胸を張って夢を語ろう 2
がっかりと肩を落とすシェリーさん。彼女はかしこまった場でもなければリップサービスはしない性格。
「そうか、それは残念だな。でもせっかくグレンツェンに留学したんだから、暇な時間ができたらベルンに遊びに来てくれ。街を紹介するよ。その時は是非、ゆきぽんも一緒に来てくれ!」
ゆきぽんのくだりの語気が強い。
「ベレッタはどうだ? 以前、宮廷魔導士の推薦を断ったと聞いてるが」
アルマちゃんが遠くに行かないと断言したことにほっと胸をなでおろしたのも束の間、シェリーさんの意識がわたしに向いた。
どうしよう。アルマちゃんが行かないならわたしも行かないだなんて理由で断れない。
とはいえ、魔法を研究するなら、頭では宮廷魔導士になるのが一番の近道だということも分かってる。学生のアルマちゃんに教えを乞うのも、ずっと彼女に寄り添って隣にいるのも迷惑に違いない。
でも、アルマちゃんみたいに大好きな魔法で誰かを笑顔にしたいという思いは本物。
どうすれば、どうすればいいのだろう。
「正直なところ、どうすればいいのか分からないんです。アルマちゃんみたいに魔法で誰かを笑顔にしたい。だけどそのためにどうすればいいのか」
シェリーさんは残念そうに顔をしかめた。
マーリンさんは納得して、それならと、肩を掴んで体をひねらせる。
「なるほどね。ベレッタちゃんはベレッタちゃんなりに悩んでるのね。老婆心だけど、それだったら誰かの背中を間近で追いかけてみたらいいんじゃない? 多分、それが一番、ベレッタちゃんの性格に合ってると思う。ちょうどいい子があそこにいるじゃない」
マーリンさんはバイキング形式の料理を無理やり皿に盛りつけられて、口に放り込まれるユノさんを指さしてそう言い放った。
宮廷魔導士の研究職として仕事をしてる彼女の助手として働き、間近でプロの仕事を感じてみれば何かが見えてくるのではないか。
分からないなら分からないなりに、行動してみようと背中を押してくれたのだ。
ユノさんは教員職もこなす宮廷魔導士。戦闘派ではなく研究職。戦闘もできる研究職。
彼女は攻撃系の魔法と補助系の魔法の開発、龍脈や気象系魔法の研究と視野が広い。
ベルンでもグレンツェンでも教鞭をとる彼女の元で働けるなら、きっとたくさんのことを学べるはず。キッチンを通して何度か会話したこともある。
だけどそれはつまり、彼女の人気の高さを表した。優秀な宮廷魔導士には何人ものお弟子さんがいるという。
寄宿生でもないわたしを助手になどしてくれるものだろうか。
まずはお話しと、背中をぐいぐい押してくれるマーリンさん。ユノさんにことの顛末を説明すると、それは頼もしいと笑みがこぼれた。
「ベレッタさんが私の助手兼ハウスキーパー兼専属料理人兼小間使いになって下さるのですか? それはとっても助かります。あ、カクテル下さい。甘いやつ」
ユノさんは随分気持ちよく酔ってるみたい。
「なんか色々引っ付いてるんだけど。甘いやつなら梅酒をロックで作るわね」
バーテンもできるマーリンさん。意気揚々と踊り出す。
「すみません。ユノ先輩は酔うと変な事を口走るんです。仕事中はもっと酷いですが」
もっと酷いことってあります?
なんかヤバそうと思ったマーリンさんがカウンターから乗り出した。
「提案した矢先だけど間違いだったかもしれない。ユノちゃんのところがヤバそうなら私のところに来てもいいのよ。ほとんど料理を学ぶことになるだろうけど」
魔法も料理も勉強したい。
対立するようにユノさんが割って入る。
「そんなことありませんよぉ。きっといろんなことを勉強できますよ。主にお部屋の片付けから掃除まで」
狭っ!
学べる範囲が狭すぎる!
というのは冗談として、具体的には参考資料の調達や荷物持ち。スケジュールの調整といった身の回りのお世話。
冗談として、と言った矢先だけど、同居するということなので、本当に料理とか部屋の片付けなどもさせられるようだ。
ユノさんは隙が無くて彼氏にフラれると嘆いてた。プライベートは意外とずぼらなのかもしれない。少しギャップ萌え。
「ユノが仕事をしてる隣で彼女を見てれば、きっと成長できるだろう。それもあって、宮廷魔導士見習いは諸先輩の手伝いをしながら力をつけていってるからな。ユノは特別だけど」
「特別というのは、やっぱり沢山の助手さんを抱えてらっしゃるのですか?」
「いやその逆だ。ユノが完璧すぎて助手が逃げる。マルタはよく頑張ってるよな。だから食らいついていければ飛躍的に成長できるだろう」
マルタさん、すごいです!
