異世界旅行2-1 秋風吹きて夢心地 39
最後の主菜はアジの干物を乗せた鴨蕎麦と、エビ、大葉、キス、山芋、しじみの天麩羅の盛り合わせ。
香りだけだと出汁が強いのかと思いきや、蕎麦の風味がガツンと押し寄せる力強さに圧倒される。それでいて出汁とアジの干物は蕎麦の味を支えるように柔らかく優しい味わい。
癖の強い鴨肉から出るおいしい脂が素材全てに絡み合って、全体の味をまとめ上げる。
天麩羅も文句なし。カリカリサクサク。エビはぷりっと、キスはふんわり。山芋のしゃくしゃくとした噛み心地がたまらない。大葉はあえて成長した固めのものを使うことで、カリッとジューシーに、同時にふわりと香りが立ち昇って、清涼感のある香りが鼻を抜ける。
特筆すべきはしじみの天麩羅。鉄分多めのしじみがたっぷりと使われたそれは、いつまでも噛み続けていたくなるほどの旨味が凝縮してある。
ひとつひとつの料理のクオリティが高い。
エルドラドに訪れて、牧歌的な風景から料理はシンプルなものだと思い込んでしまった。
それがどうだろう。蓋を開けてみればとんでもなく素敵な景色がある。エルドラドの人たちはいつもこんなにおいしいものを食べてるのかな。それとも宴会用の料理だから特別なのかな?
心が通じ合ったのか、わたしと同じことをすみれも考えたみたい。
「ふわぁ~♪ 結構量があって満腹になっちゃいますね。エルドラドの人たちはいつもこんなにおいしい料理を食べてるんでしょうか」
すみれの疑問に華恋が答える。
「いや、さすがにこれは宴会用の料理で、随分と手が込んでると思うよ。ただ、まぁ、一度に200人近い人の食事を作らなきゃだから、普段はひと品ひと品に手間をかける時間がなかなか取れないって事情がある。それでも先月からは、移民の中にプロの料理人がいたから、それ以前に比べて料理の工程は豪華になったんじゃないかな」
「海を越えてやってきたプロの料理人。それはぜひともお話しが聞きたいですね!」
すみれの笑顔に、料理人のラムさんも同意した。
「それは私も気になる。モクズガニの酒蒸しがめちゃくちゃ旨い。どんなふうに料理して、どこに注意しながら作ってるのか直接聞きたい」
それはわたしも興味がある。ベルンでもモクズガニは珍しくない。市場でしか見たことないし、一般人はあまり手に取る印象がない。だけど、こんなにもおいしい料理が作れるのなら、ぜひともやってみたい。
すみれとラムさんの情熱が聞こえた暁さんが2人の間に割って入った。
「それなら紹に聞けばいい。異世界渡航組のみんなになら、エルドラドの通行許可を出すよ。紹、悪いがちょっと来てもらっていいか?」
暁さんが呼びつけた男性が食事をやめてすぐさま彼女の膝元にやってきた。
紹と呼ばれた男性はエルドラドの新しい料理人。先月、エルドラドに移住してきた新しい住人だ。
「紹猩星と言います。エルドラドで厨房を任されてます。なにかご質問があれば、なんなりとお申しつけください」
なんなりと、と言われて、すみれが遠慮なく聞きたいことを聞きまくる。
「どんな料理が得意ですか?」
「そうだな、野菜、肉、魚、穀物、全般作れるけど、肉料理が得意かな。主食が穀物と肉だったから。あと、単純に俺が肉料理が好き」
「エルドラドでは魚食がメインって話しですが、こちらでは主にどんな料理を作られてますか?」
「実は魚料理はまだ勉強中で。特にエルドラドは川に沼に海にって、魚の種類がめちゃくちゃ多くて苦戦してるよ。でも、みんなにおいしい料理を作りたい。だから猛勉強中だね。主食が穀物、野菜、魚だから、それらの食材を使った料理が多いかな。エルドラドは山の恵みも海の恵みも豊富だ。肥沃な土地で、どんな作物も育つから料理人としては腕の振るいがいがあるね!」
「本当に素晴らしい土地ですよねっ! 羨ましいくらいですっ!」
エルドラドを褒められて、リンさんは満面の笑みになる。
紹さんもエルドラドに来られてよかったと笑顔を作った。
これを聞いて、すみれが欲しい暁さんが動く。
「すみれさえよければ、紹たちエルドラドの人たちに料理を教えてやってもらえないか? 異世界の、それこそ世界中の料理を作れるすみれがいれば、エルドラドの食がもっと豊かになると思うんだ」
「私でよろしければもちろん! でも私もまだまだ修行中なので、世界中の料理が作れるというわけでは」
遠慮するすみれの横でラムさんが笑う。
「いやー、世界中の料理は言い過ぎかもだけど、料理のレパートリーの数と質は尋常じゃないと思うよ? 毎回、パーリーに行くたびに見たことない料理が並んでるし」
すみれ大好きレーレィさんも彼女の背中を押す。
「そうそう。いろんな料理を試したいって言って、世界中の料理を作ってるもんね。経験値があるから全然失敗しないし、アレンジの引き出しも多いからすぐに味変しちゃうし。すみれちゃんと一緒の仕事は本当に楽しいわ♪ これからもよろしくね!」
「もちろんです。私もレーレィさんとグリムさんと一緒に料理を作るの、とっても楽しいです♪」




