我々がどこに立っているのか 3
5頭全ての解体が終わり、緊張の糸が解けると急に疲労感が襲ってきた。
それだけ神経を尖らせて本気で向き合ったという証拠だろうか。
私はきちんと命に向き合えたのだろうか。
そんな疑問が浮かび、少なくともこれから扱う命に対して、誠実に向きあっていかなくてはならない。そう思うのだった。
ひと息ついたら前祝いの準備にとりかからねば。
本日最大のイベントは屠殺。後半は前祝いを兼ねた試食会兼、お世話になった人々へ感謝を表す会。
特に我々に貴重な体験をするきっかけを作ってくれたヘラさん。助言や技術者の紹介をしてくれたアーディさんには楽しんでいってもらわなくては。
多忙を極めた末に不参加気味になってしまったとはいえ、彼らの助けがなくては、これほど早い段階でここまでの準備は無理だったに違いない。
成人したとはいえ、私たちはまだまだ青二才。子供と大差ない年齢。
さて、そろそろ食事の準備をするとしますか。
その前に何か飲みたいな。お水を一杯飲もうかな。
心の声が聞こえたのだろうか。暁さんがコップを持って私の前にやってきた。しかし中身は空だ。これから注ぐのか。乾杯の音頭は料理が揃ってから。まだまだ先のはずなんだけど。
「やぁエマちゃん、お疲れ様。始めの言葉、見事だったよ。改めまして、紅暁だ。ハティやアルマたちが世話になってるみたいで。これからも仲良くしてやってくれると嬉しいよ」
なんて力強い眼差しだろう。心が燃えてしまいそうなほどに赤く強く眩い。
「こちらこそ。みんなには助けてもらってばっかりです。今日は遠いところからわざわざありがとうございます」
「いやいや、気にすることはないよ。それより喉が渇いたろう…………というのは建前だということを先に断っておこう」
建前を先に述べるとは、右斜め上の性格をしてるなぁ。
となると問題は本音の部分。こんな言い回しをする時というのは、相手に対して不愉快な提案をする気がないということだ。誠実で勤勉な性格が伺える。
「ハティが持って来た球体の魔導具なんだけど、見てもらった通り中身は鮮血だ。これは血抜きのためという理由もあるがもうひとつ、新鮮な血液を保存しておくことのできるすごーい魔導具なんだ。それこそ飲めるほどにな」
「…………それって、つまり」
浮遊する真っ赤な球体を見上げ、視線を暁さんに戻す。
彼女はいたずらな笑顔をするわけでなく、いじわるをしようとしてるわけでもなく、真剣でまっすぐな目をしてる。
本気の目だった。
「できればこの前祝いに参加する全員に飲んでもらいたい。聞くと牛肉の殆どは本番で使われるのだろう。内臓は使わないらしいけど、下処理の必要なものに関しては今日中に調理されない。だから代わりに血を飲んでもらいたい。ハティが彼らの心臓を食べたように、彼らの命の一部を君たちにも摂ってもらいたいんだ」
「なるほど、そういう理由なら。わかりました。ですがまだ小さな子供もいるので、無理強いは無しでお願いします」
「もちろんさ。むしろみんな凄いよなぁ。こういう場面を見ると、掲げる目的はなんにせよ、普通は気分が悪くなって倒れる人が出てくるのにな」
やっぱりそうなんだ。まぁそうだよねー。
噴き出しはしなかったにせよ、血はいっぱい出てたもんね。
普通は精神に負荷がかかるよね。
でもあまりに理解できない光景が散らばっていて、神経が麻痺したのかも。
一閃で巨大な牛を解体する自称商人。
心臓にガブついて血まみれになる水着の女性。
それを並んで見てるにも関わらず、望むように自ら歩を進めた牛たち。
現実離れしすぎていて、1周回って思考が停止していた。
これまでも、恐竜の咆哮が雲を裂いたり。
コカトリスに追われたり。
1km越えの鯨に出会ったり。
