昨日と同じ今日は来ない 1
今日は昨日の繰り返しです。
だけど昨日と同じ今日は来ません。深淵なテーマですね。当然なはずなんですけどよく勘違いしている人がいて困りもんです。
作者がスーパーでバイトをしていた時、『昨日は2Lのペットボトルの水を売ってたのに、なんで今日はないんだ!』と叫ばれたことがあります。
『昨日分も今日の発注分も売り切れだからだよ!』と言いかけましたがなんとか飲みこんで当たり障りのない返答をしました。しかし、とにかく水が欲しかったのか、昨日と同じ今日が来ると思い込んでいるのかは分かりませんが異様に食い下がられてしまいました。
結局、後ずさるようにして不満をまき散らしながら消えて行きましたが、もう本当に勘弁してほしいものです。無いものねだりをされても、無いものは無いのでなんともならんのです。
今回はそんなお話しではありません。
以下、主観【小鳥遊すみれ】
メゾン・デ・エキュルイュはチャレンジャーズ・ベイの北東にあり、最も古い工房の1つとして数えられる。
ステラ・フェッロと同じく、オーダーメイドの商品が主流。高級家具から大量生産される生活用品の設計まで、時代と共に仕事を拡大させ、同時にその名を世界へと広めた巨大企業。
各国にも支部が存在していて、グレンツェンの工房はその老舗。
職人が腕を振るう作業場と、ワークショップ兼商談室として設けられている建物の2つに分けられており、今日は商品の搬入の後、打ち合わせを行う流れなのです。
訪れたワークショップスペースの扉を開くと、まず目に飛び込んでくるのは壁一面に張り付けられたタイルの山。カラフルでキラキラと輝いていてとっても素敵。
似た色でも材質の違うものは質感も触り心地も全然違って面白い。
1つとして同じものがないというそれらは、今代まで彼らが仕事をしてきた歴史の積み重ね。
人々の目を楽しませるという効果のほかにもうひとつ、子供たちを夢中にさせるという目的もあった。
商談を行うのはあくまで大人。しかし子連れの親としては子供を家に置いてきたり、連れて来たならばじっと待たせなくてはならない。
だから何かに夢中になるものを用意して、子供の好奇心を飽きさせないという工夫である。
さらにこれを見た子供たちが、将来は職人になりたいと興味を示してくれれば、まさに大喝采。期せずして有望な職人の育成を促すことに成功するというわけなのです。
実際、この景色の美しさに魅せられ、職人を夢に見て、ここで働く人も少なくないのだそう。
「どうよこの景色。壮観だろう?」
その1人が大手を振って胸を張る。
若手職人のエリザベスさん。自慢の宝物を披露する子供のような笑顔が素敵。
「凄いです。とってもキラキラしてます!」
私は三色髪を揺らして上へ下へと首を振る。
「これ、触ってみてもいいですか。わぁ、このつるつるのタイル、艶やかで素敵な感触です」
ガレットさんが壁一面のタイルに吸い込まれるように張り付いた。
牧歌的でありながらも神秘的な景色にひと目惚れ。
エリザベスさんはセールスチャンスと睨み、ガレットさんに声をかける。
「よかったら今度、直売所に行くといいよ。カバンにかけるおしゃれな木製キーホルダーも売ってるからさ」
「今度見に行ってみますっ!」
「素敵な出会いを祈ってるよ」
エリザベスさんの言葉を聞いて、ヘラさんが郷愁に心をひたす。
「ここに来ると、子供の頃の記憶が蘇るわぁ」
「随分とお転婆だったって聞いてますよ」
「あらぁ~、そうなのぉ~?」
ヘラさんはとぼけた様子で首をひねる。
子供の頃のヘラさん。見てみたいです。
ヘラさんがお転婆と思えないエマさんが少し驚いた。
「そうなんですか。想像もできません」
「ま、私も歳をとって大人になったっていうことよ。あ、ダーインくんとベレッタちゃんが来たわ」
疑問に思うエマさんの言葉を一蹴して話しを逸らした。
あまり突っ込まれたくはないようだ。
