今が幸せならそれでいい?
結果よければ全てよしってことです。
結果を得るまでに色々あって、心残りとかもあるでしょうけど、過去は変えられないので考えても仕方がないと思います。作者はそう思います。
以下、主観【ウォルフ・カーネリアン】
とても言葉にできないことだが鼻が曲がりそうだ。
獣人は概ね人の姿をしているけれど、身体的特徴の多くは獣寄りな人々が殆どである。
素の身体能力も高い。耳も目も人の何倍も優れた。狼の獣人であるがゆえに、あたしも例に漏れず鼻がよく利く。
だから屠殺ショーと聞いて、部屋中が血の匂いで充満して気分が悪くなるのではと思って覚悟はしていた。
それはハティさんが持って来た魔法道具のおかげで防がれたのだけど、まさかまんま鮮血を飲むことになるとは思わなかった。
彼女の言葉の意味と願いについては共感してる。無理して飲まなくてもいいと前置きされた。けど、同調圧力を感じて杯を掲げずにいられようもない。
それに友達扱いで隣にいるようにと厳命されたとはいえ、あたしとエマは2人の使用人。主人に恥をかかせることだけは決してできない。
全てはあの日、記憶を失くし行き倒れていたあたしを拾ってくれたティレットお嬢様と、そしてヘイズマン家への恩返しのためである。
だから今も、ガレットお嬢様の友達百人計画達成のために尽力していた。
漂う血煙のような匂いを我慢しながら、アルマの空中散歩をガレットお嬢様と楽しんだり、話しのきっかけを作ろうと訪れた人々に話しかけている。
キッチンのメンバーは気さくで社交的な人が多い。むこうからの声かけもある。こちらから話しかければ丁寧に受け答えをしてくれる。
みんなに比べてひと回り年下のガレットは妹的な扱いでかわいがられた。メアドの交換とかレイアウトの提案とかも発信していくようになって、以前のガレットとは見違えるように他人と接することに前向きになってきてる。
だから彼女の手助けになることはなんでもしたい。
そんな姉のような感情を抱いて、満足した日々を送っていた。
今日の前祝いにはキッチンを支えてくれた工房の人たちがやってくる。
彼らは面倒見がいいと評判で、きっと良い友達になってくれるだろう。
ペーシェの弟君も過剰なほどに女性慣れしてるみたい。ガレットがお友達になって下さいとメアド交換を願い出た時も、驚きはしたものの紳士的な対応をしてくれた。
その流れで取り巻きの女の子たちとも友達になって、ガレットは笑顔を浮かべる。
ペーシェからは愚弟の毒牙にはくれぐれも注意しろと念を押されたけど……。
次に向かうは手作りのアロマグッズを作るというセチア・カルチポア。生粋の大和撫子という雰囲気。ガレットの理想の女性像そのまんま。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
そんな感じの人物だ。なのだが……あたしとしては、彼女と付き合うのは危険な香りがする。危険な香りというか、今も強烈な血と死臭の匂いが鼻を突き抜けていた。
すれ違い際に襲った吐き気をもよおす凍るような匂い。
何かの間違いかと思ったが間違いない。彼女の髪と肌から、こびりついたような気色の悪い香りが漂ってくる。
しかし雰囲気はまるで正反対。本当に穏やかで優しい性格。本当の悪人は良い人の面をしてるというが、それなのだろうか。
暁さんにしろゴードンにしろ、セチアの後ろを付いて回るリィリィにしてもそんな様子はない。思い違いだろうか。そうであって欲しいと願うばかりだ。
ともあれできれば彼女に関わりたくはない。色々と嫌な予感がするんだよなぁ。これは女の勘だけど。
しかし、緊張したガレットがあたしの体にしがみついて無理やり前に進ませる。
本来なら引きはがして自分から声をかけるように言うところなんだろう。
恥ずかしそうにするガレットを見るといつも甘やかしてしまう。
まぁワンクッションを置くのも悪くないだろう。
