異世界旅行2-4 世界は驚きの宝箱 29
あつあつのうちに食べきるも、隣のベレッタはフォークとナイフを握りしめたまま動かない。もしかして鹿肉は苦手なのだろうか。癖がないから、鹿肉が嫌いっていう人って見たことないな。
「どうしたの、ベレッタ。鹿肉が苦手?」
聞くと、彼女は眉間にしわを寄せて嫌な想像を打ち明ける。
「いえ、もしかして、この鹿肉って、紅葉狩りの時に見た鹿の親子なんじゃないかって……」
「いや、それはさすがに考えすぎでしょ……」
「そうだよー。よくわかったね」
「「……………………え?」」
あっけらかんとした声を出したのは秋紅もみじ。
平然とことの顛末を語る。
「野生の鹿を発見したから、猟師のじいさんたちに連絡を入れて狩ってきてもらったんだ。おかげで今日の晩御飯が豪華になったぜ♪」
「……………………うッ!」
「ベレッタ!」
ベレッタは優しい子だ。くわえて言えば、動物と触れ合うことの少ない環境にいた彼女は、森に入って鹿の親子が水を飲む姿、タヌキがじゃれあう影、小鳥のさえずりを聞いては子供のようにはしゃいで自然を満喫した。
それが!
一瞬とはいえ感情移入した動物が!
食卓に上がった!
人間の手によって殺され、我々の血肉になろうとしている!
もしもベレッタが鹿を見つけなければ、今頃、鹿の親子は当たり前の日常を謳歌していたに違いない!
だというのに、自分のせいで食肉にされてしまった!
ベレッタは彼らの運命を変えてしまった現実にショックを受けて両手で顔を隠す。涙を隠す。
だが、ベレッタの様子を見たもみじは違う。
彼女は弱肉強食を地で行く世界の住人。
獣はすべからく明日の糧。己の血肉にすることに躊躇も頓着もない。
だからベレッタの気持ちが分からない。
「え、どうしたの? 気分悪いの?」
こんなことを言う始末である。
ベレッタだってバカじゃない。郷に入りては郷に従え。頭ではわかってる。頭ではわかっているのだが!
心が苦しくてぶっ倒れそうだ。
彼女の狼狽っぷりを見たアルマがベレッタの背中をさすって声をかける。
「ベレッタさん、大丈夫ですか? 無理して食べなくても大丈夫です。ほかの人に食べてもらいましょう。でも、もしも彼らのことを想うなら、命に感謝して食べてくださると彼らも喜ぶと思います」
「う、うぅ…………うん………………頑張って食べる……………………」
頑張って食べるくらいなら、おいしく食べてくれる人に譲ってもいいのだが……。
ひと口ずつ、ひと口ずつ、丁寧に咀嚼して噛みしめる。
命の重みを。ありがたみを。彼らの生きた証を。
続いての料理は鍋。5つの鍋は中身が全部違う。猪鍋。てっちり。たぬき汁。キノコ鍋。モツ鍋。
「モーツッ! アルマの分をよそってくださいッ!」
アルマの前にある鍋はてっちりとたぬき汁。モツ鍋は一番端。モツを山盛りによそってもらってご満悦の横で、またも顔面蒼白になるベレッタが!




