幸せ爆弾
グレンツェンに移住して初めての朝がやってきました。
慣れない土地で分からないことがたくさんある小鳥遊すみれは、朝食作りをヤヤに頼む。
彼女は朝食の芸術家。彼女はどんなご飯を作るのでしょうか?
以下、主観【小鳥遊すみれ】
今日のおはようは、いつものおはようとは違う。
身長191センチの背中に三つ編みを揺らすハティさんと、小さいのにしっかり者のヤヤちゃんが、朝食の準備のために早起きをした。
2人におはようを言って、ここには見知った顔がないことを再認識してしまう。
少しだけ寂しさを感じた。だけど、心の中で3人におはようを言うと、なんだかちょっとだけ笑顔になる。おばちゃんたちも、きっと同じ空の下で元気にしているに違いない。
歯磨きを終えてリビングに出ると、ヤヤちゃんが楽しそうに躍り出る。
「すみれさんは何になさいますか? ハティさんはバターコーヒー。私はミルクとトーストにしようと思います。すみれさんはいつも、どんな朝食を召し上がるのですか?」
自前のエプロンに身を包んだヤヤちゃんが大人びて見える。
「えっと、玄米に炭噌汁。それから夕飯に残ったおかずが並んで、時々、納豆や卵かけご飯。それからお猪口1杯の肝油」
「ん~、どれも用意がありませんね。申し訳ございません」
「そんなことないよ。謝らないで。私はヤヤちゃんと同じものが食べてみたいな」
「かしこまりました。トーストの厚さはどれくらいにしますか? それからトッピングはいかがいたしましょう。アップルバターにバニラアイス。蜂蜜、マーマレード、グーズベリーやカシスのジャムもありますが」
まるで魔法の呪文のようだ。
かろうじてアップル、アイス、蜂蜜は分かる。とりあえず、トーストとやらと一緒に食べるものだろう。
分からないので正直に分からないと伝えましょう。
「その、ごめんね。トーストっていうものが分からなくて、どうしていいか分からないんだ」
「かしこまりました。では、私のオススメをご賞味下さい。すぐに作りますから、しばしお待ちを」
お礼を言ってすれ違いざまに耳元で、『自分の味覚は一般的なものだと自負してますので、安心してください』と囁いた。
小声でこれを言うということは、この中に変わった味覚の持ち主がいるということか。
多分、アルマちゃんかな。
2人分のミルクを準備して、テーブルにしつらえた椅子に座り、カウンター越しにキッチンの電化機器を使いこなすヤヤちゃんを眺めていると、遅れてキキちゃんとアルマちゃんが登場。
まだ眠そうに瞼をこすりながら、お姉さんの質問をはねのけて、朝食は自分で支度すると妹がつっぱねる。
やんちゃで無邪気な印象のあるキキちゃん。自分のことは自分でできる、お姉さんと同じでしっかりしているなと感心してしまう。
アルマちゃんも同様に、自分で支度をすると言うと目が覚めた。
そして、小さな声でつぶやいたひと言で、なにやら暗雲立ち込める思いになったのは間違いではない。
曰く、『ヤヤちゃんにご飯を頼むと、芸術家になっちゃうからなぁ』。
芸術家とはいったい。
もちろん、アートでファンタスティックな人たちの総称であるということは知っている。
だからこそ、なぜ芸術家になっちゃうのか。
朝食の芸術家。なんだか素敵かも。
ふわふわな妄想の中にいる私の思考にキキちゃんが入場。
「すみれお姉ちゃんはミルクだけ?」
「ううん。グレンツェンの朝食がどんなのか分からないから、ヤヤちゃんにお願いしたんだ♪ あ、ミルクとってくるね」
「「わぁーお。それはやっちゃったかも」」
キキちゃんとアルマちゃんの台詞と表情がシンクロした。
大根を引っこ抜こうとして、力ずくで引いたがために真ん中からぽっきり折れて、『しまった、やってしまった』というような顔。
そんなに大変なことになっちゃうの?
それはそれで見てみたい。
トースターから飛び出したパンをお皿に乗せて、ヤヤちゃんのためにトーストにバターをぬりぬり。コップにミルクを注ぐ。なんだかちょっとお姉さんになった気がする。
しかも、コーヒーを飲むのはお姉さん。ということは私は妹。姉と妹という両方の属性を持ち合わせてしまったのではないか。
家族?
これって家族?
ほわわ~。なんだかとっても楽しいな!
