まさに兵器 2
思いっきり楽しませてもらったあとは朝食の時間。
外に出ると、もうすっかりブランチになってしまって時間を忘れたことに気付かされた。
近場のカフェに落ち着いて、注文を済ませてひと息つくと、脳裏に浮かぶのはあのもふもふ感触。ついつい頬が緩んでしまう。
人の目も気にせず妄想に励んでしまうのは悪いことだろうか?
「そんなに気に入って下さったのですか? よろしければあの子、引き取っていただけますか?」
脳天に落雷直撃。
「え、えぇっ!? そりゃまぁ飼いたいのはやまやまなんだが、うちはペット禁止だし。一人暮らしで私がいない時の面倒が見れないという欠点もあるし」
「修道院の子供たちに預けて育ててもらえばよろしいではありませんか。月1で帰省するのでしょう? きっときちんと育ててくれますよ」
「それはまぁ大丈夫だと思うのだが……問題が1つある」
「問題?」
そう、単純に月に1度しか子猫ちゃんと会う機会がないということだ。
できれば毎日もふもふしたい。それに独り占めしたいという欲求も確かにある。
大家さんに相談すれば子猫の1匹くらいは許してもらえるかもしれないが、不在の時に面倒を看る人がいないということが最も大きな問題なのだ。
問題が1つどころじゃなかった。思いつくだけでも結構あるな。
もしも私がいない時に何かがあったらと考えただけで顔が真っ青になってしまう。
ペットシッターを雇うとなると、私の部屋に人を入れることにもなる。それは最も避けなればならない。あの部屋を誰かに見られたとなれば――――私は悪鬼羅刹と変貌してしまう自信がある。
自宅で飼いたい。
しかし問題が多すぎる。
どうしたものか。
どうすれば丸く収まるだろうか。
「あら、マルタさんにシェリーさんではありませんか。ブランチですか? もしよろしければご一緒させていただけますか?」
頭を抱える私の前に、聞き覚えのある声が降りかかった。
それはつい昨日、一緒にお酒を飲み交わし、世間話をした宮廷魔導士寄宿生のフィアナ・エヴェリック。
隣には同じく寄宿生のニャニャ・ニェレイが分厚い本を持って立っている。
彼女たちは休暇を利用してマルコの実家に遊びに行ったものの、グレンツェンに咲く花を媒体に使った魔法の研究をするための資料をとりに、今朝のシャトルバスで一度帰ってきたそうな。
休みの日にまで魔法の研究とは、頭が下がる思いだ。
たしかフィアナの研究対象は『精霊と人間の契約』についてだったか。
最も古い魔法でありながら、その殆どが謎に包まれている分野。原因として、人間が精霊の住む世界に移動できず、言語を介して人と意思疎通ができないからであるとされている。
彼女は精霊と言葉を交わすことができるように努めると同時に、人間が精霊の住む世界に移動できる可能性を模索していた。
フィアナ自身も召喚士としての才を持ち合わせ、上級種とされる氷狼と呼ばれる精霊を使役している。
使い魔としてタウニーフクロウも使役していて、時々フクロウカフェで彼を見かけた。
小柄で怖がりな性格。フィアナには従順。とても賢く、演習の時はいつもサポート役として優秀な活躍をみせている。
精霊や使い魔を使役するに際して才能が求められることはよく知られた。
しかし彼らは口を揃えて、『彼らは誇り高く実に誠実』だと言う。
お互いがお互いを尊重し合える仲でなければ関係は続かず、契約を一方的に打ち切られるばかりか、命まで奪われることもあるそうだ。
だから才能以上に相手を認められる心の深さが必要なのだと話していた。
その点において、フィアナは実に敬虔で謙虚。強かであり輝かしい魂の持ち主であると言えよう。
ニャニャ・ニェレイは大好きな祖父を魔獣に殺されたという過去を持つ。
だから強くなって、自分のように悲しむ人を1人でも少なくしたいと心から願ってる。
噂では力を求めるあまり、同期のアナスタシアと禁術の研究をしたのではないかという話しが出回った。
当時は薄々、そういう雰囲気を匂わせる様子もあり、要警戒をしたが、マルコと関わるようになってからというもの、憑き物がとれたように良い笑顔をするようになる。
改心したのか、不安が取り除かれたのか、はたまた恋をしたのかは分からない。
なんにしても、マルコを含めた6人は今年に入って常に優秀な成績を残した。騎士団長としては期待するばかりだ。
国際魔術協会の理念を全肯定するニャニャは研究職希望のフィアナと違い、攻撃職希望の宮廷魔導士寄宿生。これからは演習や実戦で背中を預けることもあると思えばなおさら頼もしい。
ただ個人的には、国際魔術協会の攻撃的な考え方を鵜呑みにするのは危険。ニャニャちはその辺の視野狭窄を少しずつ改善していって欲しいな。
分厚い本の話題の最中、そんなことを思いながら時間が進む。ひとしきり話題のタネが尽きると、今度はお返しにと私の話したい内容を促した。
一方的に自分の話しをしたくなるのが人の性というもの。その辺の機微をわきまえる彼女たちは、どこへやっても恥ずかしくないお嫁さんになれるだろう。
「――――――とまぁそんなわけで、子猫を飼いたいんだけど、色々と諸問題があって悩んでるんだ。何か妙案はないだろうか」
私の悩みにフィアナが答える。
「それでしたらペットシッターや、それこそマルタさんのご実家がペットショップなので、一時預かりをしてもらうというのはどうでしょう。でもそれだと店主さんにご迷惑がかかりますでしょうか?」
聞かれ、マルタは難しい表情をのぞかせる。
「長期の旅行の間に預かるというサービスはしているけれど、1日数時間だけっていう、小刻みにいったりきたりするのは子猫ちゃん的にもよくないかもです。それに月曜と木曜は店休日だから難しいなぁ」
「シェリーさんが猫カフェを作っちゃえば問題解決です。ニャニャは週に7日は通い詰めますっ!」
!?
