両手に酒 2
運命を恨んでも仕方がない。物事には順序というものがある。ここはまず出来ることからするべきだ。
だからこの2人を引き離すところから始めよう。そうしよう。
「2人とも、今日は宴会ということで、マーリンさんが用意してくれた珍しいお酒があるそうなので行きましょう」
「なになにアーディが口移ししてくれんのぉ。よっしゃイクイクッ!」
「やったーっ! お酒お酒!」
「マーリンさん、邪魔者の排除をお願いします」
「ッ! オッケー。ちょ~っと待っててね」
プロのバーテンダー顔負けの仕草でシェイカーを振り、それをジョッキに注いで両の花に差し出した。ジョッキに注いだ。大事なところなので2度言っておく。
力技で引き離すのは無理だ。
ならば絡め手で落とすしか他に手はあるまい。
スクリュードライバーとは、アルコール度数の高いウォッカをベースに、オレンジやブドウなどを割ったカクテル。無味のウォッカにフルーツの味を足し算する。酒場ではよく飲まれるお酒。
果実酒で割ると飲みやすくなるとはいえ、ほぼアルコールのウォッカを水のように飲めば普通の酒よりずっと酔いが回り、ぶっ倒れるというわけだ。
いくら酒豪と噂の2人でも、勢いに任せて飲み続ければ、いずれ轟沈も秒読み。
引いてダメなら押せ押せ作戦。
飲ませて潰してさようなら。
本当にありがたいことに、マーリンさんは俺の目配せひとつで何を要求したのかを理解してくれる。
こういう大事な時に限って、ギャグマンガであるような無言で意思疎通ができているようで出来てないなんておふざけ甚だしい事態が起こるものだが、マーリンさんにいたってそれはないだろう。
マジ感謝。
全く色恋の分からない俺は思い立ち、マーリンさんにだけ恋愛相談をした。
彼女は茶化すこともなく誠実に、実に真剣に俺の悩みを聞き、アドバイスをしてくれる。
今日のこの日も、もしもそういう局面が訪れたらサポートしてくれると約束してくれるほど、熱心に後押ししてくれた。
これは後押しというにはあまりに雑ではあるけれど、まずはこの邪魔者2人をなんとかしなければならない。
バーのマスターは、『もしかしたら本気で貴方のことを想ってるのかもよ?』と目配せを返してきた。
本当に彼女たちが俺のことを好いてくれているのなら、これほど光栄なことはない。
ことはないが、今の俺の心の中にはペーシェがいるという事実だけは変わらない。
小一時間が過ぎて場の空気も静まり返り始める。
というかいつの間にか終わってしまった。
片付けも済んで、飲んでるのは工房の連中と俺たち3人。
あとはバーテンダーのマーリンさん。帰り支度を整えて待機するジュリエットとフレイヤの2人。
ユノさんは親戚の家に泊まって明日に帰ると言って去り、残るベルン住みの3人を引き連れてマルタさんが送る算段だったらしいが、ジュリエットとフレイヤは頑なにこれを拒否したため、暇を持て余していた。
流れに身を任せるまま、俺はペーシェを含め、他の人たちの背中を見送ることとなる。
あぁ、こんなはずでは。せめてペーシェを家に送るくらいのことはしたかったのに、両腕に刺さったトゲが抜けない。
「この2人、私やジノほどではないけど、本当によく飲むわね。でもそろそろお開きにしたいんだけど。キッチンも閉めなきゃいけないし。単純に飲みすぎだし」
酒豪と名高いマーリンさんが引いてる。
そして無理やりお開きにしようとしてくれた。
頼むから帰らせてくれ。
「そうですね。もう夜も遅いですし帰りましょう」
「ふぇあ? よし、次行こう次っ!」
「はぁ~ん? よし、アーディん家に行こうっ!」
「キャラディさんっ! この人、どうにかして下さいッ!」
ミレナさんの所属する工房から一緒にやってきたキャラディさん。
同僚の貴方からもなんか言って!
