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故郷を偲ぶ 2

 彼女の説得を諦めて直接ゆきぽんにアプローチ。好物のリンゴで釣ろうと思って探すも、倉庫に備蓄してあったわずかなリンゴはすでゆきぽんのお腹の中。いったいあの小さな体の中にどうやって仕舞われたのか分からない。

 彼女は食べつくした挙句、ご丁寧に外の花壇に種を植え、粉々に砕かれた芯は栄養としてなのか種の周りに並べられていた。

 賢いというか欲望に忠実というか、どっちにしてもとても小動物の行動とは思えない。

 でも、ハティさんの使い魔としては超納得できる。


 レレッチの持ってきたリンゴのかき氷もゆきぽんが平らげた。

 どんだけ好きなんだこの子。

 しばらく時間を空けてみても、夕焼け色の布地にしがみついて幸せそうに目を細めていた。

 もういっそのこと寝るまで待つか。


 唐揚げを近づけても反応なし。

 ピーマンにも反応なし。

 鯨肉のベーコンにも反応なし。

 ニンジンではどうだと思ったら、そっぽを向いて前足で弾き飛ばされた。

 この子、ニンジン嫌いなんだ。

 うさぎってニンジンをガジガジ食べてるイメージがある。ゆきぽんはお気に召さないらしい。

 雪うさぎは木の上で生活していて春と夏は昆虫。秋はリンゴ。冬は冬眠をしながら時々、樹液を舐めて暮らしてるという。

 あたしたちが一般的に知ってるうさぎとは生態系が全く違うから仕方がない。


 雪林檎の樹液を舐めて生活する。


 そういえば、さっきもらったスプーンとフォークには雪林檎の樹液を使い、ニスのような役割をさせてると言ってたはず。

 もしかしたら樹液の匂いに誘われて出てくるかもしれない。

 そっとスプーンを鼻の前に差し出すと、ぴくぴくと動いて目が開いた。

 途端、弾丸のように飛び出し、凄い力でスプーンを奪って跳び去ってしまう。

 とりあえず朱色の毛布に穴が空いてないことを確認してバッグに隠し、目の届かないところへ退避。

 跳び去ったゆきぽんのあとを追うと、白鯨の骨で作られたテーブルの上で、体を鏡面に擦り付けるようにして喜びのダンスを踊っていた。

 お腹全体をぐでーっとくっつけてお尻をふりふり。

 なんだこのかわいい生き物は。餌付けしたい。


 白い机には肌触りを良くするためにたっぷりの樹液がコーティングされていて、樹液の匂いを嗅ぎつけたゆきぽんが着弾。

 故郷を思い出してノスタルジーに浸ってるのか、安らぎを感じてるのか、四肢を伸ばしてべったりと張り付いた。

 それはもう見事な大の字になって頬ずりをしてるではないか。かわいさ百点満点だ。


「ハティさんについて来るって自分から言ってたらしいけど、やっぱり故郷が恋しいんじゃないかな。早くに親御さんを亡くしたって言ってたし」


 ペーシェがゆきぽんの背中をもふもふ。


「そうだろうね。そうだ。この白鯨の骨でゆきぽんの家を作ってあげたらいいんじゃない? もう小屋は作ってあるんだっけ」


 すみれに問うと、首を横に振る。


「色々と見て回ってるんですけど、ゆきぽんが気に入るお家がなかなかなくて。高い所が好きなので普段は冷蔵庫の上にいます。寒いところも好きなので冷蔵庫の中に忍んでることもしばしばです。でもたいていはハティさんの肩の上にいます。あと、テレビを見る時はリモコンを独り占めして机の上にいます」

