新境地 1
誰しも見られたくないものというのは人の見えない場所に隠しておくものです。
作者の場合はあえて見える場所に、景色のように溶け込ませておくスタイルです。
以下、主観【アナスタシア・スレスキナ】
ボルティーニの田舎町。風車が回り、水車が小麦畑に水を汲む、昔ながらののどかな風景。
何もないと言ってしまえばそれまで。だけど私は知っている。秋に黄金の穂をつけて揺れる景色は、何ものにも代えられない景色であることを。
そこはアナスタシア・スレスキナの故郷。
朝起きて学校へ通い、夕方は両親の農作業の手伝いをして、夜に星と歌い、そして眠る。
繰り返される日常に転機が訪れたのはある昼下がり。両親の部屋を掃除した時だった。
ベッドの下に大きめの虫の死骸を発見。
できれば触りたくはない。
箒を伸ばしてもぎりぎり届かない。
仕方がないのでベッドを横に倒して取り除くことにする。
やれやれこれで一件落着。それにしても珍しいこともあるものだ。秋口とはいえボルティーニは雪国。手の平サイズの虫だなんて見たこともない。
虫はあまり好きではないけれど、大きな虫を見て少しテンションが上がった。
ひとしきり目で見て楽しんだのち、ちりとりに掃き入れてその場を立ち去ろうとした矢先、目に飛び込んできたのはベッドの裏にびっしりと敷き詰められ、荷造り用の紐で固定された漫画本。
紐の隙間から取り出せるようになってるところを見ると、定期的に読書を楽しめるように工夫した痕跡が伺える。
それにしても、どうしてこんなところに仕舞う必要があったのだろう。
首を傾げながら、なんだかよく分からないけど見てはいけないものを見てしまったのは間違いではないらしい。
通常であればこのまま何事もなかったかのように振舞うべきだ。
だけど何故だろう。妙にこの漫画の表紙に惹きつけられるのは…………。
裸の男性同士がうっすらと筋肉の乗った肌と肌を絡ませる描写。
こっちのものは男性同士で舌を伸ばしながらキスをしてる。
エトセトラエトセトラ…………ぺらり。
ぺらりぺらり…………ぺらぺらぺらぺらぺらぺらぺらっ、バタンッ。
なんだろうこの言いしれない感情は!
他人の恋物語を見て、こっちまで恥ずかしくなってしまうようなあの感じ!
顔が真っ赤になって頭から湯気が上がる感覚がある。もうこうなると止まらない。
目に見えるものを全部読みきってしまうと、他にもあるのではないかと物色を始めてしまった。
いくら両親の部屋とはいえプライベートな空間をまさぐり漁るなど失礼極まりない。のは分かっているのだけれど、『バレる前に戻しておけばいいや』と自分に言い聞かせて探索開始。
そして熱中して時間を忘れ、帰宅した母親にバレる。
「まさかバレるとは。やっぱり専用の倉庫を借りるべきだったかしら」
「掃除をしてたら偶然見つけて、気になって読んでしまったら止まらなくなっちゃって。ごめんなさい……」
「それはもういいのよ。で、どうだった?」
「どうだったって…………なんていうか、上手く言葉にできないけれど、すごく面白かった」
母はため息をつき、諦めと許容の微笑みを浮かべた。
「やっぱり私の娘ね。知ってしまったら仕方がないわ。貴女もヤオイガールの道を征きなさい。お母さん、応援するから。でも他言してはダメよ。この国にはまだまだヤオイ文化は根付いてないのだから」
そうして私はヤオイガールの果てが無く、泥沼のような道へと歩むのだった。
歩みながら刀剣女子の二つ名を心に刻み、いつか本物の倭国刀を手に入れたいと思うようになる。
倭国刀とは。倭国でのみ製造される古来より伝わりし武器の1つ。その切れ味は天をも切り裂き、あらゆる厄災をも調伏してきたと言われている。
折れず曲がらずよく切れる。三拍子揃った刃物の王様。
なんといっても刀身の美しさ。刃物の王様と呼ばれる所以にあるように、輝く刀身は鏡のように研ぎ澄まされ、柄や鞘などの装飾にいたっても、気位の高さは並みの芸術品を越えている。
それだけでも評価が高いことは勿論のこと、技術の流出を防ぐため、倭国は刀の海外への持ち出しの一切を禁じていた。
もしも密輸をしようとしたり、一部でも持ち出そうとしたならば、法の判決を待たず、その場で打ち首となるほど厳しい制限を設けている。
私物としての搬出は当然、美術館での展示なども行われたことがない。
あるとすれば、倭国刀の写真が載った歴史書や図鑑くらいしか存在しない。
それゆえ、海外のコレクターは命をかけても欲しいと思ってしまうほどに輝いて見えるのだ。
高嶺の花はそれだけで美しく見えるものである。
だからこそ、手に入れたい。
せめて見てみたい。
倭国に行ったとしても、限られた環境、限られた人間にしか手にできないとなれば、その手にできる人間にならなければならない。
ならどうするか。
強くなるしかない。
幸いなことに体力や魔法の扱いには長けてる。だから両親には無理を言ってベルンに移住し、研鑽を積み、なんとか16歳で寄宿生にまでなった。
もっともっと強くなって、憧れの彼を手に入れるために。
そして今、目の前に夢にまで見た倭国刀がちらついてる。
恥ずかしい話し、彼女の腰に提げてる獲物を見てからはそのことしか考えてない。
最初は半信半疑。装飾だけを真似た偽物の剣かと思った。
だけど、彼女の歩み方や仕草を見る限り、偽物を持った人の動きではない。
極めつけは彼女の太刀筋。正直に言えば彼女の太刀筋は速すぎて見ることはできなかった。太刀筋どころか、刀身すら視認できない。まさに神業。誠の剣豪。




