宝石の輝きの先に 64
薔薇の塔を囲むようにローズガーデンが広がる。春には満開のバラが咲き誇り、町中に華やかな香りを届けてくれる。
夏は葉の緑と色とりどりの花々が美しいコントラストを描き出す。
秋はぽつぽつと大輪のバラが咲き、とても強い香りのバラが咲く。今はまだ夏と秋の間の蕾の姿。それでも見ごたえがあるほどの大きさ。男性の拳よりひと回り大きなバラが咲くとあって、蕾の時からとても大きい。
すでに香りも抜群に強い。秋のガーデンローズも見てみたい。残念ながら、それは叶わぬ願いだろうが。
夢の時間が終わろうとする。
だけど、夢の時間の欠片だけはお持ち帰りできる。
「こんなに素敵なアロマオイルにアロマソープ、ローズシロップまでいただいて、なんとお礼を言えばいいか」
薔薇の塔へ向かう途中にあるお土産屋さんに案内されて、暁さんに手渡されたプレゼント。1人1人に思い出を持って帰って欲しいと言って、腕の中に押し込まれた。なかば無理やりに。
理由はすぐに説明してくれた。
「構いません。異世界に対して好印象を持ってもらえると、今後の異世界間交流にとってプラスですからね」
ド直球に本音をぶつけてきた。聞いたからには素敵な思い出が賄賂としか思えなくなってきた。
「暁さんって商人の時は建前ゴリゴリで猫被るのに、友人相手になると下心全力オープンですよね」
ロリムさんから辛辣なコメントがぽろり。
「あとで知るよりはいいだろう。一般人はともかく、冒険者や騎士団にとってはお互いに利得のある取引をしようとしてるんだからな。魔獣討伐だとか、ダンジョン攻略だとか、人々の生活の向上と安心に直結する技術の相互提供を考えてるんだ。味方を作っておくことは大切なことだろ?」
「それはそうですが、現時点では異世界間交流の目的は達成されないんですから、素直に素敵な思い出ができてよかったです、くらいでよいのでは?」
ロリムさんはよくわかってらっしゃる。でも、暁さんの気持ちも分かる。異世界だなんて得体のしれない不安の塊と交流しようとすれば、抵抗を感じる人が現れても不思議ではない。
というより、不安に思う人ばかりに違いない。
暁さんの気持ちも、ロリムさんの気持ちも理解したシェリーさんが2人の間に割って入る。
「ロリム、ありがとう。ほんとうに素敵な時間を過ごさせてもらったよ。暁、これからもよろしく頼む。異世界間交流の際には少しでも抵抗感を減らせるように尽力する。結果オーライだったが、ペーシェもありがとうな。ワープの魔法を習得するだなんて本当にすごい。アルマと一緒にレナトゥスに来ないか?」
シェリーさんも容赦なく本音をぶつけてきた。
「お誘いは嬉しいのですが、アルマはまだグレンツェンで学びたいことがあるのでっ!」
アルマさん、まさかの拒否。シェリー騎士団長からのスカウトなら特待生で寄宿生になれるはず。そうすれば学費免除のうえ、研究費の優遇だってしてくれるはず。
「あたしも今の生活に満足してるので、魔法の研究にはあんまし興味ないし」
ペーシェさんもお断り。それほどにグレンツェンが心地よい場所なのか。花の都。学術都市グレンツェン。世界中から移住者が押し寄せてくるがゆえ、毎年、外国からの移住者は抽選で選ばれる。
通常、人が増えることは好ましいことである。しかし、グレンツェンの移住希望者は毎年とんでもないらしい。
急激な人口の爆発は混乱を招く。そうならないため、お互いの幸福のため、未来のために考え行動する。さすが冷静な判断のできるヘラ市長はひと味違う。
シェリーさんは悔し涙が流れないように天を仰いだ。魔導防殻をぶっ壊すアルマさん。異世界間を転移できるペーシェさん。傑物を勧誘するにはレナトゥスでは材料不足らしい。
レナトゥスで材料不足ならいったいどんな材料だったら首を縦に振ると言うのか。とんでもない無理ゲーであろう。
「マジックアイテムのお土産はないの?」
エイリオス氏も容赦ない。彼は魔法研究職の第一人者。当然と言えば当然の要求である。
「すみません。異世界間交流が始まったら少しずつマジックアイテムの共同研究開発も推し進めていく予定ですので、それまでしばしお待ちください」
「えぇー。その前にわし、寿命で死んじゃうかも」
「んんーーーー………………」
じじいの脅しの仕方がえげつない。寿命を盾に取るとか、今日一番誰よりも容赦ない。
暁さんが仕方ないとため息をついて取って来たのは、異世界渡航の原因となったマギ・ストッカーと3枚の設計図。
私たちの世界で未だ実現されてない神代の領域。
「おほーっ! なんて美しい設計図じゃい! さっそく製作に取りかかるぞい!」
新しいおもちゃを手に入れた子供おじいちゃんは元気いっぱい。あと20年は長生きすることでしょう。
「お渡ししたマギ・ストッカーは3番目の設計図です。最初のものはアルマが持ってる最初期版。2番目は小型化した廉価版。3番目は2つのいいところどりをした汎用品です。製作には魔鉱石が必要です。たしかハティから受け取りましたよね?」
暁さんははしゃぎまくるおじいちゃんから視線をシェリーさんに変えた。
「ライラさん経由でレナトゥスが保管してる。わがままばっかり言ってすまないな」
「構いません。いずれは供与する技術です。それに、さらにブラッシュアップされたり、我々が持ちえない視点から改良していただけると期待してます」
「期待に応えられるよう、尽力するよ」
暁さんとシェリーさんは固く握手を交わし、名残惜しくも手を振った。
♪ ♪ ♪
ペーシェさんの魔法で転移した先は茜空の演習場。懐かしい匂いが体に沁みる。
「ほんとうに、夢のような時間でしたね……」
思い出して、ため息が出てしまう。
だけど悲しくはない。たくさんの思い出を作って、たくさんの思い出の品を持ち帰った。
彼女たちとはまた会おうと約束した。生きてる限りまた会える。また会いたい。なんとしても!
「また会いたいので、ペーシェさん、連絡先を交換していただいてもよろしいですかっ!」
なりふり構ってられません。フェアリーとの接点を失うなんてできるはずがない。
私の掛け声を皮切りに、ペーシェさんの連絡先が埋まる埋まる。
「この調子でいくと、3台目のスマホを買わなきゃいけないかも……」
ペーシェさんが小さくつぶやいた。
3台目ってどういうこと!?
「あ、いえ、お気になさらず。それより、あたしの失言でご迷惑おかけして申し訳ございません。この度のことは御内密に」
「その代わり、またメリアローザに赴く際には連絡よろしくお願いします!」
「あぁ……その時は、また、はい………………」
いかん。これ以上詰め寄ると彼女を困らせてしまう。そうなるとお呼びがかからなくなるかもしれない。
お願いするのはこれくらいにして身を引こう。その後はみんなとお別れの挨拶をして手を振った。
秋の始まりを告げる冷たい風が吹き抜ける。身を縮めてしまうような冷たさも、今日のこの日に火照る体は冷めきらない。
お嬢さまとともにヘリに乗って見た太陽の美しさを、私は一生忘れないだろう。