なぜ私が猫カフェを?
まさかどこかで秘密のノートを見られた?
いや、そんなはずはない。あれは家から一歩も外に出してはないのだから。
ひとまず、猫カフェから話しをそらそう。
「そ、それもいいんだが、そうすると自分の子猫を人に触らせることになるだろう? もしも自分よりも他の誰かのほうに懐いたらと思うと、それはちょっと嫌だな」
「その気持ちわかります。わたくしも使い魔のラックスが他の人の肩に乗ってしまっているのを見ると嫉妬してしまいますぅっ! あの子ったらかわいくて人懐っこいから、どんな人の肩にも乗ってしまうんです。本当にもぅっ、困っちゃいますっ!」
困っちゃうと言いながら頬を染めて嬉しそうにする彼女は、なんだか見ていて微笑ましい。
本当に使い魔のタウニーフクロウのことが好きなんだな。こういう人は好感が持てる。
と、人のふり見て我が振り夢想した。自分もこんなふうにきゃいきゃいしちゃうのだろうか。
膝に乗せたり肩に乗せたり。頭の上に乗せちゃったりなんかして。ふふふっ。
「うぅ~ん。それじゃあ、使い魔や召喚獣を使役するなんてどうです? シェリーさんなら賢い子を召喚できると思うです」
ニャニャの提案で我に返り、急いで思考を現実に戻す。
「使い魔、召喚獣か。でもあれってセンスというか相性が最も大事な要素だろ。私で大丈夫かな。そもそも子猫の面倒をみてもらうのに使い魔が納得するだろうか」
不安を吐露すると、待ってましたといわんばかりの勢いでフィアナが立ち上がって前のめり。
「ッ! ものは試しです。1度やってみましょう。シェリーさんは誠実なのできっと大丈夫ですわ。猫の使い魔ならきっとよくしてくれるはずです。猫型の召喚獣というのもアリです。むしろそっちで検討してみましょう。そうしましょう、えぇそうしましょうッ!」
ただ単に召喚獣や使い魔を見てみたいだけなのではないか。
前かがみに迫るフィアナ。普段のおしとやかさからは想像もできない剣幕で鼻息を荒くする。
さておき悪い提案ではない。使い魔であれば四六時中、家にいてくれて構わない。ペット禁止の要件にも当てはまらない。詭弁だが。
召喚獣が猫型となればむしろ一石二鳥。当然、それ以外の生物が現れる可能性もなきにしもあらず。それもアリ。ゆきぽんみたいなうさちゃんもアリ。やってみる価値はある。
そうと決まれば善は急げだ。
演習場へレッツ・ラ・ゴーッ!
オンとオフの落差が激しすぎて見ていて不安になるタイプの人っていますよね。シェリーがそのタイプです。しかも意外に外面を気にしがちです。性格よりも能力を優先させたジジイのせいです。
おかげ様で使いやすいキャラになりました。内面では何を考えていても周囲の羨望の眼差しと希望的観測から誤解に誤解を重ねられ、期待をかけられていく運命にあります。否定すればいいのに外面を気にして大きく見せようとするから後々大変なことになっちゃう系な流れのやつです。彼女はかけられた期待に応えてしまうだけの能力があるので、雪だるま式に期待感が膨れ上がっていきます。
ほんと、たいへんですね。