「いやぁ、ごめんね。この2人、酔うと面倒くさいから、みんな絡みたくなくて仕方がないんだよ。本当にごめん。でも大丈夫。起きたら綺麗さっぱり忘れてるから」
それ、覚えてるほうが一方的に不利というか、不利益というか納得いかないやつじゃん。
タチが悪いよこの2人。今度から飲まさないようにしないと。
キャラディさんはステラ・フェッロのナンバー2。ミレナさんとも付き合いは長く、かれこれ10年来の仲間だ。
その彼によると、寝るか気絶すれば静かになる。あるいは吐けば正気に戻るらしい。
後者だけは勘弁して欲しい。
女性のリバースシーンは見たくない。
それが美人のものとなればなおさら見たくない。
なんにしても見たくない。
「ねぇねぇマーリンさん。まだ終わりそうにないんですか? 申し訳ないんですが、そろそろ帰りたいのですが」
ジュリエットは痺れを切らした。絡まれる前に帰りたい。そんな感情も見てとれる。
「そうね。この2人を家まで届けるとしましょうか。押しの弱いアーディだけだと、押し倒されて顔にリバースされるかもしれないし」
「それは……地獄絵図ですね」
正真正銘の地獄絵図。
「ミレナは俺たちが引き取るよ。迷惑かけてごめんね」
ようやくカオスワールドに終焉が訪れる。
正直言って、ペーシェと仲良くなるチャンスを逃したのは痛い。ラボの活動が忙しくなってしまった現状、彼女と会える時間は少ない。
キッチンの企画が終わったあとになってしまえば、なおさら機会がない。
彼女の夢は舞台作家。俺はそっち方面に全く明るくない。
彼女も魔導工学に興味はない。
お互いの接点がないと会話が弾むはずもない。
せめて物理的な距離が近ければ顔を合わせるうちに恋人になる、なんて期待はある。だけど、俺たちの住んでる地区が同じでも地域が違う。
ラボはベイの中でも真ん中あたり。彼女たちは最南端。
しかも路面電車の近くだから、電車に乗ってしまうとなるとラボに近寄ることもない。
はぁ~、困ったもんだ。
不自然に出会おうものなら不審者扱いされるだろう。どうしたものか。
「なに悩んでんのぉ? 困ってることがあるんだったらぁ、お姉さんに相談してみ?」
今はあんたたちのことで頭を悩ませてるんだよ。
言いてぇ~……でも言ったら傷つけるだろうなぁ。
もう早く帰って風呂に入って寝てぇ…………。
「ご無沙汰ですかぁ? ご無沙汰なんですねぇ~? ぐへへっ」
ぐへへっ、じゃないよ。うるさいよ。
今日は厄日だ。早く帰って寝よう。
「もういい加減にして下さい。そろそろ帰りま
そう言いながら背中を叩くと、押し出されるままにキラキラとした何かが膝の上を流れ落ちた。それはそれはレインボーに輝く虹の如く光輝く。
しかしなぜだろう。こんなに綺麗だというのに、随分と周囲が騒がしいなぁ。
ああそうか……これは――――――。
~~~おまけ小話『りばあす』~~~
マーリン「アーディ、大丈夫? もらいリバースしてたけど。送って行こうか?」
アーディ「いえ、大丈夫です。それよりお見苦しいとこを見せてしまいました。色々と気を遣ってもらってこのザマとは。今度、お詫びをさせて下さい」
マーリン「う、うぅん。まぁせっかくだし、覚えてたら何かしてもらおうかしら」
ジュリエット「それにしても悲惨な結末でしたね。体中、リバースだらけなんて」
フレイヤ「ここに来る前に悲惨な目に会わせた貴女から私に、ひと言も謝罪がないのだけれど。私に対して何か言うことはないの?」
ジュリエット「…………ん?」
フレイヤ「はぁーーーーーーー……………………」
マーリン「こっちも何かあったのかしら。ともかく、チャンスはまだまだあるだろうから諦めないでねっ! いつでも相談に乗るから」
アーディ「ありがとうございます。それではこ
ジュリエット「なになに? もしかして今日のメンバーの中に好きな人でもいたんですか? 誰ですか? もしかしてあたし? あたしだったりして!?」
アーディ「…………もぅ、勘弁してくれ」
ペーシェ「モテる男は辛いですな」
フレイヤ「物理的にもね」
マーリン「ペーシェ…………」
若くして一流の技術者のアーディ。どんな偉人や有名人だって一人の人間です。
知らなければただのオッサン。実は人間国宝、だなんてわりとざらにあるもんです。
そういうわけで他人の印象よりもずっと身近に一般人なアーディ主観で進みました。なんと腹黒ペーシェに一目惚れしていたんですね。驚きです。誰がどこで誰に惚れるか分かったもんじゃありませんね。




