両手に酒 1
両手に花というのは妄想や二次元の中でだけなら楽しそうですが、リアルになると修羅場な空気しか感じられないので恐怖の方が勝りそうです。なのでハーレム物の主人公なんかは客観的に見れば、はぁ~やれやれ、って感じで見ていて面白いですが、いざ主人公になってしまったら超絶面倒くさそうですね。
以下、主観【アーディ・エレストイ】
酒を飲んでバカ騒ぎ。
歌を歌って踊り明かす。
こんな不作法で節操のない宴会はいつぶりだろうか。
魔導工学の第一人者と呼ばれるようになり、社交界やら業界の交流会やらとパーティーに誘われることがあった。
新参者の俺は見識を深めるという意味でも参加しておくべきかと積極的に足を運んだものだ。
技術者同士の会話はいい。同じ穴のムジナということもあり、情熱に炙られたように話しが盛り上がる。興味のある話題だから楽しいもんだ。
投資家との会話もまだいい。俺は金融関係の話題はからきしだ。
彼らの目的の殆どは金儲けで間違いない。しかし、お互いがウィンウィンになるように提案してくれる内容には感服させられる。
問題なのは貴族や、なんでこの場にいるのか分からないと言った輩との会話。いや、会話というよりは、一方的な暴力という表現のほうが近いかもしれない。
彼らは自分の話したい言葉だけを放ち、自分の頭の中の考え、ないし妄想が正しいと信じてガトリング銃のように弾丸を撃ちまくってきた。
切り返しても自分のレールに軌道修正をしてくる。本当に苦痛でしかない。
だからこうして、仲間内で飲む酒っていうのはうまいのかもしれないな。
欲を言えば、面倒くさい酔っ払いに絡まれてなければ最高なのだが…………。
乾杯をしてからすぐ、ステラのミレナさんとエキュルイュのエリザベスさんに挟まれて絡まれた。
最初は優秀な工房の若手、といっても俺から言えば年上の先輩にあたる方々に仕事の話題を持ちかけて、面白い話しでも出来ないかと声をかけたが最後。酔っ払いにホールドされた上、からかわれ続けるハメになる。
横を通り過ぎる奴らは、『羨ましいねぇ』なんて言って去っていってしまう始末。
そりゃあ2人とも美人だし、仕事面においても尊敬できる。男からすれば女性に挟まれて酒を飲むなんて羨ましいと思われても仕方がないだろう。
だけど、俺は魔導工学一筋。こういった状況に免疫がない。
ラボのやつらからは、『有名人なんだから女遊びだって達者なんでしょ』とか根拠のない偏見で見られることもしばしば。
たしかに有名人かもしれない。が、俺だってただの1人の男なんだよ。
付け加えるなら、つい数年前までは修道院で暮らしていた。
そんな俺が女遊びなんてしてる暇などあるわけがない。
とんだ風評被害だ。
誰か助けてくれ。
助けてくれと思う自分もいるけれど、そこはやっぱり男なのでまんざらでもないと思う自分もいる。
口には出さないがな。
そういう欲求だってある。
だけど酒臭いのは嫌だ。
「アーディはさぁ、この中だったらどの子がタイプなのぉ? 年上のお姉さんなんてどぅよぉ?」
「ねぇねぇ、今まで何個の歯車とガッチンコしてぃきたぁのぉ? 今日はぁん、何個の歯車とくっつくのぉ?」
めんどくせぇッ!
生まれてこのかた彼女なんてできたことはない。桃色遊技の経験も皆無。キスだってしたことはない。
やたらとベレッタの話題を絡ませてくる。彼女は義理とはいえ妹であって恋愛感情はない。
なんとかして振り払いたい。
しかし泥酔してるとはいえ、先輩は立てるべきなのが世渡りのコツ。
のらりくらりとかわしてみるも、執拗に追い回す酔っ払い。
逃げると追われる。反撃すると胸倉を掴まれる始末。
いったいどうすればいいんだ。誰か助けてくれ。
「アーディさんってば両手に花ですか? 羨ましいですね」
「ちょうどよかった、スパルタコ。お前にこの場所をやるよ。こういうの好きだろ」
「いやいや、2人はアーディさんだからこそでしょ。俺が座るには分不相応ですわ。それじゃ!」
「おいちょっと待て。せめて!」
この野郎!
普段から女のケツばっかり追ってるくせに、この野郎!
「なぁ~にぃ~、アーディはあたしたちにお酌されるのが嫌なのぉ~?」
「一度もお酌なんてされてませんが」
「私にお酌するのがそんなに嫌ぁ~?」
「一度もお酌してませんが」
「お義兄ちゃ…………あ、ごめんなさい。わたし、あっちに行くね」
「待ってくれ、ベレッタ。行かないでくれ! これはそういうんじゃないからッ!」
唯一の助け舟が離岸流に流された!
