求めるなら与えよう 5
しばらくして、時間もそこそこにグレンツェン行きのバスに乗ったフィアナとニャニャを見送り、本題の契約へと移る。
マルタの家に残した子猫ちゃんを紹介して、この子の子守を頼むと、バストは二つ返事で快諾。
宝石にお互いの手を合わせて契約成立。まずはひと安心だ。これで心置きなく、我が家で猫ちゃんを飼うことができる。
大家さんの了解もとってある。買い取り手続きも済ませた。あとはまぁ食べさせるものとか、身の回りの道具とか、着せる服とか遊び道具を買い集めるくらいかな。
どんなものがいいかな。ペアルックにしようかな。ふふふっ。
妄想にふける私の隣でバストが子猫を持ち上げて背中をなでなで。
「おお~ぅ。生後2週間といったところか。かわいいさかりよのぅ。と言っても殆ど寝ておるのだろうが」
「はい、まだまだおねむちゃんです。これからどんどん大きくなって、いろんなものに興味を示す時期ですので、たっくさん経験させてあげて下さいね♪」
ついに我が家に子猫が!
それも大人になってからでなく、子猫の時から世話ができる。猫好きにはたまらない体験だ。
「本当に育てるのか。しかし冷静に考えると、私は猫の赤ちゃんの育て方に関する知識が全くないのだが大丈夫だろうか。それに、日中の殆どは仕事で面倒が見れないから、バストに任せきりになる。本当にいいのか? バストはウルタールの神で、そっちにも面倒を見ている猫たちがいるのだろう?」
「心配ない。分霊してるから大丈夫だ」
「「分霊?」」
分霊とは、神霊を2つに分けることを言う。2つに分けたからと言って片方が小さくなったり力が弱くなったりということはなく、全く同じ性質のものが1つ増えるというのだ。しかも無限に増やすことが可能。
なので彼女はウルタールに心身を1つ置き、ベルンに1つ置くことができる。
人間の感覚からすると、全く超常的な能力がゆえに理解が追い付かない。双子以上に同じ存在がこの世に2つあって生きている。
ナンバーワンの思想を持つ我々としては、どちらが本物かと言い争って片方が滅ぶまで、血で血を洗う闘争が起きそうなものだ。
唯一の存在を求めて争ったりしないものなのかと問うと、バストはあっけらかんとした顔をして、『なぜ自分自身と争う必要があるのか』と問い返してきた。
彼女からすると、自らの魂から分かたれたそれは別の人格ではなく、自身そのものという感覚らしい。
ケンカをしないのならそれでいい。人間の私としては、なんだかもやっとした気持ちになる。
きっと考えても答えが出ない類のものなのだろう。考えても無駄なので考えないことにした。
我々の反応にバストも首を傾げる。
彼女も人間の感覚を理解できないでいた。とりあえず補足しておこう。
「そういう超常的な能力の感性について、人間とは相容れない部分があるのは仕方がないと言ったところか。あぁそうだ。戦闘能力に期待しないようにとのことだったが、私はこれでも国を護る騎士団長で、もしもの時にはバストの力も借りたい。もし他にできることがあったら教えてくれないだろうか」
「それは有事の際には妾の力を頼ってくれると言うことかな?」
「そういうことになる。ダメか?」
懇願するように頼む。神の力がいかほどのものかわからない。だが、国を護る力があるなら手助けしてほしい。
バストは安堵して肩を落とし、優しい微笑みを返してくれた。
「ダメだなんてとんでもない。人のためになるなら努力は惜しまぬよ。それにしてもそうか。シェリーはこの国の守護神なのだな。妾は守護と護摩の神としての性格も合わせ持っておるから相性が良いな」
「守護神は言い過ぎ」
比喩表現ならともかく、彼女の言葉は言葉のままの意味。むず痒い。
「護摩ですか?」
聞き慣れない言葉にマルタが首を傾げた。
「火を用いて煩悩を焼き払い、厄払いや息災を願うことだ。ゆえに妾は眷属やそれに近しい者たちに加護を与えることができる。たとえば――――」
