Oh! なんと楽しい日和かな 4
現れたるは黄金に輝く立方体。鈍く柔らかく輝くそれは本当に質がいいからこそ放たれる気品さと荘厳さを併せ持っている。
加工される前の純粋な姿。例えるならば、生まれたばかりの赤子が産湯につかり、真っ白な布に包まれ、すやすやと眠りについているようなそんな感じ。そんな感じの純度99.999%の純金塊。
神々しい輝きを放つそれは、人間の欲望を誘う魅惑の瞳。
それだけでも唖然として顎が外れそうだと言うのに、次に取り出したそれはもう心の中で絶叫してしまいそうになる艶やかさを誇る水晶。
ただの水晶ではない。どうやって生まれたのかは分からない。台座は自然のままに成長を遂げた金の結晶。多面的に広がって自然的に得たエッジは、光の当たり方次第で目が潰れてしまいそうにキラキラと瞬いた。
驚くべきは金に乗っかった水晶。芸術的に刻まれたクラックは水晶の中で光を何度も屈折させる。
白く濁ったスモークは天然物の証拠。
そこにさらに、どうやってか、金の粒子がスモークの中で舞い上がり、花吹雪のように煌めいた。
花のように広がった水晶。花びらの中には金の花吹雪と朝霧の幻想的な風景が閉じ込められている。
萼は切頭八面体の金の結晶。光の当たる黄金と影になる黒色の部分が金属的なコントラストを描いていて、いつまでも見ていられるような魅力を備えてる。
まるでお互いがお互いを活かし合い愛し合うかのような情景は、人の目指す憧れの1つに違いない。
見惚れるも束の間。いつの間にか並べられる鉱物の山を眺めて目が覚めた。
これはアカンやつなんだな!
宝石に関しては素人。だけど、ユカが目を爛々と輝かせるところを見ただけで分かる。これらは全て本物だ。しかも超一級の宝石群。金銭感覚どころか鉱物の価値も知らないとは恐れ入った。
本当によくそんなんで生きてこられたな。ボクが見ず知らずの商人だったら、丸め込んで宝物たちをせしめてしまうところなんだな。
とにかく仕舞ってくれと、理由は後で説明するからと言うと素直に従い、まるで消しカスをまとめて床にばらまくが如く雑な扱いでポケットの中へ流し込んでいく。腕をワイパーのように使って袋の中に流しこむ。
その光景に卒倒しそうになるユカは正気を振り絞り、ボクの気になっていた金吹雪の水晶を奪い取った。
「やめてーっ! もっと大切に扱ってっ!」
激しく同意である。一喝を受けたハティさんはひとつずつ丁寧に袋詰めしていった。
それでもユカの表情は険しい。本来であれば、専用の化粧箱に箱詰めする代物。それを乱雑に、他の鉱石と鉱石がぶつかるかたちで収納されていく。他人の持ち物とはいえ、宝石商の娘としては胃の痛い思いだろう。
痛烈な現実から逃避するように、護り抜いた奇跡を手のひらに乗せて鑑賞する。
「金紅水晶。ではないですよね。張り付いているコレは本物の、しかも天然の成長で得た金結晶。どうやら水晶の底のクラックの部分に金が入り込んで、水晶と金の成長とともに細かい粒子だけがスモークの中に紛れ込んだようです。あぁ~~~~、それにしてもなんて美しいのでしょう。こんな自然の芸術、見たことがありません。金の結晶は多面的で美しく、これほどはっきりとエッジがついた物は自然界では超希少種です。水晶も綺麗なクラックが入っています。特筆すべきは金の花吹雪に霧のようなスモークが重なる芸術的な風景。水晶と金が自然に1つになった例は前代未聞です。しかもリンゴ1個分ほどの大きさ。奇跡です。これは奇跡の産物ですッ! 数多の宝石を見てきましたが、これは値段が付けられないほどのものですッ!」
「マジで!? たしかに綺麗だけど、それほどのものなの?」
「わたしの知る限り、こんな姿の金と水晶の一個体は見たことも聞いたこともないよ。間違いなく、唯一無二の存在だね」
マジか。貴族相手にも商売をする両親の元、小さな頃から貴石の知識を吸収し続けた彼女がそう断言するのだから間違いないのだろう。
眺めるだけで精神が変質してしまいそうになるソレを見ながら思った。
これほどのものをランチの支払いに充てようとしたハティさん、怖っ!