「初めまして。あたしはウォルフ・カーネリアンと言います。こっちがガレット・ヘイズマン。実はガレットはお花が好きで、アルマに渡した花の香りのするアロマキャンドルに興味があるみたいなんです。よかったらお話しを聞かせてもらってもいいですか?」
友達になるには共通の話題。これが一番効果的。幸い、ガレットはお花が大好きで花言葉に詳しい。お花屋さんとなら話しが合うはずだ。
ついでに椅子に座ってしまえばおいそれと席を立とうとは思えないだろう。完璧な作戦。頑張って勉強してきた成果を今見せる時。
何故か驚いた様子を見せるも、二つ返事で椅子を引く。とにかく第一段階はクリアだ。
と思ったのに、何かに気付いたリィリィがセチアの耳元でこそこそ話しをし始めた。
何か粗相があっただろうか。思い当たらない。不自然な点は無かったはずだが。
「えっと、何か失礼がありましたでしょうか?」
あたしのせいでガレットの友達百人計画を失敗に終わらせたりなんかできない。
「すみません。私とリィリィの友人が貴女に似てたもので、少し驚いてしまって。I・ディオルガという名前なのですが、ご存じありませんか?」
「あ、そうだったんですか。すみません。その方の名前は存じ上げません。でも嬉しいです。同じ狼の獣人が人と友達だなんて」
「そう、ですか。もしもI・ディオルガを名乗る方がいらっしゃったら、ご一報いただいてもよろしいですか?」
「ええ、それは勿論。それで話しが変わるのですが――――」
趣味の話題に切り替えてガレットにしゃべらせると、好きな花の話題から、彼女が育てている庭園に続き、ヘイズマン家の庭の様相を語る。
セチアが作ったアロマキャンドルの香り。
グレンツェンに咲く四季折々の花々。
それはもう、素晴らしいガールズトークの華を咲いた。
最初はたどたどしくしていたガレットも、調子が乗ってくるにつれて饒舌になっていく。本当に、この短い間で成長なされた。ウォルフは嬉しゅうございます。
この様子ならしばらく離れても大丈夫だろう。しばらくというのは、飲み物をとってくる少しの時間。
いつもならそんな少しの時間でも、ガレットは離れないでくれと言うからなぁ。かわいらしいったらありゃしない。
コップに水を注いで席に戻ると、リィリィがあたしの横に座るように待ち構えていた。
吸血姫と呼ばれる少女。
血は舐める程度しかすすってなかった。マズくて変顔になってた。
日の光を浴びても大丈夫。
八重歯も普通サイズ。
お姫様って呼ばれるのも頷ける美少女。とはいえ、わざわざ吸血を引っ付ける意味が分からない。
ギャップ萌え狙いなのか。吸血鬼の性格の逆を行ってるという意味で、あえて姫をくっつけてるのだろうか。
伝承では女の吸血鬼は美しい姿をしてるという。色白の肌で金髪サラサラストレートヘアだけを見れば、たしかに超絶美少女。
吸血鬼のような浮世離れした美しさであることは間違いない。
実際、かわいい。ガレットはいじらしい方向でかわいい。この子は整った容姿にくわえて屈託のない笑顔が好印象。姫と呼ばれるにふさわしい。
「はい、リィリィの分の飲み物。って言っても水なんだけど」
「ありがとうございます。あの、あいちゃん…………間違えた。ウォルフさんのその左耳の刀傷。どうしたんですか?」
「刀傷? あぁこれのことか。いや、いつ付いたのか分からないな。というか、実を言うと記憶喪失でさ。ティレットお嬢様と出会う以前の記憶はないんだ」
「ッ!? じゃあじゃあ、リィリィの耳元でこそこそ話ししてみて。手を添えて!」
「え、なんで?」
よくわからないがとりあえず言われるがまま耳元でこそこそと小声でしゃべってみた。
しゃべる内容が思い当たらないから適当な言葉を並べてみる。
すると少女は添えた手を掴んで凝視するではないか。
よく見ると小指とお姉さん指が曲がって壁の役割を放棄している。それに驚いたのか、彼女は飛び上がるなりセチアにひそひそ話しをし始めたではないか。
なんなのコレ。
何が起きてるの?
