夜、一筋の光を放ち消えて行った流れ星の美しさを、私は生涯忘れることはないだろう。

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