さすがその歳で宮廷魔導士見習いになるだけはある。
しかし、助手のマルタさんのため息は深い。
「今回は特別です。仕事量が多すぎて監視に入らないと、ユノ先輩が仕事をしながら幸せな寝顔で死ぬかもしれないって、上司が心配して指示を飛ばしたんです。案の定、見習いにやらせておけばいいような簡単な仕事も、全部1人でやるもんですから、周囲の人たちは気が気じゃありませんでした」
「…………ベレッタ、頼む。ユノの助手になって彼女が暴走しないように見張っておいてくれ。給料はこっちから出すから」
シェリーさんが珍しく真剣に焦る。
「大丈夫ですってば、もぅ。致死量ギリギリで仕事してますから、死んだりしませんよ」
「これはダメそうね」
「はい、ダメなんです」
本当にダメそうだ。
見た目からは想像もできないダメ加減。
いい加減を通り越したダメ加減。
なんでもできてしまうがゆえに、なんでも自分でしないと気が済まないダメ人間。
他人を信用してないわけではないけれど、人に迷惑をかけまいと自分でなんでもやって、人に迷惑をかけてしまうタイプ。
ユノさんの性格はともかくとして、これはチャンスだ。自分を変える絶好のチャンス。
お酒の力もあって、やる気スイッチがオンになる。このまま滑りこんでしまおう。酔いが醒めたら、またうじうじしてしまいかねない。
ならここは勢いだ。
勢いで乗り切ってしまわなければならない。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いしますっ!」
「いいよぉ~。シェリーさんの言質もあるし、お給料のことは任せておいて♪」
グラスを傾けてひと含み。おいしい、とひと言呟いて、少し舌足らずだった表情はまっすぐにわたしの目を見つめた。
お酒のせいで頬は紅潮し、口角も緩んでる。けれど、彼女の刺すような視線はわたしの心を試すように、はっきりとした口調で語りかけてきた。
「それより大切なことを聞いておかなきゃ。何故か私のところに助手は来てくれないんだけど、それでも時々、助手を買って出てくれる人はいるの。すぐ辞めちゃうけど。でもまぁ、ベルンには宮廷魔導士見習いと寄宿生もいて、宮廷魔導士の元でお手伝いしたいって子は沢山いるのね。私以外の人で。ベレッタちゃんは素質はあるけどあくまで一般人。だからそういう人たちのやっかみとか、さいあくの場合、いじめに合うかもしれない。下郎は発見し次第、刑事訴訟をした上で即除名だけど。立場としては貴女は目立つ所に身を置こうとしてる。それでもしっかり前を向いて歩いていけるって約束できるなら、是非に私の助手になって欲しい。胸を張って夢を語れる?」
「はい、勿論ですッ!」
「よっし! それじゃあ詳しいことは後日相談するから、よろしくね♪」
「はいっ!」
これから新しい人生が始まる予感がしてわくわくする。
わたしもアルマちゃんみたいになれたなら、きっとなにかいいことが起こる気がする!
わくわくいっぱいのわたしと正反対に、シェリーさんの胸は不安でいっぱい。
「ベレッタ…………困ったこととか悩みごとができたら、気兼ねなく私やマルタに相談するんだぞ。ため込んだら体によくないからな」
騎士団長のシェリーさんに相談するなんて、それこそやっかみを買いそう。
「そうですよ。見習いも頼りになる人たちばっかりですから、是非頼って下さいね」
マルタさんはきっと最も近い存在になるだろう。
専門的な仕事のお悩み相談をするなら彼女が一番いいかもしれない。
「私もいつでも相談に乗るから、連絡ちょうだいね」
マーリンさんは心強い。
ベルンとは関係ない人だから、純粋な仕事の悩みは打ち明けやすそう。
「アルマもっ! アルマも助けになりますから。無理はしないで下さいね」
気持ちは嬉しいけど、年下に悩みを打ち明けるのはちょっと。
でも、
「みなさん本当に、本当にありがとうございますっ!」
なんだか妙に心配された。ユノさんの不穏な言葉のせいで。
なんにせよ、心配されてるってことは、それだけ大事に想われてるってことだよね。
あぁ~、こういうのってなんだか嬉しいな。
手渡された梅酒は甘く、飲み込むとわずかな酸味を残してすっと消えていった。
嫌なこともあるだろうけど、きっとそればかりじゃない。
楽しいことだって沢山あるはずだ。
嫌なことも楽しいことも、全て噛みしめて前へ進もう。
~~~おまけ小話『心配性』~~~
暁「どうした、アーディ。ベレッタが心配?」
アーディ「あぁ、まぁ一応。俺が見る限り、ベレッタとユノさんは似た者同士なんだ。修道院では子供たちの面倒をよく見てたせいか、何でもできるようになってな。ユノさんも完璧超人なんだが、ベレッタもあれで完璧超人なんだよ。でも押しが弱いからそうは見えないだけなんだ。同属が和合するか嫌悪するかはお互いの信頼次第ではあるが、尖った性格の人間の二人三脚はなかなかどうして難しい。そこの幼馴染の工房長みたいに」
暁「それはよく分かる。そういう時は間に誰かが入ったらうまくいくよね。イッシュとライラックとネーディアみたいに」
アーディ「あの2人の間に入るのはなかなかしんどそうだ。マルタさん、シェリーさん、あとはお願いします」
シェリー「どんどん不安になってきた」
マルタ「サンドイッチは挟まれるより食べる派でーす」
アーディ「暁、アルマを説得できないだろうか?」
暁「たしかにアルマなら緩衝材として適任かもしれないが、一度決めたらなかなか動かないからなぁ。それにシェアハウスをしてるハティのことを師匠と仰いでるから、絶対に移住しないと思うよ」
アーディ「そうか。う~ん、こうなったら俺が移住するしか」
暁/シェリー/マルタ「「「義兄も大概だなぁ」」」
なんでも自分でやらないと気が済まない困ったちゃんです。
こういう人の頭の中には自分以外の存在はありません。
ユノも社交的ではありますが仕事や自分の興味のある分野になると、自分の思った通りにしたいタイプなので基本的に人の話は聞かないし、仕事を頼んだとしても最後にチェックを入れて自分好みに訂正・改ざんする人です。
こうされると、任された人は自分のことを信用されていないのではないかと疑義を感じます。信じていないわけではないでしょうが、同意や確認をすると反対意見をもってこられるのが分かっているので、勝手に書き換えを行います。
さぁ、そんな変人を相手にベレッタは助手としてどう接していくのでしょうか。
それはしばらく後になりますが、楽しみに待っていただけると嬉しいです。




