新境地 2
フラワーフェスティバルの間は授業も休み。マルコが帰省するのを機にグレンツェンに赴き、流れ流れて宴会に参加することになる。
最初はマルコの好感度稼ぎにと、彼の実家を訪れて、お姉さんにもアプローチをしようと考えていた。
でも今はもうそれどころではない。彼女の腰の長物が気になって仕方がない。
見たい。ちょっとだけでも見てみたい。できれば触ってみたい。
落ち着け私。気丈に振舞え私。
やばい、緊張して体が震える。
「あ、あのッ!」
「ん、あたしに何か用かな?」
「貴女の腰に提げている物。倭国刀とお見受けするが、いかがなものか」
あぁ~~~~何をやってるんだ私。なんでこんな口調で喋ってるの!?
この喋り方は侍に憧れを抱くあまり、まずは形からと思って矯正した喋り方。
慣れてない人にはしばしば好戦的に捉えられることもあり、語り口が原因で周囲からは気難しい人と思われてる。
私としてはそんなつもりではないのだが、客観的に見るとそうらしい。
それに緊張すると無表情になる癖も相まって、寄宿生の間では『冷麗凍刀アコニート』だとか『陽炎の雪』などと呼ばれていた。
二つ名の出自は不明。おそらく語感とか雰囲気で付いたあだ名なのだろう。意味はよく分からない。
後者はほんのちょっと気にいってるのでそのままにしてる。
閑話休題。相手に好印象を持ってもらいたい時に無表情ではバツが悪い。
かといって、取り繕うように笑顔ができない私は意識的に口角を上げようとすると、片方だけが吊り上がって嘲笑的な印象のある笑みになってしまう癖があった。
自然体で笑顔が出来てる時はとてもいい顔だと評価されることもあるが、心が晴れてないと表情に現れない。
真剣にモノゴトを考えると、眉間にシワも寄ってしまって怒ってるように捉えられることがある。だからよく誤解された。
仲の良い友達には、無理しなくてもいいのではないかと心配される。だけど、人は見た目が8割。意識的に変えていく必要があるだろう。
睨みつけるように彼女の顔を凝視する自分がいるのは分かってた。
威圧的に思われてるのではないだろうか。
実際、目尻を釣り上げて前のめりになってたらそう感じるに違いない。
「倭国刀? あぁ、刀のことか。興味あるの?」
「ありますッ!」
失礼なほど食い気味。
意識して取り繕うとか、やっぱ無理。
「よかったら見てみる? さすがにこの場で全身は開けられないけど、少しだけならいいよ」
「是非ッ!」
なんという僥倖だろうか。
憧れの倭国刀をこんなところでお目にかかることができるだなんて。
国からの持ち出しの一切を禁じられ、有名美術館の展覧会開催の申し出も断り、その全容の殆どをブラックボックスに隠した倭国の秘奥。
書物やネットの画像でしか見ることのできない人類の宝がいまここに。
鞘からゆっくりと引き抜かれた刀身は、重厚な質感と鈍く重く、強く輝く鋼は刀の王の後光のそれ。波打つ紋様は黒く深く、白刃は鏡のように磨き抜かれていた。
美しい。
黄金色の稲穂と秋晴れの空は自然の美しさを思わせる。これは人の魂の撃ち込まれた人格的な美しさを持っていた。
連綿と受け継がれてきた技の結晶。
果て無き研鑽によって積み上げられてきた人と鋼の歴史。
欲しい。現物を見ると余計に手に入れたくなってしまう。
「欲しい…………」
…………それこそ、奪ってでも。
「悪いな。この刀は自分のために打った物なんだ。気持ちは分かるけどあげられないな」
「はっ! 申し訳ございません。あまりに素晴らしいものだったのでつい、心の声が。大変失礼いたしました」
やばい。声に出てた。血の気が引いていくのを感じる。私、なんてった?
欲しいって言ってた?
それとも、『奪ってでも』とか口走ってた!?
