深淵を覗く者
誰もがペルソナ無しには生きていけない。
偉い人がそんなことを言っていた気がします。
外面はよくても中身は分からないということですね。今回はそんなお話です。
以下、主観【マルタ・ガレイン】
助手席で気絶してしまったシェリーさんを自宅に送り届けた時には驚いた。
もふもふの雪うさぎに夢中になるのは女の子の性と思った。それはもう幸せな顔をしてもっふもふしてた。
シェリーさんもかわいい小動物が大好き。とっても好感度が上がります。
しかしまさか、自室がこんなにもメルヘンな世界だったとは。ギャップ萌え。これはいわゆるギャップ萌えです。
シェリーさんはクールビューティーで知られる。街を歩けば老若男女を問わず、黄色い声援を受けるあの騎士団長のプライベートルームが、こんなにピンクでもふもふのアニマルグッズで埋め尽くされているだなんて…………これは、公言したら殺されるな。
めっちゃ面白いものを見た気分。だけど、これはマジにヤバいやつかもしれません。
特に寝室。たくさんのきゃ~わいいぬいぐるみで埋め尽くされた空間は爆笑のひと言。
しかもその全てに名札がついている。名前をつけてるっ!
気持ちは分からないでもない。けれど、いい年をした大人がすることではない。
そう思うも、騎士団長という地位は人を孤独にするのだろうか。わざわざ人形に名前をつけるということは、彼女の心の寂しさを露呈しているに違いない。
今度からもっと積極的に話しかけていこう。彼女を見るたびにこの光景を思い出して笑いだしてしまいそうになるかもしれないけどね。そこはぐっと堪えて我慢しよう。
そっとベッドに寝かしておこうか。もふもふのぬいぐるみに囲まれて、安らかに眠るシェリーさんを想像して腰が抜け、吹き出しそうになる感情を殺して腹を抱えた。
寝かすのはいいがそうすると、誰かが介抱してここまで連れて来たことがバレてしまう。そして同乗者の私が介護したとバレる。私は闇に葬られる可能性がある。
普段温厚な性格の人ほど、狂気に染まった時は何をするか分からないものだ。
少し手間だが騎士団の仮眠室に届けるか。
ふと思い返してベッドの上に目をやると、律儀にも部屋着がハンガーにかけられて並べられていた。さすが、きっちりしすぎていて面倒くさいと陰口を叩かれるだけありますな。
右から順に、うさ耳のもふもふ寝間着。
くま耳のもふもふ寝間着。
いぬ耳のもふもふ寝間着。
ぐ、ぐふぅっ!
ダメよマルタ・ガレイン。ここで笑ってはいけない。
もしもここで爆笑してシェリーさんに目覚められたら殺される。
そうよ、シェリーさんだって女の子なんだもん。かわいいものが好きだっていいじゃない。しかし、動物のもふもふの寝間着って、これはちょっとないわぁ。
不意に脳裏の中で、このゆるかわ衣装に身を包んだシェリーさんを想像してしまい吹き出す。
やばいやばい。萌え死んじゃう。ギャップ萌え死んじゃうっ!
もしも彼女に彼氏ができたとして、この服を着て男を誘惑するとかするなら――――――。
『にゃんにゃん♪』
ぶっはぁあひゃひゃひゃひゃひゃッ!
やっばいもうぅ~~~~ッ!
妄想しだすと止まらない。才色兼備、眉目秀麗、立てば芍薬、座れば牡丹、戦う姿は戦乙女の騎士団長が、猫耳もふもふ姿で上目遣いをしながら、にゃんにゃん言ってる姿を想像したらもう笑いが止まらない。
あぁ~~……でも男ってバカだから、こういうあざといの好きなんだよねぇ。
シェリーさんと付き合う男性は楽しい人生が送れそうです。
……はっ!
もしかして、シェリーさんには彼氏がいて、こういう趣味で、彼女にこういうプレイを求めているのでは。
面倒見がよくて頼みごとを断れない性格。一途な性格が災いして、男の言いなりになってるとか。
彼氏がいる前提の話しではあるが、可能性がないわけじゃない。
とか何とか言って、部屋を物色する理由を空想してからこっそり引き出しを引いてみましょう。まずは王道、キッチンからです。
まず目に飛び込んでくるのはキッチンの壁紙。汚れが飛んでもすぐに拭き取れるようにナイロンの被せが施されている。さすがきっちり魔人。引き払う時のことを入居時から考えているとは末恐ろしい。
問題はその柄。肉球…………ッ!
カラフルな肉球が水玉模様のように散りばめられている。いつもこれを眺めながら料理を作るのだろうか。
だとすれば、もう、ぶふぅッ!
冷蔵庫に引っ付いている磁石もかわいいアニマル。デフォルメされたかわいらしいデザインは万人向けのキャラクター…………んっ!?
この磁石、動物のほっぺのところにマジックで何かが書かれていると思ったら、名前。
この人、磁石にまで名前を付けてるの!?
てっきり自分の名前をつけて失くしても大丈夫なようにしてるのかと思った。どこまできっちりしてるんだと悪寒が走ったが、それは動物の形をした磁石の固有名詞。
全部に名付けられてる。
これもう逆に怖いんですけどッ!
冷蔵庫の中に入ってる作り置きの料理が納められたタッパー…………に、わざわざ油性ペンで猫のイラストが描いてある。しかも名前入り。
包丁。まな板。栓抜き。お皿。スプーン。スリッパ。各種掃除道具。Etcetc……
ほぼ全てが動物を象ったキャラ物グッズ。
ここまでくると、笑えねぇ…………。
どんだけ癒しに飢えてるんだ。
爆笑を過ぎて真っ青になった私はよろけ、テーブルに置かれていたノートを落としてしまった。これはアレだ。うっかり落としたノートの中身を見て、彼女の深淵を覗き見てしまうという定番なやつ。
いやまさか、そんな王道な展開が日常にあるはずがない。
あるはずがないと思っても期待してしまう自分は腹黒だろうか。
目に飛び込んできた最初の文章は『猫カフェ大作戦! ベルンの街をにゃんにゃんプロジェクト』。
ぶふぉおッ!?
