結構です 1
今回はキキがヤヤの料理を嫌がってお隣さんに一泊するお話しです。
嫌いなものを押し付けられると人は逃げます。当然です。嫌いなんですから。我慢しろっていわれても無理なものは無理です。嫌いなんですから。無理やり嫌いなことをやらそうものなら心にしこりが残るもんです。嫌いなんですから。
嫌よ嫌よは超嫌いです。
以下、主観【ガレット・ヘイズマン】
すみれさんとアルマさんと、またねと手を振って扉を開けてただいまを言うと、リビングからおかえりさないの言葉が返ってくる。
普通の家庭の普通の光景。お屋敷にいた頃は、ただいまを言う前に、きちんと身なりを整えて待ち構える使用人に『お帰りなさいませ、お嬢様』と完封された。
ここではそんなことがない。
自分の言葉でしっかりと相手に気持ちを伝えられる。
それは当然の挨拶のひとつ。だけど、私にとってはグレンツェンに来て、非日常的な嬉しい出来事なのです。
お屋敷にいた頃は外に遊びに出ることもままならず、1日の殆どは家の中。
時折外出する機会はあれど、あんまり自由に行動できたことはない。決められた時間に人に会い、食事をして、お決まりの世間話。まるで操り人形のような人生。
でもそれでいい。それでいいのだ。
私の名はガレット・ヘイズマン。
その名は亡きヘイズマン家の次女の名前。
私は義父と義姉の心を慰めるための養子である。
朧げな記憶の中では、かつてある修道院におり、ガレット様に容姿がそっくりな私は養子に迎えられて今に至るのです。
ティレットお姉様たちと出会う前の記憶はとても曖昧。だけど、お姉様もエマさんもウォルフさんも、そして私に手を差し伸べて下さったヘイズマン家当主様の笑顔が、思い出せない過去など気にもとめないほど輝かしく未来を照らしてくれた。
だから大好きなお姉様に甘えることだってできるのだ。もし本物のガレット様がご存命であれば、彼女の腕に抱かれるのは本当の妹だった。そう考えるとうしろめたさもあるけれど、ティレット様の笑顔が本物だと信じているから、私も心の底から笑っていられる。
天国にいるガレット様だって、姉の幸せな姿を見て喜んでるに違いない。
彼女と彼女の愛する人々を笑顔にする。
きっとそれが私の生まれてきた意味なのだ。
夕食を作りながら今日の出来事を振り返る。
それが毎日の日課。とても楽しい時間です。
「それでですね、ダーインさんったら自分は元々天使だなんておっしゃるんです。本当に面白い方ですよね」
「ガチムチ天使って。ハイジがいたら血の海になっただろうな」
「あの肩幅で白い羽が…………ッ! 想像しただけで笑いが」
「男性の天使が筋肉質だとしても、ダーインさんの筋肉はあまりに張りすぎですね。壁画で見られるのはどちらかと言うと細マッチョですし」
「あとあと、すみれさんの故郷は星がすっごく綺麗に見えるそうで、とっても明るいらしいです。それにお星様同士がおしゃべりしてるんですって。どんなお話しをしているのでしょう」
「きっとサンタさんが配るプレゼントの相談をしてるんだよ。ほら、サンタさんは良い子のところに贈り物を届けに行くって言うだろ。お星様が空から子供たちを見て、サンタさんに良い子が誰かを伝えているのさ」
「っ!? なんてことでしょう。ということは夜はずっと見られているのですね。気を付けないと」
「夜中だけでなくて、日中もですよ。昼間は太陽の光に隠れて星の瞬きは見えませんが、星々はいつもそこにいるのです」
そっか。そうだった。となれば一時も油断はできない。
そう思うと、自分の行いが善良なものでないか気になってしまう。
そわそわしていると、お姉さまは大丈夫と笑って頭を撫でてくれた。
「それじゃあ、ずっと良い子でいないとね」
「はい、お姉様っ! そういえば、ウォルフさんのところにはサンタさんからプレゼントが配られたことってなかったような。あ、すみませんっ!」
うっかり失言。悪気があったわけじゃない。
ウォルフさんは笑って堂々と胸を張った。
「あたしはもう大人だからね。子供を卒業した大人のところにはプレゼントは配られないのさ」
ウォルフさんは大人!
