異世界旅行2-1 秋風吹きて夢心地 43
カチコチカチコチ。機械の芸術が規則正しく時を刻む。
いつ見ても美しい。普遍的な美しさがここにある。
これに食いついたのは当然、鬼ノ城華恋。
「やっぱりかっこいいですよねーっ! さっきも見せてもらいましたけど、ずっと見てても飽きない普遍的な美しさです。大振りなムーブメントと小ぶりなものとの対比、それにピンクゴールドのカラーが女性らしさと気位の高さを感じさせます」
「さすが華恋。わかってくれるか。これは自分用に作った特注品で、あたしが一人前だと認められた時に自分で作ったんだ。その時のことを忘れないようにね。それと、新人時代に作ったものも持ってるんだ。初心を忘れないようにね」
次に取り出したのはメタリックレッドとシルバーが組み合わさった腕時計。ムーブメントは文字盤の裏に隠され、一般的に見られるようなシンプルな時計。カラーリングからはスポーツ選手が好みそうな印象。
ミレナさんが両手に持った2つの時計を華恋に手渡す。
「針が動く時の重みに注目してみて。新人時代のは軽い音と振動で、ピンクゴールドのほうは重厚感があるでしょ?」
「本当だ。レッドとシルバーのほうは、『かたっ、かたっ』って振動するのに、ピンクゴールドは『カチッ、カチッ』って重い印象です。重厚感が全然違う!」
華恋は大興奮。対して、腕時計をつける習慣どころか、腕時計の存在を初めて見るスカサハさんは華恋の言葉に懐疑的。
せっかくなのでと、スカサハさんも腕時計を両の掌に置き、心を無にして集中する。
「うーん、なるほど。たしかに振動の重さが全然違う。けど」
「「けど?」」
ここでスカサハさんが、職人に言ってはいけないひと言を言ってしまう。
「それのなにがいいの?」
「「ッ!?」」
言ってしまった。
禁断のひと言を言ってしまった。
烈火の如く、職人魂が爆発する。
まずはミレナさんが口火を切った。
「初対面で悪いけど、きみ、ちょっと芸術的センスがなさすぎなんじゃない?」
「うっ!」
図星らしい。
ミレナさんの絨毯爆撃が続く。
「腕時計はただ単に時刻を確認するだけの代物じゃないの。ベゼル、ムーブメント、ベルト、全てに職人の魂と技術と情熱を注いだ芸術品なわけ。デザイン然り、素材のひとつひとつにもこだわりを持って仕事をしてるんだよね。それだけじゃない。時間っていうのは体験なの。分かる? 1分1秒を大切に生きることを教えてくれる。大切な人と、友人と、恋人と、自分の子供や孫と共に歩む時間はかけがえのないものなんだって教えてくれるためのものでもあるの」
ミレナさんの息継ぎの間を縫って、華恋が無表情で迫る。
「今しがた重厚感の違いを体験してもらったと思うんですが、内部のパワーはもちろんのこと、ムーブメントの厚みも影響してるんです。彼らは1ミクロンの世界で生きてるんです。1ミクロン、たったそれだけの違いのために命を燃やして仕事をするんです。これがどれほど難しく、大変なことかはスカサハさんにも理解できますよね!?」
もうこれ、イエス以外の選択肢を選んだら爆死するやつ。
空気の読めるスカサハさんは正しい答えを選んだ。
「も、もちろんだよ。それと、違いがわからなくて、どんくさくてごめんね。えっと、その、腕時計っていうものをつける習慣どころか、そういうものを持ってなくて、よくわからなかったんだ。どうか許してくれないだろうか」
困惑するスカサハさんに、ミレナさんが商売人の顔を覗かせる。
「仕方ない。スカサハが腕時計の良さを体感するために、彼女の腕時計も特注しよう」
そうきたか。
心の声は喉の奥に閊えて出てこなかった。どうやらアルマちゃんも同じことを思い、喉に閊えて出なかったようだ。
当の本人はどうしていいか分からず、精一杯の処世術を使う。
「わ、わぁ~、ありがとうございます。実は国主になってから、立場的にそういう装飾品も必要になってきまして。どうしようかと華恋に相談しようと思ってたんです。腕時計なら物珍しいですし、華恋が芸術的とまで言うものなら申し分ありません」
「スカサハさんなら黒を基調に、アクセントに金色をあしらってみてはいかがでしょう。全体を黒。針とムーブメントを金。超カッコいいと思うんですよっ!」
情熱に火が点いた華恋がスカサハさんに食いつく。
デザインが完成するまで寝かせてもらえない勢いである。