お、おおっぅ…………定番キタコレ。
人生には『上り坂』『下り坂』『まさか』の3つの坂があるというけど、知らず知らずのうちに『まさか』という坂に迷いこんでいたらしい。
しかも転げ落ちている。無重力でホバリングスルーしてる気分。
しかも『にゃんにゃんプロジェクト』てっ!
かわいすぎかっ!
ガーリーな表題とは裏腹に、その計画書は綿密で現実的。猫1匹あたりにかかる経費から、ベルンのカフェの規模。売り上げの予測。どこに立地するのが最も良いか。などなど、さすがきっちり魔人と言うべきか。恐ろしく細かく記載されている。
ていうかコレ、本気でカフェを出す気じゃん。
知れば知るほどに泥沼。圧倒的泥沼……ッ!
この時、幼少の頃に体験できなかった少女らしい経験を取り戻したいがために、プライベートルームが歳不相応のきゃ~わいいグッズで埋め尽くされてるだなんて知らない私は、ただただ精神を病んだ三十路間近の寂しい女の一人暮らしの実態を見てしまったと思い込んだ。
彼女の心に住まう闇の一端を知ってしまった今、今後の彼女との関係が変わってしまうかもしれない。
だけど誰にだって癒しは必要。それが国を守るという大役を担う騎士団長ともなればなおさら。日々の緊張と責務からくる重圧は計り知れない。
ならば私にできることは、彼女の満たされない欲求を少しでも満足させてあげることしかない。
彼女には日ごろからお世話になっている。ここで恩を返せないようでは女ではない。
まずはそう、とにかく彼女の意識が戻る前にここから離れよう。もしも私が彼女の禁断の園へ足を踏み入れたと知れば命が危ない。
さてさて無事に部屋を脱出し、そのまま我が家へ向かうとしますか。
癒し。それは廃れた心を洗い流す洗浄剤。
となれば私にできることは、自分の趣味に引きずりこんで楽しく余暇を過ごしてもらうこととかかな。でも時速400kmを出したくらいで気絶するようでは、モンスターカーの世界に入門するのは無理かもしれない。
であればやはりペット。
お酒の席で、実家のペットショップを案内するって約束をした。ちょうど生後2週間のちっちゃい子猫ちゃん (価格・50万ピノ)がいたはず。
シェリーさんならかわいがってくれるだろう。
お金もあるだろうから買ってくれるかも。
猫カフェをするにも本物の猫ちゃんたちの生態を知ってないといけない。
なにより彼女の心の闇がこれ以上深くなるのは避けなくてはならない。
彼女自身のためにも、ベルンに住む全ての人々のためにも。
そうと決まれば宮廷魔導士見習いマルタ・ガレイン。
いっちょ頑張りましょうじゃないですかっ!
~~~おまけ小話『ペットにするなら?』~~~
フィアナ「フクロウがおすすめですわ!」
ニャニャ「断然にゃんこです! にゃんこ以外の選択肢はないです! しゃーっ!」
ライラ「犬もいいんじゃないか? 部屋で飼える犬種もあるだろう。うちもペットを飼おうかな」
マルタ「ハムスターとかうさちゃんもいいですよ。ハティさんのところのゆきぽん、かわいいですよね~。手のひらサイズがワンダフルです♪」
リリィ「大人になっても体長10cm程度なんですよね。でも不思議ですね。雪国の動物って巨大化する傾向があるのに」
マルタ「体積を増やして体温を上げて寒い環境でも生きていけるようにするためですね。ちなみに北極ウサギは足が長いんですよ。冷たい雪原から体を遠ざけて、体温が逃げるのを防ぐためです。ちなみに動画がこれ」
ニャニャ「にょきって生えてきたです!」
マルタ「座ってる時は普通のうさぎと同じような見た目です。動画では分かりにくいですが、体長が40~70cmにもなる個体です。とても大きなうさちゃんなんです」
フィアナ「70? ということはここから、このくらい。とても大きなうさぎなのですね」
マルタ「群れで行動する時もあるんですよ。100頭くらいで」
リリィ「それは壮観ですね。一度見てみたいです」
マルタ「時速60kmで走ります」
ライラ「体長70cmのうさぎが100頭の群れをなして時速60kmで疾走する景色を見てみたい」
ニャニャ「そんなの見たら笑っちゃいそうです」
フィアナ「天変地異の前触れかと不安になってしまいそうですわ」
ライラ「体長5cmの雪うさぎが群れで疾走する姿も見てみたい。ヒヨコみたいにまみれてみたい」
フィアナ「そ、それは、魅力的かもしれません」
ニャニャ「ぐ、ぐぬぬ、まみれてしまいたいと思ってしまったです」
マルタ「大人の雪うさぎは小枝から跳躍して、飛行中の鷹を蹴り落とせるほどの脚力があるそうです。肋骨とか簡単に折れるかもしれませんね」
ライラ「なにそれ超怖い」
ギャップ萌え。いいですねギャップ萌え。
前にもこんなことを後書きに書いたような気がします。
抑圧された幼少期を過ごすと、あの日の想ひでを取り戻そうと大人になって爆発します。断言します。爆発します。
作者も小学生のことはみんなが読んでいるような子供向け漫画雑誌を買うお小遣いもなかったもんですから、大人になったら思いっきり自分のためにお金を使ってやると決心したもんです。
おかげで火の車ですが後悔はしていません。