「いいよいいよ。それよか、自分の作ったものを褒められると、やっぱりちょっとこそばゆいなぁ。アナスタシアって言ったっけ。刀が好きなんだ」
「はい。いつか拙者専用の倭国刀を携えたいと思っております」
「拙者!? そうなのか。アナスタシアは使う派? それとも観賞派?」
「使う派でございます」
「この辺の事情には全く詳しくないんだけど、ということはベルンの王国騎士団ってところに所属してるのかな」
「騎士団の寄宿生として研鑽を積んでいる最中でございます。暁様の剣技、相当なものとお見受けしました。もしよろしければ、いつかご指導いただけますでしょうか」
「それはいいけど、あたしの本職はあくまで商人なんだ。だから剣の腕についてはあまり期待しないでおくれ」
「商人!?」
袴を穿いて腰に刀を佩いてるのに、商人だと自称するのか。
どこの文献にも商人と武士を同時にこなす身分はなかった。
倭国にもグローバル化の波が押し寄せているということか。
「と、とてもそのようには見えませんでしたが」
「あぁ~、よく言われる。あっはっはっ!」
この人、本職が商人って。とてもそんな言葉は信じられない。
目にもとまらぬ速さで牛を解体してしまう技はもはや神業。シェリーさんですら目視することができないほど、熟達した技術を繰り出す彼女が剣士じゃないだなんてありえない。
まさか倭国の人間にとって、このくらいのことは朝飯前なのだろうか。
尊敬と畏怖を持って言葉を放つ最中、頭の中ではもう1つのことを考えていた。
今、『自分のために打った刀』と言ったような。
だとすれば彼女は商人であり、超一流の剣士であり、世界最高の刀鍛冶ということになる。
天は二物を与えずとはよく言う。稀にとはいえ2つどころか3つも4つも与えられる者がいるらしい。
私とそう歳の離れてない女性だというのに、この差はいったいなんだろう。主の特別の寵愛であろうか。
才能のある人間を目の当たりにすると、どうしようもない劣等感に苛まれることがある。
そういう時は決まって惨めな、路傍に埋まり誰からも認識されない小石のような気がして落ち着かなくなった。
それはベルンに来ていつも感じる。
寄宿制度には騎士団への登用制度が設けられていた。要するに、卒業を待たずに騎士団入りすることができるシステム。
私はまだ2年生だが、認められて私の元を去っていった者がすでに何人かいる。彼らはすべからく才能を持ち、なにより努力をした。
才能のない自分は努力することだけを目指し、日々の研鑽に明け暮れてはいるものの、なかなかどうして芽が出ない。
努力だけでは届かない場所があるのかもしれない。
認めたくない。だけど認めざるを得ない現実がある。
だからもしも、もしも倭国刀が手元にあれば。才能に代わる何かを埋められるかもしれない。
そう思いながら、それ相応の武具を手に入れる為には、それ相応の才能がいるという事実も認めていた。現実、私の手元にそれはない。
行き詰った私の前にマルコが現れて、道を違えそうになった私を救ってくれた。
そして今日、憧れの、本物の侍に出会う。
これは何かの啓示に違いない。
彼女に認められて、なんとしても刀を打ってもらいたい。
「あの、勝手な申し出ではあるのですが、拙者のために刀を打ってはいただけませんか?」
「ん? ん~、それはいいけど、アナスタシアに刀って必要なのか。ちょっと両手を見せて」
そう言って、彼女は私の両の手をとって値踏みをするように見つめる。
時には優しく触れてみたり、強く押してみたり、何かを探すように無言でいた。
あまり綺麗な手とはいえない。豆がいっぱいできて皮膚は固くなってしまっている。
普通の女の子がするような爪の手入れだって殆どしない。日焼けもしていて裏と表の色も違う。
手だけでなく料理もイマイチ。いつも味がぼやけてしまって、微妙にマズいと言われてしまう。レシピ通りに作ってるはずなのになぜだろう。
寄宿生になってからは身の周りの手入れも雑になってる気がする。女子力が低くなってるかも。
見られれば見られるほど、なんだか恥ずかしくなってきた。
いたたまれなくなってきて、すぐにでも手を引っ込めたい。
そんな心情を察してなのか、私のもやもやとした暗雲は自称商人の言葉で一掃された。