ということはっ!
「というと、もしかして、その……殿方と………………ちゅ、ちゅ~したりという経験があるのですか?」
「ん? んん~~…………それは内緒」
はぐらかされると余計に気になるじゃないですか!
「そうね。この話しはガレットには少し早いかもしれませんわ。なので後で、エマと一緒に詳しい話しを聞かせていただきましょう」
まさかの仲間外れ。私だってもう14歳。今年のクリスマスで15になる。
歳がひとつ違うだけでお酒が飲めない。恋バナにも踏み込めない。
たった一段の差にどれほどの価値があるというのでしょうか。ちょっと不機嫌になっちゃいます。
私の気持ちも知らずにエマさんは、ウォルフさんを流し目で見て楽しそうな声色である。
「えぇ、そうしましょう」
「ちょ、エマまで悪ノリしないでくれよ」
3人は冗談交じりに笑っていた。男女の交際に興味津々の私は本気で気になる。
ちゅ~の経験はないけど、あるようなことを言ってるのか。
本当に経験はあるのか。
あるのだとしたらどこでどんなふうに知り合って、どこの誰とどこまできゃあぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!
どうやら私にはまだ時期尚早のようだ。今年のクリスマスには15歳を迎えて成人する。その時に聞こう。その時になったら、図書館の禁じられた部屋へ足を踏み入れに行きましょう。
桃色な妄想を膨らませながら談笑に耽っていると、この時間には珍しく呼び鈴の音が響いた。
宅配屋さんかな。でも何かを頼んだ記憶は誰にもない。
インターホンに手をかざすと、そこには誰かの頭頂部が現れた。見覚えがある。誰だろう。
涙を振り絞って、助けてと叫んでるではないか。この声はキキちゃんのものだ。大変だ。何が大変かは分からないが大変だ。すぐに出迎えねば。
戸を開けるなりガッと掴んでハグされた。何事かと困惑しながらも、自分より小さい子に抱き着かれるのは悪い感覚ではない。むしろいい。
周囲にはいつも年上のお姉さんやお兄さんしかいなかった。永遠の妹キャラ。そうあるべきだと思った私の目の前に、転機が訪れてるのかもしれない。
私が姉。まさかの姉キャラへジョブチェンジの兆し。
なぐさめながら抱き寄せてみると、小さい体から伝わってくる妹の温もり。これが姉の気持ちか。すごくいいっ!
「どうしたんですか? 何かあったのですか?」
「ヤヤが……ヤヤがご飯を食べさせようとしてくるのぉ~っ!」
キキちゃん、号泣。いったいどんな料理なのか。
「ご飯を食べさせようとしてくるって? それ、普通じゃね?」
ウォルフさんが私の背後で首をかしげた。
「ふぅつぅうのご飯じゃないのぉ~~~~っ!」
普通のご飯じゃないとは、いったいどんなご飯なのだろう。
すみれさんとハティさんがヤヤちゃんの料理を絶賛した時の記憶を思い出すと、奇抜で独創的だが総じて美味とのこと。
暁さんの話しでは、ハロウィンの出店で素揚げした蜘蛛を水あめに閉じ込めた蜘蛛飴を製作。立ち寄った人々を絶叫の渦に巻き込んだそうな。
しかし、すみれさんの話しではカロリーと夢と砂糖の爆弾スイーツを朝食で作ってもらって絶品だったと聞いている。
画像を見せてもらった。めちゃくちゃおいしそうだった。
チョコレートが好きなウォルフさんの食いつきは凄いものだった。
矢継ぎ早にヤヤちゃんが登場。泣きだして家を飛び出したキキちゃんを追って現れた。
姉の説得に応じる様子もなく、私の体をがっちり掴んで離さない。地団太を踏む妹もかわいい。
もう少しこのままでいさせて。
ヤヤちゃんには悪いけど、もう少しだけこのままで。
「まったくもう。せっかくリンさんが作ってくれた料理なのに、おいしく食べてあげないとリンさんが悲しむよ」
ぷんすこするヤヤちゃんもかわいい。
「キキちゃんが普通のご飯じゃないって言ってるんだけど、ちなみに今日の晩ご飯は?」
ウォルフさんが当然の質問を投げかけた。
そしてヤヤちゃんの口から、不自然な言葉が聞こえてくる。