振り返って、野良猫を見つけると手招きをして足元に呼び寄せる。
腕を伸ばしたり肉球をぷにぷにしたりして楽しそうだ。私も混ぜて欲しい。一緒に背中をなでるくらいいいだろう。
頬を緩ませながら近づこうとすると、マルタに止められた。
清潔にでない野性の動物に触れるのは衛生上、非常によろしくないとのこと。なんというひどいおあずけ。
よく考えてみればその通りだ。どこで何に触れてるか分からない。感染症になる病原菌や害虫もいるかもしれない。
ベルンの住民は衛生観念が高く、人間にとっては比較的安全な生活が送れる。
しかし動物にとってはそうではない。特に野性となれば危険度は増す。
人間と共に過ごす動物は良い魔力にあてられることによって長命になったり、健康的になるという研究結果がある。
しかし、野良の動物は必ずしもそうではない。
環境の整ったベルンでも例外ではない。つまり、あまり触らないほが良いとされるのが一般的な見地だ。
ぐぬぅ……。
こんなにも間近に猫ちゃんがいるというのに、もふもふ出来ぬとは。
拷問か。これは新手の拷問か。
目を細めて口を真一文字に結ぶ私を見て、バストは野良猫を抱き抱えて私に近づいた。
「安心すると良い。この者には妾の加護を与えたがゆえ、他者に病気を感染すことはなくなった。しかし人間側に落ち度があると時々病気になる。いくら歯磨きをしていても虫歯になるのと同じようにな。まぁしかし、神獣化とまではゆかぬが、それなりに加護を受ければ人間に対して無害な存在になるだけでなく、個体差はあるが知能も上がるぞ。世代を重ねればカルコサのウサギに匹敵できよう。この街は龍脈が流れておるようだし、それを利用すれば、人と動物の素晴らしい関係が築けるはずだ」
「えぇと、ややこしい話しは後にするとして、とにかくこの子をもふもふしても大丈夫ということだな?」
肯定したことを確認して、私は鉄砲玉のように飛びつく。腕の中で抱っこしてもふもふ。
もふもふ。もっふもふもふもふっもふもふ。
たはぁ~~っ、これはたまらん!
もふもふのもっちもちボディは癒しの塊かっ。
そんなに気に入ってくれたのかと、バストは嬉しさ勇んでそこら中の猫を呼び集め、加護を与えてもっふもふさせてくれた。
どの子もふさふさしてる。触り心地が微妙に違ってどれもいい。
触れた時の反応も違う。
じゃれ方もそれぞれ個性があってかわいらしい。
あぁ、ここは天国に違いない。
~~~おまけ小話『いつか私も』~~~
ニャニャ「ベルンにはなぜか猫カフェがないです。なぜか!」
フィアナ「言われてみればなぜでしょう。1件くらいあってもいいのに」
マルタ「それはきっと飼い猫率が高いからではないでしょうか」
ニャニャ「にゃんここそ至高の存在です!」
フィアナ「フクロウだってかわいいですわっ!」
マルタ「フクロウカフェはありますよね。羽毛がもっふもふでふさふさです。ラックスくんも時々混ざってますよね」
フィアナ「ええ、年上のお姉さまがたにいい子いい子してもらって、いつも上機嫌で帰ってきますわ」
マルタ「まさかの年上キラー。恐ろしい子ですね」
フィアナ「おかげでとてつもない甘えんぼさんになってしまいましたわ。でもそこがかわいいのですっ!」
マルタ「ご主人様が甘やかしすぎですね」
フィアナ「ええ、彼に求められるならなんだって与えちゃいます!」
シェリー「私もこうなるのか」
マルタ「なぜそうなるの前提なのでしょう。多分こうなるでしょうけど」
ペットシッターとして精霊を呼び出そうとしたシェリーだったが、代わりに猫の神様を呼び出した。彼女の暗い過去を受け止め、猫の国を救うべく奔走するのはまだかなり先のお話し。
ともあれ、シェリーはバストと契約したことで子猫ちゃんと一緒に暮らすことができるようになったのでした。やったね!
次回は教育現場という名の戦場に挑むルーィヒ・ヘルマンが思いもよらぬ人物と遭遇し、彼女の願いを叶えるため、振り回されながらも助力するお話しです。