今までずっと一人っ子。年近い人と同じ屋根の下で暮らしたことなんてない。同じ屋根どころか、視界に入ったこともない。
早朝に訪れた寂しさなんてとうに通り過ぎてしまうほど、彼の日に抱いた理想の光景が目の前に広がっていることが奇跡的で、どうしようもなく愛おしい。
愛おしいヤヤちゃんが、満面の笑みで朝食を作ってくれる。
それだけで嬉しくて仕方ない。
さぁさぁ一般的な朝食とはいったいどんなものなのか。
「お待たせしました。ヤヤ特製【モーニングハニートースト】~バニラアイスとグーズベリーの結婚式、ミツバチの贈物を添えて~。でございます」
わ…………わっ、わっ、わっっっ、わぁーーーーーーおっ!
10センチ四方のこんがりトーストの上に、月のようなまんまるアイス。甘酸っぱいグーズベリーがふんだんに散りばめられた朧雲のような景色。金色の蜂蜜がキラキラとまばゆく光る芸術品。
これはまさに、そうまさに、カロリーと幸せの爆弾ッ!
「わぁー……ヤヤちゃん、気合い入ってるねぇー…… (棒)」
「わぁー……さすがヤヤ。ちょーあまとー…… (棒)」
なるほど。2人が言っていたのはこういうことか。
お皿の上の芸術品。最高じゃないかっ!
ナイフを手に取り、ひと口大に切り分けてフォークに刺してぱくり。
カリカリこんがりトーストの香ばしさは未来への喝采。
あまあまバニラに甘酸っぱいグーズベリーのフレンチキス。
新郎新婦を祝福せんとやってくる、ミツバチのフラワーコール。
幸せが、幸せが口いっぱいに広がっていくよぉ~~!!
「いかがですか。お口に合いましたでしょうか?」
「すっごく、すっっっっっっっっごくおいしいッ!!」
「そうですか。それはよかった!」
おいしい。おいしすぎて涙が出てきた。
気づいたらお皿の上は空っぽになって、お腹がいっぱいになって動けない。
はぁ~~……朝からこんなんじゃ、夜には幸せで、ばたんきゅうかもぉ♪
~おまけ小話『ほっぺたもちもち』~
すみれ「ハティさんはバターコーヒーだけですが、それだけで足りるんですか?」
ハティ「大丈夫。朝はあんまりお腹が空いてない。それに、食べすぎると身長が伸びるかもしれない」
キキ/ヤヤ「「羨ましい」」
ハティ「2人もこれから成長する。でもあんまり大きくなっちゃダメ。そんなにいいことはない」
ペーシェ「ある程度の身長は欲しいけど、ってやつですね。見た目はいいけど私生活が大変なやつ」
アルマ「シェアハウスの選択肢も少なくなってしまいましたしね。むしろこんなにいい物件があったことが幸運です。ヘラさんさまさまです」
ヘラ「いいえ、このくらいのことはお安い御用よ。キキちゃんたちは育ち盛りだから、栄養バランスよく、しっかり食べて、しっかり学んで、しっかり遊んで、しっかり寝て、しっかり青春しましょうね♪」
キキ「やることいっぱいでわっくわくだ♪」
ヤヤ「さしあたって、引っ越し祝いのティーパーティー。いっぱい食べて、いっぱい食べて、いっぱい甘いものを食べましょう♪」
キキ「食べすぎ! ほっぺたもちもちになっちゃうよ!」
ペーシェ「ほっぺたもちもちってかわいいな」
ハティ「ほっぺたもちもちが、かわいい?」
アルマ「ハティさんがほっぺたもちもちになろうとしている!? それはダメです!」
すみれ「任せてっ! お料理は大好きだから、みんなにおいしいご飯を作って笑顔にしちゃうぞ♪」
ヤヤの手によって、カロリーと幸せの爆弾が創造されました。
最高の朝食に、素敵な仲間とともに食べる朝ごはんは、とてもきらきらと輝いて彼女たちの今日を素晴らしいものにしてくれることでしょう。
次回は、引っ越し祝いをしようということでみんなでスーパーに買い物に行きます。
そこには、すみれたちにとって、見たことも聞いたこともない品物が所狭しと並ぶワンダーランド。彼女たちは商品棚のラビリンスから、無事に戻ってくることはできるのでしょうか?
そして、楽しい引っ越し祝いはできるのでしょうか?




