頼り頼られて、それがチーム 2
前置きに説明されたのはグレンツェンで飲食店を構えるカリー屋さんの話題。
陽気な店主と優しい奥さんがきりもりする人気の料理店。シルヴァさんにオススメされて、エマさんやローザさんたちと一緒に食べに行った記憶がある。バターライスにスパイシーなカリールー。素揚げした色とりどりの野菜が絶品。ひと口食べただけでお気に入りになってしまった。
平日のお昼時なんかは行列ができて、席に座るだけでもひと苦労なほど、人々の胃袋を魅了する。
そこの店主さんが試しに導入しようとしたのが食べられる食器。
アイスのコーンをお皿のように成型したもので、料理を乗せて最後に器も食べられるという代物。テイクアウトなら食器を食べてしまえばゴミが減らせるし、洗う食器もないから手間も省ける。
飲食店の場合、器とはいえ食べもののコーンをテーブルに直置きはできない。器の上に皿を置くという、なんとも本末転倒な絵面にも見えるが、カリー店の宿命である油ものを洗うという重労働を避けられるのならと発注したそうだ。
試しにと最小ロットの300個を注文したはずが、間違えて30000個を発注したそうな。数字を聞いてエマさんが絶句。
「……つまり、余分な29700個をフラワーフェスティバルで消化して欲しい、ということですか?」
ヘラさんは察しがよくて助かると声を弾ませ、両手をぱたむと閉じた。
「そういうこと♪ 既に屋台各員にお願いして、ある程度引き取ってもらってて、ヘイターハーゼには半分近く受け取ってもらったわ。あっちも導入を検討してたみたいで、ちょうどよかったって」
MAX29700個ではないらしい。
「ちなみにあと何個残ってるのですか?」
「約12000個。可能であれば全部消化したいわ。乾燥ものだから賞味期限は長いけど、長く置いておくと水分が抜けてボロボロになって崩れちゃうらしいから」
5桁ッ!
「いちまんにせ…………カウンターに調理担当のシルヴァさんとマーリンさんがいるので、すみれさんとも相談させて下さい」
呆れ半分に愕然とするエマさんとは反対に、私の頭の中で食べられる食器というものが躍り回った。径15cmのワッフルコーンのようなお皿。それに料理を盛って、手に持ってぱくり。
さくさくぱりぱりな食感に合わせるならスイーツ?
それともパイ?
ピッツァというのもアリかもしれない♪
「――――というわけで、ヘラさんから素敵なご依頼があるのですが」
エマさんのオブラートに包装された話しを聞いて、シルヴァさんとマーリンさんが腕を組む。
「なるほど。準備時間にはまだ余裕があるし、できないこともないけれど、メインの鉄板焼きがオープンキッチンスタイルだから、当日に調理をするっていうのはやめたほうがいいわね。冷凍保存できるものにしておいて、オーブンで焼き直すとか。冷蔵庫で保存しておけるものもアリ?」
シルヴァさんの提案に、マーリンさんはつま先でステップを鳴らした。
「といっても、仮に12000個を消化しようとすると、タイムスケジュール的に3日間で概算5000・5000・2000個を売り切らないといけなくなるわ。冷凍庫は広大だけど、冷蔵庫はそこまで大きくないし、他の食材も入ってるから、やるなら冷凍保存できるものね」
ぱん。ぱぱん。ぱぱぱぱんっ。
私とシルヴァさんとマーリンさんが横一列にステップ踏んでミュージカル。
「つまり…………ワン?」
「ツー♪」
「「「ワン、ツー、スリー、フォー!」」」
「それじゃあそれじゃあアツアツピッツァ? もっちゃり濃厚チーズケーキ? グラタン? ラザニア? あっちもこっちも捨てがたい♪」
「冷凍するなら味の濃いもの。オーブン、に入れて焼き直し。やっぱりチーズは捨てがたい♪」
「鯨の燻製、ベーコンにして、カリカリジューシーたまりません♪」
「「「Ah~♪ 眠れるお姫様。情熱のオーブンで、揺り起こすのはだ・ぁ・れぇ~?」」」
「ピッツァもいいけど小麦粉ありき。コーンを代わりにどうですか?」
「それだとチーズが多すぎるかも。くどい男はお断り!」
「もっちゃり濃厚チーズケーキ。食後のスイーツに、いかが?」
「甘いマスクは素敵だけれど、これだと量が多すぎるかも。重い優男もお断り!」
「残るはグラタン? それともラザニア? お米とパスタの一騎打ち♪」
「「「Ah~♪ 魅惑の炭水化物。お姫様のキスはどちらのものに?」」」
「お米に鳥ガラ牛コツスープ。ベーコン、ガーリック下味つけて、最後にチーズをどーんどんっ!」
「ベーコン、チーズにホウレンソウ。卵に包んで夢心地。ホワイトソースオムレツミートソースピザチーズミルフィーユ♪」
「「「オーブンで焼いて召し上がれ♪」」」
♪ ただいま調理中 ♪
「――――というわけで、試作を作ってみました。どうでしょう?」
「「「「「即興で作ったとは思えないうまさッ!」」」」」
マーリンさんとシルヴァさんとハイタッチ。やっぱりおいしいって言ってもらえることがなにより嬉しい。料理人にとって、食べてもらえる人の笑顔はなによりのご褒美なのだ。