「テレビ見るの!?」


 最近は子供向けヒーローアニメ『忍者ヒーロー・アニマルズ』とか下水道の中で生き生きと生きている亀の忍者が主人公のアニメがお気に入りらしい。


 それにしてもノスタルジーか。グレンツェンに来てから随分と経つな。故郷の海が恋しい時期になってきたなぁ。

 アイザンロックでも海は見た。北の海と南の海は全然性格が違って同じものとは思えない。

 例えるならば、寒くて暗く凍えるような水面の下にあるのは、勇気と献身によってのみ得られる食材の銀世界。厳しくも強い海。

 対して(バティック)の海は色とりどりの魚や珊瑚が群生していて、透明でキラキラしてるオーシャンブルー。優しくて暖かい海といった印象。


 グレンツェンには海がない。海風を感じようとしたら、ベルンを越えた北部まで長距離移動しなくてはならない。

 リゾート施設も完備してある楽しい海。夏にはパリピが集まって、ひと夏のアヴァンチュ~ル巻き起こる嵐の海。

 あぁ~彼氏欲しぃ~。

 海行きてぇ~。


「海ですか? 私も島育ちなのでよくわかります」


 やばっ。心の声が漏れてた。

 爛々と目を輝かせながら海の良さを語るすみれ。

 特に一本釣りをして、新鮮なまま捌くマグロのおいしさに熱がこもってる。

 ベルン沿岸でもマグロ漁はしてたはずだ。だけど、おいそれと一本釣りなんかできないよ。

 というか島育ちって言ってるけど漁師の子なのかな。振り返ってみると、あたしってすみれのこと、殆どなんにも知らないや。


「ハイジは海行きたいの? あたしも海行にきたい。そうだ、今年の夏にみんなで海に行こう!」


 マジか。なんか話しが大きくなっていきそうな予感。酔った勢いで言ってるんじゃないよな、ペーシェ。あたしは本気にしちゃうぞ?

 すみれの熱気に誘われて拡声器、もといペーシェが寄ってきた。

 グレンツェンには海もなければプールもない。あるとすればカントリーロードにある数本の小川。

 夏になると涼を求めて小川に人が並び、夜には風情を求めてロウソクに火を灯して静かなナイトパレードが催される程度。


 となれば誰だって海に行きたくなるというもの。

 男子は水着ギャルを求め、女子はイケメンを鹵獲(ろかく)するために走り回るのだ。


「海いいね! バーベキューしようぜ。女子は紐のビキニで参加な」

「「「「「ごめんスパルタコ。今の発言、マジにドン引き」」」」」


 タコ野郎は海の藻屑になってしまえ。


「タコ野郎は不参加ね。水着は持ってないから新調しないと」

「俺も一緒に行くよッ! 海は危険がいっぱいだからねッ!」


 弟くんもなぜかやる気まんまん。


「お前が一番危険だよッ!」

「危険がいっぱい。アカエイにヒョウモンダコ。クラゲやイソギンチャクも…………ふふふっ」


 海に連れていっちゃダメな人がいた。

 ケビンさんの背後に真顔のヘラさん降臨。


「ケビン君。今日だけ特別に謹慎を解いてあげてる意味、分かってるよね?」


 ヘラさん、顔怖っ!


「マグロの解体なら任せて下さいっ!」


 すみれは海に行ってマグロを解体する気まんまん。


「海。おいしいものがいっぱいっ!」


 ハティさんは相変わらず食欲の権化。


「さすがハティさん。ブレないところは素晴らしいです。でも海か……水着を着ないならいいかな」


 それには賛成。シルヴァさんみたいなスタイルのいい美人に水着を着られたら、男の選択肢がなくなってしまう。


「なんでなんで? シルヴァってそんな太ってるの?」


 酔ったユノさんが食らいつく。

 ぼっぺたをもちもちしながらヴィルヘルミナが答えた。


「うちの家系は男女関係なく、寸胴体系っていう呪い(体質)なの。痩せもしなければ太りもしない。微妙な性質持ち。顔はややぽっちゃり気味」

「くびれができないけど太りもしない。嬉しいような悲しいような体質なんだね」


 え、それ悲しいか?

 太らないってことでしょ?


「海いいですねぇ~。海……友達とだけならいいですね」


 ため息をつくユノさん。


「急に暗い顔になったけどどうした?」


 シェリーさんは部下の暗い顔が心配になる。


「ユノ先輩の失恋する時はいっつも夏の海なんです。春に芽生えた男が夏の日差しで燃え尽きます」


 マルタさんの表現が怖い。にしても、何をどうすればそうなるの?


