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求めるなら与えよう 2

 さて、それではそろそろ呼び出すといたしますか。

 フィアナの学術的欲求と、私の猫型のペットシッターが欲しいという願望。

 そして私が宝石類に無知であるという理由もあって、この一点物のアレキサンドライトキャッツアイをためらいもなく召喚の媒体として使用する。


 彼女がベルンに来るまで料理もしたことのない超お嬢様ということは知っていた。とはいえ、さっと出してすっと渡すようなものが、まさか石1個で家が一軒買える代物だなんて誰が思う?

 【ちょっとお高い部類】の金銭感覚が所詮、一般人の私とはかけはなれているともつゆ知らず、一瞬にして石の価値を無にした私を誰が責められようか。

 触媒にした宝石はそのまま召喚獣との契約書の役割を担う。

 媒体を通して意思疎通をしたり、精霊界と呼ばれる世界から召喚獣を呼び出したり、契約主から召喚獣へ魔力供給をする道具でもある。


 物というのは誰の手に渡っても価値があるから値段がつけられる。

 しかし、特定の存在にしか効果を発揮しない代物となってしまっては大衆性を失い、宝石の価値は利用者間でのみ発揮される。

 つまり、召喚獣との契約が成立した時点で、宝石としての価値を失うと同義なのだ。


 地に刻まれた魔法陣が触媒を介し、増幅され、宝石の輝きを落とし込んだ魔力によって発光する。感嘆のため息と、期待を込めた視線が送られると、緊張感がいっそう増す。

 もしかしたら呼びかけても来てくれないかもしれない。

 そうなるとみんなをがっかりさせてしま――――あ、なんか来る。


 魔法陣の向こう側で、何かがちょんちょんとつつく感覚が伝わってきた。

 これはいったいなんだろうと様子を探るような、そんな感じ。どちらかというと小動物寄りの触られ心地。

 猫。猫が来てくれ。かわいい猫ちゃんが来てくれっ!

 切なる願いを胸に、魔法陣からぴょんと飛び出したそれは、猫!


 やったーよっしゃー最高だぁーッ!


 健康そうな大人の猫。体長30cmくらい。暗い茶色と黒い毛並み。しっとりとして上品な印象を受ける。金色の目はこちらを見据えて値踏みするように見つめた。

 そうだ、出てきてくれたとはいえ、この子に気に入られなければ契約は不成立。

 過去の歴史を振り返れば、不遜な態度をとった契約主は、呼び出した召喚獣に丸のみにされたという記録さえある。

 そもそもどうやって契約成立になるんだろう。

 会話もできない。意思疎通の手段もない。


「これ、どうやって契約成立させるんだっけ? もしかしてキスをするとか?」


 フィアナに問うと答えは否。宝石を指さして指南する。


「媒体に使った宝石にお互いが触れて、契約が成立すれば媒体に魔術回路が刻まれ、契約書に変化します。それが同意の合図です」

「なるほど。つまりこう、差し出す感じでいいのかな?」


 手の平に媒体を乗せて召喚獣の前に差し出してみる。

 とことこと歩み寄って指先までやってきて、座った。

 座ったまま、私の目をじっと見つめる。

 宝石に手を乗せて契約を成立させようとするわけでもなく、逃げるでも精霊界に帰るわけでもなく、ただただ私の目をじっと見た。

 何か考え事をしてるのか。それとも私の真価を見極めんとしてるのか。視線の中にある真意を推し量る術もなく、時間だけが過ぎ去った。

 1秒が凄く長く感じる。どうしようこの空気。


 数分もしないうちに、猫ちゃんは私の周囲をぐるぐると回り、そしておもむろに街の方へと歩いていく。

 時折振り返っては『にゃあ』と鳴いた。ついて来いということだろうか。分からないなりに解釈しながら彼女の後ろを歩いていく。


 住宅街を乱雑に歩きまわり、商業地区に入り、王宮……は素通りした。

 ティラミスの中に入り込んで、控えめにも壁の端を歩くおしとやかっぷり。きょろきょろと見上げては人の身振り手振りを追いかける。

 時々でくわす野良猫と会話を楽しんだり、飼い猫のいる敷地に入っては、一家団欒の様子を眺めた。


 私はフィアナに問いかける。


「これは精霊学的にはどういう行動心理なんだ?」

「精霊学というよりは、自分が住むであろう街の様子を見て回っているのではありませんか? 文献によると、小精霊の一部は力が弱い分、契約者に要求する魔力量も少ないので、人間界に滞在する者もいるという記録があります。あとは同族が幸せに暮らしているかどうかを見て回っているとか。詳しくは分かりませんが、実に興味深くあります!」