とはいえこれはあくまで味の話し。これに商売が絡んでくると、また違った結果を求める必要がある。
ラザニアの卵とほうれん草とベーコンとチーズの黄金カルテットに、ミルフィーユの楽しいふわふわとろ~り食感も捨てがたい。だけど、お米を主食としてきた私としてはグラタンを推したい。
薄味の鳥と牛の合わせスープをお米に絡ませ、炒めたベーコンとガーリックキューブでパンチを上乗せ。さらにチーズでコクを足し算したひと品は破壊力抜群の逸品。
しかしその工程において技術力を要求するグラタンは、作り手によって簡単に味が変わってしまう。さらに鳥と牛骨からスープをとる作業も大変。
対してラザニアは分量通りに混ぜて乗せるだけと意外に簡単。オムレツに関しても難しいことはなく、料理が得意でない面々でも簡単に作れるとして、お姫様とキスをするのはラザニアとなりました。
でもどっちもおいしいし、マーリンさん発案のグラタンはオリジナリティに溢れてるので、今度、自分でも作ってみようと思います。
「いつもこんなふうにお料理をしてるの? 楽しそうでいいわぁ~♪ (ヘラ)」
「いつもこんな感じで回っています。歌の中に入れない自分が悔しいです。ここはやっぱり、経験がないと合唱できなくてっ! (エマ)」
「頑張っていればできるようになるわ。エマちゃんは頑張り屋さんなんだから (シルヴァ)」
「しかし……リーダーをすると、自分が他人なしでは何もできないって痛感させられて、みなさんには感謝しっぱなしです (エマ)」
「いいじゃない。それがチームの醍醐味なんだから。頼って頼られて、同じ方向を向いて歩いていく。青春じゃない。あっちを見て。あの子はなんでも自分で出来てしまうがゆえに、なんでも自分でしないと気が済まない。出来るだけのダメな女がいるわよ。彼女の前では言えないけれど、あんな隙のない女になっちゃダメよ! (マーリン)」
あっちを見るとほろ酔い気分でお酒を楽しみながら、マルタさんに肩を支えられているユノさんの姿がある。エマさんはそれを見て静かにうなずいた。
ユノさんはすっごい頑張り屋さんで、多くの人の笑顔のために努力できるスーパーウーマン。世界中から尊敬される女性……だけど、料理と同じで濃い味付けばかりでは飽きてしまう。過ぎたるは及ばざるが如しということだろうか。
自分はまだまだ及ぶところにすら届いてないだろうけど、何事も塩梅というものが大事なのだと思いました。
~~~おまけ小話『出番』~~~
ヘラ「そう言えば、鯨の骨で作ったあのテーブルと椅子。おいくら万ピノするの?」
エリザベス「そうっすねぇ、キッチンに出す用のテーブルは約130万ピノ。椅子は80万ピノってところですね」
ヘラ「高っ! 全部で450万ピノ……車が買える」
エリザベス「それはまぁ鯨の骨で作った家具なんて、世の中に出回ってない希少な商品ですからね。くわえて技術量とか付加価値とかこみこみでそんくらいです。専売させてもらう分は装飾も入れるんで、倍以上の値段で売りますよ。端材サイズの小さいのは食器や写真立て、化粧道具なんかにする予定です。ちなみに300ピノで売るって言ったお皿は軒並みひと皿4000~6000ピノです」
ヘラ「……高い。大丈夫なの? いくらチャリティーって言ってもそんな大出血サービス。致死量いってないよね」
エリザベス「材料費がタダですから。それにこういう細かい単純作業は若手の技術力向上に役立つので、費用対効果以上のものを貰ってます。無論、手抜きはしてないのでご安心下さい。ぶっちゃけオーダーメイドの家具は粗利益率が高いので全然問題ないくらいです。罪悪感を感じるほどに!」
デイビッド「その代わりに売り上げの一部は寄付に回すんでしょ? もーぅ関心しちゃうわぁい!」
ヘラ「あらあらデイビッドさん。本編で出番がないからこっちに来たの?」
デイビッド「大丈V。このあとアルマちゃんにアプローチしに行くから。出番はある! ……はず」
エリザベス「すみれちゃんがスプーンに目を輝かせている時、デイビッドさんが近寄ってきたんですけど、ジュリエットに出番をとられてそわそわしてましたね」
デイビッド「いやぁ~ん、それを言わないでぇ」
ヘラ「あらまぁ、それは災難でしたね。でもきっとありますよ、出番。多分。きっと。おそらく」
デイビッド「ヘラさん…………最後のそれ、フラグじゃない? でも出来る男は気に入らないフラグなんてへし折っちゃうんだからねっ!」
後半で料理大好きっ子たちが即興で歌を歌いました。
前半で否定されたピッツァとチーズケーキも、色々と思考して工夫すれば冷凍して焼き直しとかできます。
ではなぜお断りしたのか。気分と勘です。なんかこれダメそう、と直感で感じたので候補から降ろされました。ディスカッションをする時のように、とりあえずアイデアを全部出して、実際にどれが目的に適しているかを選別した流れです。