よく分からないんだけど。
なんなんだろう。子供っていうのは時折、大人には分からない奇行に走るもの。当然、彼女の行動は全くもって意味が分からん。
それになぜだろう。耳の傷は確かに刀で斬られたような感じではあるけど、なんでいきなり【刀傷】って断定したのだろうか。
それに、添えた手の形が変なのを知ってるかのように、先んじて手を添えるように強要した。
もしかしてアレなのか。失踪か何かしたらしい友人が、記憶を失くしたあたしだったりするのだろうか。
それを確認するために外堀から情報を埋めていってるのだろうか。
だとしても、記憶がないから本人かどうかなんてわからないんだけど。
なんにせよ、ガレットは楽しそうにしている。セチアは悪人ではないようだ。良かったとするべきだ。
グレンツェンでお花屋さんの家に生まれたというバディラン姉妹とも仲良くなれた。
友達作りとしては大成功と言っても過言ではない。
あとは腹いっぱいのご飯を食べて、酔い潰れない程度に酒を飲んで、ルージィを酔い潰して我が家へ拉致すればティレットお嬢様も大満足。
最後の大仕事ができる程度に楽しもう。
仕事が半分終わったような気分で肩の力を落としていると、目の前にセチアとリィリィが座った。
真剣な表情であたしの目を凝視する。比喩表現とかじゃなくて、本当にあたしの眼球を直視した。
金色の虹彩を持つ獣人は珍しくない、やや縦長の瞳が珍しいのだろうか。無言でじっと見つめてくる。
しばらくして、セチアは決意するように口を開いた。
「失礼ながらウォルフさん。貴女は間違いなく我々の戦友であるあいさんです。その左耳の刀傷。深い紫色の髪と尻尾。金色の眼。極め付きは手の添え方。全部あいさんの特徴と一緒です。それに記憶を失くしたというのも、彼女の特徴と一致してます。記憶を失くした貴女には、何を言ってるのだろうと思うでしょうけれど」
「マジか。正直言って半信半疑だけど、それが本当だったとして、記憶を失くす前のあたしってどんなだったんだ?」
「ーーーー嫌です。伝えたくありません」
なぬっ!?
「は? そこまで引っ張っておいてそれはないだろ」
「嫌です。だって、もしも本当に貴女があいさんだったとして、今の貴女は……とても幸せそうだから」
「い、意味が分からん」
「思い出す必要のない過去もあるということです。私は、今が幸せならそれでいいと思ってます。でももしも。もしも失った記憶を取り戻したいと思うのなら、その時は私のところへいらっしゃって下さい。必ずお役に立ってみせます」
意味ありげな言葉を一方的に投げ込まれてサンドバッグになった挙句、ふわっとしたフォローを残して席に戻った。
失った記憶。取り戻したいとは思うけど、どうせろくなものではないだろうとは思ってた。
追い打ちをかけるように大和撫子の刺すような視線と言葉。あたしの過去に何があったのだろうか。
そう思いながら彼女の口にした、『今が幸せならそれでいい』という言葉がしっくりくる。
不意に記憶を失くそうがなんだろうが、誰にだって思い出したくない記憶の1つや2つ、いくらでもある。
例えば巨大な鶏に追い回され、ついばまれて殺されそうになったり。
思い出すそばから剥製になったコカトリスの頭が搬入されてきた。
この記憶は失くしたい。失くしたいと思ってる端から連鎖して嫌な思い出が蘇ってくる。夢の中にまで襲いに来たな、コイツ。
漁の時も鯨の挨拶のおかげで死にかけたなぁ。帰りの船の中でビーフジャーキーを渡して来たやつもいたなぁ。我慢したけど危うく殴り殺すところだったなぁ。そういえば、その時の償いをまだしてもらってないなぁ。
どうしてやろうか、タコ野郎。
噂をすればタコ野郎がやってきた。