ホラー映画のモンスターも真っ青ですわ。
これは読み書きよりも早急に覚えなければならないことがありそうだ。
♪ ♪ ♪
ところ変わってハティさんたちが住まうシェアハウス。
家には昼食を済ませてお昼寝を楽しむキキちゃんと、さっそく晩御飯の下ごしらえをするヤヤちゃんの双子ペアが残っていた。
すみれはゆきぽんのマイハウスを手に入れるため、そしてガレットとエマと一緒に修道院の子供たちに販売してもらう工芸品の様子と手順を受けるため、メゾン・デ・エキュルイュに出かけているそうだ。
アルマちゃんは昨日のせめてものお礼にと、キッチンで出す料理の仕込みの手伝いをしてくれている。
ことのあらましを説明すると、ヤヤちゃんはそれは助かると両の手を叩いて椅子を引いてお菓子まで出してくれる器量は少女のそれとは思えない行動力。ここに来るまでは暁さんの隣でカバン持ちをしていたらしく、彼女の目の前で社会勉強をしたとだけあって優秀のひと言。
宴会の際にもちょくちょくそういう姿を見て感心した。本当に素晴らしい。
ペーシェはすみれを妹にしたいとしきりに言う。
ボクはキキちゃんとヤヤちゃんを妹にしたい。元気いっぱいで笑顔がかわいいキキちゃん。冷静で気の利くヤヤちゃん。
どっちも見てるだけで胸がきゅんきゅんしちゃうんだなぁ。
きゅんきゅんしちゃう妹的な存在に、ドキドキしたお昼の出来事を話すのは忍びない。
忍びないけど黙っておくわけにもいかない。
ヤヤちゃんを呼び出して話しをしよう。
「えっと、それで私にお話しとはどんな要件でしょうか。わざわざハティさんたちに聞こえないようにということは、彼女に関して何かありましたか?」
「今日ね、一緒にランチをした時なんだけど――――――」
買い物の仕方。
鉱石の価値への無知。
1時間程前に起こった出来事をありのままに話し、自分なりの対策を述べると、二つ返事で賛同し、同時に謝罪と感謝まで述べるのだから頭が上がりません。
とりあえず最優先は、暁さんから持たされたという現物資産の凍結。あんなものをほいほいと人目に晒したら命がいくつあっても足りはしない。
現にユカがずっと手の中に収めて離さない金吹雪の水晶は、横を通る人々の視線を奪って仕方なかった。
いつ誰がどこで強奪に走るかひやひやしたものだ。
今ここにいるのは奇跡かもしれない。
あとのことはヤヤちゃんに任せておけば万事うまくいくでしょう。
なのでボクは当初の目的通り、ハティさんの読み書きの手助けといきますか。
「で、どんな感じ? アルファベットをなぞって書くのは終わったところかな?」
「ううん。今は鉛筆の持ち方から教えてる」
そこからかぁーーーーーーーーーーッ!
声には出さなかったが態度に出てしまった。
だってまさかでしょ。鉛筆の持ち方が分からないってまさかでしょ。
巨大な津波を氷漬けにしてしまうほど魔法に精通してるのに、子供でもできることが未就学だなんてまさかでしょ。
と、とにかくスプーンを持つのと要領は同じなわけで、言葉で説明して行動で示し、真似させればできたできたとお祭り騒ぎ。
騒いだついでに、小枝が折れるような小気味よい音が聞こえた。握った鉛筆が折れている。
指圧っ!?
指でつまんだだけで折れよったわ。
どんだけなんだな、ハティさん。
規格外すぎるんだな。
しかも、大丈夫と呟いて時間逆行と掲げたならば、折れた鉛筆の時間を巻き戻して元に戻した。なんかわかんないけどそんな凄そうな魔法を鉛筆の修復のために使うのやめてくんない?
てか、修復じゃなくて時間操作系の魔法とか、ほんとなんなのこの人。
大賢者か、それとも英雄王か!?
神の御業を当然のようにやってのけるハティさん。
もうつっこんでいたら体中の水分が枯れ果ててしまいそうなのでスルーしよう。ボクに残された選択肢はそれしかない。
気を取り直して勉強スタートなんだな。