「じゅわっと蜂の子ご飯、蛇肉のぷりぷりスープ、蛆虫のジューシーソーセージ、メインは蛇肉の蒲焼き入りシャキシャキ野菜炒めです。どれもリンさんイチオシの絶品料理なのに」
「イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
キキちゃん大絶叫。
アンプのようになった私の体が、キキちゃんの声で震えた。
耳を疑ったウォルフさんが聞き直す。
「はち……………………なんだって? すまないがもういっぺん言ってくれないか?」
「じゅわっと蜂の子ご飯、蛇肉のぷりぷりスープ、蛆虫のジューシーソーセージ、メインは蛇肉の蒲焼き入りシャキシャキ野菜炒めです」
「…………聞き間違いじゃなかった。ちなみにその、3つ目はなんだって?」
「蛆虫のジューシーソーセージです」
「ん、んんーー……聞き間違いじゃなかったーー…………」
今日ほど耳がおかしくなったのではないかと疑った日はない。
なんと隣の食卓、昆虫食。爬虫類もあるけど。
昨今では、良質なたんぱく質と必須アミノ酸を備えた健康食品として注目される分野として勇名を馳せる昆虫食。
滋養強壮に効くと言われ、スッポンを筆頭に蛇やトカゲなどの爬虫類食。まさかこんな身近に存在していたとは。
ともあれ姉は手練れでも妹は不慣れな様子。絶対食わぬと私の体を掴んで離そうとしない。
そんな彼女を私ごと家へ連れ込もうとする姉の豪胆さたるや、これが姉力か!?
いや、負けるなガレット。覚醒した私の姉力を見せるのだっ!
「ま、まぁ……無理やり食べさせようとしても逆効果ではないでしょうか。ここは落ち着くまでキキちゃんを預かりますので、今日のところはひとまず、ひと晩、我が家でお泊りしてみるというのはどうでしょうか。時間が経てば落ち着くと思いますし」
キキちゃんをぎゅっと抱きしめながらヤヤちゃんに提案。
彼女は眉尻を吊り上げて、社会的に正しい言葉を繰り出してくる。
「しかしそれでは、ガレットさんたちにご迷惑をかけてしまいます。それに、好き嫌いをしていたら大きくなれません。エレニツィカさんやミーケさんのようなナイスバディになるのでしょう?」
「イィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!」
キキちゃん、なにがなんでも嫌みたい。
「そんな大きな声を出していたらご近所様に迷惑でしょう!?」
その元凶はヤヤちゃんなんだけど。
仕方ないな、と、ウォルフさんが提案。
「それ、好き嫌いをするかしないかの次元の話しなのだろうか? とにかく、嫌なものを無理強いしても逆効果なのは間違いない。今日のところは折れてくれないか。でないとガレットが圧死してしまいそうだ。なぜだか幸せそうな顔でいるけれど」
「ぐぬぅ。分かりました。今日のところはウォルフさんとガレットさんに免じて目をつむることといたします。しかし本当にお泊りをしても良いのでしょうか。ご迷惑では?」
さすがヤヤちゃん。10歳なのにそこまでの気配りができるとは恐れ入る。欲を言えば、妹の涙を優しく拭ってあげる方法を見つけてほしかった。
後ろで話しを聞いていたお姉さまが登場。
なんなら全員一緒に泊まっていかないかという勢いすらある。
「まぁお泊りしてくださるの? えぇえぇ一向に構いませんわ。毎日でも良いくらいですわ」
「ティレットさんがそうまでおっしゃるなら。あとで着替えを持って来ますので、どうかキキをよろしくお願いいたします」
渋々といった様子で引き下がるヤヤちゃんを見送って、抱っこちゃんと一緒に部屋に戻る。
足を引きずりながらえっちらおっちら。なんというか、ふてくされる妹もかわいい。かわいらしい妹ができたようで楽しいな。
ティレットお姉様も私がこんな風に駄々をこねたら、今の私のような感情が顕れるのだろうか。
それはアレだな、エイプリルフールの日に普段、嘘を吐かない人が嘘を言ったら、みんなが大騒ぎをして大変なことになるやつ。
うん。私は私の甘え方でいこう。