挨拶もそこそこに、段ボールに入れられた商品を持ってキッチンへ向かう。
箱の中には昨日貰った素敵な食器がぎっしり詰まってるのかと思うと、まさに宝箱を抱える気分になった。
配られたのはスプーンとフォーク。だけど販売される分にはお皿もあるという。
試作品の長皿を見せてもらった時には心がときめいてしまったものだ。青と白のグラデーションが美しい、まさに自然が作り上げ、人が鍛えた芸術品。
絶対に1つは欲しい。あと、キキちゃんやヤヤちゃんたちの分も。それから故郷で過ごすおばちゃんたちと、まだ見ぬ両親の分も用意しておきたい。
いつかみんなで食卓を囲む日を胸に描いて笑みがこぼれてしまう。もしもそんな夢が叶ったのなら、どんなに素敵だろう。どんなに心躍ることだろう。
陰ながらに育ててくれたお父さんとお母さんにいっぱいいっぱい甘えて、それからたくさんのありがとうを言うんだ。
楽しみだなぁ。手紙の返事はまだ返ってこないけど、きっと忙しくしてるんだろうなぁ。
「すみれさん、どうしたんですか。何かいいことがあったのですか?」
エマさんが楽しそうに微笑みかけた。
「えへへ、もうずっと幸せなんだ。みんなと出会えて、こうして何かに一生懸命になって、誰かのために頑張って、毎日毎日幸せなの」
「すみれさん……ッ! えぇそうですね。私もグレンツェンに来て本当に良かったです」
「わたしも、わたしもだよ。みんなと知り合えて本当に良かった。本当にありがとう」
ベレッタさんもエマさんも同じ気持ちだったんだ。嬉しいな。
「俺も俺の筋肉も毎日ギンギンに喜んでるぜぇ? 正直、ここまで刺激的な日々が送れるとは思ってもみなかったぜ。それこそお祭りが終わっちまう日が来るのかと思うと、残念なくらいにな」
ダーインさんは相変わらずのマッチョボディ。筋肉も喜んでるみたいでよかったです。
「ふふっ。みんな本当に楽しそう。私ももっと関われたら良かったんだけど、それだけが残念だなぁ」
仕事が忙しいヘラさんは様子を見にくるだけ。叶うなら、一緒にキッチン・グレンツェッタを楽しみたかった。
「本番3日間のご予定はどうですか。せめて1日だけでも時間を共にできれば嬉しいです」
エマさんも同じ気持ち。懇願するように両手を胸の前で握りしめる。
しかし期待叶わず。ヘラさんの肩が下がる。
「それなんだけど、やっぱりスケジュール的に難しそう。2日目はベルンから国王様たちもいらっしゃるし、私は市長と街の警備責任者を兼ねてるから、その両方で手一杯。企画したのに放りっぱなしでごめんね」
「そうですか、それは残念です」
「来られないんですか!? はぁ、残念ですぅ」
エマさんもガレットさんの肩がしぼむ。
「ヘラさんが忙しいのはみんな承知していますから。それにヘラさんがお仕事をしてくれるから、わたしたちは安心して暮らせるんです。本当にありがとうございます」
ベレッタさんが優しく微笑んでヘラさんに軽くおじぎをした。
「そうです。ヘラさんのおかげでみんなと出会えました。ありがとうございますっ!」
私は感謝の言葉とともに、頭が地に着きそうなほどのおじぎを炸裂。
「そう言ってくれると助かるわ。ありがとう」
満面の笑みで真心を向けてくれるヘラさんに心の底から感謝が湧き上がる。彼女に誘われてなかったら、いまだに友達作りにあくせくしたに違いない。
私は本当に幸運だ。素晴らしい出会いに恵まれたと実感する。
人との繋がりを大切にしていこう。
そしてもっともっと広げるんだ。
グレンツェン中の人たちとお友達になりたいな♪
石畳の上を宝物を乗せた台車がガタンゴトン。ガタンゴトン。
多くの人が歩んだ道を私たちも重ねて歩く。
日に日に暖かく感じる風が頬を撫でる。
四季の中で微睡むことの喜びを教えてくれる春の香りが鼻をくすぐった。
快晴の空を仰いで、私はやっぱり微笑むのだ。
素晴らしきかな、人生っ!