タコはこれで面倒見がいい。話術も面白いものを持ってるからガレットも懐いてる。あたしとしてはあまり関わって欲しくないという私情を抱えていた。尻軽だからな。
それでもガレットの為を思えば我慢の子。
「セチアさんの髪って地毛なんですか? とっても綺麗な赤色ですね」
スパルタコの口説き文句。
フィジカルなことに言及するなよ。
「まぁ、ありがとう。以前は空色だったんですけど、色々あって変色したんです」
ここぞとばかりにガレットが合いの手を入れる。同調するように、マーガレットも彼女の名前と髪の色を綺麗だと褒め称えた。
「そうなんですか。でもお似合いですよ。ほら、セチアさんの名前って、ポインセチアから来てるんですよね。花言葉は【祝福する】【聖なる願い】それに【私の心は燃えている】。とっても素敵でカッコいいです!」
「私の心は……燃えている…………ッ!」
花言葉を並べるなり、いきなり床に崩れ伏して呼吸を乱す。
なんなんだ。
なんなんだこの人は本当に。
クールな印象からは想像もできないほどむせび泣いて過呼吸になった。
がっくりと倒れ込んだセチアを、かけつけたゴードンが担いで別室へ連れて行く。
事情を聞いた暁さんが言うには『過去に色々とありすぎたらしくって、いろんなところにトラウマスイッチがあるんだ。どこに埋まってるのか分からんほど大量に。だからまぁアレはアレルギー反応みたいなもんだから気にしないでくれ』と言うことだ。
死にそうにまでなってぶっ倒れるトラウマってどんななんだよ。
つまりあたしも記憶があったら、トラウマスイッチが入ってああなるってことなのか?
これはたしかに、今が幸せならそれでいい。のかもしれない。
良い記憶もあるだろうけど、悪い記憶は忘れてしまえばいい。
そう思ったのでした。
でもスパルタコにはどういう形でもいいので、償わせたいと思います。
~~~おまけ小話『爆破』~~~
暁「地雷踏んじゃったね」
ガレット「うぅ〜〜っ! 申し訳ございませんっ!」
スパルタコ「地雷の設置個所が謎すぎるんですけど」
暁「知らなかったから仕方がない。セチア自身も自分自身の地雷の場所を知らん。過去が苛烈すぎて意識的に記憶を封印してるんだ。基本的に褒めたらほぼほぼ地雷だ。気をつけろ」
スパルタコ「それじゃ口説けないじゃないですかッ!」
暁「そもそもセチアには心に決めた人がいるから無理だ」
ウォルフ「とりあえず、お前はしばらく黙ってろ」
暁「尻も軽けりゃ口も軽いな」
マーリン「ノリと勢いでなんとかなるのは若い時だけ」
ガレット「ああっ! スパルタコさんが死にそうです!」
ウォルフ「大丈夫だろうけど、ガレットはこんな男に引っかかっちゃダメだぞ」
ガレット「大丈夫です。こんなクズには引っかかりません!」
スパルタコ「ぐはッ!」
マーリン「あ、死んだ」
暁「地雷どころか、爆弾を投げつけてナイスタイミングで炸裂させたな」
セチアのトラウマが炸裂しました。
いつになるか分かりませんが、セチアの物語も書きたいと思っています。
この世界は20年前、魔族との戦争があり、獣人は世界中に散らばって生活をしていましたが、魔界発祥の種族として長らく差別を受けて来た歴史があります。最近では獣人も魔族も等しくこの世に生きる命として人権を獲得しつつありますが、古い考えの人間からはまだまだ差別されています。
ウォルフを拾ったティレットは性善説を地で生きる人間なので種族に関係なく接する人です。使用人には獣人や魔族も多く雇っています。実際に雇用しているのは父親ですが、寛容なのではなく興味がない人です。
スパルタコは差別意識はないものの、おバカさんなのでビーフジャーキーお徳用を渡そうとしてしまいました。人対獣人にしても人対人にしても、プレゼントは選ばなければ叩き返されるので要注意ですね。