「もしかしたらユノの星の巡りが悪いのでは。今度視てあげましょうか?」


 占いができるらしいマーリンさん。ぜひ、あたしも占ってほしい。


「海、俺の筋肉が輝く時が来たなっ!」


 ダーインがこれみよがしにマッスルポージング。

 筋肉…………その言葉に反応してしまうのは罪だろうか。

 否。断じて否!

 男子が女子のおっぱいに反応するように、少なくともあたしは男子の筋肉にセクシャルな魅力を感じる。鼻血を噴き出してしまうほどに。

 南国の海育ち。ほぼ年中半裸の男女を見ていたからか、ついつい肉体美に目を奪われる性分になってしまった。

 女性は柔らかくしなやかな肉体を求めるもの。

 逆に男性はガチムチで筋骨隆々を目指すもの、と思ってる。


 人類は常にないものねだりをして歴史を積み重ねてきたと言っても過言ではない (持論)。

 だとすれば、女性が女性にないものを異性に求めたっておかしな話しではないのだ。

 だからこうして今、妄想に理想を膨らませながら鼻血を出してる自分は決して変ではない。

 むしろ正常。

 そう、むしろ正常だからっ!


 スパルタコもアポロンも肉体労働をしているせいか、着やせするタイプではあるがなかなかいい筋肉がついている。

 腹筋が割れているとまではいかないが、うっすらと筋肉がついていて、なかなかいいお腹をしてるのをちらりと見た。

 特にいいのは腕の筋肉。普段は隠れているが、いざ力むと力こぶが顔を出す。まさにギャップ萌え。オンオフのはっきりした筋肉。


 ケビンさん、アーディさんはやや痩せ型ではある。

 きっと手入れをすれば素晴らしい腹筋になること間違いなしの有望株。

 将来性を内包した新芽のような存在。仕上がった筋肉()を愛でるのも良い。

 たまにはこういった若い筋肉()を眺めるのも、これはこれでオツなもの。


 ルージィさんとアダムは脱いだら凄いやつに違いない。

 細い顔立ちと着痩せする体質のせいでそうとは見えないだけ。

 ルージィさんは家督を継ぐために鍛錬をしてるという。アダムは宮廷魔導士志望でしっかりとした体力づくりをしていた。

 これはなんというか、海パン姿が楽しみな2人ですわ。


 クスタヴィさんは家系の体質のせいで寸胴体系。ではあるが、あたしの見立てでは彼のお腹は鉄の鎧。

 倭国には神事の1つとして相撲という行事 (スポーツ)が存在する。彼らは体格を育てるために、一見すると太ってるような恰好を目指していた。

 しかし実際のところ、あの揺れる脂肪のようなものは殆どが皮膚。その下は筋肉であり、恐ろしいことに体脂肪率が5%程度しかないというのだ。

 つまりあのお腹に詰まっているものは筋肉。

 それを知った時、あたしは生まれて初めて鼻血の噴射で3m後方へ吹っ飛んだもんだ。


 素晴らしきかな、夏。

 素晴らしきかな、海。

 素晴らしきかな、筋肉ッ!


 まだ春のお祭りが終わってないのに、地平線の向こうにある夏に想いを馳せる。

 はぁ~、早くこないかな、夏っ!


「ハイジが鼻血を出してるんだが、止めなくていいのか」

「もういつものことなんで、ほっといてあげて下さい」

「こっちを見ながら恍惚としていて、ちょっと怖いんだけど何を考えてるのかな」

「男が女の体を見て鼻の下を伸ばすのと同じ。ハイジは男連中の筋肉を妄想して頭の中のお花畑を愛でてるんだよ。でも健全な女の子だから許してあげて」

「…………なるほど、いやらしい目で見られると嫌悪感を感じるというが、こういう感覚なんだな」

「タコ野郎、お前に嫌悪を感じる権利なんてねぇよ」

「俺の筋肉ならいつでも見せてやるぜぇ~?」

「いや、それをすると貧血で死にかねないからやめてあげて」

露骨に水着回のフラグを立てました。

やっぱりファンタジーと言えば水着です。温泉です。楽しみですね。

海は楽しみがいっぱいな反面、危険もいっぱいです。

イベントから危険なイベントまで盛りだくさんです。楽しみですね。


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