まるまる1匹の熊を平らげる女性を目の当たりにしたり。
一生分のびっくりを体験して、良くも悪くも慣れてしまったのかもしれない。
暁さんがコップを配り終えると再度周囲を見渡し、魔導具の下で振り返る。
「よし、みんなコップを持ったな。まずは直接手を下したあたしから頂きます」
頭上に浮かぶ球体の真下にコップを掲げると、自動的に魔法陣が描かれて鮮血が注がれた。
自分よりも高い位置にある理由は、そうすることでおのずと見上げる形になるからだ。【頂く】という行為を実感するための作りとして機能している。
両の手で受け取り、飲み干すと球体は次に前へと出る者を待つ。
それは私だ。次は私。チームの中で最も重い責任を背負う私が行かなければならない。
そう思ってはいるのだが、血を飲むという未体験が壁になってなかなか決心がつかない。
ある国では狩猟を終えたのち、新鮮なうちに動物の血を飲む習慣があるという。腐らせにくくするという意味もあるが、鮮血は栄養満点で貴重な栄養源だそうな。
暁さんの言う通り、この魔導具の中では安全な状態で保存されているのだろうけど、なかなかどうして勇気が出ない。
血がどうのこうのの前に、衛生面での不安がぬぐえない。
暁さんはハティさんの大親友。その人が言うなら、大丈夫なんだろうけども。
「おいおい、ここまできて何を怖気づいてんだ。しょうがねぇなぁ。一緒に掲げようじゃんよ」
「それでしたら私も付き合うわ。友達ですものね」
「私も。私も一緒がいいですっ」
ウォルフにティレットお嬢様、ガレットお嬢様まで。
背中を押してくれた3人と一緒に杯をかかげ、共に飲み干す。味はともかく…………同じ思いを共有するっていうのはいいものだ。
次に名乗り出たるはすみれさん、ペーシェさん、ルーィヒさんの仲良し3人組。
そこから関を切ったように次々と球に溜まった命の水を飲み干した。
命への、感謝とともに。
~おまけ小話『チャレンジ精神』~
アポロン「血を使った料理って結構多いよね。ヴルストにスープ、お菓子の材料なんかにも使われるよね」
エマ「ブラッディ・ソーセージは酒飲みの間でも、一般家庭でも好まれますよね」
ペーシェ「一般家庭に好まれてるか?」
マーリン「人によるけどね。なんにしても癖が強いから、ソーセージに詰める物でもだいぶ味が変わってくる。ナッツ類を入れると香ばしくて食べやすくなるよね」
すみれ「血は栄養満点ですからね。特に鉄分豊富で貧血予防に効果的です。香辛料ももりもりにしてスパイシーです」
アポロン「逆に言えば、香辛料を入れてないと食べ辛いからね。それがいいって人もいるけど」
アルマ「もつもつ。内臓系も入れてミネラルとビタミンたっぷりのヴルストにしちゃいましょう。ぷりぷりの心臓とか、甘い脂のホルモンとか入れたら激旨一直線!」
マーリン「ヴルストの中に牛を1頭まるまる入れる。面白いかもしれない」
アポロン「新たな料理が生まれる予感」
エマ「牛1頭分をソーセージ1本に集約させたソーセージ。面白い試みかもしれません。赤ワインととても合いそうです」
ペーシェ「それ、ソーセージっていうか、サイズ的にハムみたいなデカさになっちゃうんじゃね?」
すみれ「あるいはちょ〜〜〜〜長いソーセージ」
マーリン「それはそれで作ってみたい」
ペーシェ「悔しいがめっっっちゃ気になる!」
キッチンでやりたいことの一つが終わりました。
食べるのが当たり前すぎて感謝するのを忘れ気味になってる人の胸に刺さったらなぁと思っています。
作者も意識的に手を合わせます。
お残しは許しませんでぇ!
残すくらいなら嫌いな食べものを使わなければいいんですよ。
他の作品の登場人物がやってきました。
彼女たちはわりと気軽にあっちにこっちに行けます。
楽々異世界渡航します。