「努力家で働き者の、本当に綺麗な手をしている。柔術も扱えるのかな。普段から使っている剣は直刀の両刃剣。アナスタシアの筋力からすると少し軽すぎるんじゃないか。あと5kgは重いものを使った方がいいだろう。へぇ~、肉体強化系と剣技系の魔法が得意なのか。凄いじゃないか。あとはそうだな。将来的に刀を使いたいなら、今から殺陣を練習しておいて損はないぞ」
心が洗われた高揚感と、手を見ただけでどうしてそこまで分かるのかという疑問が湧いて硬直してしまう。
柔術は護身術程度。
才能を努力で埋めようと、剣士として便利に扱えそうな魔法を片っ端から会得した。
寄宿生が扱う練習用の剣は刃の丸い両刃剣。最近は少し軽く感じる。
刀を扱う練習は映画や時代劇を見て独学で勉強をしてはいた。
模倣刀で殺陣をするだけで、本格的な練習はしていない。刀としての剣術を教えられる人がベルンにいないからだ。
手の平を見ただけで全てお見通し。
本当になんなんだこの人は。凄いを通り越して恐ろしい。
さらに彼女は納得したようにうなずいて、私に質問を投げる。まっすぐに、私の目を力強く見て。
「刀を手にして、アナスタシアは何をするんだ?」
何をするのか、それは…………何を、したいのだろう。
最初はカッコいいという安直な理由だった。美しくてカッコよくて、自分のものにしたいという欲求。
町娘がショーウィンドウに飾ってある流行りの洋服を見て、自分も着てみたいというような感覚。
地平線の彼方に沈む夕日を見てマルコは言った。
生まれはグレンツェンだけど、自分の育ったベルンの街を守っていきたい。
青い空を仰いで、エディネイは晴天の空のような心の中に決心した。
努力して地位と名誉を得ることで、自分のような変異種に対する偏見を払拭してみせる。
花壇の花を愛でながら、リリィは笑った。
超一級の治療術師になって、どんな怪我や病気も治し、たくさんの人を笑顔にする。
図書館に通い詰めるニャニャは口癖のように繰り返す。
祖父を魔獣に殺された。自分のような悲しい思いを誰にもさせたくないから、強くなって、魔獣から人々を守れるようになる。
使い魔のフクロウの背を撫でながら、フィアナは優しく微笑んだ。
尊敬する父と同じように、家督を継いで大好きな領民のために全力を尽くす。
私は…………すぐに答えが出てこない。改めて自分に問いかけてみるも即答できない。
そんな私を見て彼女はひとつ笑い、『まだ自分のしたいことを探してるところなんだね。まだまだ道は長い。自分のペースで見つけるといいよ。もし見つかったなら、その時はまたあたしのところに来ておくれ』そう言って彼女は席を立ってしまった。
自分のしたいこと。
ぽっかりと空いた胸の穴を見つめながら、自問自答を繰り返してみても答えはでない。
それならば、今からそれを見つける旅に出よう。
最初の一歩を、今日から始めよう。
~~~おまけ小話『超人的な』~~~
暁「………………」
アルマ「どうしたんですか、暁さん。何か悩み事ですか?」
暁「いやぁ、誰もかれも胸が大きいと思ってな。羨ましいわけではないが、いったい何を食べたらそんなになるのかと思って。同じように和服を着てるのに、セチアもアナスタシアも粉雪もはちきれんばかりだなぁ、と」
アルマ「和服は関係ないのでは。でも揉まれるより揉む派の暁さんは、他人の胸が大きいほうが良いのでは?」
暁「その言い方だと、あたしが誰でも揉んでるみたいじゃないか。あたしが揉むのは嫁のジャンヌと、キャバ嬢のルクスアキナだけだ」
アルマ「それ、お嫁さんに知られたらまずいのでは?」
暁「大丈夫だ。ルクスアキナとの関係はあくまでお金ありきだからな」
アルマ「堂々と言い切ってしまう暁さん……さすがですっ!」
セチア「公共の場でそういうことを言うのはやめてくれる?」
アルマ「アナスタシアさんも気を付けてくださいね。暁さんは変態なので」
暁「お前はなに言ってんだ!?」
アナスタシア「なるほど。剣士に商人に刀鍛冶。変態的な超人、というわけですね」
セチア「変態的な超人で、普通に変態です」
暁「お前もなに言ってくれてんだ!?」
アナスタシアの母親は王道のベッドの下に隠すスタイルでした。その他、本棚の奥にベニヤ板を挟んで隠す。壁掛けの絵画の裏に隠す。絵画自体の裏に隠す。天井裏に隠す。引き出しの裏面に隠す。などなど、アナスタシアの母親はわりと本気で隠していました。そして娘はそれ以上に本気で探してしまいました。
さらに娘のアナスタシアは自分が剣を振るう理由を探し始めました。今後の成長に期待です。