 なるほど、フィアナの言葉にはしっくりくるものがある。

 たしかに、同族が安心して暮らせる世界でなければ長居をしようだなんて思わない。

 特に私の場合は、子猫の教育係兼世話係として呼び寄せたわけだから、猫にとっての環境がどんなものかが気になるに決まっている。


 そう思うとこの猫ちゃんはかなり賢い。人間でもなかなかそういった細かいところまで目を向ける人は少ないだろう。

 となれば意識的にも無意識的にも猫と侮って対応すると、逆にカウンターを食らう危険がある。

 カウンター猫パンチだ。それはそれで見てみたい。受けてみたい。


 街をぐるぐると回ってお昼も過ぎて昼食にしたいのか、カフェテラスに赴いてブラックボードの前に居座った。

 気になるご飯があるのかな。召喚獣とはいえ動物であるのは間違いないのだろう。だけど、人間と同じものを食べても大丈夫なのだろうか。

 フィアナの召喚獣であるフェンリルは、契約主であるフィアナの魔力を摂取するらしく、人間が友達と共にする食事のような形式でご飯を食べさせたことはないらしい。


 動物は力の強弱で生態系や摂取する食べ物も違ってくるという。精霊にも当てはまるのだろうか。

 メニューを指さしておねだりタイム。あっちもこっちも興味をそそるのだろう。ひっきりなしに手が動く。

 動物と接する機会があまりないせいか、何をしたいのかが分からない。こうなってくると子猫を飼うという未来図に陰りが見えてくるようで不安になる。


 実家がペットショップで、自身もゴールデンレトリーバーを飼うマルタによると、ご飯が食べたいわけではなく、メニュー表で何かを伝えたいのではないかというのだ。

 そうだとするならば、この猫は人の文字が読めるということになるのだけど。召喚獣にしても賢すぎではないだろうか。

 上級種と言われるフェンリルにもできない芸当を、猫ちゃんがやってのけるだなんてありえるのか。


 逆に言えば、生き残る為に力よりも知識を優先させた種族なのかもしれない。

 猫の王(ケット・シー)ではないかとわくわくするフィアナの言葉に真実味が帯びたのは、次のマルタの発言からだった。


「なるほど。どうやらこの猫ちゃんはシェリーさんの魔力を欲しがっているようです」

「それはいいんだけど、参考までに聞くんだがなぜ分かるんだ? もし後天的に得られる能力ならご教授願いたい。是非ともっ!」

「それはわたくしにも伝授していただきたいですっ!」

「ニャニャも猫ちゃんたちとお話ししたいですっ!」


 フィアナもニャニャも動物と会話したい。人類の夢であり、動物好きにはどうしても叶えたい願いのひとつ。

 当然、マルタも習得したい。つまり、マルタは猫と会話してるわけではない。


「え~っと、猫ちゃんの指し示す単語を繋げると、『魔力欲しい』となるのです。直接お話しができるというわけではありません。期待させてしまってすみません」


 あぁ、がっかりだ。

 でもまぁそうだよな。そんな素敵な魔法か技術があるならみんなが体得してるに違いない。

 それにしても本当に賢い子だ。マジに猫の王(ケット・シー)なんじゃないだろうか。見た目は普通の猫なんだけど。

 ベルンの国王も冠を取り去って服装をカジュアルにしたらただのオッサンだしな。そういうもんかな。


 なんにせよ、このままでは埒があかない。彼女がそうして欲しいというのなら応じようではないか。むしろ積極的にアプローチをしてくれていると思えば実に素晴らしい。

 アプローチをしてくれているということは、少なくともこちらに興味があるということ。でなければそっぽをむかれて帰宅されてしまっている。


 手を差し伸べると今度は素直に、ぽんと手を置かれて魔力を吸い取っていく。

 ガンガン吸いとられる。自分の底が見えてきそうなくらい容赦なく持っていかれる。

 宮廷魔導士と遜色ないくらいの魔力保有量を誇る私の魔力が9割近く消え去った。

 とてもその小さな体に収まりきるはずのない量を平然と平らげて、しかし表情は少し不満げ。

 まだまだ腹3分目といったご様子。やれやれまぁこんなもんかと言わんばかりの態度をとっている。


 えっ、この子、本当に凄くない?

 両膝を地についてめまいが起きそうになる私を後目に、彼女は両手足で体を支えて背伸びをした。

 お尻を突き出してしっぽを伸ばす。短距離走のランナーのように踏ん張った後ろ脚をバネに前方へ飛び出すと、その姿がシュッと陽炎の中へ消え、揺らめく視界の中から、褐色の肌をした猫耳猫尻尾の美少女が現れた。

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