「ぷっぷーっ! フラれてやんの~。いいからもう早く吐いちまいなよぉ。好きな子いるんでしょお?」
「年上のお姉さんなんてどぅよぉ~? あたしのココなら空いてるよぉ?」
そのセリフ、素面で言って欲しかった。
じゃなくて、どうしたらこの状況を打破できるのだろうか。
いつも女の子のことしか頭にないスパルタコは、こういう時に限っていらぬ配慮を見せる。
ベレッタは誤解して逃げて行ってしまった。
本命は花より団子。
どうにもならないね、これは。
無理にでも逃げるとするか。
「すみません。俺、ちょっとトイレに行ってきます」
「トイレでご休憩ですかぁ~? じゃああたしも行くぅ」
「姉さん、抜け駆けは卑怯ですぅ。私もご一緒しまぁ~す」
何でだよ!?
男子トイレに女性が入ってくるんじゃありません。
なんでこうもがっついてくるんだろうか。
もしかして本当に俺に気があるのか。
だとしても、こういうアプローチのされ方は趣味じゃない。
お酒の力を借りて普段は越えられないハードルを越えようとする考え方もあるみたい。だけどそれ、ドーピングと同じだから。超えようとしてる山は針山だから。
ミレナさんとエリザベスさんが両腕にしがみつくようにして離さない。
重石をくくりつけた俺の体は彼女たちを引き摺りながら、1人になれる場所を目指す。
その間、珍しいものを見るような目で注目する観衆の黄色い声がひどくうるさい。
これはそういうのじゃないから。
茶化される側の身にもなれってんだ。
「羨ましい……」
ルージィの呟きが聞こえた。羨ましいなら譲ってやるよ。てか、お前はティレットがいるだろう。俺を見て羨ましがってる意味がわからん。
お前の後ろで腕を掴みたいって目で見てるティレットがいるぞ。誰の目から見ても相思相愛じゃないか。振り向いてハグでもしてやれ。
「いや、どう見ても絡まれてるだけだよね。お酒は飲んでも飲まれるなってね」
分かってるならフォローを入れてくれ。
アポロンは察しがいいくせに何もアクションをとろうとしないよな。眺めて楽しむばっかりしやがって。意外に腹黒い奴。
「いいなぁ~彼氏欲しいなぁ~」
「ワンプレートを腕に抱えて言っても説得力ないわよ?」
「俺なんてどうよ?」
「タコ野郎は死んどけって感じ~」
「ひどっ!」
「詫びの証にお徳用ビーフジャーキーを渡す男は論外ね」
論外でもなんでもいいから受け取ってくれ。
せっかくラボのいざこざも落ち着いて、ゆっくり楽しく飯が食えると思ったのに、この仕打ちはいったいなんなんだ。
俺が何か悪いことでもしたのか。
すみれは眼前に広がる恋色の花畑を興味津々に見つめる。
人生経験の浅い彼女は助けるでもなく、仲裁に入るでもなく、初めて昼ドラを見る思春期の女子のように頬を紅潮させて眺めていた。
ああ、この子は思春期真っ盛りだったな。
「これが修羅場というものですね。初めてみましたけど…………なんだかドキドキします。具体的にどうこうというのは分かりませんが、なんだかドキドキしますっ!」
それはお酒の飲みすぎじゃないかな。
俺も心臓がはちきれそうでたまらないよ。
リラックスしに来たのに重石が2つもついてるんだから、歩くだけで血圧が爆上がりだよ。
「年上のお姉さんにサンドイッチされるなんて…………………………チッ!」
クスタヴィ、お前。温厚そうな顔をして毒吐くんだな。知らなかったよ。ちょっと意外だ。
まぁでも男だもんな。それが普通の反応だよな。
次にペーシェ弟くんと、ルーィヒの会話が聞こえる。
「わぁ~、やっぱりアーディさんってモテるんだ。クールカッコいい系だしやっぱりモテるんだ。あたしもクールカッコいい系を目指してみようかな」
「姉ちゃんはそのままで十分魅力的だよッ!」
「ありがとう愚弟。そしてお前はあたしに近寄るな」
「ペーシェは本当に弟くんに容赦ないんだな」
「はぁ~あたしの白馬の王子様はどこにいるんだろうねぇ」
「ここにいぶぐぉっ!」
「ペーシェのは白馬の王子様っていうか、地獄の番犬に乗った冥王なんだな」
「自覚はあるけどやめて」
…………お前がそんなふうに言うってことは、俺に対してさほど好意があるというわけではないんだな、ペーシェ。
ぶっちゃけ、最初は見た目が好みだったというところから始まった。
キッチン・グレツェッタを通して、次第に彼女の笑顔に惹かれていく自分に気付く。
しかし彼女との距離を遠ざけようとするようにトラブルが頻発。メンバーとして全く役にたてず、しかも当日を含めて本番の日までキッチンのメンバーとして参加できるかどうか、極めて怪しい雲行きが予想されていた。
なんとかして彼女にアプローチできないかと画策。寄り道をした結果、このザマだ。
もうなんていうか本当、笑うしかないな。
こんなはずではなかったのに。




