異世界旅行2-5 旬には少し早すぎて、だから今から待ち遠しくて 53
どうしたんだろう。ピッツァを食べる手が止まってる。不思議そうにして、彼らはハティさんの挙動を待つ。
しばらくして、ハティさんは思い出したようにゆっくりとピッツァを咀嚼した。暁さんへの返答はない。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ…………ごっくん」
ごっくんしたのち、遠い目をして青い海の青い空の果ての宇宙の果ての曼荼羅を見つめるように黙ってしまった。
「ここまでの反応とは……」
ペーシェさんが呟いて、私も同意した。
「そんなに嫌なんだね。いったいなにがあったんだろう……」
諦めるわけにはいかないシェリーさんは暁さんに相談する。
「クロにベルンで暴れられるわけにはいかないから、なんとしてもハティに協力してほしい。しかし、この様子だと相当無理そうなんだが」
「なんとかしないと、レオさんの武器のようにサイレントにいらんことされますよ。どうにかして説得しないと」
呆然と立ち尽くす二人をよそに、子供たちはきらきらした瞳を私たちに向ける。
「すみれお姉ちゃん、ペーシェお姉ちゃん、一緒にご飯食べる?」
クレアちゃんがランチを誘ってくれた。でももうお腹いっぱいだし、今はそれどころではないので今日は断ろう。
「誘ってくれてありがとう。でも今日はお昼ご飯を食べてきたからお腹いっぱいなの。ありがとうね」
ペーシェさんもそれどころではないので断りを入れながら、よかったらと言って持参したものを子供たちに渡す。
「今度またお昼ご飯を一緒にしよう。今日はこれをあげるね。スイーツにも料理にも使える秘密道具なのだ♪」
ペーシェさんが取り出したのは真っ黒な液体の入った瓶。
秘密道具と言われてわくわくした子供たちのテンションが天から地へ落ちていく。
見るからにおいしくなさそうな謎の液体。エリストリアさんもメアリさんも、オリヴィアさんも怪訝な表情を見せる。
中身はおいしくとも、見た目が悪いとこんな反応になるのは仕方ない。だってすっごい黒いんだもん。
でもこれはいいやつなので、ぜひともシャングリラでも使っていただきたい。彼らの気持ちを察したペーシェさんが子供たちを安心させようと黒い液体を舐めてみせる。
「ほら、大丈夫」
と、言われても困るという顔をされてしまった。
ペーシェさんが指示した矛先はオリヴィアさん。ハティさんをのぞくと彼女が最も年長者。
「ぐ、ぐぬぬ……それではちょびっと、ほんのちょっといただきます」
人差し指に直径1ミリの水滴を乗せて口に入れる。
するとどうでしょう。地に落ちた気持ちは天にも昇るような高揚感へと大変身。
「あまああああああああああああああああああああああああああああいっ!」
「「「「「甘いのっ!?」」」」」
黒くて甘いものを見たことも食べたことも聞いたこともない彼らはびっくり仰天。目を見開いてペーシェさんの持つ黒い液体の入った瓶を凝視する。
続いてエリストリアさんとメアリさんがぺろり。
「「あまああああああああああああああああああああああああああああいっ!」」
絶叫である。
甘いのは当然です。だってこれ、味醂だから。
この様子だとシャングリラには味醂はないらしい。
以前に厨房に入ったことがある。たしかに味醂はなかったなあ。
味醂があれば、いろんな料理のクオリティが上がるのだけど。シャングリラでも稲を栽培できるかな。肥沃な土地だから作れたらいいなあ。気候とかはどうなんだろう。小麦の栽培をしてるから、もしかするとお米も作れるかもしれない。
倭国人として、お米のある世界は嬉しいな。




